山岸伸の「写真のキモチ」

第55回:撮り続けたい日本の伝統文化

和装名入りカレンダーの撮影に密着

カメラマンとして軌道に乗り始めた頃から着物撮影の仕事を多く受けてきた山岸さん。時代の変化に伴い、今は年に1度の和装名入りカレンダーの撮影が数少ない着物撮影の機会だ。今回はその撮影に密着。着物撮影に向ける山岸さんの思いとは。(聞き手・文・メイキング撮影:近井沙妃)

着物撮影への憧れと業界の衰退

私が写真を撮り始めて仕事が少しずつ順調に行っていた頃。着物や振袖の写真を撮る人は秋山庄太郎先生や立木義浩さんなど本当に超有名な写真家の方々で、私にとっても憧れの仕事だった。少し経つと自分も京都の呉服屋さんから仕事をいただくようになって多くの女優さんやアイドルを起用したポスターやカレンダー、パンフレットなどを何年も撮影してきた。京都では彼方此方の名所旧跡での撮影経験を得たり、着物を美しく正確に写す難しさや被写体が着物を着ているときの所作をこの時にかなり叩き込まれたと思う。

時代の変化に伴い徐々に着物や晴れ着が売れなくなり、お世話になったその会社は着物販売を辞めてしまってとても寂しい思いをした。並行して着物以外のカレンダー撮影の仕事も多く貰うようになって続けてきた仕事だったが、いつの間にかカレンダーそのものが売れなくなってきた。その中でも着物カレンダーは女優さんやアイドルの方たちも着物を着ることや撮影時の難しさから撮影に対して消極的になる傾向も見られ、市場が小さくなってきているのが現状だ。

私が撮らせてもらっている和装名入りカレンダーもいつ無くなってもおかしくないが、プロデューサーの方がなんとか続けようと言ってくれて9年前から現在も続いている。年に1度、着物の撮影ができるということは私にとってとても自慢できることなんだ。これが無くなったら多分もう日本で着物カレンダーの撮影をしているのは呉服店や本当にごく僅かしかないのかなと思うくらい希少。この変化がとても寂しいが、ここは頑張って撮影を続けていきたい。

9時入り、17時終了の撮影現場

月島にありとても使い勝手がよく気に入っているスタジオギア

撮影は毎年秋頃、今回は都心のスタジオで特別新しくも古くもなく使い勝手のいいスタジオギアで撮影させていただいた。ここは私の家にすごく近く、駐車場もきちんと完備されている。私たちはBstで、お隣のAstでは大型のLEDライトを使い人気のある人たちが出入りをして派手な仕事をしていた。それをチラリと見るだけでも非常に勉強になる。

一方こちらは古風な撮影でライティングも変わったことはしないしほぼ終始一貫されている。何故かと言うと着物はボケちゃいけないんだ。刺繍や模様の全てにピントを合わせなきゃいけない。昔は特に着物の裾や袂などのディティールがボケていると買う人から「着物の模様が実物と違う」と言われることがあったそうで、全部にピントが来るように撮っている。恐らく今そんな事を言っていたら笑われるかもしれないが、何十年もそうやって撮影されて受け継がれている部分だと思うので自分でも着物撮影の基本事項にしている。

撮影の香盤表、実際にはスタジオへ9時入りで撮影は17時前に終了した
左上がスタジオマンによりざっくりと用意された状態。ここからライティングを調整していく

事前にスタジオへはセット指示を出しておき、当日私たちがスタジオ入りする頃にはある程度のセットをスタジオマンがしてくれている。そこから私たちが細かいライティングや露出などを決めて撮影に挑む。照明機材などはスタジオからレンタルし、カメラ機材やパソコン、三脚などは自分のものを持ち込んでいる。

ミノルタの露出計とセコニックのカラーメーター、露出計はだいぶ長く使っていますがミノルタの露出計を大切に使っている方は多いのではないかと思う。ストロボの光を露出計で計っているのはアシスタントのマッハ佐藤君

着物撮影となると待ち時間が長く、ヘアメイク・着付けで約2時間半かかる。その間ただ待っているのは勿体ないので佐藤君にはいろいろなカメラを使ってテスト撮影をしてもらった。

今回はスタジオが混んでいて2階のメイクルームと更衣室だったのでモデルは着物で階段を歩かなければならなかったが2人とも非常に体幹が良く苦を感じさせずに階段を上り下りしていた。

更衣室には草履、着物、髪飾りがずらっと並ぶ
メイクルームでメイク終了後に着付けをし、1階へ降りて撮影直前に髪飾りを付けたり仕上げをする

セッティング終了、撮影スタート

さあ、一発目の撮影が始まる。今回のモデルは若手女優の竹内茉音さん(ケイロックス所属)と矢崎希菜さん(サンズエンタテインメント所属)。茉音ちゃんは空手、矢崎さんは阿波踊りで鍛えていると。とても元気良く健康的で、まさかこんなに着物が似合う方たちだと思いませんでしたがバッチリ似合っていた。

