カメラ旅女の全国ネコ島めぐり

イルカ、海、山、そして猫がしあわせに暮らす島へ(御蔵島・前半)

海外へ行くのと同じくらいの時間をかけて、はるか遠い異国へ行くみたいなワクワクを心に抱えて旅に出たのは、伊豆諸島の一つ、東京から南190km離れた太平洋に浮かぶ御蔵島です。

御蔵島は「イルカと一緒に泳ぐ」ことができる島として、知る人ぞ知る、古来ミナミバンドウイルカが島のまわりに暮らしてきた自然豊かな島です。

「御蔵島に行くっていうのは、つまり、イルカと泳ぎに行くっていうのと同じだよ!」と、御蔵島へ来島したことのある先輩旅人が言うのを、幾度となく聞いたことがありました。

正直、イルカと一緒に泳ぎたいけれど、黒潮の海流の速い海で、イルカと一緒にスキンダイビングするには自信がなく、どことなく遠い存在だった島なのです。

それが、ある時、「御蔵島って猫がたくさんいるのよ。ほとんど山の中だけど、とにかくたくさんいるの」と、これまた先輩旅人から話を聞いて、ついに「イルカと泳ぎ、猫に会いに行く!」と決意。

はたして、イルカと泳げるのでしょうか。はたまた、島で暮らす猫たちは?

冒険の旅がまた始まりました。

【これまでのねこ島めぐり】

島到着 さっそく茶トラと遭遇!

御蔵島へは、東京竹芝桟橋から東海汽船「橘丸」に乗って、約7時間半かけてゆっくりと南下します。

夜11時の出航に間に合うよう橘丸に乗り、甲板に出て少し肌寒い夜風にあたりながら、暗闇に光り輝く摩天楼を眺めると、徐々に旅情に駆られていきます。

写真をパシャパシャ撮っていると、見慣れた摩天楼が、異国の街並みに思えてくるから不思議。
橘丸には、様々なタイプの客室があり、家族で、友達と、一人で、という旅の状況にあわせて、二段ベッドの並ぶ特二等室や和室部屋の特一等和室、ホテルの一室のような特等室など選べるのが便利です。

事前に予約した、一人旅の利用が多そうな特二等室の下段ベッドに横たわると、ゆらーり、ゆらーりと、心地よい波の揺れにうとうとして、あっという間に夢の世界へ。

翌朝6時。

どうやら、御蔵島に着岸できたようです!

丸い形の御蔵島には、桟橋が北側に一箇所だけしかなく、風が強く、波が高くなる日は接岸が難しいことが多く、とくに秋や冬は就航率が下がってしまうので、無事に島に接岸できたというのは、「運がいい!」と言ってもいいほど(だそう)。

橘丸は、御蔵島を離岸した後、八丈島まで行き、また折り返して東京へ向かうので、1日約700キロを航行しているようです。まさに、昔から、島の人たちにとって大切な物資や人を運んできた生命線と言える存在。

御蔵島の桟橋からは、正面にいきなり岸壁が立ちはだかり、どこが集落の入り口なのか一見ではわからず。島らしい島といえる、手つかずの大自然が目の前にあって、一歩中に踏み込んだら、何が待ち受けてくれるのか、ドキドキとしてきます。

こういう時、なぜだか私は、カメラがあることにホッとします。心強い相棒のようなつもりでいるのかもしれません。

さて、予約していた“山じゅう”という宿の車がお迎えに来てくれているので、数人の宿泊者と一緒に同乗し、宿へと向かいます。

島の上のほうへと、急な坂道をぐーーっと登って数分のところに、「里」と呼ばれるいわば集落があります。人口300人ほどの小さな集落です。

島なのに、「山」と「里」という概念があって、ちょっと不思議。まるで、山が海に浮かんだような印象を受けます。

宿に着くと、午前8時半からイルカと泳ぎに行くゲストたちが、ぼちぼちと着替えを初めて準備。巨大な水中カメラを抱えたカメラマンさんも、旅人として遊びにきていて、「僕はずっと、“イルカに通っている”」というセリフが、カッコよく聞こえました!

ドルフィンスイムは、午前8時半〜と午後1時半〜の1日二回行われ、島に通っている人たちは当たり前のように、午前と午後予約をいれているようです。

私は、初めてだったので、午後の部を予約していました。

午前の部の人たちのでかける様子をみていると、「猫だよ」と山じゅうに住み込みで働いているイルカガイドのカズミさんに言われて、外に飛び出してみました!

カズミさんの足元で、ごろごろ、にゃんころしている茶トラの美男猫が。

「足に乗ってる〜」

でっぷりとした体をカズミさんにくっつけ、気持ち良さそうに、毛づくろい。

私がカメラを持って近づくと、ギロリ(にゃんだお前さん?)と鋭い眼を向けてきました。

「この子、いそちゃん。人懐こい猫ですよ〜」

もともと飼い猫が野生化して山の中で増えていった、森ネコたちだったようですが、西川商店さんの奥様がネコ好きで、今は西川商店周りの地域ネコとして飼われているみたいです。

山じゅうと西川商店のあたりは、ネコたちはよく徘徊しているようで、島の中でも特に猫たちと遭遇する機会が多い場所。

現在5匹ほどいるようですが、みんな仲が良いみたいです。もともと同じ山で暮らしていた結束みたいな絆があるのかな?

