赤城耕一の「アカギカメラ」

第83回:最近話題じゃないほうのブラックアウトフリー、キヤノン・ペリクルミラー機を愛でる

人生も後半戦ですから、この時期になると、ゆく年を惜しみたくなります。筆者もろくに使いもしない機材をどうするのかという課題に、いまさらながら対応しようと考えております。年末ということもありますし。みなさん機材の整理は進んでますか? あちらの世界にカメラは持ってゆけませんぜ(自分に言いきかせておりますので念のため)。

「アカギさんはカメラにこだわりありますから機材の断捨離はムリなんじゃないですか?」と、からかわれることがありますが、うるせえなあ。そんなことは決してありません。

20年前に比べれば、ライカなんか1/4の台数ですし、ペンタックス67システムも全部処分し、ミノルタαシステムなんか、とっくにすべて手放して住宅ローンを繰り上げ返済しました。デジタル一眼レフカメラで残っているのはニコンDfの2台のみで、あとはすべて処分いたしました。お仕事ではミラーレス機以外のカメラを使う気がしません。

カメラへの“こだわり”ってのは筆者自身にはなくて、各カメラの機能や使い心地に感心することはあれど、そこに執着することはありません。レビューなどを行う場合は触れねばならない要素ではありますが、プライベートでは下町の路地裏でごそごそ撮影したりしているので、最新スペックのカメラでないと困るということはありません。

ただね、例外が少しあって、生理的にみて、どうしても代わりのないカメラとなれば、急に手放してしまうのが惜しくなってしまうわけです。それが今回紹介します、キヤノンEOS-1N RSとRT、そしてキヤノンペリックスQLであります。

キヤノンペリックスQL(1966年)
ミラーの昇降機構はないのに、そこそこ重たく立派な作りです。ファインダーはさすがに暗いですね、この頃のスクリーン技術では限界なんでしょう。明るいF値のレンズが欲しくなるような作戦だったのかも

いずれもペリクルミラーを搭載したカメラのことですが、なんの話かわからない、興味の持てない読者は正しい写真表現者です。例によってここから先はお読みいただく必要はありません。

でね、続けて話をしますと、笑ってしまうのですが、前述のキヤノンの3兄弟ペリクルミラー搭載カメラ。もう使わないだろうということで売却の見積もりをしてみたわけです。

そうしたら、信じがたいことに、愛用のミラーレス機の純正バッテリーですら2個も買えないくらいの買取価格を提示されました。

これらが特別なカメラだぜと考えていたのは筆者だけだったらしく、世の中では評価されない不人気モデルのようです。これではカメラも筆者もかわいそうじゃないですか。で、あまりにも不憫なので、考えをあらため、処分はやめ、もういちど活躍の場をあたえようと考えて、本稿執筆に至るわけであります。編集者は迷惑だろうなあ。

あらためて説明すると、ペリクルミラーというのは半透明ミラーのことです。素材はプラスチック。このミラーを搭載した初号機であるキヤノンペリックスは1965年に登場しております。

ミラーといっても、これは半透明処理された20/1,000mm厚の極薄フィルムです。これをレフレックスミラーの位置に固定している特別な仕様の一眼レフです。この半透明の素材を「ペリクルミラー」と呼ぶようになりました。機種名もそれに由来したものでしょう。ペリックスはキヤノンで初めてTTLメーターを搭載した一眼レフカメラでもあります。

レンズを外して、裏蓋を開けて、シャッターをバルブにしてみました。半透明ですから、あたりまえですが、レンズ位置前にあるものはそのまま見える理屈であります。ペリクルミラー搭載機はすべて同じですね

ハーフミラーですから、ファインダーとフィルムの双方に光を送ります。その比率はファインダーに30%、フィルムに70%です。ミラーは固定されたままでレリーズしても動きませんので、ファインダーのブラックアウトもありません。

メリットとしては、シャッターを押した瞬間も被写体を観察できます。スローシャッター、長時間露光の場合でもファインダー内の視野像を観察することができます。レンジファインダーカメラは、シャッターを押した瞬間も被写体像が観察できることが特徴でもありますが、一眼レフでもこれと同じような撮影が可能です。つまり露光された瞬間をみることができるわけです。

