トピック

なぜ、EVF専用機でも“M”なのか?「ライカM EV1」の誕生背景を聞く

ライカカメラ社の副社長にインタビュー

ライカカメラ社副社長 写真・デザイン担当のステファン・ダニエル氏

2025年10月後半は濃密なライカ・ウィークだった。東京・青山のスパイラルガーデンにおける「ライカの100年:世界を目撃し続けた1世紀」展があり、世界規模でシリーズ化された写真展「In Conversation: A Photographic Dialogue Between Elliott Erwitt and John Sypal」もライカギャラリー表参道で開催。ライカカメラ社 監査役会会長のアンドレアス・カウフマン氏は、この来日中に箱根にあるパウル・シュミット顕彰碑も訪れ、100年以上にわたる日本とライカの繋がりに思いを馳せた。これらのイベントに続いて登場したのが、ライカMシステム初のEVF内蔵機となる新機種「ライカM EV1」だ。

ライカM EV1

この「ライカM EV1」について、ライカカメラ社副社長 写真・デザイン担当のステファン・ダニエル氏にインタビュー。商品企画の背景、ライカMシステムにおけるEVFのメリット、気になる仕様面などについて聞いた。

顧客からの強い要望で開発

——EVF内蔵のMマウント機を開発したきっかけは何でしたか?

外付けEVFのビゾフレックス2を装着せずに済む、EVF内蔵のカメラを作ってほしいという要望が多くのMユーザーからあったためです。現在のライカMデジタルユーザーのうち約半数は、ビゾフレックスEVFとセットで使用されているとも聞きおよんでいます。

ライカM EV1は、M型ライカのファミリーに加わる新メンバーです。既存の光学ファインダー式のM型ライカを置き換えるものではありません。従来通りの光学式レンジファインダーを搭載する“M”と、EVFを搭載する“M EV”の両方を今後並列でラインナップしていく予定です。

バリエーションが増えるライカM11シリーズ。モノクロ専用や背面モニター非搭載のモデルも揃う
参考:別売の「ライカ ビゾフレックス2」を装着したライカM11。約370万ドットの外付けEVFだ

——ライカとしては、EVF機にどのようなメリットを感じていますか?

ライカMやライカQのように伝統的なサイズで、EVFを使って簡単にピント合わせができて、ミラーレスカメラとして使える……といったように、より幅広い人に手に取ってもらいやすいカメラだと考えています。

想定ユーザーとしては、まずは視力に問題を感じているMユーザーです。これまでは視力が低下するとレンジファインダー撮影を諦めてAF式のライカQなどに移るといったケースがありました。ライカQは優れたカメラで人気がありますが、レンズが固定式です。ミラーレスカメラのライカSLは優れたEVFを持ち、AFかつレンズ交換もできますが、重量感のある高性能カメラです。

レンズ一体型のライカQやライカD-LUXからステップアップするユーザーや、カメラのスタイルとしてM型を使いたいものの、レンジファインダーカメラは難しそうだと思っている人のことも考えています。外付けファインダーを装着しないスッキリした状態で広角レンズを使いたい人や、ライカMレンズ以外を使ってみたい人にもメリットがあると考えています。

広角レンズの使用時でも、常に視野率100%でフレーミングできるメリットがある
ライカストアでは、様々なMレンズと組み合わせてライカM EV1の使い心地を試せるようになっていた

——M型ライカのMといえばMesssucher(距離計)の略であり、光学式のファインダーを搭載するレンジファインダーカメラであってこそというイメージでした。ライカの社内でもEVF搭載に葛藤はありませんでしたか?

