インタビュー
RICOH GR III(後編)
レンズ、絵作り、小型化……積み重ねた進化を紐解く
2019年7月24日 07:00
フィルムカメラ時代から続く歴史があり、根強いファンを持つGRシリーズの最新機種「GR III」が3月に発売された。変わらぬGRらしさに秘められた技術的挑戦から、その進化の実体に迫る。(写真:編集部)
(前編からの続き)
新設計で小型化と高画質化を両立したレンズ
——今回のレンズは新設計だそうですが、刷新の理由と特徴をお聞かせください。
大橋:今回はまず手ブレ補正機構を入れたいということと、手ブレ補正機構が入った上でも従来よりカメラを薄くしたいということがありまして、これまでと同じ7枚構成のレンズでは要求サイズにどうしても収まらなかったために、構成を1枚減らす選択をしました。
そのような背景ですので、従来のレンズでは2,400万画素のイメージセンサーに対応できないからといったことではありません。カメラを薄くしたいという要求に対して、新しいレンズでなければ対応できないという判断をしたということです。
もちろん、構成枚数が減ったからといって性能が落ちているということは全くありません。またGRレンズとして、画像処理による収差補正を前提としない設計となっていることも、従来と同様です。
——模式図を見ますとGR IIのレンズは7枚構成で、イメージセンサー前の謎の光学ユニット(LPFとカバーガラス?)も考慮された図になっていますが、今回のモデルはセンサー前にそれがなく、構成枚数も1枚減っています。こうした、レンズから後ろの光学系の変更に伴いレンズ構成を変えたということではないのですか?
大橋:これは単純に模式図のデザイン上の意図として別の作画になっているだけで、実際にはレンズより後ろの光学部品が模式図のように全くなくなってしまったわけではなく、それによってレンズ本体の構成枚数が変わったということでもありません。
——非球面レンズはどのように活用していますか?
大橋:非球面レンズはGR IIIのサイズと性能を両立させる上ではなくてはならない存在です。今回の6枚構成の光学系で従来の7枚構成と同等以上の性能を達成できているのも、非球面レンズが果たしている役割が大きいです。
具体的には、従来よりも高い屈折率の非球面レンズを使用することが、構成枚数を1枚減らしてもより高い光学性能を達成し得るひとつのポイントになっています。
——ちなみに、1枚目と最後の凹メニスカスレンズが非球面レンズですか?
大橋:そうです。我々はL1とL6と呼ぶのですが、1枚目と最後のレンズがガラスモールド非球面レンズです。
——これ以上開放F値を明るくすると本体サイズに影響しますか?
大橋:もっと明るいレンズが欲しいというご要望があることは理解していますが、例えば一眼レフの交換レンズでF2.8モデルとF2モデルの違いを見ていただければ明らかなように、開放F値を1段上げるだけでかなりサイズアップを伴ってしまいますので、現在のGRのサイズ感の中でF2.0のレンズを実現できるかということになると非常に難しいと思います。
——別売ワイドコンバージョンレンズの進化点はありますか?
大橋:基本的にはマスターレンズが新しくなったことと,それに加えて今回はレンズ先端から6cmまで寄れる(従来はレンズ先端から10cm)マクロ機構を実現している都合上、以前のコンバージョンレンズでは十分な性能が出せないということで新規設計としました。
コーティングなど細かなところは改良しつつ、GR IIIの新レンズに最適な光学系となっています。
——従来モデルのワイコンをGR IIIで使用することは可能ですか?
大橋:物理的には装着できてしまうのですが、画面周辺の結像性能が良くないということと、撮影距離によってはケラレが生じる場合があり使用できません。
吉田:旧タイプのコンバージョンレンズでは焦点距離情報の伝達ができず、手ブレ補正が誤動作しますので使用はお控えください。
レンズ性能を活かす画像処理
——今回はイメージセンサーも新規になって画素数が増えていますね。画素数以外にセンサーの進化点はありますか?