またミラーの動作がないわけですからショックがないこと、シャッター音が小さくなる期待もあるのですが、ペリックスには金属幕のシャッターユニットが採用されていることもあり、シャッター音はお世辞にも静粛とはいえず、けっこう動作音はデカめです。

メリットの多いペリクルミラーですが、リスクもあります。ミラーを透過すると当然ながら光量が低下します。フィルムならば感度低下することと同じですから、とくに低感度フィルムを使うと、リスクは増大します。

また、ファインダーに届く光もロスがあるので、視野が暗くなるのです。条件によってはファインダーからの逆入光が悪さをすることも考えられるので本機はフルメカニカルカメラですがアイピースシャッターが用意されています。

アイピースシャッター用のダイヤルです。フィルム巻き戻しクランクの基部にあります。アイコンがわかりやすい

TTLメーター初採用のキヤノン一眼レフといっても、時代的に絞り込み測光ですから、扱いは少々面倒です。実絞りに絞り込むと、小絞り設定の場合はますます視野が暗くなります。特別に売れた機種でもなかったようですが、敬愛する東松照明さんが本機を使用していたことを知ってあわてて購入した記憶があります。

少々濁ったような再現をするのは、ペリクルミラーのヤレか、それともレンズの色づきか。午後の光によるものか。でも完全に補正しちゃうのもつまらないのでデフォルトに近いものを選びました
キヤノンペリックスQL/FL50mm F1.4 II/マニュアル露出(F8・1/500秒)/フジカラー SUPERIA X-TRA 400

EOS RT(1989年)
名機EOS630をベースにしたペリクルミラー採用のAF一眼レフカメラであります。軽量とまでは言いませんが、使いやすさとしては抜群であります。ただ、少々プラスチッキーではあります

キヤノンEOS RTの登場は1989年ですね。まさにバブル期の真っ最中です。登場の経緯は、若きカメラのエンジニアのひとりが、会社に参考のために置いてあったペリクルミラーを採用した高速モータードライブカメラのF-1に興味を示したことからはじまったという話があります。このエンジニアの強硬な主張によって、ペリクルミラー搭載のカメラが蘇ったというのが経緯ということです。

ペリクルミラーは先に述べたキヤノンF-1やNew F-1の高速モータードライブカメラに搭載されて、高速連写を可能にしました。あくまでも特殊仕様のものでこれらは一般的な市販機ではありませんでした。さすがの筆者もこれらは所有していません。少しほんの少しだけ欲しいけど。ちなみにニコンF、F2、F3の高速モータードライブカメラにも半透明ミラーが搭載されていますが、こちらはプラスチックではなく極薄のガラスであると言われています。

RTのウリはペリックスと同じではありますが、AF一眼レフであり、フィルムの巻き上げ・巻き戻しも自動化されており、RTって「Real Time」の略称のようです。あれ、コンタックスにもRTS(Real Time System)ってのがあるんだぜと思いましたが、当時の京セラがインネンをつけたという話は聞いておりません。

メインスイッチのダイヤルにRTモードがあります。あくまでもワンショットAFで狙うぜという人にはタイムラグなしの撮影ができます。AIサーボが使えないのでAF追従の動体撮影をするには通常のモードを使う必要はありますが、それでもファインダー見ていると楽しいものです

RTのウリはペリックスのようにファインダー視野が光のロスで暗くなっていないこと。母体機はEOS630というミドルクラスの一眼レフカメラで、それよりもさすがに少し視野は暗くなっていますが、実用上は問題ありません。

EOS RTは像消失のなさに加えて、シャッターボタンを押してから実際にシャッターが切れるまでのレリーズタイムラグが劇的に短いのも特徴です。実際にはシャッターボタンを押し、わずか0.008秒でシャッターが切れる凄さです。いやいや、なんか自分の指の運動能力よりも先にシャッターが切れてしまうように思えるほどです。スポーツカメラマンなどは、あらかじめタイムラグを計算に入れて撮影することが多いものですから、逆にタイムラグのないRTには戸惑ったという話もあり、RTには意図的にNew F-1と同じタイムラグにする機構が採用されたということであります。

