インタビュー

製品担当者が明かす「ライカSL2」開発エピソード

ドイツ本社のステファン・ダニエル氏に聞く

ステファン・ダニエル氏

11月23日に発売されたミラーレスカメラ「ライカSL2」。いわゆるフルサイズミラーレスカメラの市場は2013年のソニーα7シリーズに始まり、特に2018年からは"一眼レフ二強"のニコン・キヤノンも加わり競争が激化している。そんな中、ライカは2015年に発売した「ライカSL」以降の市場をどのように見て4年ぶりの新機種を企画したのか。各部詳細とともに、ライカカメラ本社でカメラ開発責任者を務めるステファン・ダニエル氏に話を聞いた。

ライカSL2

——ライカSLからライカSL2に至る背景を教えてください。
ライカSLは発売から4年が経過したカメラですが、オーナーの満足度は高く、現在でも良いカメラだと思います。それに続く機種としては、まずAF性能を向上しなければなりませんでした。加えて"フルサイズミラーレス"という商品カテゴリーのトレンドから、ボディ内手ブレ補正機構も重要と考え搭載しました。しかし、それでもボディサイズを大きくしたくはありませんでした。

今回は、従来のライカSLユーザーと同じかそれ以上に、ライカSLを選ばなかったユーザーを対象に「何故ライカSLを買わなかったのか」について詳しく調べてみました。一例としては、ライカSLは手にしてみるとエルゴノミックな形状のカメラなのですが、見た目の印象からそう感じてもらえていなかったことがわかり、少しデザインを変えました。ちなみに、ライカSLから継承しているパーツはほとんどありません。

左から、ライカSL2、ライカSL。

操作性については、ライカM、ライカQ、ライカCLユーザーの声をもとに、それらと同じUIに揃えたのもポイントです。他には、このクラスのカメラに求められる高解像度なイメージセンサーや、高精細なEVFもしっかりと盛り込みました。

背面左手側のボタンを3つにまとめた。

——ライカのカメラはどのようにUIを設計していますか?
カメラに必要なものを全て網羅したチャートがあり、そこから各カメラのキャラクターごとに検討していきます。例えば、「ジョイスティックはM型ライカにはつけない」といった具合にです。

その検討は、技術者、商品企画、デザイナーの三者がそれぞれの視点から行います。商品企画の担当者が最もユーザー寄りの立場です。それを元に、できるだけシンプルにすることを目指して、デザイナーが製品に落とし込んでいきます。

——ライカSL2の底部には「IP54」と記されています。デジタルカメラで防滴等級を記した機種は珍しいですが、その理由と、実現の難しさがあれば教えてください。
ライカSLのようなカメラは過酷な環境で使われることが多いため、より防塵防滴が重要になってきます。それに対してライカが真剣に取り組んでいることをわかってほしいというのが理由です。そのためには、規格に沿ったテストに合格するのが確実と考えました。

開発上の難しさとしては、水や埃の侵入を防ぐシーリングのパーツが増えることで、カメラ自体の大きさに影響が出ることがあります。しかも、試作後に実験してみないと実際の水の流れはわからないため、テストと対策を繰り返すのが大変です。今回は背面のボタンが減ったので、シーリングの面ではいくらか助かっています(笑)。

レンズ一体型のライカQ2も、ライカQに対する要望のトップにあったのが「防塵防滴」だったことから、同様に防滴等級(IP52)を記しています。

ダニエル氏が持参したライカSL2のプロトタイプ。製品版と異なり"IP52"と記されているところに「テストしながら徐々に防滴性を高めた」という背景が伺える。

——ライカSLにあった内蔵GPSがなくなりました。カメラに内蔵されていてこそ有用だと評価する写真家もいますが、どのような判断がありましたか?
カメラ単体でGPSを積むより、スマートフォンアプリ経由でジオタグを付与するほうが、携帯電話の基地局情報なども使えて位置情報の精度が高いからです。

——トップカバーの手触りが変わりましたが、ボディ構造はライカSLと変わりましたか?
はい。ボディ全体に張り革を巻いたようなデザインを施し、見た目を3分割の構成としました。ライカSLが実寸以上に大柄に見られてしまっていたことを踏まえ、見た目の印象を工夫しています。実際のサイズ自体はライカSLもライカSL2もほぼ同じです。

ライカSLには"コ"の字型のアルミ削り出しワンピースボディを採用していました。しかしあの削り出しボディをスムースな表面に仕上げるには多くの手作業が必要で、歩留まり的にも厳しい部分がありました。

