カメラ旅女の全国ネコ島めぐり

イルカ、海、山、そして猫がしあわせに暮らす島へ(御蔵島・後半)

東京から南へ190kmほどの太平洋に、御蔵島という人口約300人の小さな島があります。伊豆諸島のひとつで、「イルカといっしょに泳げる島」として知られていて、昔から島の周りにはイルカが暮らし、人間とうまく共生してきました。

黒潮の流れる海に囲まれた島は、漁業よりも林業を主産業としてきたため、イルカにとっては主食となる魚たちが大量に減ることがなく、イルカにとって暮らしやすい島だったのでしょう。

ところで、島には「里」と呼ばれる集落がひとつあるだけで、あとは言ってしまえば「山」。

山には柘植の木が群生していて、古くから櫛や印材として島外に出荷され、島にとっての宝となっていました。

私は、東海汽船の「橘丸」に乗って、快適な(ほぼ寝ていた)約7時間の航行を経て、御蔵島へとやってきました。

【これまでのねこ島めぐり】

滞在2日目は、お天気が良かったので、カメラをぶら下げ、御蔵島の歴史を支えた「山」を登ってみることに。

山の中には猫たちがたくさんいるそうです!

もしかしたら、山の森に暮らす「森ネコ」さんたちに出会えるかも? 写真も撮れるのでしょうか?

御蔵島滞在2日目。午前中はまたしても、「イルカと一緒に泳ぐ!」と息巻き海にでました。

2度目のドルフィンスイムは、船酔いこそしなかったものの、スキンダイビングのできない私は、ひたすら海面を漂い、イルカの群れを眺めて過ごしました。

何度泳いでも、イルカと出会う瞬間は心が踊り、やはり泣きたくなるのだから不思議。

御蔵島にもう何年と通う旅人たちと出会いましたが、私も必ず来年リピートしようと心に決めました。

午後は、御蔵島の山に登ろうと、前日に「みくらしま観光案内所」に行って、ネイチャーガイドさんの手配を予約していました。

山に登るには、勝手に行けるコースもありますが、基本的にはガイドさんにお願いして、一緒に山に登ってもらいます。

13時に今回の宿「山じゅう」にお迎えが来るというので、それまでのんびりと集落を散策。小さな集落だけど、坂道ばかりなので、歩くと汗をかきます。

山じゅうの近くには、西川商店のお母さんがご飯をあげている地域ネコたちが、相変わらずごろごろ寛いでいます。

イルカと泳ぐときは、黒潮の海に船から飛び込み、ぐわんぐわんと寄せる波に浮かんで、海の世界の神秘的な光景に胸を震わせていたので、猫との時間は逆にほのぼのとしてリラックス。

ネコの時間に身を重ねると、ゆるやかな島時間の流れをいっそう感じます。

キジトラのぷーくんが、とことこ近づいてきて、私がしゃがみこむと、膝の上に乗ってきてくれました!

くーう、か、かわいい! 膝に乗せたまま、ぷーくんの拗ね顔みたいな表情が撮れて満足。

ぷーくんといると、西川商店のお母さんがやってきました。

すると、まわりにいた猫たちが、とことこ、お母さんの後をついて歩いていきます。ぷーくんも、ぴょんと私の膝から降りると、お母さんの方へと走っていきました。

ご飯の時間かな?

西川商店の壁には、可愛い猫や犬の絵があって、とってもフォトジェニック。撮った世界が、ふんわり優しく映ります。

さて、13時に迎えがあって、来てくださったのは、島生まれのおじいちゃん。

「広瀬って名前なんですけどね、島には同姓多いから、名前のトヨヒコで呼んでね」

優しそうなトヨヒコさんと、山じゅうの他の旅人と3人で、山のコースをさっそく決めることにしました。

巨大なシイの木に出合える南郷コースもいいし、山の稜線を歩くような、見晴らしがよさそうな長滝山コースもいい。

「いろいろオススメだけど、まあお天気がいいので、長滝山コースがいいかな」

トヨヒコさんの一声で、長滝山コースに決定。

「猫もいるみたいですね?」

「500か1,000か、2,000匹がいるみたいですねえ」

そ、そんなに!

それならば、きっと出合えるに違いない! そう思い、いざ出発!

長滝山コース入口までは、里から車に乗って、島の南側へと東側を通って向かいました。

東側にも、「イナサの大ジイ」と呼ばれている巨大なシイの木がありました。

こういう巨木が、島のあちこちにあって、手付かずの大自然のなかで、すくすく育っていってるようです。

仰ぎみると、力強い生命の息遣いが聞こえてくるようでした。

さらに、先に進むと、「草祀り神社」の前にきました。

「ああ、今だれか山に登っていますね」

小さな、小さな鳥居の前に置かれた石の下には、葉っぱが挟まっていました。

人が神様の山へ行く前には、こちらできちんとご挨拶して、無事に戻ってこられますようにと手を合わせるのだそうです。

御蔵島には仏教はなく、森羅万象に宿る神々を信仰する神道のみで、寺院はなく神社だけがあるのです。こういう島の風習、しきたりに出会うのは、楽しい。

「さあ、ご挨拶したら、行きましょうか」

いよいよ、標高800mの長滝山へと登ります。

途中で出くわした、柘植の木のトンネルは、とてもフォトジェニック!

