赤城耕一の「アカギカメラ」
第44回:ココロの隙間を埋める、温故知新の最新ライカマウント用レンズ
フォクトレンダーHELIAR 40mm F2.8 Aspherical
2022年4月20日 09:00
リコーGR IIIxを使い始めてからというもの、35mm判換算40mm相当の画角がどこかいつも頭にある筆者であります。あれほど35mm画角を命としていた私は、一体どこに行ってしまったのでしょうか。
本連載でもGR IIIx登場を記念しまして40mm画角のレンズをいくつか取り上げたことがありましたが、その後またOMデジタルソリューションズからも、新しくM.ZUIKO DIGITAL ED 20mm F1.4 PROが登場しました。このレンズもしばらくお借りして使用してみたのですが、マイクロフォーサーズフォーマットのシステムでは長く“17mm派”であった筆者の気持ちがぐらぐらと揺らぎ始め、改宗すべきかを本気で考えているくらいです。それくらい使いやすく感じています。
複雑なので35mm判換算画角で言いますが、35mmと40mmは何となく違うんですよ。アカギ家において“何となく”とくれば、“必要なのではないか”と続きます。早い話が自分の写真表現に必要なものと考えるなら、もうお越しいただくしかないわけです。
以前、筆者が意外にも40mm相当画角のレンズをたくさん所有していたことを再認識し、ここで告白しました。さすがにこれ以上40mm画角のレンズを手元に増やすとなると、自分自身が納得できるだけの強力な理由が必要になります。このところ物欲をなんとか収め、やれやれひと安心だぜと思っておりましたが、ここにきて再び、非常に危険な“40mmレンズ”が登場してしまいました。
それがコシナのフォクトレンダー「HELIAR 40mm F2.8 Aspherical」(VM/L)なわけです。同じレンズなのに2種のマウントがあり、VMはライカMマウント互換で、Lはねじ込み式のライカスクリューマウント互換です。現在の「Lマウント」とは規格が異なりますから念のため。
コシナは2014年に同じスペックの「HELIAR 40mm F2.8」をソニーEマウント用に発売していますが、これはEマウントカメラ用なのにVMマウントというものすごい変化球な仕様で、流行りの言葉ではヘンタイとも言いますけど、ヘリコイドを内蔵せず、あくまでも同社の近接ヘリコイド付きマウントアダプター「VM-E Close Focus Adapter」と組み合わせて使用するのが前提となる製品でした。こちらはすでにディスコンになっています。
このレンズの基本構成を使用しつつ、フォーカシング用のヘリコイドを内蔵して、ライカMやライカスクリューマウント互換カメラにダイレクトに装着することができる距離計連動タイプとしたのが本レンズなのです。従来のレンズがソニーEマウント向けで、ライカユーザーは悔しい思いをしていましたから、今回はどストライクなのであります。もちろんフィルムライカや、コシナのレンジファインダーカメラ「ベッサ」シリーズにも使えることは言うまでもありません。
ご覧の通り、ヤバすな姿カタチをしております、これ。どうみても、鏡筒はスクリューマウントライカ時代のレンズです。これも十分にヘンタイデザイン仕様です。素晴らしい。真鍮外装、回転ヘリコイド、無限ロックボタンを採用しており、シルバークロームメッキとブラックペイントの2種がそれぞれのマウントで用意されています。
しかも、これ、かなり驚きの構造なのですが、レンズのヘリコイド部分が露出しておらず、ゴミやホコリの付着から守っています。組み立ての効率やコストを考えているようには思えない、素晴らしい配慮ですね。
1999年、コシナ・フォクトレンダーの初号機「ベッサL」が登場した当時のレンズは全てライカスクリューマウント互換レンズでしたから、本レンズは原点回帰でもあり、いまコシナはこれをやるべきだ、こう考えるのだ、という本気の宣言と感じます。今回のレンズはスペック的にはおとなしいですが、23年にわたりコシナが培ってきたライカマウント用レンズの技術や個性の集大成にも見えるのです。
今回の試用には、VMマウントのシルバーモデルと、ライカスクリューマウント互換(L)のブラックペイントモデルを選びました。これらの光学系は同一です。まず、VMマウントのシルバーモデルを手元のライカMシリーズボディいくつかに装着してみました。メッキの質はライカボディに負けない仕上げでよく似合います。真鍮なのでメッキのノリがいいのでしょうか、とても美しいですね。小型のレンズなので、装着時はピントレバーを無限遠でロックし、鏡筒にある突起を利用した方がスムーズな脱着ができます。
フォーカシングはレバーに人差し指を当てて、距離計ファインダー内で目的とする被写体の二重像が合致するまで回転させます。ライカスクリューマウントタイプのものでも最短撮影距離の0.7mまで距離計が連動します。L-MアダプターをつけてライカMシリーズやMマウント互換機に装着することも考えているのでしょう。
滑らかなグリースのトルク感は、MFレンズにこだわるフォクトレンダーならでは。40mmの焦点距離ですから、絞り込むと被写界深度は深いので厳密なフォーカシングは不要ですね。ただ、ライカM11のような高画素機で、そのポテンシャルを可能な限り引き出そうという狙いで撮影する場合は、少し慎重にフォーカシングした方がいいかもしれません。
