赤城耕一の「アカギカメラ」

第28回:ニコン Z fcがまだ届かないのでNew FM2の話をします

ニコン Z fc 28mmキットがいまだに到着しないとお嘆きの貴兄へ。そもそもですね、あなたはニコン Z fcがなぜ欲しいのか。いま一度考えてみて欲しいのですが、それはスペックなのですか? 小型軽量だからですか? 使い心地のよさですか? デザインですかー?

スペックが重要ならばZ 50でいいような気がしますが、違いますか。こちらはスピードライト内蔵で価格もこなれており、お得感ありますよ。重量や大きさもZ fcとZ 50はそんなに変わらないですよね。使い心地とかフィーリングとかを重視するならばFX(35mmフルサイズ)フォーマットのニコン Z 6IIとかZ 7IIの方が良いんじゃないかなあ。あるいはまだ見ぬZ 9とか。わからんけど。

で、残るデザインの良さでZ fcを選ぶ方々は多いと思います。私もデザインは高く評価しますが、ヘリテージデザインといわれる本家本元のニコンNew FM2のこと、みなさんどれくらいご存知なんでしょうか。Z fcが到着しないので、今回はそのオリジナルの話で攻めてみましょう。

1959年にニコン一眼レフの初号機「Nikon F」が登場してしばらくの間、カメラ製品名に「Nikon」の名が入ることが許されたのはFのような高価なフラッグシップ機のみで、その他は「NIKKOREX」(ニコレックス)とか「Nikomat」(ニコマート)だったのですよ。

1970年代初頭のことです。今日は撮影に行くぜと勇んでニコマートFTNを提げて出かけたのはいいのですが、向こうからニコンF2フォトミックを肩から下げて颯爽と歩いてくる人を見つけたりすると、ストラップをずらしてニコマートFTNを背中側に回し、ニコンF2フォトミックさんに見つからないように慎重にすれ違ったりしました。

ニコンの一眼レフは誕生からしばらくの間、他のメーカーにはあまりみられない慣習と言いましょうか、銘板の違いによる「カメラヒエラルキー」が存在していました。レンジファインダーカメラのS系はクラスにかかわらずNikonの名でしたから、異なる方向性ですね。

この階級制度を最初に打ち破ったのは1977年に登場したニコンEL2でした。外観のフォルムはミドルクラスの絞り優先AE機であるニコマートEL系カメラに瓜二つだったから、保守派の一部のニコン信者からは「なぜNikon銘を使うのだろうか」と疑問視されたりしました。

しかし、外観は似ていても中身は大きく刷新され、さらにAi方式を採用したこともあり、ニコマートELの後継機はニコンEL2として異例の出世を遂げ、従来の慣習を打ち破ったわけです。

ニコンEL2。ニコマートELWの改良型と思いきや中身は刷新されておりまして、ニコマートFT3みたいに「Ai化したんだからそれでいいだろ」的な感じはないのです。だからNikon銘に昇格したのかもしれません。後のニコンFE並みの機能を有しております。最近になって、かなり好きになったりしている私は病気でしょうか。はい病気です。

ちなみに同時期にもニコマートは存在しており、ニコマートFT2をAi化したボディがニコマートFT3となりました。こちらは“ニコンFT3”にはならなかったですね、謎です。それでもフルメカニカルカメラで今でもメンテナンスが容易であることや、後述するニコンFMがこのあとすぐに登場するので製造台数が少なかったためか、現在では中古市場理論によって人気となり、ニコンF2よりも高額で販売されるという逆転現象が起こっています。

ニコマートFT3です。ニコマートFT2をAi化したマイナーチェンジ機です。うちの個体はF3と同時期に購入した記憶がありかなり使いました。デカいし重たいし、無骨なんですが、個人的には好きですニコマートシリーズ。

このように、ニコンがAi方式を導入した直後はF2用のフォトミックファインダーをAi対応に改良したものとか、旧来のボディを改良したモデルが主だったのですが、1977年に早くも新設計のAi化された初号機ニコンFMが登場します。

これはクラスとしてはニコマートFT3クラスに属する縦走り金属シャッターを採用したフルメカニカルカメラですが、小型軽量化され、受光素子はGPDになり、ファインダー内表示はLEDによる「ー◯+」になりました。

「○」が点灯すれば適正露出になりますが、「ー○」とか「○+」などの表示の仕方で5段階に分けられるとの触れ込みだけど、さすがにそれは指針式よりもわかりづらいものでした。専用のモータードライブMD-11の無改造、無調整装着を可能としていたこともこの時代では大きなウリでしたね。コマ速は3.5コマ/秒くらいとワインダー並み。オフタイマーがなかったので、MD-11の電源をオフにしないとボディ側のバッテリーが消耗しました。これはMD-12になって改良されます。

