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見た・聞いた・触った「ライカM10」レポート

なぜ薄くできた? "写真機"に専念したMデジタルの背景

ライカM10(ブラッククローム)。オスカー・バルナックが100年前に35mmスチルカメラの試作機「ウル・ライカ」で試し撮りをした、ウェッツラーの記念スポットにて。

1月19日にドイツのライカカメラ本社で披露され、国内では2月発売と予告されている「ライカM10」。主な見どころについて、現地でわかったことや、短期間ながら実機を試した筆者の印象とともにお伝えする。

ライカM10がお披露目された、ドイツ・ライカカメラ本社

Mデジタル登場から10年。ついに「納得のスタイリング」に

ライカM10においては、"銀塩ライカ並みの薄さ"というのが一番のキーワードになっている。60年を超えるM型ライカの歴史に連なるカメラとしては、たとえ電子回路が満載だといっても「手のひらが覚えた銀塩ライカの感触」の共通認識から外れたものは受け入れられにくく、ライカM10はその心理的な壁に初めて挑んだライカMデジタルだからだ。

ライカM10(シルバークローム)

ドイツのライカカメラ本社内にマイルストーン製品のひとつとして展示されている「ライカM6」(1984年登場のフィルム機)には、"クラシックなM型デザインに露出計を内蔵した初のモデル"と記されている。つまり今から30年前の時点で、M型ライカのあるべき姿は"クラシック"であることだと、ライカ自身によっても定義されていたのだ。

参考:ライカカメラ本社内に展示されているライカM6

今回プロダクトマネージャーへのインタビュー(後日掲載)で興味深かったのは、Mデジタルに対する顧客要望の上位にあったという「より薄型のMデジタル」が、ライカ側にとっては意外な要望だったという点だ。これは日本人と欧米人の体格の違いや、ライカの歴史に対する思い入れの違いから来ているのだろうか。特にライカM(Typ240)は銀塩ライカに比べるとボッテリとした厚さが目に付き、それだけで買う気が萎えてしまっているという人にも筆者はたくさん会ってきた。

ライカM(Typ240)とライカM10(右)

しかし、ライカはそのスタイリングへの要望を知って、ライカM10で取り組んだ。そこは喜んで受け入れたい。トップカバー部分の33.75mmという厚さは、銀塩ライカの代表的存在といえるライカM4と同寸であるとアナウンスされた。これまでのライカMデジタルや他社のミラーレスカメラと同様に、厚さを縮めようがないレンズマウントの部分だけを数mmほど前方に出し、ボディ全体としての厚さを感じさせない工夫も取り入れている。

レンズマウント部が数mm前方に出ている。銀塩ライカだと、ここがツライチ。

ボディ重量は銀塩ライカよりはまだわずかに重いし、背面にもデジタルカメラゆえ液晶モニターや操作ボタンなどの部材が並ぶため、厳密に銀塩ライカと全く同じ持ち心地というのは難しい。とはいえ筆者の身近なベテランユーザー達は、早速ライカストアやライカブティックで展示が始まったライカM10の実機を手に取り、縦横に構え、0.73倍になったファインダーを覗き、シャッターを切り、「これなら納得」と話していた。

なぜ薄くできた?

技術的には、これまでセンサー基板とメイン基板が2層になっていた部分を、センサー周囲にメイン基板を持ってきて1層化することで薄型化に成功した。アイデア自体はライカM(Typ240)の頃からあったというが、放熱やスペースの問題で当時はまだ準備がなく、LSIの小型化などを受けてライカM10でいよいよ実現した。

ライカM10はハードウェア的には動画撮影も可能だというが、ドイツ本社の製品担当者によるとM型ライカには「動画機能が付いているから買わない」との声まであり、潔く省略することにしたという。現在では35mmフルサイズミラーレスの「ライカSL」があるので、動画をはじめとする多機能はそちらに任せて、晴れてMは"写真機"に専念できることになった。