「写真映りがいいでしょ、ここ」とトヨヒコさんも得意げ。

「この山のコースは、もともと柘植の木を運ぶためにつくられた道だったんですよ」

前を歩きながら、時折止まったり、振り返ったりして、トヨヒコさんがガイドしてくれます。

実は、伊豆七島で東海汽船の航路が初めてできたのは、1891(明治24)年にできた御蔵島航路でした。それは、この柘植の木を島外に運び出すための販路だったのです。

山の稜線を歩くように、道をしばらく歩くと、御代ヶ池が見えました。大昔、島の噴火によって、川が堰き止められてできた池だと言われているそうです。池の背後には太平洋が煌めいて美しい。

ただ、いつまでたっても、森にいる猫たちに出くわさず。

考えてみれば、本来野生にかえった猫たちは夜行性のはずで、日中、しかも人のいるところへと出てくるわけがないのです。

登り始めて1時間ほどで、長滝山コースの最終地点である、標高800mの地点に到着!

前方には、島で最も高い850mの御山の頂上がみえます。そこに行くには、さらに半日かかるというので、今回はここまで。

小休止をとり、心を鎮めると、聞こえて来るのは自然の音。

木々のざわめき、鳥の声、潮騒。なんて賑やか。撮った写真を見返すと、不思議と、その“音”がまた聞こえてくるようです。

山をくだり、里へ戻る途中、草祀り神社の前で「無事戻りました」とご挨拶。
石の下に置いて葉っぱを横にのけて、晴れて里へと帰ってきました。

山じゅうの夕食の前に、山で出会えなかった森ネコさんのことが気になり、観光案内所へ行き、話を聞きにいきました。

いま、御蔵島ではあることが問題になっています。

それは、「オオミズナギドリの減少」。

御蔵島では、オオミズナギドリという海鳥が繁殖地として数多く生息しています。なんと、世界最大の数を誇っていたそうですが、現在は山で暮らす猫の食害にあい、かなり減少しているとか。

もともと外敵のいない場所で暮らしていたオオミズナギドリには、本能的に防衛能力が欠落しているのか、猫が近くにいてもまったく逃げようとしないそうです。

野生化した猫たちに罪はありません。

生きるためにオオミズナギドリを捕食しているだけ。

ただ、このままでは、オオミズナギドリが減少して、絶滅してしまう恐れがあると言われいます。

今、「オオミズナギドリを守りたい有志の会」の方々が、山の中に捕獲器をおき、森ネコたちを捕まえ、人に慣れさせ、人と暮らす「イエネコ」にする活動をしているそうです。

オオミズナギドリも、猫も、どちらも守りたい。

もともとは、人と暮らしていた飼い猫が野生化して増え続けたのだから、森から連れ出し、飼い主を募っていきたい。

そんな、とても地道な活動をしているようです。

猫たちは言葉を話さないので、

「森にいる家族に会いたいにゃあ」「森に帰りたいにゃあ」

なんて思ってるのかわかりませんが、実際に里に降りてきた猫たちは、ぷーくんやいそちゃんのように、人間が大好きな猫となって幸せそうに暮らしているそうで、心が軽くなります。

他の森ネコたちが、現在人間たちと仲良く暮らしている様子は、フェイスブック「森ネコひろば」で随時見ることができます。

豊かな自然の御蔵島では、猫風邪や猫エイズもないようで、捕獲された猫たちはとても健康状態がよいそうです。

ただ、オオミズナギドリが減少、絶滅してしまえば、自然の循環が壊れ、山、海へも影響がでて、いずれイルカが暮らすのが難しくなるという研究者の意見もあるそう。

観光案内所の小木さんという男性も、「僕も、森ネコを家で飼ってますよ! めちゃくちゃ慣れて、可愛いんですよ」と言っていました。

帰りは、3日目のお昼の橘丸で。

黄色に塗られた愛らしい大きな船は、島々の人たちだけでなく、生活物資、旅人、そして捕獲された森ネコさんたちも乗せているそうです。

たくさんのドラマを乗せて、今日も海を走っている。

「さあ、私も帰ろう!」

東京のはるか遠くに浮かぶ小さな御蔵島へ、「イルカと泳ぎたい」「猫に会いたい」と思って来島したけれど、それ以上に、豊かな大自然や動物の営みと、凛とした島の暮らし、島を愛する人たち、そのすべてが繋がっているという、想像をはるかに超えた素晴らしい気づきを得ました。

またしても、泣きたくなるような、嬉しい気持ちで島を去ったのでした。

小林希

旅作家。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後、『恋する旅女、世界をゆくー29歳、会社を辞めて旅に出た』で作家に転身。著書に『泣きたくなる旅の日は、世界が美しい』や『美しい柄ネコ図鑑』など多数。現在55カ国をめぐる。『Oggi』や『デジタルカメラマガジン』で連載中。