ニコンFMはニコマートFT系から、商品のクラスというか設計思想の繋がりはあるとは思いますが、シャッターダイヤルがマウント基部から上部に移るなどして、やっとフツーの一眼レフになったかのような、洗練されたイメージがあります。

また、Ai連動ピンを上に跳ねあげることができましたので、非Ai方式の旧ニッコールの装着を可能にしています。ニコマート銘はついに完全に廃止され、ニコンのカメラは水中カメラのNIKONOS(ニコノス)以外はNikon銘になったわけですね。

FMの兄弟機として、1978年に電子シャッター搭載の絞り優先AE機であるニコンFEも登場してきます。一部を除けばデザインもFMそっくりです。FEで興味深かったことは、ファインダー内表示がニコンEL2によく似た指針式だったことです。表示方法としてはFMのLED表示よりも後退した感があるのですが、マニュアルで露出設定をする場合には露出のズレ量がFMよりもわかりやすいという特徴がありました。ファインダースクリーンも交換式としたのは、FMと差別化するためでしょうか。

ニコンFMは先に述べたようにミドルクラスというか中級機として、あるいはビギナー向けとしても人気があったようですが、「Nikon」ブランドになったことで、アドバンストアマチュアや、プロにも抵抗なく使えるようになった印象があります。ニコマートじゃなくてニコンなんですから。サブカメラとしても適していました。やはり小型軽量であったことは大きな意味があったと思います。

FMはなかなか使用感の良いカメラで、今でも時おり持ち出して使うことがありますが、フィルム巻き上げが一作動方式であることが気に入らないほかは満足しています。シャッター音はFM/FE系カメラの中では一番好きかもしれません。それでも一部は、デカくて重たいカメラこそがニコンの威厳、魅力であると考えてFM系を評価しない人が存在していましたが、これは個人の好みとか価値観によるもので、いつの時代にも存在するわけです。

ニコンFM。FM/FEシリーズの初号機ですが、シャッターボタンの周囲のリングや巻き戻しノブなどにローレットが刻んであるなど、New FM2より仕上げにこだわっているいるように見えます。写りに関係ないとこまでカネかけてます。仕様としては平凡ですが、ニコマートFT3からシェイプアップしたイメージで、凝縮感があります。
ニコンFMのボディ上部です。シャッターダイヤルがフツーの一眼レフと同じ位置になりました。最高シャッター速度1/1,000秒、シンクロ速度1/125秒。ニコマートFT3と仕様は同じです。フィルム巻き上げレバー上部の円形の張り革はNew FM2まで踏襲されますが、FM3Aからは採用されませんでした。ムダだと思われたのでしょうか。

1980年には電子シャッターを搭載し、絞り優先AEを採用したニコンF3が登場してきますが、ついにフラッグシップ機が電子化されたことで、電池を使わなくても通常作動可能なメカニカルのFMは、サブカメラとして、再び存在意義を高めたようなところがあります。

ここでもプロカメラマンの一部は、F3のように電池を使う電子シャッターカメラはダメだとしていたので、バックアップとしてFMは目をつけられたのかもしれませんが、F3はフラッグシップ機ですし、そこそこ堅牢で、バッテリーの持ちも良かったので、実際は困ることはありませんでした。

そして1982年にはFMをフルモデルチェンジした後継機のニコンFM2が登場します。FMと比較して大きな特徴は、最高シャッタースピードが1/4,000秒まで高速化したことです。

高速シャッターの搭載は動体をより鮮鋭に捉えることを可能とした点で注目されたのですが、いまのデジタルカメラと異なり、とくにカラーポジフィルムでは高感度のものが少ないこともあり、日中晴天でもないかぎり1/4,000秒を常用するには意外と大変です。高輝度条件でも大口径レンズを開放絞りで使えるからいいという意見もありましたが、これも評価する人は限られそうです。

プロが注目したのは最高速1/4,000秒よりも、シンクロ速度がFMの1/125秒から1/200秒に高速化したことだと思います。F3に至っては横走りのフォーカルプレーンシャッターを搭載していましたので、シンクロ最高速は1/80秒でした。