もちろん「光学ファインダーがないのはMじゃない!」など社内で議論はありました。それでも、最終的にはユーザーの声に応えようと思いました。それぐらいEVF機の要望が多かったのです。ライカM EV1のMには“Mマウント”のMという意味を込めています。

1954年に発売された「ライカM3」(※写真はショー用の巨大モックアップ)からM型ライカの歴史が始まる。3つの焦点距離のレンズに対応するブライトフレームを備えていたことから“3”の数字が付き、以降は機能の増減なども踏まえつつナンバリングされてきた

——ライカM11-○○という名前ではなく、ライカM EV1という別シリーズにした理由はなぜでしょうか。

単なるライカM11のバリエーションモデルではない、ということを明確にしたかったからです。EVF搭載によるM型カメラの用途拡大を想像すると、そこには新世界があると思いました。MマウントでEV(Electronic Viewfinder)を搭載する1号機なので“ライカM EV1”と名付けました。

ライカM EV1は、ライカMシステムのカメラとして初めて内蔵EVFを搭載

——EVFを使うだけでなく、電子的に二重像合致式の撮影スタイルを再現するレンジファインダーカメラの検討はありましたか?

全くありませんでした。

——従来のMデジタルでも、背面モニターのライブビューだけで撮影している人を意外と見かけます。こうした状況もEVF機の開発を後押ししましたか?

日本では多いのでしょうか? 私はあまり見たことがありません。

——EVF化モデルを出すにあたり重視したことは何でしょうか?

既存のMと同じスピリットで写真を撮れること……例えばファインダーが真ん中ではなく端にあるとか、常にMらしい伝統的なスタイルで同じように使えることを重視しました。カメラ自体のプラットフォームはライカM11なので、ファインダーより下の部分はライカM11と共通しています。

接眼部の位置は変わらないため、撮影スタイルは通常のM型ライカと同じ
背面。EVF以外のレイアウトはライカM11と共通
底面も基本はライカM11と同じ。USB Type-C端子から充電・給電とデータ転送が可能

Mレンズの機構を活かしたMFアシスト「オート」

ライカM EV1のマウント内部。距離計はないが、レンズのカムの動きをボディに伝えるコロが残っている

——マウント内部に距離計のコロだけが残っていますが、これはMFアシストのためですか? できることなら自動拡大が起動する感度を変えたいです。

はい、MFアシスト「オート」のためです。レンズ後部のカムが動いたことを認識して、MFアシスト(拡大表示)のトリガーとするために搭載しています。コロが動いたことを認識するだけで、撮影距離がどこかまでは見ていません。

その拡大表示を自動的にオンにするトリガー感度の変更も、もちろん技術的に不可能なことではありません。ちなみに私は、自動拡大はオフにしています。

拡大表示機能。拡大倍率は2段階から選べる
M型ライカ伝統のモチーフを流用したFnレバー

——MF撮影を助ける方法は、拡大表示とピーキング表示だけですか?

そうです。あと言うまでもなく、ハイパーフォーカル(いわゆるパンフォーカス撮影。レンズの被写界深度目盛りを見て、ファインダーを覗かずにピントを合わせる)ですね。

ミラーレスカメラによくあるピーキング機能も搭載

——MFアシストの拡大中に限ってですが、ライブビュー画面に手ブレ補正が効いていますよね。ピント合わせをやりやすくするためでしょうか?

その通りです。拡大表示中のピント合わせを助けるために、電子的に手ブレ補正の処理をしています。あくまでMFアシスト用で、撮影画像には反映されません。こうした電子式手ブレ補正機構はライブビュー画面のような映像には使えますが、写真に使えるクオリティではないからです。言うまでもなく、光学式手ブレ補正機構は本体サイズの都合で非搭載です。

EVFの拡大表示を使えば、ノクティルックスのような超大口径レンズでもシビアにピントを追い込める

EVFスペックはライカQ3相当

——開発において、技術的に難しかった点を教えてください。

技術的課題といえば、ライカQより薄いボディにライカQと同じEVFモジュールを入れることでした。クラシックなM型ライカに出っ張りを設けたくなかったため、ファインダーアイピースの突出をライカQシリーズよりも減らしています。そのためEVFが収まる部分は厚さギリギリの設計で、そこにはライカQのような赤いライカバッジを貼るための彫り込みすら設けられないほどにタイトです。

よりボディが厚いライカQより、接眼部の突出はむしろ小さくなっている。伝統あるMとしてアイピースの出っ張りは許容できなかったそうだ

それ以外の部分では、ライカM11の開発スタート時からEVFタイプの機種を加えることを想定していたため、技術的に大きな課題はありませんでした。イメージセンサーや画像処理エンジンの世代はライカM11と同じです。

——ライカM EV1のファインダー部分は、ライカQ3と同じですか?

