交換レンズレビュー

LEICA タンバールM f2.2/90mm

伝説のソフトレンズが復刻 その描写は?

ライカカメラ社から、かつての名レンズの復刻版、クラシックシリーズの第2弾が登場した。ズマロンM F5.6/28mmに続いて復刻されたのが、タンバールM F2.2/90mmだ。

オリジナルのタンバールF2.2/9cmは、1935年に発売された中望遠レンズ。最も特徴的なのが、ライカ唯一のソフトフォーカスレンズということだ。

レンズ中心部に光を通さないセンタースポットフィルターを装着すると、収差を活かした大きなソフト効果が得られる。設計したのは、オスカー・バルナックと共にライカの誕生には欠かせない、マックス・ベレクを中心としたレンズ技術者たち。

ライカカメラ社によると、タンバール(THAMBAR)とはギリシャ語の「不鮮明な」を意味する「THAMBO」が由来となっているとのこと。シャープでクリアな描写とは違うベクトルで生み出されたのがわかる。エルマー(ELMAR)やズミクロン(SUMMICRON)などと異なり、タンバールと名がついたレンズはこれだけだ。

また製造本数は2,984本しかなく、現在は中古市場で珍品レンズとして高値で取り引きされている。100年以上の歴史を持つライカレンズの中でも特殊で特別な1本だ。

タンバールを愛用した写真家といえば、木村伊兵衛が挙げられる。スナップの名手として知られるが、「那覇の芸者」「角梨枝子」「N夫人」など、女性ポートレートにタンバールをよく使用していた。

発売日:2017年12月22日
実勢価格:税込84万円前後
マウント:ライカM
最短撮影距離:1m
フィルター径:49mm
外形寸法:約57×110mm
重量:約500g

デザイン

80年以上の時を経て復刻されたタンバールM F2.2/90mmは、ズマロンM F5.6/28mmと同じく見事にオリジナルを再現している。外観デザインや距離目盛りや絞り値表示、フードの形状もオリジナルと同じだ。使用されているネジの頭がマイナスなのも、オリジナルを復刻させるこだわりを感じる。

ボディはライカM Typ240(以下同)。ライカビゾフレックスを装着

もちろんタンバール最大の特徴であるセンタースポットフィルターも付属している。ただし、レンズ先端の「LEICA」「THAMBAR」などの文字や、距離目盛り、絞り表示の文字は現代のライカMレンズのフォントを使用している。

そして、マウントもライカスクリューではなくライカMマウントだ。6bitコードもあり、デジタルのライカMボディを最新ファームウェアにすることでExif情報にもレンズ名が記載される。

戦前に設計された望遠レンズでF2.2の明るさは大口径といえるが、手にするとコンパクトだ。しかしずっしりとした重さがあり、金属とガラスで造られているのを実感する。

今回、ボディはライカM Typ240で使用した。レンズ全体が重いが、ライカMのトップカバーやベースプレートも重い真鍮製のため、望遠レンズでもフロントヘビーにならず、安定して構えられる。さらにハンドグリップも使用すれば、よりしっかりしたホールドが可能だ。

なお、タンバールは光学特性が35mmフルサイズより小さい撮像素子には適さないため、APS-Hサイズの撮像素子を持つライカM8/M8.2での使用は推奨されていない。

付属のレンズフードは丸形のかぶせ式。オリジナルと同じ形状だ。装着はレンズ先端に押し込むだけ。ロック機構は何もない。

だがしっかり固定され、使用中に脱落はもちろん、ずれることもなかった。こうした工作精度の高さは、さすがライカだ。ケースやカメラバッグに収納するときは逆付けもできる。

同梱のフードを装着したところ

レンズケースもオリジナルを踏襲した円筒形。表面は革だ。フタの内側はセンタースポットフィルターを収納するスペースも設けられている。また革製のストラップも付属する。

フロントキャップとリアキャップは金属製。

フロントキャップはレンズ先端には装着できず、フードを逆付けして後端に装着する。ブラック塗装もオリジナルと同様だ。

それに対しリアキャップはシルバー。スクリューマウントのリアキャップを思わせる形。マウントは異なるが、ここでもオリジナルを意識している。

フロントキャップ(左)とリアキャップ(右)

センタースポットフィルター

タンバールの最大の特徴が、センタースポットフィルターだ。タンバールはフィルターなしでも絞りを開けると収差によりソフト効果が得られる。絞るにつれて効果は低くなり、F9以降は通常のレンズの描写になる。