40mmのフレームを内蔵したMマウント互換のレンジファインダー機には、ライツミノルタCLとかミノルタCLE、ベッサR3などがありますが、他のMシリーズライカで正確にフレーミングするとなると、外付けのファインダーが必要ですね。正確といっても撮影距離によってはアバウトになりますが、そこに神経質になっていたらレンジファインダーカメラでの撮影はつまらなくなります。
外付けファインダーがなくても、ライカMシリーズカメラに本レンズを装着すると50mmのフレームが出現しますので、そこからひとまわり大きく実際のフレームを想像して、間に合わせをするということもできなくはないですね。むしろ撮影時に気がつかなかった余分なものが写っていて、それが思いがけず面白かった、くらいの精神で臨むべきでしょう。デジタルのMシリーズではEVFを使うのが最も精度の高いフレーミングとフォーカシング方法となりますが、レンズがコンパクトなためでしょうか、そこまですると少し大げさな印象になりそうです。
日中晴天下などの絞り込める状態では、目測でのスナップも可能です。この鏡筒のデザインでは距離目盛をレンズの正面から見ることになりますので、あらかじめ距離を決めて撮影する場合はカメラを傾けて覗き込む必要がありますが、これは慣れの問題だけでしょうね。
スクリューマウントタイプのものはブラックペイントをお借りしましたので、同じブラックペイントのライカボディに装着したくなりました。このペイントの光沢感、塗装の厚み、仕上げがかなりいいですね。
筆者は本レンズをダイレクトに装着できるスクリューマウントライカ、かつブラックペイントのボディはライカスタンダードしか所有していませんので、これに装着してみましたが、いやー、あまりにも似合いすぎて、眺めているだけで涙出そうです(笑)。
ライカスクリューマウントはねじ込み式ですから、装着時はレンズをくるくる回さねばなりません。バヨネットのVMマウントタイプよりは時間がかかりますが、幸せ感はこちらの方が強いかもしれません。この場合、ライカスタンダードには距離計が内蔵されていませんので、フォーカシングは目測の勘に頼ることになります。ある程度正確に距離設定をしたい場合は、単独の距離計を用いるとか、他のカメラで測距した数値をもとに設定するという方法もあります。また、シンプルに距離計内蔵のライカ型カメラで使用する手もあります。
なお、ライカスクリューマウント互換カメラに40mmフレームを内蔵した機種は存在しないため、40mmの視野が必要であれば、これも外付けのファインダーを使用する必要があります。今回は以前販売されていたコシナ純正の40mmファインダーを使いましたが、現在は用意がないようです。
どうしても外付けの光学ファインダーが欲しいという場合は、オークションや中古カメラ店などで探すか、現行品にこだわるならリコーGR IIIx用の40mmファインダーを流用するという手段があります。けれど繰り返しになりますが、本レンズを用いての撮影でフォーカシングやフレーミングにあまり神経を使いすぎると、写真を撮影する以前につまらなくなってしまいますので注意が必要です。
今回はどうせヘンタイをやるならばと、以前コシナが販売していた、ファインダーと距離計が省略されたライカMマウントの互換機である「ツァイス イコンSW」(ZMマウント)に、ライツ時代の単独距離計と、40mmの光学ファインダーの両者を取り付けるという、筆者の残りの人生が不安になるようなヘンタイセットも組んでみました。けれど恥ずかしくて外に持ち出すことはできませんでした。この齢にして、まだまだ修行が足りていないようです(笑)。
本レンズの構成は、レンズ名どおり伝統のヘリアータイプの3群5枚で、うち1枚に非球面レンズを採用するという、スペック以上のこだわりを持っています。絞り開放近辺では周辺光量がなだらかに低下する描写で、このために四隅から逃げるのを防いでくれるような気がします。中央部近辺の合焦点は開放から線が細く、とてもシャープで現代的です。絞り込むにつれ全体の均質性が少し上がるようですが、絞りによる性能変化が大きい印象はありませんし、撮影距離による性能変化も感じません。
同じVMマウントの「NOKTON 40mm F1.2 Aspherical VM」と比較すると、開放絞りから滲みなどはなく、芯の力を感じる写りで、スナップワークには最高です。外観はレトロスタイルで、光学設計はヘリアーの伝統を受け継いだ最新のものですから、個人的には「現代版のクラシックレンズ」という印象を持ちました。
40mm独自の画角と描写の魅力もさることながら、カメラに装着して眺めてニヤニヤしてしまう交換レンズが久しぶりに登場してきたことは嬉しいかぎりです。日々の仕事で使うミラーレス機の交換レンズは土管みたいな色気ゼロの鏡筒デザインが多く、プライベートな時間には共に時間を過ごしたくはありません。とはいえ、高額なライカレンズだけがココロの隙間を埋めてくれるわけではないことを、コシナ・フォクトレンダーは今回も本レンズによって証明してくれたわけです。