赤城耕一の「アカギカメラ」

第13回:リコーGRになれなかった、ニコンCOOLPIX Aの哀しみ

ニコンCOOLPIX A。発売当時の価格は12万円ほど。高性能単焦点レンズを搭載した高級コンパクトへのニコンの挑戦でした。外付けファインダーやフードも用意された趣味的なカメラでもありましたが、なんか覚悟が弱いというか、もっと高級感が欲しかった感じはしますね。それにネックストラップアイレットの位置が悪いのと三角感が似合いません。

2021年になりました。あけましておめでとうございます。今年も「アカギカメラ」をどうぞよろしくお願いします。どうもお正月はサボりすぎましたので間をおかずに、勢いで、さっそく2021年イッパツめを始めたいと思います。

昨年末にオリンパスギャラリー新宿で開催した写真展「録々」には予想以上に多くのお客様においでいただきました。感謝です。会場では多くの記念写真、紹介写真を撮っていただき、還暦直前の白髪でデブな当方のニヤけたバカ面もSNSたくさんご紹介いただきました。嬉しいのに、実は恥ずかしいというか見苦しいというか、フクザツな気持ちでございました。いや、とてもありがたいのですが。

で、非常につまらない話をお正月から始めますとですね、おそらく写真展会場でお客さまに撮影していただいた写真の95%くらいがスマホを使用されていた(当社調べ)ようなのです。では残り5%はどうなのさというと、ミラーレス機と一眼レフになります。また、拙作のフォーマットに合わせていただいたのか、お客様ご所有のフィルム中判カメラ6×6判カメラでも撮影していただきました。これはこれで光栄なのですが、かえってご苦労をかけてしまったような感じもいたします。ええ、でもどんなカメラであろうとも撮影していただて嬉しいです。ありがとうございます。

ですが、ここで報告せねばならない驚愕の事実があります。私の記憶によれば、今回コンパクトデジタルカメラで撮影していただいたことが一度もなかったということです。いや、物覚えが悪い私なので一度くらいはあったかもしれませんが記憶にないのです。

ごく一般的な記念写真とか、SNSにサクっと挙げるなんていう目的では、スマートフォン以上に適した"カメラ"はないんじゃないかと私も思います。私も記念写真は愛用のiPhoneで撮影します。たかがSNSごときにウチの大切な可愛いカメラで撮影した写真を上げられるかという意識もあります。ただ、こういう機会があると、コンパクトデジタルカメラはスマホによって駆逐され、絶滅の危機に瀕していることを身をもって知ることになります。

今回の作例の多くはとある漁港で撮影しています。パズルのように敷き詰められた、おそらくウェイトとして使用されるコンクリートや石でしょうか。これも素晴らしい再現性です。
COOLPIX A(F5.6・1/160秒)ISO 800

そんなことを思いながら写真展を終えてから年末の大掃除のために仕事場の機材ロッカーを片づけていたのですが、中からとあるカメラを発見しました。これが今回紹介する「ニコンCOOLPIX A」です。はい、ニコンDXフォーマット(APS-C)のCMOSセンサーを搭載したニコン高級コンパクトデジタルカメラの初号機でありますね。

登場時にはそれなりに話題になりました。私もたしか『アサヒカメラ』でレビューしたはずですが強い印象はなく。本機はリコーGRを意識して企画された製品ではないかと想像しますが、いつの間にかディスコンになっておりました。登場したのは2013年ですからニコンDfと同じ年ですね。

COOLPIX Aの細かいスペックを少し書いておくと、センサーはニコンDXフォーマットの有効1,616万画素CMOSで、光学ローパスフィルターレス。EVFは非搭載だけど、アクセサリーとして外付け光学ファインダー「DF-CP1」が用意されました。こいつはなかなかの見え方です。もしうちのCOOLPIX Aがお亡くなりになっても、ニコンS3あたりにつけると美しいんじゃないかなあ。

金属製の専用フード「HN-CP18」(装着にはアダプターリング「UR-E24」が必要)も用意されましたが、どうにもこれには食指が動かず、購入には至りませんでした。デザインはライカ エルマリート28mm F2.8の初期タイプの専用フードを意識したのかもしれませんが、これは考えすぎですね。収納性も悪くなりますし。

