インタビュー

スマホでレタッチを完結するという写真家に話を聞いた

なぜパソコンを使わないの? 処理速度、操作性、画質は?

東京カメラ部2019写真展で、自分の作品を前に立つ橋向真さん。橋向さんは2016年、東京カメラ部10選に選ばれている。

独自の感性で富士山を撮り続ける橋向真さんは、作品のレタッチについても変わった方法で取り組む写真家だ。そんな彼のこだわりとは……パソコンを一切使わず作品を仕上げること。レタッチはすべてスマートフォンで行うというから驚きだ。

書籍「思い描いた世界観を表現する仕上げの技法 超絶レタッチ術」(弊社インプレス刊)でも、そんな橋向さんのレタッチテクニックが紹介されている。フォトグラファー10名がAdobe Lightroom Classic CCを駆使したテクニックを披露するこの書籍、皆がデスクトップ版の画面を使って解説する中、橋向さんのページを見ると……かたくなにモバイル版の画面が並ぶ。デスクトップ版の画面デザインは横長であり、対してモバイル版は縦長だ。

書籍「思い描いた世界観を表現する仕上げの技法 超絶レタッチ術」(弊社インプレス刊)より、橋向真さんのページ。デジタルカメラのレタッチを解説した書籍で、縦長の解説用画像は新鮮。

確かにいまのLightroomはデスクトップ版・モバイル版・Web版で機能に大きな差はない。とはいえレタッチ=パソコン作業という観念から逃れられない自分にとって、この橋向さんのページには衝撃を受けた。

橋向さんに話をうかがう機会を得たので、作業環境や意識について聞いてみた。

こういう時代になると見越していた

——そもそも、スマートフォンだけで完結するワークフローはいつから?

作品を撮り始めた頃、つまり最初からですね。もともとSNSを中心に活動するつもりでしたので、その頃は撮影してすぐSNSに投稿していました。そのため、スマートフォン内で完結するかたちに自然にたどり着いたのです。

——パソコンを使わないことで不安になったりしませんか?

まったくありませんね。いずれ、パソコンを使わなくても作品を生み出せる時代になると信じていました。スマートフォンの性能は上がる一方です。プリンターもスマートフォンに繋がる時代ですし。

——撮影はスマートフォンでなく、デジタルカメラですか?

はい。デジタルカメラで撮影してカメラ内でJPEGに現像、それをWi-Fiでスマートフォンに送っています。もともとその方式でいこうと決めていたので、最初のカメラもEOS 6D(カメラ内現像可、Wi-Fi搭載)を購入しました。その当時、そうした機材が出揃ってきたのです。

——ではパソコンはまったく使わない?

いえ、メモリーカードに記録された作品画像をパソコンに取り込み、それを外付けHDDに保存するときに使います。パソコンは外付けHDDへの受け渡しのためにある感じですね。

——使っているスマートフォンは?

iPhone XS Maxです。仕事として使うものなので妥協せず、最新のものを選んでいます。レタッチのスピードが全然違いますので。これ1台を普段持ち歩いていまして、レタッチ用に別のスマートフォンを用意しているわけではありません。バッテリーもよく持ちます。

——よく使うアプリは?

Lightroomです。その他、Photoshop Express、Enlightも使いわけています。私が写真を始めた頃からすると、こうしたアプリの性能と選択肢はどんどんよくなりました。EnlightはTIFFで納品するときに使いますね。

——スマートフォンでレタッチするメリットとは?

どんどん触って感覚で進めていけるところです。画面にタッチして作業できるのは本当に効率的です。今の世代のLightroomは、デスクトップ版でできることがかなりモバイル版でもできます。しかもタッチ操作が基本です。処理速度も問題ありませんし、ちょっとした隙間時間に作業できるのもスマートフォンのメリットですね。

——確かにタッチUIだとより直感的に作業できますね。撮影後、取捨選択された作品がスマートフォンに入っているのですか?

はい。スマートフォンに入れておけば納品もすぐにできます。インプレスさんに作品を送るときもLINEです。テキストもスマートフォンで打って納品しています。

——徹底していますね……。スマートフォンであれパソコンであれ、橋向さんの作品にとってレタッチとは何でしょうか。

世に出す作品はすべてレンズ交換式カメラで撮影しています。撮影後は何らかのレタッチを施しています。自分で「こうしたい」という想いを込められるのがレタッチの良いところですし、それがあって初めて、自分の表現だと考えています。スマートフォンだからと手を抜いたりはしませんね。

話をうかがって

スマートフォンだけでレタッチを完結させる橋向さんのスタイル。話をうかがってみれば合理的でかつ、いまの環境に即したものだった。スマートフォンとモバイルアプリの進化があってこそのものだろう。スマートフォン以前から写真に関わる自分にとって、久しぶりに新鮮な取材だった。

本誌:折本幸治