そのため、小型化により容量が減ったバッテリーでも使用に不安はない。ライブビュー撮影も想定したCIPA基準の測定では約300枚程度の撮影可能枚数になるものの、M型ライカらしくレンジファインダーだけで撮っていれば実際には5〜600枚撮れるそうで、これなら十分だろうとの判断だ。ちなみにライカM(Typ240)でレンジファインダーだけを使って撮ると、バッテリー1つで1,000枚以上撮れるという。

ライカM10のバッテリー。ベースプレートには防塵防滴のためと思しきシーリングも見える

新対応したEVF「ライカ ビゾフレックス」も試してみた。GPS内蔵という新要素のみならず、アイセンサーによる使い勝手や表示の品位が向上しているのは間違いない。しかし覗く前にLVボタンを押してライブビューを起動しないといけないので、立ち止まってキッチリ視野率100%で撮りたいシーンにお似合いだろう。いわゆるM型ライカ的なスナップショットには、昔ながらの外付けビューファインダーを用意するほうが快適だった。

ビゾフレックスの名を冠するEVFの装着例

ちなみにレンジファインダーも、光学系が新規設計された0.73倍のものになり、見えが変わっている。倍率が0.68倍から上がるとともに視野も広くなったので、視野内におけるブライトフレームの見え具合は従来から大きく変わっていない。メガネをしている筆者では、ライカM(Typ240)と同様に「35mmの枠がなんとか見える。28mmの枠はやっぱり見えない」といった具合だった。もちろん倍率が高いぶん、ピント合わせはやりやすくなっている。

高感度特性のよくなった新センサー

新開発の2,400万画素センサーは、ライカQやライカSLと同様に製造元を明らかにしていない。イメージセンサーは開発会社や製造会社などが様々に関係していて、ひとくちに「○○製」とは言えなくなっているのがその理由だそうだ。ライカカメラ社としては製造がどこかというより、それがライカ用に特別設計されたセンサーであり、Mレンズに向けて開発されているという部分を推したい模様。

2,400万という有効画素数は、ユーザーとの意見交換によりライカM(Typ240)から据え置かれた。より多画素を求める声もあったが、多くは2,400万画素の解像感とノイズレベルをよいバランスだと感じ、大きすぎないファイルサイズを好んだという。

ISO感度はISO50000まで設定可能になった。ライカM(Typ240)は最高ISO3200+PUSH6400(拡張設定)だったので、単純に設定可能範囲だけ見ても3段アップしている。試写したRAWデータをLightroomで開いてみると、同じISO感度におけるカラーノイズのレベルがライカM(Typ240)よりグッと抑えられている印象。晴天屋外のようなパンフォーカスでのスナップ撮影が夕暮れや室内でもできそうで、スナップカメラとしてのM型ライカの可能性が広がった印象を受ける。詳しい画質評価は、後日掲載予定のプロカメラマンによるレポートを待ちたい。

引き続き、古いレンズのことも意識

センサーダストの除去機能は今回も搭載されていないが、イメージセンサーの受光部とカバーガラスの間に距離を取ったことで、センサー前にゴミが付着しても写りにくくなっているという。カバーガラス自体の厚さはライカM(Typ240)と同様に1mm未満に抑えられ、古い設計のレンジファインダーカメラ用広角レンズを使う場合には、引き続き他社のミラーレスカメラより光学的に有利といえる。筆者自身で検証したことはないが、一般的なミラーレスカメラのカバーガラス厚は1.5mmとも2mmとも言われているからだ。

デジタルカメラのイメージセンサーは銀塩フィルムと異なり、急角度で入ってくる光を捉えるのが得意ではない。また、イメージセンサー前面に欠かせないカバーガラスが銀塩時代のレンズ設計では想定されていない屈折面となり、急角度で入射した光はその屈折の影響をより多く受ける。レンジファインダーカメラ用の古い広角系レンズなど、後玉が撮像面に接近するレンズにおいてフィルム撮影時とは周辺減光の度合い、周辺部の像の流れ具合といった描写傾向が異なるのはこのためだ。