宮田:マイクロレンズの設計が新しいレンズに最適化したものになっています。また、今回からは像面位相差AFが可能になっている点もイメージセンサーの進化点の一つですね。
——画像処理エンジンも新しくなっていますが、従来のリコー(GR)のアルゴリズムを踏襲しているのでしょうか?進化点がありましたら教えてください。
宮田:色再現はGR IIをベースとして改善を行い進化しています。またトーンカーブ、ホワイトバランスやAEのチューニングはGR III専用となっています。
進化点の一つとして、画像処理での高精細化が挙げられます。GR IIIはレンズの性能も良くなっていますし、撮像素子の画素数も従来の1,600万画素から2,400万画素になっていますので、それだけで解像性能は上がるのですが、さらに新しい画像処理エンジンとの組み合わせで、従来よりも線が細く、ディテールの再現性に優れた繊細な描写の処理が実現でき、画素数以上の高精細感が得られると思います。
また、アクセラレーターユニットを搭載し、新しい画像処理エンジンと組み合わせることで高感度画質が向上しています。具体的にはISO 1600か6400あたりの常用高感度画質の改善がGR IIと比べて大きいです。
——ペンタックスブランドのPRIMEシリーズとの違いは?
宮田:GRにはGRの色があるので、それを意識して色再現は調整しています。またAEのチューニングもGR III専用にチューニングされたものになっています。画像処理については無理にノイズを潰すのではなく、写真として心地よいノイズは残す方向性で共通しています。ノイズ処理を強くすれば数値的な評価は良くなりますが、写真としての見た目が悪くなったり、画像処理の影響でボケが汚くなるなど弊害があります。そのため官能評価を重視した画質設計を行っています。
GR用に最適化した手ブレ補正機構
——今回のモデルの目玉機能の一つは、センサーシフト式の手ブレ補正機構を備えていることです。「SR」という名称からしてペンタックス一眼レフの技術を応用しているのでしょうか?
吉田:これが実際に搭載しているSRユニットですが、基本的にはデジタル一眼レフカメラのものと同じ構成を採用しています。今回は一眼レフのようにいろいろな交換レンズを想定しなくて良いので、GRレンズの焦点距離に合わせてSRの移動量や駆動力を最適化したり、動画撮影中に入り込んでしまう駆動音の発生を抑えるといった改善を施しています。
——SRユニットはGR III用の専用設計ですか?
吉田:専用設計です。
——露光中にセンサーを動かしてモアレの低減を図るローパスセレクターの機能は、ペンタックスの一眼レフのものと原理は同様ですか?
吉田:同じ駆動方式を採用しています。
——レンズ固定式カメラの場合、レンズシフト式の手ブレ補正のほうが簡単に導入できそうですが、センサーシフト式にこだわった理由は?
大橋:レンズシフト式の手ブレ補正が可能な光学系をこのサイズで実現するほうがはるかに大変です。極端な話、レンズ全体を動かすという荒技を使えば光学設計自体は変わりませんが、シャッターユニットごと動かす必要が生じますし、そうするくらいならセンサーを動かすほうが妥当だということです。
——他社さんでは逆にセンサーを動かすのが大変なのでレンズ側で手ブレ補正をしているケースも多いようですが?
大橋:レンズシフト式の場合は、レンズの一部を単に動かせば良いということではなく、動かしても結像性能が劣化しない部分系を作り出さなければなりません。現状のレンズに手ブレ補正を入れるとなると大規模な変更が必要になって,どうしてもサイズに影響してしまうので、センサー側にお願いしているというところですね。
レンズタイプによって、レンズシフト式の手ブレ補正を入れやすい場合と入れるのが難しい場合がありまして、特に今回のレンズ構成では,手ブレ補正の要素を入れるのが非常に困難なのです。
——ほぼ対称型のシンプルな構成だからでしょうか?
大橋:そうですね。ここに手ブレ補正用の部分系を入れるとなると、全体の収差バランスを取りなおすことが必要になって構成枚数が増えてしまい、とても現在のサイズでは収まらなくなります。
——レンズ固定式カメラなのにダストリムーバル機能を設けた理由はなぜですか?
吉田:防塵防滴のカメラではないので、レンズが動く限りはゴミが混入する余地はあるということと、GR、GR IIはセンサーが固定式でしたので、センサーの前にパッキンを入れてセンサーを保護する構成にできましたが、今回はセンサーシフト式の手ブレ補正機構を入れている関係で同様の構成がとれません。この2点からダストリムーバル機能はあった方がいいだろうという判断により採用しています。
動作レスポンスなど、各部に盛り込まれた工夫
——発売当初は低照度時のAFが遅いという評判でしたが、ファームアップ(バージョン1.10)で改善されました。これで一般的な撮影条件では全く問題ないレベルのAF性能になっていますね。どういったところを改善したのでしょうか?
