山岸伸の「写真のキモチ」
第54回:北海道遺産 ばんえい競馬
撮り続けて見えた新しい景色
2023年9月15日 12:00
山岸さんが北海道遺産「ばんえい競馬」を撮り続け17年。この年月をかけているからこそより変化に敏感であり、感動するものがある。今年7月末の撮影を終え、山岸さんが見て撮って感じたこととは。(聞き手・文:近井沙妃)
撮影が制限されたコロナ禍を経て
ライフワークとして撮り続けているばんえい競馬だがコロナ禍では競馬場での練習風景などを撮ることがなかなか難しく、観光課や競馬場の方の立ち合いの元この3年では5回ほど本当に無理を言って撮影に入らせていただいた。もちろんこちらも迷惑をかけないよう万全の態勢で撮影に挑んできた。
久々に真夏のばんえい競馬場の朝調教を撮りたい、それと同時に変わりゆく競馬場の風景もしっかり残しておきたいと思い前々から申請してやっと許可が出て7月末に訪れることができた。カメラもレンズも進化して私が使う機材もどんどん変わってきた。この夏はライカとソニーのカメラを持って撮影へ。
自分の写真に出迎えられる
とかち帯広空港へ到着すると預け荷物受け取り場の1番手前にドンと大きく私が撮影した写真が再度飾られていてとても嬉しく思った。全国から訪れる人々に「帯広にはばんえい競馬あるんだ」というアピールをするのにばっちりの場所だ。以前ホリエモンこと堀江貴文さんと偶然この場で会い、電子看板の前で記念写真を撮った際に「えっ、帯広って競馬場があるの?」と言っていたことを思い出す。皆さんも到着ロビーに着いたときには目に留まると思うが是非探してみてほしい。
飛行場を出るとバス停には帯広空港連絡バスが停まっていた。帯広市内と空港を行き来する2台の帯広空港連絡バスはドーンと私が撮ったばんえい競馬の写真でラッピングされている。
もう1つ、何度かこの前で記念写真を撮影してSNSに投稿しているが、2017年にとかち帯広空港に増築された国際線の到着ロビーにはこれまたドーンと大きく写真を飾っていただいている。Welcome toとかち帯広、Welcome to ばんえい競馬、そんな歓迎の気持ちと世界で唯一という誇りを感じる。
広がる新たな景色
この写真は2019年8月に朝日新聞出版より出版した写真集「輓馬」の表紙に使用したカット。ここは朝調教のメインとなる走路である。
私が撮影に通い始めた頃は背景の左側にゴルフ場があり遠く後ろに帯広市役所や病院が写るようになっていたが、2022年末に十勝地方の23の農協で構成されている十勝農業協同組合連合会が管理する農協連ビルが建って後ろの町が完全に見えなくなった。
完成後、同じ場所で撮ってみた。はじめはこのビルが写真的にはとても邪魔になるんじゃないかと思ったが、なんせ17年も撮り続けた場所。競馬場内にビルができたわけではないが、背景にこのビルが写ることによってまた新しい雰囲気で朝調教を撮ることができる。
私はゴルフ場や町が見えるよりもこの方がなんとなく好き。何故かと言うと馬たちの表情が意外とわかりやすいということがひとつ。もうひとつはビルが建ったことによって光の入り方に変化が生まれたこと。今まではこの正面のビルをセンターとしたら夏は左側あたりから、冬は右側あたりから朝日が昇り、それによって競馬場の表情がすごく変わっていた。そこからこのビルが建って光の具合が更に変わったので一瞬戸惑いもしたが、今回2日間朝調教を撮影させていただいて上手く掴むことができた。
何よりもこの農協連ビルの会議室から競馬場を撮ることを前々からお願いしていて、今回の1番の目的だった。窓を開けていただいた瞬間、感動のあまりにシャッターを切るのを忘れてしまった。それぐらい競馬場の練習走路が美しくファンタスティックに見えた。
これはもう胸が躍るというか、すぐさま夢中でシャッターを切り始め、2名のアシスタントにも左右に分かれて撮るようにと指示したぐらい。本当は後ろに見える日高山脈も撮りたかったがこの日は天候が悪く断念。またいつかお願いをして撮らせてもらいたいと心から思っている。
馬と人と
通い続けて育ってきた人間関係がある。いつも朝調教で寒いときも暑いときも私に声をかけてくれる調教師の大河原和雄さん。騎手として現役の時から本当に大河原さんがいてくれたことで随分と勇気づけられた。
阿部武臣さんは私が通い始めた頃は1番若手に近い騎手だった。いつの間にか今は古手になり、常にリーディングジョッキーを争う強い騎手になってくれた。そしてご子息が騎手になるために今特訓中ということでとても頼もしく、近い将来親子3代の騎手を撮ることができたら嬉しいな。
朝調教で偶然お会いした時に阿部騎手が調教をしていた馬、メムロボブサップ。この後8月13日に行われた「第35回ばんえいグランプリ」では圧巻の走りで昨年、一昨年に続く3連覇を果たしたと聞いた。やはり、私はなんとなく持ってるカメラマンだと思う。
いつも私に優しく声をかけてくれる調教師の谷さん。行く度にソリに乗せてくれて新しいアングルを見せていただいたり、ほんの少しだがお話をして競馬場や馬の事を勉強させてもらってきた。多分ばんえい競馬場の中では一番会話し、親しくしていただいていて私は友人だと思っている。
そして今私が注目している騎手の1人、今井千尋さん。期待の若手女性ジョッキーだ。ばんえい競馬場に通い始めた頃、今井さんのお宅である今井厩舎へ取材に行き、お母さんに朝ごはんをご馳走になったのを今でも覚えている。彼女は私の事をほとんど覚えていないと思うが、彼女が幼少期に撮影した写真を何枚かお渡ししたら彼女は照れながら受け取ってくれた。
本当に馬と共に生きてきた少女が立派な騎手になり、今は大活躍。これから益々期待される騎手になっていくと思う。私は遠くから応援しているが皆さんも競馬場に行ったら是非彼女を応援してほしい。
今井さんがお手隙の時にちょっと写真を撮らせていただいた。この笑顔の後に彼女はレースで1着。やっぱり私は持っている、と思います(笑)
彼女は新人ということもあり非常にいろいろなことを気遣い、馬の事も気遣い、この日も走り終わった馬からソリを取り外しトロッコに乗せる手伝いまでしていた。
さあ、トロッコの話です。競馬場ではこのトロッコがソリを運んで活躍している。もう少しトロッコの事を語れるようになっておきたかったがこの記事を読んだ方でこのトロッコについて教えてくれる方がいたら嬉しいです。まだこのトロッコには乗ったことがありません(笑)
大好きな朝調教の景色
朝調教の様子と共に風景も残している。朝日の美しさと雲の動き、競馬場にはかわいいキツネもいる。雪山もできたりする。風景としても魅力と見応えが溢れる競馬場だ。
この写真左手に写るJA北海道厚生連 帯広厚生病院も2018年11月に移転新築してできたばかり。一度私のファンの方が「病院の窓から山岸さんが撮影しているのが見えました」とSNSで私に連絡をくれたことも。
朝調教には前帯広副市長の田中さんがどんなに寒い日でも必ず私に付き合ってくれる。この方がいなければ私はこんなに競馬場に通うことはできなかった。間違いなく恩人の1人だ。