デジタルカメラマガジン

キヤノン「EOS R5/R6」スペシャルインタビュー

イメージコミュニケーション事業本部長 戸倉剛氏に聞く

キヤノン株式会社 常務執行役員 イメージコミュニケーション事業本部長 戸倉剛氏

デジタルカメラマガジン2020年10月号の中から、キヤノンのミラーレスカメラ「EOS R5/R6」について、キヤノン株式会社 常務執行役員 イメージコミュニケーション事業本部長 戸倉剛氏のインタビューをお届けします。(聞き手:デジタルカメラマガジン編集長 福島晃/撮影:HARUKI)

ミラーレスの力をフルに発揮して 全体性能を底上げしました

——EOS Rの発売から約2年、第二世代と呼ぶにふさわしいEOS R5とR6が登場しました。ユーザーから高い評価を得て、今から予約をしても年内に入手することすら難しいという人気ぶり。この結果を踏まえて、まずはどのように思われますか?

大変うれしい半面、あまりの反響に商品をお客様にお届けするまでに時間がかかり申し訳ない気持ちです。新型コロナウイルスの問題がなければ、2020年は東京オリンピック・パラリンピックの年でしたし、日本の景気も良くなるだろうと思っていました。ですから、キヤノンとしても新製品を準備していたのですが、CP+を皮切りに国内外のイベントが軒並み中止となってしまい、なかなか思うようにプレゼンテーションができないもどかしさも感じました。しかし、この新製品だけは遅らせないようにと、とにかく頑張っていました。7月9日の世界同時発表に向けて準備を進めてきたのですが、春先の段階では先が見透せず、当初は不安もありました。結果的には、国内・海外の関係者の尽力もあり、市況が少し戻りつつあるタイミングで、当初の予定通り、製品発表と発売ができました。

——ユーザーが待ち望んでいたものが回答として出せるという、そういう自信は戸倉さんの中にはあったのでしょうか。

正直に言うと、想定通りです(笑)。とにかく、失敗はできません。ネーミングに込めた想いからもご理解いただけると思いますが、EOSの数字シリーズを出すわけですから、開発陣だけでなく事業・生産部門も含めた、すべての関係部門の力の入れようは今まで以上だったという自負はあります。その結果が出たことに、まずは安堵しています。

——EOS R5に関してはかなり早い段階から、開発発表がアナウンスされ、スペックも少しずつ明らかにされていましたが、同時発表として隠し玉というかEOS R6があることが分かりました。2機種を投入することは、かなり前の段階から考えていたことなのでしょうか?

実は企画段階から考えていたことで、それこそお客様にサプライズを準備しようと思っていました。

5と6が持つナンバーの意味。はたして7はどうなるのか?

——約4,500万画素と約2,010万画素という画素数をセレクトした理由を教えてください。

EOS-1D X Mark IIIに搭載しているCMOSセンサーを最大限活用してみようと考えました。2機種を同時期に開発するのは負荷がかかりますので、それをうまく活用することで、並行に作り上げていくことができます。EOS R5は約4,500万画素でプロニーズにも応えられる性能を有した高画素モデルとなるわけですから、兄弟機ともいうべきEOS R6では画素数よりは全体のトータルバランスに優れた機種となるようにスペックを詰めていきました。

——ナンバリングから受け取るイメージだとすると、5と6があるならばもう1つ。一眼レフのEOSには7も存在するわけですが、この機種に関してもEOS Rのシステムとして期待する声があると思います。しかし、その一方でEOS R5とR6はメカシャッター約12コマ/秒、電子シャッターで約20コマ/秒という性能を有しています。ある意味、7のDNAは受け取っているとも判断できますが?

今回、2機種を出したわけですが、まだまだRシリーズのラインアップが完全にそろったわけではありません。もちろん、今後も広げていくことを戦略として考えていますが、それがEOS R7となるのかどうかは、まだお話することができません。ただ、ラインアップを拡充することは間違いありませんので、ご期待いただければと思います。

撮像素子をサッカーコートに例えると、地球の自転の動き量はカタツムリ?

——今回の注目機能の1つにボディ内手ブレ補正機構が付いたことがあります。これまでのレンズ側ISと協調することが可能です。5軸での手ブレ補正とCIPA基準で8段というスペックもフィーチャーされています。8段を超えると地球の自転にも影響してくるともいわれますが、8段を実現する上で苦労されたことがあれば、教えてください。

今回の8段達成について申し上げると、ボディ内手ブレ補正の採用は業界の中では最も遅い方になります。これまではレンズISに注力することで対応してきた歴史もあり、お客様によりご納得いただくためにも単純に機能を入れるだけではなく、レンズとの協調制御でより高みを目指そうというのが開発目標としてありました。

実は今回の取材に合わせて現場の開発陣に苦労話を聞いてみたのですが、地球の自転というのは撮像面上での動き量でいうと7μm/秒に相当するらしいです。その動きを検知しなければならないわけですが、もう少し分かりやすく撮像センサーの大きさをサッカーコートに置き換えて例えると、コート内を1秒間で2cm進む動きということになります。カタツムリがゆっくりと進むぐらいの速度。そのレベルのわずかな動きを検知する精度が求められるといえば分かっていただけますか(笑)。

——今の戸倉さんの回答だと、レンズ側のISと協調するというのは企画段階からあったということですね。8段というスコアも結果として8段になったものではなく、8段を目指すことからスタートしたと思っていいのでしょうか?