連写速度も最高5コマ/秒ですから、当時のフラッグシップ機のコマ速度に並ぶくらいでした。EOS RTは限定生産モデルで当初2万5,000台の予定だったはず。ですが、人気のあまり追加生産したという話もあります。ウラはとれていませんが。

あれから30年以上経過して世の中にあるRTはかなり少ないはずですが、前述のとおり、現在はえらく不人気であります。今のうちに入手したほうがいいんじゃないすかね。要らない? そうですよね。

露光時に絞りが連動しますから一瞬視野が少し暗くなるのが楽しいですね
EOS RT/EF20mm F2.8 USM/絞り優先AE(F11・1/500秒)/フジカラーSUPERIA X-TRA 400
シャッターチャンスを狙うぜ、ということで走る電車の先頭の位置を狙ったのですが、RTモードで最初の遮光シャッターと補助ミラーが待避する音でシャッターを切ったと勘違いし、すぐに気づいて全押しして外した写真です。正直どうでもいいんですけど、こっちのほうがよくないですか
EOS RT/EF20-35mm F2.8L/絞り優先AE(20mm・F8・1/1,000秒)/フジカラーSUPERIA X-TRA 400
ペリクルミラーは青やシアン寄りになるという経験があるのですが、冬の午後ですとちょうどいい具合に補正されるのか。もちろんカラーネガではプリントでいかようにもなるので問題にはならない程度ですが。
EOS RT/EF35-70mm F3.5-4.5/絞り優先AE(70mm・F8・1/1,000秒)/フジカラーSUPERIA X-TRA 400

EOS-1N RS(1995年)
全反射ミラーを採用したフラッグシップ機EOS-1Nがベースです。下の縦グリは外れませんので重たくデカいですが作り込みはさすがです。でもボディカバーはプラスチックです

EOS-1N RSは1995年に登場しています。フラッグシップEOS-1Nを母体とし、約10コマ/秒の連続撮影を可能にした世界最高速のAF一眼レフカメラであることがウリでした。ま、現在のように約120コマ/秒とかの撮影が可能な時代では笑えてしまうほどの仕様です。

本機にはプロ仕様らしく、ハードコートされたペリクルミラーを搭載。レリーズタイムラグ世界最短0.006秒というリアルタイム機能も実現しました。

シャッターは、先幕・後幕を独立制御する縦走りカーボン羽根および金属羽根使用の二重遮光式フォーカルプレーンシャッターを搭載とあります。RSモードで最高10コマ/秒とのことですがAIサーボを使うとぐっとコマ速が落ちます。理由は後述します。

スポーツとか動体を撮影しない筆者がなぜこのカメラを所有しているかといえば、中古で廉価に売られていたからであります。

それにブラックアウトしない一眼レフカメラが好きだからであります。フィルム一眼レフカメラはもう趣味の世界ですから、プライベートで使うカメラが重たいだのデカいだのは言わないことにしておりまして、むしろ存在感を示しているくらいのほうが、カメラ仲間たちとの宴会ではネタになります。

ただ一度だけ、週刊誌での依頼だったか、サッカーを撮影するためにEOS-1N RSを使用したことがあり、その時は使い心地に感動した記憶があります。いや、感動したのは使い心地だけで、肝心の写真は名作にはなりませんでした。このあたりにメカニズムの進化と写真の内容の誤差を感じてしまうわけです。

ところでEOS RTもEOS-1N RSも、レリーズライムラグが短いRTモード、RSモードではAIサーボでの撮影ができません。ワンショットAFのみになります。AFが追従して連写できないならペリクルミラー搭載の魅力も半減しちゃうじゃんと思いました。これは遮光シャッターが組み込まれたこと、AFのためのサブミラーの存在のためですね。

RSモードにしなければ短いレリーズタイムラグは得られませんが、このモードだとAFが追従しないというジレンマがありますね
ミラー前面からみるとうっすらとサブミラーの存在がわかります。AFセンサーに光を送ろうというわけです。シャッターボタン半押しで直前に待避します