EVFのパネルと接眼光学系はライカQ3と同じです。M型ライカのサイズに収めるために、EVFモジュールのハウジングだけが変わっています。

EVFのパネルと接眼光学系はライカQ3を継承

——距離計の窓がセルフタイマーのランプになっていますが、ここに他の役目はありますか?

ありません。ちょうど内部構造的にスペースが空いていましたから、M型ライカで馴染みのある距離計窓の形状にして、ここに配置しました。

距離計窓のモチーフを流用して、セルフタイマーランプを搭載。使用時には赤く点滅する

——距離計だけでなくISO感度ダイヤルも省略されていてシンプルです。これもコストダウンや軽量化のためですか?

ISO感度ダイヤルはコストに影響しません。EVFモジュールを入れると、その部分にもうISO感度ダイヤルが入らないという技術的な事情でした。価格がライカM11より抑えられたのは、単純に光学式ファインダーとEVFモジュールのコストの違いです。

トップカバーの左手側にはISO感度ダイヤルもなく、シンプルな見た目に

——軽くなったので、カメラをより気軽に持ち出しやすくなりそうです。軽量化できた理由は、光学ファインダーと距離計がないからでしょうか? 引き続きアルミ外装の軽さが貢献しています。

そうです。光学式のレンジファインダーからEVFモジュールに変わるだけで42g軽くなっています。M型ライカのファインダーには大きなプリズムブロックと金属製のハウジングがあり、意外と重いのです。カメラにとって最も避けなければいけないことは、重くて持ち出す気がなくなることですから、カメラは少しでも軽くあるべきだと私は考えています。

——ライカM EV1に装着できないレンズは、ライカM11と同じですか?

同じです。

——ライブビューの拡大表示は画面内を自由に動かせますが、一発で表示範囲を中央に戻すショートカットはありますか?

はい。私はシャッターボタン横のFnボタンで真ん中に戻るように設定しています。

ショートカットに「フレームを中央に戻す」が用意されていた。目的のボタンを長押しすると、割り当て機能を変更できる

——ピント合わせの手段が増えただけでなく、レンズのフレアなども直接確認できるので、クラシックレンズの味を楽しむのにも良さそうです。

その通りですね。しかしそれはあくまでオマケ的なことで、EVFモデルを作る直接のきっかけではありませんでした。

私はライカR用のスーパー・エルマリートR f2.8/15mm ASPH.が大好きなのですが、カメラをモノクロモードにして、レンズに内蔵されているカラーフィルターを入れて青い空を撮った時に、その結果がファインダーですぐに見られることに感激しました。

ライカM EV1は「What You See is What You Get」(意訳:見たままに写る)が合言葉

製品仕様

  • イメージセンサー:35mmフルサイズ、裏面照射型(BSI)CMOSセンサー、9,528×6,328(6,030万画素)
  • プロセッサー:ライカ マエストロ シリーズ(Maestro III)
  • EVF:576万ドット、60fps、倍率0.76倍、視野率100%
  • 背面モニター:2.95型、233万2,800ドット
  • シャッター速度:フォーカルプレーン60分~1/4,000秒、電子60秒~1/16,000秒
  • 感度:ISO 64~ISO 50000
  • フラッシュ同調速度:1/180秒
  • バッテリー:ライカ BP-SCL7
  • 撮影可能枚数:約244枚(モニター使用時)、約237枚(EVF使用時)
  • 外形寸法:約139×80×38.5mm
  • 質量:約484g(バッテリーあり)、約402g(バッテリーなし)

ライター。本誌編集記者として14年勤務し独立。趣味はドラム/ギターの演奏とドライブ。日本カメラ財団「日本の歴史的カメラ」審査委員。YouTubeチャンネル「鈴木誠のカメラ自由研究