宮田:AF関連では様々なパラメータがあるのですが、そのそれぞれを見直したり、サーチ動作のシーケンスの最適化を図ったことや、像面位相差AFの活用方法を工夫することで、低輝度時の速度や精度を改善しました。
——今回から像面位相差AFとコントラストAFのハイブリッドになっていますが、役割分担は?
宮田:像面位相差AFでピントの方向を判断して高速駆動し、その後コントラストAFでピントを合わせるという使い方をしています。また、コンティニアスAF時には被写体のピントの状態の判定に像面位相差の情報を利用しています。
——GR IIの時のように前モデルとのレスポンス比較がありませんが、AF速度は向上していますか?
宮田:像面位相差の情報により被写体のピントの状態が判別出来るようになっているので、その分迷いのないサーチ駆動が可能となり、AF速度としては向上しています。
荒井:レスポンスの比較表を用意していないのは理由があります。GR IIではノーマル撮影での最短撮影距離がレンズ前30cmであるのに対して、GR IIIではノーマル撮影時の最短撮影距離がレンズ前10cmと異なります。同じ条件での比較ができないため、比較表を設けていません。
——今回はマクロモードでの最短撮影距離をこれまでの10cmから6cmまで短縮しています。その工夫点は?
鈴木:マクロモード時は無限遠側が12cmまでになってしまうのですが、それを許容することでレンズ前6cmまでの最短撮影距離を達成しています。GR IIIのレンズは全体繰り出しでピントを合わせる構成なので、最短撮影距離を短くしようとするとレンズを前に繰り出さなければなりません。単純にレンズを前に繰り出す量を増やすと、どうしてもカメラが厚くなってしまいます。
そこで今回新たに、交換レンズで言うところの接写リングを用いるようにフォーカス駆動系全体を動かす機構を取り入れることで、レンズ前6cmまでの接写を実現することができました。使いこなしの上では、6cmの接写機能と50mmクロップモードを組み合わせていただきますと、換算撮影倍率が高い接写を高画質で楽しむことができますのでお勧めです。
荒井:6cmのマクロ撮影機能と50mmクロップモードを組み合わせた場合、最大でSDカードくらいの範囲をアップで撮影できることになりますので、本格的なマクロ撮影をお楽しみいただけると思います。
稲葉:デザイン的にも、今回はマクロ機能が強化されることがわかっていましたので、被写体への写り込みをなるべく少なくするためにレンズ先端部分の文字とボディのGRロゴのカラーを従来機より一段暗くしています。
——起動時間が0.8秒となっていますが、これはデジタルのGRでは歴代最速ですか?
鈴木:これまでと比べて最速になっています。これが今回のレンズ鏡筒ユニットですが、GR IIのものと比べてモーター部分が大きくなっているのがおわかりになると思います。GR IIではこのモーター部分の横にフラッシュのパーツがあったのですが、GR IIIではフラッシュがなくなり、そのスペースを利用することでより大きなパワーを取り出せるモーターに変更することができました。その結果、起動時の沈胴鏡筒の繰り出し動作が高速になり、起動時間を短縮できました。
——起動時間はソフトウェアの立ち上がり速度が問題なのかと思っていましたが、どちらかというとメカ部分なのですね。
鈴木:起動時間はソフトウェアの立ち上がりとメカニズムの初期動作の組み合わせで決まるため、どちらというのは言いにくいのですが、GR IIでは沈胴機構の動作時間がボトルネックの一つになっていました。
そこで、GR IIIではモーターを大型化することによって沈胴機構の動作時間を短縮し、全体の起動時間を改善できました。
——シャッターボタンを一気に押し込むと、AF動作を行わずに設定した距離で撮影する「フルプレススナップ」機能を継承していますね。例えばF8、撮影距離2.5mあたりに設定しておくとほぼパンフォーカスで、細かいピントを気にせずにバンバン撮影できます。スナップカメラとしての象徴的機能でしょうか?
荒井:そうですね。この機能は非常に好評で多くのお客様にお使いいただいております。もはやスナップシューターとしては欠かせない機能の一つになっています。
——ADJメニューの表示の文字(アイコン)はどれも小さいと思います。若い方は気がつかないと思いますが、年配の人には辛い仕様だと思います。なぜ表示領域が広大にあるのに右端の一部分だけしか使わず、しかも表示の文字が小さいのですか?