技術を進化させるために絶対に必要なものは目標です。それがなければ、技術は進化することがありません。

——ここまでミラーレスが進化してきても、まだ一眼レフにこだわる人もいるというのが現実です。その人たちがミラーレスのネガティブ要素となっているのがEVFの見え方だと思います。

光学ファインダーの一眼レフから乗り換えていただいたときに、どれだけ違和感がないようにするのかを考えています。正直にいえば、まだ差があるというのは誰しもが認識しているところだと思いますが、今回の新機種はEVFの見え方に対して、かなりのこだわりと自信を持って開発に取り組んでくれました。撮影行為の入口ですからね。ただ、光学ファインダーのミラーで実世界をこうリアルタイムで見ているのとはもちろん突き詰めていくとまだ差があるのは否めませんし、まだまだ、やることはいっぱいあると思います。

——完全にタイムラグがないような状況になるまでは進化を続けるということですね。

ただ、ご存じのとおりEVFには光学ファインダーと違う価値もあります。ホワイトバランスや露出補正の結果が分かったり、ピント位置を拡大したり、撮影結果がそのまま見えるということは、お客様にもメリットは大きいと思います。

——今回、デュアルピクセルCMOS AF IIによってAF精度がものすごく進化を遂げています。オートであれば撮像面の約100%をカバーできるようにもなりました。

オートフォーカスの領域の狭さというのは光学ファインダーを持つ一眼レフEOSシリーズでの限界ですよね。しかし、お客様の視点から考えれば、やはりどこでもピントを合わせたいと考えるのは当然です。いつかは克服しなければならない課題でした。

F11の600mmと800mmは誰の発案から生まれたのか?

——失礼な言い方ですが、キヤノンらしくないF11固定の600mmと800mmが登場しました。

キヤノンらしくないといわれますが、キヤノンらしくないはウェルカムですよ。サプライズがどこまで出せるかという意味ですけどね。新RFマウントレンズシリーズとなったらEFマウントではできなかったことをレンズでもやらなければいけない。超望遠のレンズとしてはかなりお手頃な600mmと800mmはDOレンズの普及版という考え方です。単純に600mmと800mmをF11固定でもいいから、このサイズと価格で作れといわれてもいろんな要素技術が追いついていなければ、作ることができない。RFシステムとこれまでEFで培ってきた技術や経験、ノウハウが、うまくマッチングして、このタイミングで製品化できたというわけです。

——それは超望遠の世界を、誰にでも楽しんでほしいという発想からでしょうか?

プロが使用する600mm F4や800mm F5.6のおおよそ1/10の価格ですからね。商品化すれば、大きな話題になると感じていました。

——レンズの話題でいうと、RFレンズが全17本(テレコン2本含む)となりました。決めることはできないと思いますが、この中で、お気に入りのレンズがあれば、教えていただけないでしょうか?

自分の子どもの中で誰が一番かわいいですかと聞かれているのと同じで、その質問には答えられないでしょ(笑)。それでもあえてどれがおすすめかといわれれば、安定感があるという意味で大三元と呼ばれるF2.8シリーズを使っていただけたら、システムのパフォーマンスを最大に引き出すことができるのではないかと思います。それとは別に個人的にということになると、高倍率ズームの使い勝手がいいなと思っています。私はある場所から富士山を撮影することを趣味にしているのですが、そうすると少しでも荷物を軽くしたいのです。24-240mmであれば、引いても良し、寄っても良しですからね。新型の100-500mmも使ってみたいなと思っています。おすすめというよりも、自分が使ってみたいというレンズですね。

——DPRAWの新機能としてポートレートリライティングと背景明瞭度が追加されました。ハードウェアの技術だけでなく、そうしたソフトウェアからも撮影をサポートしていくという考え方は、今後も加速していくのでしょうか?

ソフトウェアも大切なのですが、データの大元となるのはデュアルピクセルCMOSセンサーが受け持っているので、そういう意味ではハードウェアの情報が必須です。そこに元情報があって、それをどう処理するのかという方法です。つまり、単なるソフトウェアではなく、ハードとソフトを融合させたことによる新しい価値だと思っています。ライティングはプロの方であれば技術によってカバーできる部分だと思いますが、その分仕上がりもとても重要な要素になるので、その部分を少しでもお手伝いできないかという考え方です。こちらも企画から出てきたアイデアです。

——最後にEOS R5とEOS R6を購入した人、あるいは購入を検討している人に対して、戸倉さんからメッセージがあれば、いただけないでしょうか?

私も改めていろいろと考えてみたのですが、従来のEOS 5Dと6Dの時代はターゲットがはっきりとしていて、「この機種はこういうお客様」というのが、すごく分かりやすく説明ができたのです。それは画素数であったり、コマ速であったりとか、カメラの元々持っている個性を差別化しやすかったとも言い換えられます。しかし、今回はミラーレスの力をフルに発揮して、全体性能も一気に底上げしたつもりです。したがって、どちらの機種もトータルバランスは圧倒的に上がっています。おそらく今までのように風景が撮りたい、動物が撮りたい、飛行機が撮りたいという欲求に対しては、ほとんど満足してもらえる機能があると思っています。画素数や動画性能に差はありますが、逆に言うとどちらの機種も被写体を選ばないと思っています。それゆえ、お客様がどちらの機種を選んでも、おそらく現状で使われているカメラよりも撮影領域が広がるという点で、きっと活躍してくれると思います。答えになっていますか?

——よく分かります。今までの御社からも示される、製品ラインアップに関するピラミッド型のヒエラルキーではなく、1つの機種がカバーできる領域がとても広がっていることを感じています。

もしかすると今までご自身が撮っていたスタイルも変わるかもしれないですね。もっと高画質に、もっと俊敏に、もっとアクティブに、いろいろなベクトルが一段上になる。そうすることで、さらにお客様からの要望も一段高いものになって、それにまた我々が応えていく。そうして一歩ずつ、お客様とともにグレードアップしていくのだと思います。