COOLPIX A用に用意された金属製の外付けファインダーDF-CP1。ファインダーなんかろくに見もしないのにこういうものを買ってしまう自分の意志の弱さを呪いたくなります。まあ、近い将来うちのニコンレンジファインダーカメラに付けて使うからいいか。

搭載レンズはニッコール18.5mm F2.8の単焦点レンズ。35mm判換算で28mm相当の画角。5群7枚で沈胴式。「ニッコール」名が冠されたいうことは相当な高性能レンズですね。最短撮影距離はレンズ前約10cm(マクロAF時)。大きさと重さは111×64.3×40.3mm、約299g(バッテリー、メモリーカード含む)。薄いボディで、スペック的にはとても印象良しです。

私は熱血リコーGRユーザーですが、同時にカメラ博愛主義者でもありますから、天下のニコンが初の高級コンパクトデジタルカメラ分野に乗り出すということに当時興味を持ち、レビューしたときの印象は薄いけれど、COOLPIX Aにもうちにお越しいただきました。このあたりの細かな経緯は失念しております。

階調の豊富さもDXフォーマットのような大型センサーを搭載したカメラの特徴でありましょう。水の質感再現もたまりません。
COOLPIX A(F5.6・1/200秒)ISO 400
冬の夕方の光は鈍いですが、魅力的です。微妙な色再現にも優れています。撮影距離が遠くても細かなディテール再現に優れます。
COOLPIX A(F5.6・1/400秒)ISO 400
リコーGR IIIと並べてみました。GRの方は外装に派手さがなく、ややストイックな印象を受けます。COOLPIX Aには少し存在の"軽さ"を感じますね。DXの金色マークもよろしくない。このあたりは好みだけど。

おそらくですが、この頃は2012年登場のニコンD800などもアサインメントで使用していたので、COOLPIX Aは一眼レフのサブカメラとしてもイケるのではと考えたのでしょう。同じような条件で撮影した場合、2機種の撮影データを同じフォルダにぶち込んでも、同一メーカーのカメラなら画作りの整合性が得られるのではないかと目論んだわけです。確かにそういう使い方には適しておりました。

ところがその後はCOOLPIX Aの使用頻度がどうにも上がらず、ロッカーの肥やしとなっておりました。SDカードも挿しっぱなしになっていたので、そこに死蔵され(笑)ていたファイルと今回の撮り下ろしを合わせてご紹介しますが、画質的には素晴らしかったわけです。1,616万画素じゃあ少なかったからじゃないか? というアナタ、実際に写真をみると素晴らしくシャープであり細かいところまでよく見えますぜ。

カメラを発掘した時に入っていたカードを確認したら、なぜか内蔵ストロボを発光させたこのカットを発見。リコーGR IIIには撮れない写真ではあるけど、ニコンのスピードライトの調光精度の高さは本機でも認められますね。
COOLPIX A(F5.6・1/400秒)ISO 400
ロープ類が目に入ると脊髄反射的に撮影したりします。Sの気があるのでしょうか。見事な質感描写に感激です。一眼レフで撮影しましたと言っても見破られませんね。
COOLPIX A(F5.6・1/160秒)ISO 400
最近の消波ブロックはスタイリッシュですな。レンズにクセがないためにワイドらしさを感じさせない描写です。見事ですね。
COOLPIX A(F8.0・1/800秒)ISO 400

なぜかニコンからはこの後にDXフォーマットのセンサーを搭載した後継のコンパクトカメラは登場していません。少し調べてみると、ニコンのアナウンスによればCOOLPIX Aは販売不振でその命が長くなかったという話も出てきますが、この主な理由というのがやはり"スマホの影響でコンデジが売れなくなったから"という要因だそうです。そうなのかなー。

もともとは外装が高級でも、単焦点レンズ搭載という潔くシンプルな仕様が万人に受け入れられないということがあったのではと推測します。先日も私の妻が同窓会に出席するのでカメラを貸してというからリコーGR IIIを渡したのですが、ズームレンズが搭載されていないからと拒絶されました。

つまり単焦点レンズ搭載であるということに対して、私たちは写真的・性能的にポジティブな期待を持ってしまいますが、一般の認識としては特殊なカメラとみなされます。メーカー側もそれは折り込み済みではないかと思います。リコーも巧みに商売をされていますが、ここまでくるには相当な苦労があったことでしょう。