荒井:ADJメニューはライブビュー中にちょっと設定を変更したい時に使うというコンセプトなので、画面表示を優先して設定アイコンなどは小さめになるようにしています。大きい文字できちっと設定変更されたい場合は、メニューから設定に入っていただけば良いかと思います。
宮田:ADJメニューを右端に寄せているのは、右手親指のタッチ操作で設定変更できるようにする目的もあります。
——メニューが一新されていますが、特徴を教えてください。また、そのUIを新しくした狙いは?
荒井:これまでのGRでは機能を建て増していたがゆえに、使いづらくなっていた部分があると思います。例えば、仕上がりの設定もGR IIではスタンダードにするかビビッドにするかは画像設定で、白黒やポジフィルム調などはエフェクト設定からで選ぶというふうになっており、白黒の設定にしたいときは画像設定とエフェクトのどちらを選べば良いかわかりにくいなど、メニューの構成が複雑になっていたところがありました。
そこで今回は、全体を整理してシンプルな構成にする方向で見直しを図りました。同時にメニューの行数も少し間引いて少なくし、文字間を広く取る工夫をしています。これによりGR IIよりも文字を大きくすることができ、タッチ操作の際も押し間違いすることなく選びやすいサイズになるようにしています。
——撮影可能枚数が約200枚と、GR IIの320枚と比べて2/3ほどになっています。バッテリーも新規ですが、枚数が減っている理由は?
細川:今回は非常に強力な画像処理エンジンとアクセラレーターユニットを搭載していまして、それらの消費電力が大きくなっているというのが正直なところです。バッテリー自体は、従来よりも小型化しつつ若干容量が増えています。
——手ブレ補正機構の消費電力の影響もありますか?
細川:手ブレ補正機構の消費電力も多少影響しますが、やはりエンジンとアクセラレーターの消費電力の割合が大きいです。
——一方、USB Type-C端子による充電・給電機能は好評です。給電についてはACアダプターのみとしていますが、条件によっては外部バッテリーでも動くようですね。メーカー側で確認している動作条件はありますか?
荒井:これは実使用で使える場合があったということで動作保証という訳ではないのですが、USB Type-CのPD(Power Delivery)規格に準拠したバッテリーと両端がType-Cタイプのケーブルを組み合わせで給電動作が可能な場合もあることは把握しております。
※編注:GR officialの関連記事→https://www.grblog.jp/article/4621
——今後のファームウェアアップデートで予定している内容のうち、公表できるものがあれば教えてください。
荒井:イメージコントロールの機能の中に、白黒の「粒状感」という機能を搭載予定です。これは既にマニュアルにも掲載している機能なのですが、その部分はなるべく早くお客様にご提供できるようにと考えています。
※編注:7月4日に提供開始されました→https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/1194181.html
インタビューを終えて(杉本利彦)
東京・丸の内で開催されていた「ザ・ロングライフデザインセレクション」展において「豊かな生活の普遍性」というテーマでリコーの「GRシリーズ」が選ばれ展示されていた。同展には、ホンダの「スーパーカブ」やオフィスチェアの「アーロンチェア」、コンバースの「キャンバスオールスター」といった長年親しまれている優れたデザインの定番商品が選定・展示されており、その中の一つにGRシリーズが選ばれていたのは、カメラ好きとして大変誇らしく感じられた。
そのため今回のインタビューではそうしたデザインの普遍性について語っていただけるのかと考えていたが、実際にはその真逆でゼロベースからデザインを考えたというのは意外であったし、機能面も「高画質」「速写性」「携帯性」の3つの基本理念が維持できるなら何をやっても構わないという姿勢で開発しているというのも驚きだった。
しかし、詳しく聞くうち、例えばモードダイヤルも、ユーザーポジションを使うユーザーが多いから他のダイヤルに置き換えられないとか、操作系なども容易には変更できないなど、ロングライフモデルだからこそ縛られている部分も少なからずあるように見受けられた。
一見普遍的なデザインに見えるGRも、開発陣の姿勢は意外なほど革新的であり、モデルごとに垣間見える保守と革新のコントラストがファンを惹き付ける秘訣になっているのかもしれない。
今回のGR IIIは、現在のスタイルとしてはほぼ完成の域にあるかと思うが、これに満足することなく「いつも挑戦し提案する姿勢を失わない」で頂いて、次回作にも「今度のGRはこう来たか!」と思わせるモデルを期待したいものである。