20年ほど前に撮影したカットですが、昔から同じようなものを撮影しとりますね。ええ、成長はありません。Fマウントニッコール35mmレンズの中でいちばん好きなAi Nikkor 35mm F2Sで撮影しています。
ニコンNew FM2 Ai Nikkor 35mm F2S(F8・1/250秒)フジクロームプロビア100F
執筆にあたり、New FM2に合わせてAi Nikkor 28mm F2.8Sを探したのですが、防湿庫の奥底にお隠れになったのか、締め切りまで発見することができませんでした。ですがポジをあさっていたら撮影した写真は出てきました。すげーよく写るレンズです。最短撮影距離が0.2mということでワイドマクロ的に使えます。設計者を表彰したいです。
ニコンNew FM2 Ai Nikkor 28mm F2.8S(F8・1/250秒)フジクロームプロビア100F

FM2は日中シンクロがより容易になったことで、報道カメラマンやスポーツカメラマン、ポートレートを主体とするカメラマンに注目されたわけです。今でもTVで見ることがありますが、大混乱の芸能人の記者会見とか、ウインドウ越しに護送車の内部を鮮鋭に捉えたい場合などは昼夜天候に関係なく、ストロボを使うのはマストになります。逆光、順光、どのような光線状態でも、目的の被写体を確実に鮮鋭に捉えることを目的としていたからです。

当時のFM2のレビューでは、ストロボの種類によっては閃光時間の長短の関係で1/250秒でも問題なくシンクロするスピードライトがあるというレポートを読んだ記憶があります。FM2のシャッタースピードダイヤルをみると、最高シンクロ速度の1/200秒は独立したポジションがあり「X200」と赤色で表記されています。1/125秒の表記はFMと同様に赤色表記ですから、通常はシンクロ速度は1/125秒で使いなさいという感じがします。意欲的なシンクロ速度1/200秒なんだけど、なんだかオマケ的な印象を受けますね。

FM2からAi連動ピンの跳ね上げ機能は省略され、非Aiニッコールは原則として装着できなくなりました。またFMではできなかったファインダースクリーンもFM2では交換可能としています。

ニコンFE2。FM2を絞り優先AE化して、最高シンクロ速度をFM2よりも高速な1/250秒としました。このこともあり、FM2はNewに改良せねばならなかったのでしょう。このカメラもかなり使用しましたが、AEで撮った記憶がないわけです。
ニコンFE2のボディ上部。シャッターダイヤル表記は250表示が赤。別にM250とありますが、メカシャッターの意味ですね。「B」もメカシャッターです。電池がなくても動くということはこの当時のニコン一眼レフでは必須の仕様。A位置は緑ですが、ニコンDfやZ fcでは「1/3STEP」表記が緑色です。これはデザイン的に絞り優先AE機のダイヤルに似せてきている感じがします。

正式に最高シンクロ速度を1/250秒、最高速シャッターを1/4,000秒としたのは、ニコンFEの後継機として1983年に登場したニコンFE2でした。メカニカルシャッターより電子シャッターの方が開発に融通が利いたのかどうかはわかりませんが、シンクロ速度に関しては、FM2はFE2に追い越されてしまったことになります。通常の1/250秒表記が赤色になったことでずいぶん使いやすくなった記憶があります。TTL自動調光機能も採用されましたが、プロのほとんどは使用していなかったんじゃないかなあ。

そしてニコンFE2から遅れること1年、1984年にFM2をシンクロ速度1/250秒、最高速シャッターを1/4,000秒としたニコンNew FM2が登場し、シンクロ速度はFE2と肩を並べる存在になります。New FM2は後継のニコンFM3Aが登場する2001年までのロングセラーカメラになるのだから大したものです。

ニコンNew FM2です。デザインはFM2とほぼ同じなのになぜに「New」かといえば、FM2のシンクロ速度1/200秒から1/250秒になったからです。わずかな違いですが、ユーザーとしてはかなり進化したように感じました。もしかするとフツーのFM2はレアかもしれません。コレクションにはならないでしょうが、ちょっとだけ欲しいような気もします(笑)。うちにある個体は巻き上げレバーが黒くてパンダみたいになってますが、これで正しいのかなあ。
上下カバーをチタン製にしたNew FM2/T。通常販売モデルです。同じく外装をチタン素材としたニコンF3Tに比べて色味が暗くて、誤解を与えるカラーリングです。でもこの個体はけっこう使いました。海外ロケにもサブ機として携行した記憶ありますが、チタンだからといって、特別に頑丈な感じはしません。たぶん裏蓋もノーマルモデルと同じですね。
New FM2/Tのボディ上部です。シャッターダイヤル250表記が赤色になりました。FM2では通常表記とは異なる場所に「X200」ポジションがあったので、設定するときには特別感がありましたが、こちらは自然に設定して使える感覚です。