それにしても、とことこと歩いて人に近寄っては、ごろんとお腹を見せたりして、家ネコレベルの心の開きよう。

山じゅうのイルカガイドのマキさんにも、甘えていました。

さて、午前の部のイルカチームが宿を出たので、残された私は、のんびりと里を歩いて、ちょっと早い昼食をとることに。

山の斜面につくった里は、傾斜のある坂道ばかり。傾斜があると、パースがきいた構図で写真が撮れるので、かっこよく見えて嬉しい。

山じゅうから下のほうへ歩いて3、4分ほどのところに、ふくまる商店というカフェ兼お土産物屋さんがあって、来店すると、なかなか盛況で混んでいました。

御蔵島の宿は基本的に朝夕ご飯がついていますが、昼は外で食べなくてはならず、島の三軒ある食堂は、たいてい混み合うみたいです。

私は、伊豆諸島の島々で採れる明日葉を使った“明日葉カレー”を注文。

午後、いよいよフル装備をして、私もイルカ漁船に乗り込みました!

山じゅうのオーナーが船長で、イルカ漁船を出してくれます。(宿泊予約の際に、事前に申し込みが必要)

ちょっと、この日は風が強く、ゆらーん、ゆらーんと、漁船が揺れます。

そして、いざ!

イルカは島の周りがお家みたいなもので、回遊しながら暮らしているので、船長がイルカを探しながら、船を走らせます。

想像以上の大波!

ざばーん、ざばーーんと、潮水を全身に浴びながら、ついに船長が、船を止めました。

「はい、船の前のほうに泳いで!」

どぼんと船から降りて、必死で前方へと泳ぐと、イルカの群れが後ろからどんどんやってきて、人間を追い越し、前へ泳いでいく姿が見えました。

スキンダイビングが得意な他の旅人たちは、スイスイとイルカと一緒に泳ぎ、対になって、くるくる回ったりして楽しそう!

スキンダイビングのできない私は、海の透明度に救われながら、ひたすら海面を泳いで海の中を覗くだけ。

そこには、イルカ同士が仲良く泳いでいたり、子供のイルカがお母さんと泳いでいたり、海の下の方をスーッと泳ぎながら眠っていたり、イルカ世界の日常が広がっていました。

時折、イルカが空気を吸いに海面にあがってくるので、その時ばかりは、間近でイルカと出会えて感動!

イルカが姿を消したかと思うと、どこか遠くから、「キューン、キューン」というイルカの鳴き声が聞こえてきて、数秒もするとイルカがまた泳いでくるのです。

「イルカのお家にお邪魔するつもりで」と、事前にイルカガイドさんに言われていましたが、まさに、島のまわりはイルカのホームなのだと実感。

御蔵島が大切に育んできた、イルカとの暮らしを守るため、旅人たちも、「御蔵島ルール」をしっかりと意識しているようです。

とにかく、黒潮の海で暮らすイルカのダイナミズムな光景に出会えて、泣きたくなるほどの感動を覚えました。

手元に握ったOLYMPUS TOUGH TG-5で、なんとかイルカを撮りましたが、スキンダイビングをして、もっともっといい写真が撮りたい!と、久しぶりに夢を抱きました。

私もイルカに通うのだ!と。

船酔い、波酔いのあと、猛烈な陸酔いにも見舞われましたが、戻ると愛らしい地域猫のぷーくんがいて、勝手に癒されました。

猫好きな西川商店のお母さんに抱っこされて、すっかり甘えた顔。

その後も、山じゅうの外に、キジトラ猫のぷーや、茶トラのいそちゃんたちが、ごろごろとくつろいでいて、私もゆるりとした時間を一緒に過ごしました。

「夕日が海に沈むの、見に行こうよ」

同宿の旅人たちに声をかけてもらい、海が見えるほうへと坂道をくだっていくと、太陽が海にすっと落ちていくところでした。

御蔵島は凛然とした自然に包まれ、古来暮らしは過酷でもあったようですが、いま都会ではけっして出会えないような、自然と人、猫、イルカ、旅人のいい関係がここにはあって、美しいなあと感じました。

なんだか、涙を誘う島。

そんなことを思い、1日目が暮れていきました。

つづく

小林希

旅作家。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後、『恋する旅女、世界をゆくー29歳、会社を辞めて旅に出た』で作家に転身。著書に『泣きたくなる旅の日は、世界が美しい』や『美しい柄ネコ図鑑』など多数。現在55カ国をめぐる。『Oggi』や『デジタルカメラマガジン』で連載中。