写真展レポート

展覧会「写真の起源 英国」展

ガラス乾板の黎明期から普及期までをふりかえる

展示室の様子。一部の展示物にはグレーの冠布がかけられているが、これは展示写真に常時光をあてないでほしいという収蔵者からの声に応えたもの。鑑賞時は直接布をめくって見ても問題ないとしている。

写真技術の発明と発展、そしてその受容の変遷を紹介する展覧会「写真の起源 英国」展が、東京都写真美術館で開催されている。会期は既報の志賀理江子さんの新作個展「ヒューマン・スプリング」と同じく2019年3月5日〜5月6日まで。

「写真の起源 英国」展の展示構成

展示室は3つのセクションにわけて構成されている。スタートとなる第1章は「発明者たち」と題されており、写真技術発展の出発点となった時代を振り返るところからスタートする。そして、その技法が発達していった産業革命期のイギリスを実際に撮影された写真とともに振り返る、第2章「ヴィクトリア朝の文化」へと続く。最後の第3章「英国から世界へ」で、イギリス以外の国や地域へとひろがっていった写真技術・文化に対する、ひとびとの眼差しが紹介される展示構成となっている。

ダゲレオタイプの発表前後

1839年1月、フランスで写真の定着方式であるダゲレオタイプが発表された。一般的には、これが写真技法の出発点として認識されているが、しかしこの発表から遡ること数年、1835年にイギリスの科学者ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットがネガ像の定着に成功していた。ダゲレオタイプは、1840年1月にカロタイプとして確立し、翌月に特許が取得される。この一連の流れの中にあって、ベースとなっているのがタルボットが発明に至った技術だった。

本展の展示内容は、タルボットがなぜ写真の定着技術を研究するようになっていったのか、そのスタート地点を紹介するところから始まる。

タルボットは1833年10月、イタリアのコモ湖をカメラ・ルシーダを用いてスケッチした。しかし目の前の景色をそのまま写しとることはかなわなかった。これが定着技法探求の出発点となった。
「ヴィラ・メルツィ、イタリア、1833年10月5日」(ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット、国立科学メディア博物館・蔵)

タルボット自身による実験の記録ノートも展示されている。「塩化紙に硝酸銀で刻印された魔法の絵」といった記述がみられるなど、写真定着技法をめぐる黎明期の様子を伺い知ることができる。

「ノート‘P’」(ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット、国立科学メディア博物館・蔵)

写真は科学か芸術か

第2章は、2度にわたりイギリス・ロンドンで開催された万国博覧会の開催時期を中心とした構成となっている。

ロンドン万国博覧会は1851年と1862年の2度にわたって開催された。そして、2回目となる1862年の開催時には写真のセクションが設けら、多くの人々がこれを見に訪れたのだという。こうした注目度の高さが伺える一方で、ヴィクトリア時代のイギリスでは写真を科学とするか芸術とするかで、繰り返し論争が繰り返されていたともいう。

2回目の万博開催にあたり、主催者は当初、写真を機械のセクションに展示することを提案。しかし、写真界からの抗議をうけて、新たに写真のセクションを設けることになったのだと、同展では説明している。

この時に実際に展示された写真のひとつが、当時のカタログを用いて紹介されている。「赤ずきん」と題されたその写真は、なるほど創作的な雰囲気を窺い知ることができるもので、“無機質で科学的なもの”という印象はない。現実の場面を写しとっているはいるのだろうが、しかしそれはつくられた現実でもある、ということなのだろう。このあたりの創作性は、現代にも通じるものがあると思える。

「赤ずきん『1862年のロンドン万国博覧会』より」(ヘンリー・ビーチ・ロビンソン、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館・蔵)
© Victoria and Albert Museum

第2章では、このほかにも写実的な写真や人物写真など、多彩な写真が展示されている。

写実的なイメージの写真は、建築物や風景を捉えたもの。当時のスコットランドの姿を写しとめたものとして展示されている。

ガラスネガ原板や紙ネガ、そのプリントも展示されている。引き伸ばし機が登場する以前のものであるため、プリントは原板の大きさと一致する。この大きさの原板を収める写真機械を思うと、写真制作がどれほど特殊で苦労を伴うものであったかが想像される。