ニコンはカメラをAE化してもAF化してもFマウントの互換性を守り続けたことで、AF/MFの交換レンズはいずれのカメラボディにも使用制約が少なく、New FM2ならば、レンズに絞り環がありAi化対応しているものなら使用することができたわけです。

他のメーカーと異なり、MF一眼レフが長く生き残り続けた理由は不変のFマウントによる新旧交換レンズの互換性にもありましたが、写真撮影の基本を勉強することができる一眼レフカメラとして、多くの写真学校の指定教材となったことも意味は大きかったように思います。

New FM2の、おそらく最終バージョンのカタログ表紙です。2000年6月25日とあります。若い女性に使用して欲しいというマーケティングでしょうか。Z fcのそれと似てますね。

FM/FE系一眼レフの実質的なフィナーレを飾るのは2001年に登場するニコンFM3Aになります。基本的には絞り優先AE機構を搭載したMF一眼レフですから“FE3”というネーミングになってもおかしくはないはずですが、“FM”の名が冠されたのは、バッテリーがなくても動作可能なハイブリッドシャッターを搭載していたからでしょうか。

外装カバーは真鍮製。ファインダー内表示はFE2の指針式をほぼ踏襲していたのには驚きました。ただ、先に述べたように、マニュアル露出時にもこの指針式は露出のズレ量がわかりやすいので、ビギナーにも適した機種ということになります。またファインダースクリーンも改良されて明るいタイプになりました。これはNew FM2にも使用することができます。

すでに世の中は本格的なデジタル時代を迎えていたというのに、この新MF一眼レフの登場は驚きでした。21世紀になっても新型のフィルムMF一眼レフを作るというニコンの姿勢には感服しましたね。

ニコンFM3A。ニコンFM10があるので、厳密には最後のFM/FEシリーズとは呼ぶことはできませんが、電池がなくても問題なく動作するハイブリッドシャッターを搭載したというところに震えました。さすがに時代的に私も多用したとは言いづらいですが、フィルムのテストではよく使います。ただ、斜体の「Nikon」のロゴは20年経っても見慣れないです(笑)>後藤さん

ただ、個人的にはFM3AのNikonロゴが新しい斜体のものに変わり、これに大きな違和感を持ったことを覚えています。また、シルバークロームメッキがずいぶんと白っぽい印象になり、高級感が少々失われたことは気になりました。だから私はブラックボディを選びました。関係ないけど今回のZ fcはシルバー仕様で、これは塗装によるものですがFM3Aのシルバー仕上げよりも高級感がありますね。素晴らしいです。

FM3Aでも小刻み巻き上げができなかったことは残念なことで、FM/FEシリーズはすべて小刻み巻き上げは採用されませんでした。ちなみにエントリークラスのニコンEMとかFGは小刻み巻き上げできるんだぞ。

FM3A発売時、当時の『アサヒカメラ』のインタビューでNikonロゴデザインの変更について、Mr.ニコンの後藤哲朗さんにお話を伺う機会がありましたが、「しばらくすればロゴは見慣れますから大丈夫です」と言われたことを思い出しました。でもZ fcを見てください、旧ロゴになっています。あ、ニコンDfも旧ロゴでしたね。私は粘着質なのでいつまでもうじうじ言います(笑)。

パンケーキタイプのAi Nikkor 45mm F2.8PがFM3Aと同時に発売されたことも、小さい出来事のようでいて個人的には驚きました。世の中はどうみてもAFのデジタル一眼レフ一辺倒なのにMFレンズを企画し、この発売を実現してしまうのですから、このレンズひとつでも、ニコンのフトコロの深さを感じました。

ただ、このレンズ、早々に製造中止になりました。さほど売れなかったからでしょう。パンケーキレンズというのは、存在しないときは要望が多いわりに、欲しい人にひととおり行き渡ると、そのあとはぱったり売れなくなると、とあるメーカーの人が嘆いていたことを思い出します。パンケーキレンズをメーカーに要望する人は、このあたりをよく理解するように。心当たりがある人は反省してくださいね。

New FM2はあまりプライベートでは使用していないと思うのですが、アサインメント撮影の後の残りコマにこのカットが出てきました。フィルムが余って気まぐれに撮影したんでしょうけど、小型軽量のカメラじゃないとこういう悪戯はしないものです。
ニコンNew FM2 NIKKOR-N Auto 24mm F2.8(Ai改)(F8・1/250秒)フジクロームプロビア100F
何かのアサインメントで撮影したものらしく。撮影地はとあるお寺ですが、モノはなんだか記憶にないです。中望遠マクロで撮影しています。露出が難しかったようで、手動ブラケティングしていました。
ニコンNew FM2 Ai Micro-Nikkor 105mm F4(F4・1/500秒)フジクロームプロビア100F