RT/RSモード設定時のシーケンスをみると、シャッターボタン半押しでサブミラーが折り畳まれ、遮光用シャッターが解除されます。レンズの絞りが設定値まで絞りこまれ、さらにシャッターボタン全押しで、シャッターが開いて露光されます。全反射ミラーは相当な遮光効果があったらしいので遮光用シャッターは必要ではありませんが、ペリクルミラーを搭載したカメラでは常時シャッター面に光が当たり続けます。縦走りのシャッターは横走りのそれよりも遮光効果が弱いとされていました。

ちなみに遮光シャッターが待避する動作音はまるでシャッター幕の走行音みたいで、使い始めのころは露光されたと勘違いしてしまうことがありました。これは筆者がボケでした。

カラーネガフィルム撮影でキヤノンEOSを使用した経験は少ないのです。レンズもEOS黎明期の標準ズームです。ユルいですが、そんなに気にならないですね
EOS-1N RS/EF35-70mm F3.5-4.5/絞り優先AE(35mm・F8・1/1,000秒)/フジカラーSUPERIA X-TRA 400
自転車が影の間に入るようにシミュレーションしてシャッターを切ったのですが、レリーズタイムラグが短すぎて逆にタイミングを外しました。フィルムが高額なので高速連写はする気にならんのです(笑)
EOS-1N RS/EF35-70mm F3.5-4.5/絞り優先AE(50mm・F8・1/1,000秒)/フジカラーSUPERIA X-TRA 400

ペリクルミラーを採用したEOSはEOS-1N RSが最後で、EOS-1Vを母体にしたモデルや、EOSデジタル一眼レフカメラには搭載されることはありませんでした。

そういえば、ソニーのAマウントカメラシステムは途中から半透明ミラーを使った「トランスルーセント・ミラー・テクノロジー」を搭載するようになりました。当初は2010年発売のα55に採用していますが、ペリクルミラーとは異なるものだとされています。でも考え方は少しだけ似ています。

ファインダーは光学式ではなくEVFですから、トランスルーセント・ミラーを透過した光は約30%がミラーボックス下部の位相差AFセンサーに送られ、残りの約70%がイメージセンサーに向けられます。このためペリクルミラー搭載のEOSと異なり、コンティニュアスAFでの撮影や高速連写も可能になるというわけです。

いずれも半透明ミラーを搭載したカメラが盛り上がりをみせなかったのは、光量のロスの問題なのでしょうか。筆者などはデジタル一眼レフならばロスした光量のファクターはデバイスの調整で簡単に吸収できるから、フィルムのときよりも面倒はないのではないかと考えていたのです。これなら一般のカメラと共用しても違和感なく使えるのではと思いました。

ただ、これも素人考えなのかもしれませんね。半透明ミラーを通すことにおいて感度をロスすることには変わりませんし、センサーの前に要らない光学系を置くとまた、画質でネチネチと文句をつけられてしまう心配があるからでしょうか。半透明ミラーはデバイスとして、カメラ以外にも応用されているでしょうから、ロストテクノロジーにはならないとは思います。けれどなんかつまらないですね。

ミラーレスカメラ全盛といっても、筆者はプライベートな時間にはフィルム一眼レフカメラと戯れて、撮影もしていますので、決して一眼レフが嫌いになったわけではありません。ただしアサインメントでの撮影では、もう使いたくはありませんけど(笑)。

デジタル一眼レフカメラの進化として半透明ミラーを使えば面白いことができるのではないかと、今回発掘された3台のペリクルミラー搭載の一眼レフを前にしてそんなことを考えていたわけです。ええ、だから決断したはずの断捨離が停滞中となったわけであります。弱りました。

風に揺れる花でも、露光の瞬間が見えるわけですから、なんとなくですが成功したのか失敗したのかわかるわけです。デジタルカメラならすぐに確認できますが、フィルムは現像しなければわかりません
EOS RT/シグマ50mm F1.4 EX DG HSM/絞り優先AE(F2.8・1/2,000秒)/フジカラーSUPERIA X-TRA 400
曇りガラスの向こうにあった銀杏。肉眼どおりの印象なんですが、絞りを開いて調子をみてみました
EOS RT/シグマ50mm F1.4 EX DG HSM/絞り優先AE(F2・1/1,000秒)/フジカラーSUPERIA X-TRA 400
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)