余談ですが、森山大道さんにリコーGRについてインタビューをしたことがあります。その時に最後に言われたのは「アカギさん、リコーの人に会ったらGRにズームレンズつけるように言ってよ」でした。ええっ、なぜですか?とお聞きすると「だってズームは便利じゃない?」と苦笑しながらお話をされるわけです。ええ、写真界のレジェンドに反論というか、意見できるわけもなく、その時の記事では矛盾しちゃうから書けるわけもなく。ちなみに現在の森山大道さんの愛機はCOOLPIX S7000です。興味ある人は調べてください(笑)。

小型軽量で高性能なのは合格。ただ………

COOLPIX Aは2013年3月発売。同年5月には"APS-C世界最小"を謳うリコーGRが登場したが、長さ方向はCOOLPIX Aのほうが小さく、2019年発売のリコーGR IIIで両者がほぼ同じ長さになった。

あらためてCOOLPIX Aを見直してみることにします。リコーGR系とは異なる、少し玩具めいたデザインに高級感が乏しく気になるのですが、ボディは薄く、収納性がよく、ジャケットの内ポケットにも入る感じがいいわけです。今のiPhoneより長さは短いし。ちなみにAPS-Cセンサーを搭載したリコーGRの初代モデルよりも長さは短いですね。

私が感心したのは、MF時に私の好きな距離指標が細かく表示されること。フォーカシングはレンズ周囲のリングを回すことで行えるので、自然な操作でMF撮影を行うことができます。MF時に「チューリップ」と「山」のマークの距離スケールしか出ないどこぞのカメラとは違いますね。はっきり言っておきましょう。おい、「Z」、よく見ておけと。

MFに設定すると、距離指標バーが出現。レンズ基部のダイヤルを回すことで距離設定が連続的に変えられます。実焦点距離が18.5mmと被写界深度が深いレンズのため、目測でアバウトに設定してもまず失敗はありません。

ところが矛盾してしまいますが、私が本機を死蔵させてしまった要因は手がボディにあまり馴染めなかったことが第一に挙げられそうです。カメラやレンズは高性能でかつ可能な限り小型軽量であることが正義と信じているので、この点ではCOOLPIX Aはもちろん合格です。

ただ、小さいカメラなのにネックストラップアイレットの位置がどうにもよろしくない。しかも高級感を演出するためでしょうか、基本的には一眼レフに取り付けられているような三角環を通してストラップを取り付けるわけですが、すると撮影時にはストラップが邪魔くさくなるわけです。ボディが薄いぶん余計に気になるのかもしれませんが、本体に触れるグリップ感が弱くなる感じ。ボディを握った時にストラップの逃げ場がないからです。グリップ感を向上させるために、ボディ前面には指がかり的な膨らみがあるのですが、これはあまり役立つ感じではないですね。

もっともカメラをぶら下げるために片側のネックストラップアイレットだけを使用するとか、三脚穴を使用したリストストラップなどを代用する手もありますが、どうにもそこまで気が回らず。

もちろん潔くストラップを取りつけずに使うという方法もあるのですが、本機にはニコンお得意のVR(手ブレ補正機構)が内蔵されていません。このため、私は低照度下での撮影では、手ブレを抑制するために首からストラップをかけ、カメラを強くひっぱり、ストラップの張力でカメラを動かないように安定させ、ブレを抑制するという撮影方法を取ることがあります。この撮影方法では、ボディ両袖にあるネックストラップアイレットからストラップを取り付けることがマストということになります。

カメラ上部のダイヤル類です。操作性は良好で仕上げも悪くはないですが、高級感があまりないのはなぜかなあ。
背面。ニコン一眼レフと同時に使用しても違和感のないUIを目指したとのことでしたが、ちょっとボタンは多いかなあ。
ISO 3200に設定。ノイズも少なく普通に撮れます。よく写りすぎてムードがなくなりました。露出補正を忘れたからですね。まあいいか。
COOLPIX A(F4.0・1/30秒)ISO 3200

さらにリコーGR系カメラのように露出補正があまりやりやすくないことも、使用していてちょっとイラっとする点です。本機のAE精度が悪いということではなく、撮影時に撮影者の意図を積極的に入れてゆくという意味では露出補正を頻繁に使いたくなりますし、この設定はやりやすいに越したことはなく。スマホを超えた独自の"カメラ"としてのUIが欲しいわけですね。