それでもせめてカバーガラスを薄くすることで、古いライカMレンズでもなるべく違和感なく撮影できるようにと腐心しているのがライカMデジタルである。ただ、近年市場に出た最新設計のレンジファインダーカメラ用レンズでは、最初からデジタルカメラで使用されることを念頭に置いた設計がなされている。具体的には、よりイメージセンサーに対してまっすぐ光が届くような基本構成が用いられるようになり、その結果としてレンズ全長が昔のモデルより長くなったものもある。

ついでに寄り道すると、ライカM8ではカバーガラスの赤外カットが弱くUV/IRフィルターが別途必要で、ライカM9では経年や拭き傷からカバーガラス内に湿気が入って不具合が起きてしまったのも、基本的には上記の理由から「少しでもカバーガラスを薄く!」と画質に対して頑張りすぎた結果と言える(一応、ライカはどちらの事象に対してもサポートを行った)。ライカのテクニカルレポートが掲載されている専門誌「LFI」によると、それらのカバーガラス厚はライカM8が0.5mm、ライカM9が0.8mmだったようだ。その後のライカM(Typ240)では現在まで目立ったセンサー不具合を耳にしていないので、いよいよノウハウが蓄積されたのだろう。

銀塩ライカへの憧れに、大きく接近

銀塩ライカの名手に憧れてライカMデジタルを手にする筆者としては、ライカM6のような銀塩ライカに近い心地でデジタル撮影できる楽しさが何よりだった。撮影後の現像プロセスを考えるとデジタルの利便性は捨てがたく、これまで「デジタルだから仕方ない」と甘受してきたMデジタルの手触りが銀塩ライカに近づいたのは、実に大きな"進化"に感じられた。

また、ライカM10とライカM(Typ240)の厚さの違いは数値にして約3.5mmだが、数値以上に感覚的な"スリム"と"ぼってり"の超えられない壁があるような気もする。というとだいぶ従来機に厳しい論調になってしまうが、筆者自身も大いなる覚悟でライカM(Typ240)を購入した身なので、いちユーザーの感想として大目に見てほしい。

背面左側のボタンが減り、残ったボタンは大きくなった。氷点下のウェッツラーでは手袋が必須だったため、ボタンの大型化は実に理にかなっている
新機構のISO感度ダイヤルは「引っ張り上げて回す」のが億劫かと思ったが、操作時の感触がわかればスムーズ。それこそ巻き戻しノブのように、左手でカメラを保持し、右手の指で引き上げるクセがついた。ストラップが触れる位置なので、押し込むとロックされるのは安心だ。操作中はファインダー内にもISO感度が表示されるが、カメラを構えたまま操作するのはちょっと難しそう。

もちろんデジタルカメラなのだから、デジタルデバイスの進化による撮影画質の向上が第一と考える向きもあるだろう。しかし、撮影結果だけを求めてカメラを選ぶとき、果たしてライカMデジタルは最適解といえるだろうか。手指に伝わる真鍮+クロームメッキの質感や、昔ながらの撮影感覚、精密な操作感といった言葉にしづらい趣味的な魅力を抜きにしてライカM10に約90万円を払うのは、正直いって賢明とは思えない。

ライカM10の進化は筆者にとって「銀塩ライカに憧れて使うデジタルカメラ」としての究極を目指しているように感じられ、その部門においては、今のところライカM10の魅力が他のどのカメラよりも抜きんでていることは間違いないだろう。自分の懐事情と照らし合わせれば大変に高価なカメラだが、それでも手に入れたいと強く感じさせる存在感を持った1台だ。

ライカM10を手にする心地は、これまで以上に銀塩ライカ的で楽しいものだった。こうしていつでも連れ出したくなるカメラが手元にあれば、結果として"いい写真"が撮れる可能性も高い。
余談だが、ライカM10(右)ではカメラ側面の傷予防プロテクターがなくなった。「究極の実用カメラに傷予防とは何事か!」と、30年ぐらい言われ続けていたパーツでもある。丸環が擦れて真鍮の地色が出るのも楽しみだが、リセールを気にする人は当て革のあるストラップを選ぼう。

本誌:鈴木誠