センタースポットフィルターを装着すると、レンズ中央部の光が遮られ、周辺部から入る光のみになるため、収差が大きくなりソフト効果がより強くなる。

センタースポットフィルターを装着しても絞り値でソフト効果の調節はできるが、使用できるのはフィルター装着時の値でF6.3まで。それより絞ると被写界深度が深くなるため、画面中央にフィルターのスポット部が写り込んでしまう。レンズ先端に装着した姿は、まるでレフレックスレンズのようだ。

センタースポットフィルターはオリジナルにも存在し、中古市場ではフィルターの有無が価格に大きく影響される。80年以上も前に、収差によるソフトのコントロールにあえて中央部の光を遮るアイデアは、当時は画期的だったかもしれない。

PCがない時代にソフト量や描写力も計算されているだろうから、マックス・ベレクたち開発陣の優秀さが伝わってくる。

操作性

フォーカスリングはローレット部がブラック、距離目盛り部分がシルバーのツートン。これもオリジナルと同じだ。目盛りが横向きなのもオリジナルと同様。ただしフォントは現代のライカのフォントだ。

メートルのみでフィート表示はない。最短撮影距離は1m。最短までフォーカスリングをほぼ1周させるほど回転角が大きいのもクラシカルだ。適度なトルクで回転し、スムーズなフォーカシングが行える。

絞りは鏡筒にF値が刻まれていて、絞りリングの指標を合わせる。白の値と赤の値があり、センタースポットフィルターを装着しない場合は白、装着した場合は赤に合わせる。

絞りリングにクリックストップはなく、無段階で設定できる。まるで動画向けのようだが、80年以上も前はこれが当たり前だった。

フォーカスリングを回すと、絞りリングを含むレンズ先端部も一緒に回転するため、絞り値表示は2カ所ある。絞り値は、現代で一般的なF4やF5.6などの国際式ではなく、F3.2やF6.3など大陸式で表示されているのもクラシックレンズを感じさせる。

さらに絞り羽根が20枚もあるのもクラシックレンズらしい。ほぼ円形なので、絞ってもハイライトのボケは丸い。

ピント合わせ

レンジファインダーカメラは、広角から標準レンズで使われることが多く、望遠レンズは得意ではない。

レンジファインダーは一眼レフやミラーレスとは異なり、焦点距離の違うレンズを交換してもファインダー内の像の大きさは変わらない。写る範囲を示すブライトフレームの大きさが変わるだけだ。

そのため、望遠レンズではブライトフレームがとても小さく、正確なフレーミングが難しい。さらにフォーカシングもシビアになるが、ボケはファインダーで確認できない。

ファインダーで見ている像と、撮影結果に大きなギャップができる場合もあり、レンジファインダーカメラでは望遠レンズを使わない人もいるほどだ。

タンバールも焦点距離は90mmなので、ライカMに装着すると、表示されるブライトフレームはとても小さい(外側には28mmのフレームが同時に表示される)。しかも上下左右の4本の線だけで、右下はレンズ鏡筒でケラレている。正確なフレーミングによる撮影は難しい。

しかし二重合致式のフォーカシングは、慣れればスムーズに行えて、スナップやポートレートなら十分対応できる。

だが、やはりファインダーではボケやソフト効果は確認できない。デジタルカメラは撮影後に背面モニターで確認できるが、それでもボケ量やソフト量は頭でイメージしながらの撮影になる。

ちなみにフィルムでは現像しないとボケやソフト効果がわからない。木村伊兵衛はその状態で数々の名作を撮ったのだから、いかにタンバールを使いこなしていたかがわかる。

一方現代のライカMやライカM10など、ライブビューができる機種なら、ボケやソフト効果を確認しながらの撮影が可能だ。

できればEVF(ライカビゾフレックス)を装着するのがおすすめ。正確なフレーミングができて、画面を拡大すればフォーカシングも楽に行える。

とはいえタンバールはソフトフォーカスレンズ。ソフト効果を大きくするとピントのピークがややわかりにくい。ソフト効果の確認とフレーミングはEVFで、フォーカシングは状況に応じてEVFとレンジファインダーを使い分けると撮影しやすかった。

作品

センタースポットフィルターを使用。ソフトフォーカスによる柔らかな写りと、レフレックスレンズのようなリングボケが特徴的だ。独特の描写を活かしたポートレートが楽しめる。レンズ構成はオリジナルを踏襲し、シングルコーティングが施されている。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/750秒 / F2.5 / +0.7EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