フィルムカメラは「カメラの発展=自動化」が当然のように考えらえてきましたので、ニコンはAE・AFが発展してもMF一眼レフカメラを残したという意味で、素晴らしい仕事をしたのではないかと思います。

すでに述べたようにNew FM2も15年を超えるロングセラーカメラでしたし、F3に至っては20年間販売され続けたのですから、デジタルカメラでは考えられないロングセラーに驚いてしまいます。今でも愛用者は多く、中古市場でもそれなりの価格がつけられています。

カメラの自動化で、これまで撮れなかったものが撮れるようになるとか、より精度が増して便利になったという撮影案件はたくさんあります。そういう意味で機能の発展を否定しているわけではありません。

ただし、そもそも写真撮影の基本を知れば、カメラの自動化と写真内容の良否は特別な関係はないということがわかってきますし、逆にフルマニュアルカメラで撮れば良い写真ができるという意味でもありません。同じフィルム、同じレンズで撮影すれば、1959年のニコンFでも、21世紀のFM3Aでもまったく同じ写りをします。

フィルムカメラを使い、マニュアル露出、マニュアルフォーカスを行うことを喜ぶ人は、マイノリティに属すると考えられてしまいがちですが、“写る”ことを目的とするためのワークフローは覚えてしまうと自然にカラダは動くもので、自動化というのは「人間が指で設定することをカメラが代わりにやります」程度の話なわけですね。つまりFM/FE系のようなMFフィルム一眼レフが存在していることで、カメラシステム全体、いやニコンそのものの品格が向上したように思えるわけです。

FM/FEを使用している写真家の写真がないかと探してみたら、巨匠 渡辺義雄先生(1907-2000)の写真が出てきました。撮影は1990年くらいで場所は四ツ谷の事務所ですね。この写真を撮影したカメラはニコンFE2でした。渡辺先生は戦後建築写真の第一人者ですが、戦前は小型カメラでスナップも撮影されていました。手にしたカメラはFE2でしょうか。「最近は小さいカメラがいい」とお話をされていたことは記憶に残ります。ついているレンズはAi Nikkor 20mm f/2.8Sです。のちに渡辺先生にこのプリントを差し上げたら「焼きが悪い」と叱られたこと思い出しました。お詫びします。
ニコンFE2 Ai Nikkor 35mm f/1.4S(F4・1/60秒)Kodak T-MAX400

外観はクラシックなマニュアル一眼レフ、中身は最新の高性能ミラーレス機であるニコン Z fc。発表された当初は外観デザインにすべての価値があると考えていましたが、月刊誌のレビューを通じて手にしてみると、かなり認識が変わりました。現在も続けてフィルム一眼レフと戯れている筆者にとって、Z fcは実際に使用しても違和感なく、すんなり入っていけるミラーレス機であったことは個人的に特筆したい点であります。

ただし、これはフィルムカメラ時代のFM/FE系のように、マニュアル設定を楽しむとか、勉強するという意味とは少々意味が違っているのではないかと感じています。単体ボディではグリップ部分に依存できないホールディングバランス、小さくても手のひらへの抵抗を通じて存在感があること。これは装置を操作するときに重要な触感という魅力に繋がります。そこらへんのスマホカメラとはちと違うんだぜという孤高の道具性をZ fcから感じ取ることができます。

ダイヤルの存在は、液晶窓からカメラ設定がどうなっているか逐一確認しなくていいという視覚的な安心感もあります。電源をオンにしなくても設定状態がわかるのです。ただ、F値のみは構造的に電源を入れないと表示されません。

デジタルになっても変わることのない写真撮影のために必然とするISO感度、シャッタースピード、絞りなどの設定要素をデザイン的に美しくなるようにまとめてみたら、Z fcは必然的にNew FM2ふう、つまりヘリテージデザインになってしまったということかもしれないですね。

なお現在発売中のデジタルカメラマガジン2021年9月号ではニコン Z fcのレビューを行っていますので、こちらもどうぞよろしくお願いします。

ニコン Z fcにNIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)を装着してみました。デザイン的に努力されていますが鏡胴の径がデブですなあ。マウント部がプラスチックなので、正直、暴れたいです。あと専用フードが用意されいないのはなぜ? ここはAi Nikkor 28mm f/2.8S用のHN-2をつけ、体裁を整えました。フィルター径は52mmですのでイケます。28mmキットを予約されている方はフード装着はマストです。今から中古カメラ店に走り必ず入手し、Z fc 28mmキットの発売に備えましょう。
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)