着物にほぼ馴染みが無い2人は着る作法や動きを知らない。全て着付けの先生に教わりながら進行していく。基本は立ち姿で、表紙のみ正座になる。小道具を何も持たないカットと扇子を持ったパターンを撮影。都度、着付けの先生が着物の見え方やモデルの指先や足先の形の調整、扇子を持たせて持ち方の指導に入る。指先や手先の形ひとつでも着物の作法というのがあって、決して面倒くさいことではない。これは着物だけではなく立ち姿座り姿の基本でありセオリーだと思う。私もその様子を見て作法を学びながら撮影しているが、長く着物を撮ってきていてもまだまだ教わることがたくさんある。

(上)扇子を持たせ微調整をする。(下)正座用に小さな椅子が用意されている
表紙撮影時、微調整の様子。あまり上半身を反り過ぎると着物の場合はひっくり返りそうに見えるのでやや前かがみのような形が一番美しいと思う
ヘアメイク・着物の調整後、最終的に露出をチェックする

カメラは今回ソニーのα1と予備でキヤノンのEOS R5を持って行きましたが最終的に使ったのはα1にレンズはFE 70-200mm F2.8 GM OSS II。切り抜きを前提とした撮影なのでバック飛ばしのライトを入れつつも後々切り抜いたり合成しやすいように露出を合わせている。

(上)今回のメイン機、ソニーα1 (下)今回ストロボは全てスタジオからレンタルしたプロフォトのPro-10

撮っている姿、働いている姿は大体いつもこんな感じ。

三脚がしっかりしていれば片手で大きくジェスチャーを送りながらでもシャッターを押せる

ただひとつだけ、皆さんと違いはないかもしれないが三脚は古くてもがっしりしたものをスタジオ撮影では使用している。私は撮影中もジェスチャーが多いので三脚をしっかり構えていれば片手でもシャッターを押せるようにしたい。このジッツオの三脚を30年も愛用している。

カメラとパソコンをテザーケーブルで繋ぎ、テザー撮影で写真を常時チェックする

テザー撮影で15インチのSurfaceに写真がリアルタイムで流れる。皆で写真を随時チェックし、気になったところがあればすぐに修正が入る。こうして撮影はどんどん進んでいく。

途中お昼休憩を挟み、茉音ちゃんの撮影を終えて矢崎さんの撮影へ。2カ月分を1枚として6枚+表紙の壁掛けカレンダーになるため、それぞれ着用する着物は3着ずつ。モデルへの負担を考えたり使用カットに対しての必要枚数やパターンから計算して撮影枚数は大体1着90~120枚程。細かく途中修正が入りつつも、私の撮影自体は素早くあまり時間をかけない。

矢崎さんの撮影風景

このカレンダーの製作を続けてくださっているプロデューサーの廣川さん。廣川さんはカレンダー業界で有名な方で、秋山先生の頃から長く多くのカレンダーを作ってきた人。廣川さんから秋山先生や楽しいお話しを聞けるのも自分にとってとても濃い時間だ。

(上)撮影を眺める廣川さん (下)左から私、廣川さん、サンズエンタテインメント 野田会長

今回モデルの1人である矢崎さんが所属する事務所の会長さんはあの有名な野田さん。変わらず元気。三人で記念写真をパチリ。昔からよく仕事でご一緒したのでなんとなくこうして記念写真を撮るのはどこか不思議な感じ。

撮影終わりにモデルさんたちと記念写真。着物姿ではなかなかおちゃらけることは出来ないのでこのくらいで。着物が綺麗なので私まで引き立ちますよね(笑)

(左)竹内茉音ちゃんと(右)矢崎希菜さんと
ライティングテストの時に撮影した1枚

撮影データのバックアップにNextorageのポータブルSSDを使用している。1着撮影が終わる度にアシスタントの近井はもう1台のサーフェスでこのSSDに撮影データを取り込み、写真チェックをしてモデルの目つむりやピンボケがあった場合は外しておき、納品準備とバックアップをしている。SDカードもNextorage のUHS-II。

最近愛用している NextorageのポータブルSSDとUHS-II SDカード

このスタジオのいいところは周辺に写真・カメラ業界がたくさん入っていてスタジオに隣接してGIN-ICHI SUTUDiO SHOPがあること。今回も空いている待ち時間にフラりと見に行って2つほど目に留まった物が。嫁の佐藤倫子がジッツオの一脚、そして私は写真の背景に使うボードを購入した。たまにパソコンでオンラインショップを見るだけではなく、リアルにショップで見るっていいよね。残念ながら最早ショップには私のことを知る方はいないし、私も知っている方が誰もいなくて寂しいですが(笑)

スタジオギア利用時に必ずと言っていいほど立ち寄るGIN-ICHI SUTUDiO SHOP

終わらせたくない文化

昨年秋に撮影した2025年のカレンダーの表紙(モデル:秦瑞穂さん)と3-4月と9-10月(モデル:竹内茉音さん)のページ。この時は上記に加え水谷彩咲さんの計3名で製作された

和装名入りカレンダーは完成するとこのようになる。これは昨年秋に撮影した2025年のカレンダー。着物そのものや着物をカレンダーという媒体を通して日常的に目にして楽しむことに今一度多くの関心が寄せられて欲しい。自分が受け継ぎ撮り続けているこの文化に誇りを持ち、機会が与えられる限り写真で応えていきたい。

(やまぎし しん) タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、15年をかけて総撮影人数1,000人を達成。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。