センタースポットフィルターなしでもソフト効果は強い。しかし拡大するとまつ毛ははっきり写っていて、80年以上前の設計でも基本性能の高さを感じる。またハイライトのボケがシャボン玉状(バブルボケ)なのもクラシックレンズらしい。20枚もある絞り羽根のおかげで、絞ってもボケは円形だ。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/750秒 / F2.6 / +0.7EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

センタースポットフィルターなし。絞り開放。空や路面などハイライト部分のにじみが強く、ソフトフォーカスレンズならではの写りだ。強い逆光だが、ソフト効果以外のフレアやゴーストはなく、コントラストも高い。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/1,500秒 / F2.2 / +1.3EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

センタースポットフィルター装着。無機的な金属製の柵を入れているが、光とソフト効果で温もりを感じる。ライカMにEVFを装着してフレーミング。ミラーレスカメラに近い感覚で撮影できる。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/750秒 / F2.8 / 0EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

まだ残っていた紅葉。センタースポットフィルターを装着して狙った。強いハイライト部がないため、絞り開放でも穏やかなソフト効果で撮れた。ドーナツボケやわずかにグルリとなった周辺部の写りにも注目だ。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/1,500秒 / F2.3 / -0.3EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

最短1mで撮影。センタースポットフィルターなし。近距離でのフレーミングが難しいレンジファインダーでも、EVFなら楽に行える。シャボン玉ボケをはじめ、ややクセのあるボケ味が80年以上前の基本設計を思わせる。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/180秒 / F2.6 / +0.3EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

センタースポットフィルターなし。日影では白い被写体でも強くにじまず、上品なソフト効果が得られる。優しい印象だ。タンバールはポートレートや風景だけでなく、スナップでも楽しい。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/180秒 / F2.6 / +0.3EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

絞りをF9以上に絞ると、ソフト効果はなくなる。画面中心部は解像力が高く、建物の壁の質感もよく再現している。またコントストも高く、メリハリのある写りだ。四隅はわずかに流れるものの、オリジナルが設計された時代を考えれば優秀だ。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/750秒 / FF9 / -0.7EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

センタースポットフィルターを装着。路面に反射する強い光が印象的だったので、階段の上から歩く人たちをシルエットにしてソフトフォーカスらしい効果を狙った。さらにカメラを白黒モードに設定し、現実感をなくしたイメージ重視の作品に仕上げた。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/4,000秒 / F2.3 / 0EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

センタースポットフィルターを装着し、F6.3まで絞ってソフト効果をやや弱めた。空の光が強調され、しかも周囲の建物はソフトという不思議な世界が表現できた。

ライカM Typ 240 / タンバールM f2.2/90mm / 1/1,500秒 / F6.3 / 0EV / ISO 200 / 絞り優先AE / 90mm

まとめ

デジタル全盛の現代では、PCのレタッチでソフト効果が作れる。しかしタンバールM F2.2/90mmのソフト効果やボケ味などは、少なくとも私にはPCで再現できない。80年以上前の設計を現代の技術で復刻されたこのレンズは、このレンズでしか表現できない世界があるように感じた。

ただ使いこなしは難しい。絞り値によりソフト量は変化し、センタースポットフィルターの有無でもソフト量が異なる。しかも、ハイライトの強さでにじみ具合も変化。さらにボケ味も独特なので、タンバールを意のままに操るのは、このレンズの特性を熟知する必要がある。

それでもイメージとは異なる仕上がりでも意外な面白さが出るケースもあり、タンバールにハマってしまうと病み付きになりそうな魔力も秘めている。

とはいえ価格を見ると、おいそれとは手が出ない。おそらく中古のオリジナルより高価だ。だがオリジナルは製造から約80年も経っていて、状態もまちまち。製造本数も少ないため、気に入った状態のものを見つけるのも困難だ。

それなら新品を狙えば、そうした心配はない。基本設計は80年以上前でも、現代の製造なのでデジタルとのマッチングにも優れている。高価であっても、幻のようにいわれていたレンズが新品で手に入るようになったのは、実に意義深いことなのだ。

モデル:瀧口夏生

藤井智弘

(ふじいともひろ)1968年、東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年、コニカプラザで写真展「PEOPLE」を開催後フリー写真家になり、カメラ専門誌を中心に活動。2016年9月より、デザインオフィス株式会社AQUAに所属。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。