AFの速度はフツーです。コントラストAFの、合焦点を一度通り過ぎて戻る、あのフォーカスを追い込む感じはありますが、精度的には素晴らしいです。顔認識機構も備えていますが、現行機種と比較するとあまり感度は良くないですね。

ニッコール18.5mm F2.8は実に素晴らしいレンズです。絞り開放近辺では周辺光量低下を感じますが、品が良い落ち方で、写真にシリアスな雰囲気を与えません。もちろん周辺光量低下の補正など、本連載の読者なら瞬時に行うことができるでしょうから欠点とは言えないでしょう。

最短撮影距離(レンズ前)は通常時で30cm、マクロモードでは10cmで、これも合格です。最新のリコーGRIIIではマクロモードで6cmですからね、7年前のカメラとしてはかなり頑張っています。ちなみに至近距離で絞りを開いても、画質面では問題はありません。

最短撮影はレンズ前10cm。マクロモードへの切り替えが必要です。生牡蠣にグッと寄ってみましたが、手前のネギはボケています。ここまで寄ると18.5mmレンズでも被写界深度は浅いですね。
COOLPIX A(F5.0・1/125秒)ISO 800
MFとマクロに切り替えるには、ボディ脇のスイッチを使います。この位置だと戻し忘れますね。かつてのニコン28Tiのストロボ切り替えスイッチにも似てますね。
料理人。光線状態は良くないですが、ストロボは使いませんでした。顔認識機構により酔っ払いさんでもちゃんと写せました。
COOLPIX A(F4.0・1/200秒)ISO 800

いわゆる"高級コンパクトカメラ"の走りは、フィルム時代でいえば、ローライ35シリーズからでしょうか。しばらくインターバルを経て、京セラのコンタックスT2でバクハツ的なブームになった感があります。ボディ外装の質感に凝り、搭載レンズを単焦点かつ超高性能とすることで、一眼レフとは異なる存在感をみせたわけです。値段ももちろん高級だったわけですが。

ニコンもこれに便乗して、35Tiとか28Tiなどの高級コンパクト路線を乗り出しましたが、これらも搭載レンズは悪くはなかったのですが、見事に外しました。あの昔の水道メーターみたいな指針の動きはユニークでしたが、厚く切った羊羹みたいな厚みが許されなかったのではないでしょうか。この頃からニコンは高級コンパクトを作るのが下手みたいな印象があります。ちなみに2017年には、すでに発表されていた1型のセンサーを搭載した「ニコンDL」シリーズの発売が中止になったというエピソードもあります。

デジタル時代になっても、高級品質ボディ+高性能単焦点レンズを組み合わせたカメラが各社から登場してきますが、ソニーやライカなど35mmフルサイズセンサーと単焦点レンズを組み合わせたカメラボディはもはや「コンパクト」の範疇には入らなくなるんじゃないかなあと思います。ちなみにデジタルでこの分野に先鞭をつけたのはシグマでしたよね。

ニコンくらいの世界的なブランド力があれば、ボディのデザインや質感にもっとこだわり、価格も高い「高級コンパクトデジタルカメラ」を作っても納得する人はいると思うし、ウケると思うんだけど、難しいのでしょうかねえ。皆さんリコーGRとは異なるものとして見てくれると思うのですが、COOLPIX AはGRを意識しすぎですよ。

街歩き写真の成功の可否は、いかに面倒がなくカメラを取り出せるか、にかかります。本機はリコーGRと同様に合格ですが、邪魔なストラップを外したくなります。
COOLPIX A(F14・1/1,000秒)ISO 400
マクロモードに切り替えて、絞り開放で撮影。合焦点のシャープネスも問題なく。性能は落ちません。ボケ味もまずまずですね。
COOLPIX A(F2.8・1/400秒)ISO 400

可能なら最近のライカやソニーみたいに"35mmフルサイズ"とか突っ張ることをしないで、DXフォーマットでお願いしたいですね。私はこの分野のカメラは絶対に"コンパクト"じゃないとイヤなんですよ。

その時は、カメラの上部にシャッタースピードダイヤルと、露出補正ダイヤルの搭載をお願いしたいです。あと着脱可能のEVFと、美しいカタチの金属製フードの用意もお願いしたく。そうなれば、スマホなんかぶっ飛ばせる高級コンパクトデジタルカメラとなりましょう。

と、新年ですから迷惑を顧みず、いろいろとわがままなことを言ってみました。

赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)