カロタイプ(紙ネガティブ)からのプリント。
紙ネガ(展示品は2枚のアクリル板で固定されている)。

【2019年3月14日修正】上記写真のキャプションで「ガラスネガ原板からのプリント」(上)としていた説明を「カロタイプ(紙ネガティブ)からのプリント」に修正しました。また、下の「ガラスネガ原板。ガラス自体の厚みもかなりあることが見てとれる。」としていたキャプション説明文を「紙ネガ(展示品は2枚のアクリル板で固定されている)」に修正しました。

記録として活用される写真の在り方を知ることができるコーナーもある。下の写真は、イギリス初となる公共施設の写真家チャールズ・トンプソンが撮影したものの展示の様子。中央に見られるのは、絵画の複写をしたもの。サウス・ケンジントン博物館で収集した絵画のヒビを、保存という観点から撮影されたものだという。右側に見えるのは、銀箔のフレームに入った鏡を捉えたもの。現在でこそ、こうした複写的な写真の使い方は一般的になっているが、1850年当時にあっては画期的な試みだったのだという。

イギリス国外にひろがる写真

1850年代以降になると、イギリス写真は国外へとひろがっていく。

そのうちの1枚、クリミア戦争を捉えたロジャー・フェントン『死の影の谷』(1855年)では、人ひとりいない道に転がる無数の砲弾が写しとめられているが、紹介文を見ると、もともとあった砲弾に加えて、撮影者本人の手で、さらに砲弾が加えられているのだという。戦争という記録写真の側面をこえて、その戦争のありさまが撮影者の目を通じて発信されていることがわかる展示だ。

右側手前がロジャー・フェントン『死の影の谷』。

日本へも開国を機に写真文化が流入していった。1891年には「外国写真画展覧会」が開催され、300点を超える国外の写真が日本ではじめて紹介されたという。この当時の日本人が実際に目のあたりにした写真などが展示・紹介されている。

展覧会概要

開催期間

2019年3月5日(火)~5月6日(月・振休)

休館日

毎週月曜日
4月29日(月・祝)および5月6日(月・振休)は開館

所在地

東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

開館時間

10時00分~18時00分
木・金曜は20時00分まで

料金

一般:900円
学生:800円
中高生・65歳以上:700円
※各種割引あり
※小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳所持者とその介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料
※東京都写真美術館の年間パスポート提示で無料(同伴1名様まで無料)

「写真の起源 英国」連続講座

内容

英国の初期写真に関する研究者による講演

講演者・日時

ルーク・ガートラン(セント・アンドリューズ大学准教授)
3月9日(土)14時00分~15時30分
※逐次通訳付
鳥海早喜(日本大学藝術学部専任講師)
3月15日(金)18時00分~19時30分
打林俊(東京大学総合文化研究科特別研究員)
3月23日(土)14時00分~15時30分
高橋則英(日本大学藝術学部教授)
3月29日(金)18時00分~19時30分

会場

東京都写真美術館 1階スタジオ

各回定員

50名
当日10時00分より1階総合受付にて整理券を配布。番号順入場、自由席。

古典技法ワークショップカロタイプ・ネガ制作デモンストレーション

内容

カロタイプ・ネガの制作プロセスを見学できる

日時

3月30日(土)15時00分~17時30分

会場

東京都写真美術館 1階スタジオ

定員

50名
入場無料、先着順。

展覧会担当学芸員によるギャラリートーク

内容

担当学芸員による展示解説

日時

3月15日(金)14時00分~
4月5日(金)14時00分~
4月19日(金)14時00分~
4月29日(月・祝)14時00分~
5月3日(金・祝)14時00分~
5月4日(土・祝)14時00分~
5月5日(日・祝)14時00分~

ギャラリーツアー・イン・イングリッシュ

内容

英語による展示解説

ゲスト

セバスティアン・ドブソン(写真研究家)

日時

3月8日(金)18時00分~19時00分
3月10日(日)14時00分~15時00分

講演会

内容

英国初期写真研究の第一人者であるラリー・シャーフ教授による講演会
※同時通訳付

登壇者

ラリー・シャーフ(ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット・カタログレゾネ ディレクター)

日時

4月21日(日)14時00分~15時30分

会場

東京都写真美術館 1階ホール

定員

190名
※当日10時00分より1階総合受付にて整理券を配布。番号順入場、自由席。

本誌:宮澤孝周