参考:ライカカメラ本社で見かけた、無塗装のライカSL(非売品)。
ワンピースの削り出しであることがよくわかる。

そこでライカSL2では、"フルサイズミラーレス"というライカには珍しく競合がいるカテゴリーの製品であることも踏まえて、トップカバーのみをアルミの削り出しとして、ボディシャーシ、リア部分、ボトム部分をマグネシウム製にしました。これにより外装コストが抑えられ、新たにボディ内手ブレ補正のユニットを追加しつつ重量増も少なくできています。表面処理は、ライカCLで好評を得た梨地仕上げにしました。

左がライカSL2。サラサラとした梨地仕上げになった。

——4,730万画素というイメージセンサーのスペックだけを見ると、他社のLマウントカメラに通じる部分も感じられますが、実際にはどうでしょう?
例えば、表面にあるカバーガラスの設計が違います。ライカSL2はレンジファインダーカメラ用のライカMレンズを取り付けて使うことも考えているため、イメージセンサー前のカバーガラス部分をライカSLと同じ薄さに仕上げています。古い広角レンズなどで起こりがちな画像周辺部の画質低下を対策したもので、Mレンズの使用を前提とした設計はライカならではの部分です。

——画質的メリットがあるとはいえ、カバーガラスをそこまで薄く仕上げるのは、コストが掛かりすぎて現実的ではないとの見方も業界内にはあります。その辺はどうですか?
ライカにとっては普通のことなので、わかりません。

——今回はMレンズとRレンズのプロファイルを選べるようになりましたが、手ブレ以外にどんな補正が含まれていますか?
歪曲と周辺減光の補正です。

——感度はISO 50から選べますが、最高画質を得られる感度はどれですか?
ISO 50とISO 200です。

——画像処理エンジンがMAESTRO IIIになりましたが、違いはどこですか?
より高解像度になったイメージセンサーに向け、処理速度が高まりました。画素数としては2倍になっていますが、動作レスポンスは2,400万画素のライカSLと変わらないと実感してもらえるはずです。また、AF機能には被写体追尾も入り、アップグレードされました。

画質は以前MAESTRO IIでも高いレベルにあったため、細かな改善についてはコメントできませんが、UHS-IIカードをデュアルで扱えるようにするなど、とにかく画素数が増えた副作用を感じさせないようにしました。

——AF測距はコントラスト式ですか?
DFD(いわゆる空間認識AF)です。これはライカSL2から新搭載の機能で、レンズ側が対応していない場合は通常のコントラストAFになります。

——AFを「人認識」にすると顔や人体を検出しますが、これはどこの技術ですか?
DFDと同様、協力関係にあるパナソニックの技術です。とはいえ、ライカSL2というカメラ自体は、ライカが企画しライカで作っているため別物です。

AFモードに「人認識」が加わった。

——ライカSLでは目ブレによってファインダー像が暗く見えるのが、ライカSL2では改善されたように思います。EVFの接眼レンズを新しくしましたか?
はい。基本的な光学設計自体はとても似たものですが、表示パネルの変更に伴って一新しました。

2015年のライカSL発表会では、自慢のEVFだけを体験できる展示があった。表示パネルは当時最高だった440万ドット液晶から、ライカSL2では576万ドットの有機ELに変更。

——「EVF使用時のタッチAF」という機能がありますが、ファインダー接眼時には背面モニターの隅々まで指が届かないので、実用性が疑問です。現状の絶対位置だけでなく、相対位置での指定が可能であるべきだと思います。
要望を理解しました。ファームウェアのアップデートで対応できるかもしれません。

——新アプリの「Leica FOTOS 2.0」はライカSL2以外でも使えますか?
Wi-Fi機能を備える全てのライカで使えます。なお、年間49.99ドル(日本円では5,400円)のサブスクリプションで「Pro」バージョンを提供していますが、これにはiPad版アプリ、DNGファイルの転送、動画のリモート撮影、Lightroomアプリとの連携が含まれます。

無料版では、静止画のリモート撮影、JPEG画像のスマホ転送が使えます。iOS用だけでなくAndroid版もありますが、Androidタブレットは画面サイズなどがあまりに多様なので、今回はiPadにフォーカスしました。

Leica FOTOS 2.0のPro版では、iPadアプリが使える。

本誌:鈴木誠