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カメラを毎日持ち歩きたい写真好きに…NIKKOR Zの最薄レンズ「NIKKOR Z 26mm f/2.8」

金属マウントのメリットは? 価格の理由は? 担当者に聞いてみた

ニコンから登場した「NIKKOR Z 26mm f/2.8」は、薄型コンパクトで高性能・高品位の両立を目指したという、NIKKOR Z レンズで初となるアプローチの交換レンズだ。

近年のニコンといえば、ミラーレスカメラ用レンズの中でもとりわけ最高性能を標榜する、大きくて重たいレンズの印象が強い。その中でこの潔さを感じるパンケーキレンズは注目を集めたが、一方で“小さいレンズなのに高価だ”という声もある。

実際のところ、このレンズはどのような狙いで企画されたのか。根強く求める声がある「金属マウント」はどれほどエラいのか。Z マウントシステム全体の話題も交えつつニコンに話を聞いた。

今回話を聞いた、株式会社ニコンの皆さん。左から
光学本部 第三設計部の槇田歩氏
光学本部 第二開発部の中野拓海氏
デザインセンター IDグループの本田光太朗氏
映像事業部 UX企画部の陳思思氏
映像事業部 UX企画部の石上裕行氏

毎日持ち歩きたい人向けの薄型設計

——このレンズは、どのような使われ方を想定していますか?

陳: カメラを毎日持ち歩き、常に撮影の機会を狙うお客様に向けて、薄くコンパクトなレンズを目指しました。フルサイズ/FXのカメラと組み合わせても小さくまとまります。そうしたコンセプトから、特に画質と外観デザインに注力しています。

槇田: 私はまだ発売後数日しか使っていませんが、たまたま立ち寄ったカフェや、通勤帰りの工事現場の写真など、ふとした日常の撮影に向いていることを改めて実感しています。意外と便利に感じたのは、子どもと遊びながらの撮影です。背面モニターも見ずに一緒に走りながらの撮影には、パンケーキレンズの機動力の高さを感じました。

——パンケーキレンズといえばスタイリングが第一で、画質とお買い得感は二の次と昔から言われていたイメージがあります。このレンズは、サイズ、性能、価格をどのようなバランスで企画しましたか?

中野: サイズはカメラボディに取り付けた状態で、Z 6IIなどのグリップの突出部分に隠れるような薄さにすることを目標として開発を進めました。最初の企画段階ではもう少し厚くなるイメージでしたが、ボディのグリップと同程度にこだわり、コンパクトに収められるよう最短撮影距離とレンズ全長などトータルバランスを追求しました。パンケーキレンズではありますが、性能に妥協することなくサイズとデザインの両立を図っています。

槇田: パンケーキレンズというと“画質は二の次”というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、このレンズはそのような妥協はしておりません。「NIKKOR Z レンズに外れなし」とご好評いただいている高画質を実現しています。最短撮影距離0.2mという短さは強くこだわったポイントです。

光学設計を担当した、株式会社ニコン 光学本部 第三設計部 槇田歩氏

また、単に近接撮影が可能なだけでなく近距離での性能にもこだわりました。パースを活かした近距離〜中距離のストリートスナップの撮影シーンも多いと考えたからです。質感まで残せる近距離の画質性能を実現したと思っています。近距離性能が高いため、フルサイズ/FX機の「DXクロップ」で近距離撮影しても質感をしっかり描写できます。この場合、0.28倍相当の撮影倍率になり、小物などの撮影におすすめです。もちろんAPS-C/DX機での近接撮影もおすすめです。

中野: 鏡筒の繰り出し長を0.1mm単位で検討しながら、最短撮影距離が絶対に0.2mより長くならないようにしたいと考えました。マウント面から23.5mmというレンズの全長と最短撮影距離0.2mという目標があり、フォーカシングは全体繰り出し方式としたので、繰り出し長とレンズの全長について光学設計と様々な組み合わせパターンを検討しました。

当初は従来のメカ構成で仕様を成り立たせることができず、最短撮影距離を変えられないか? などと相談したこともありましたが、そこはお互い妥協することなく解決策を模索し続けました。

3Dプリンターで製作されたモックアップ。繰り出し量とのバランスで、様々な厚さを検討したという

槇田: 最短撮影距離の短さを重要視している背景には、ミラーレスカメラとなったことでファインダーを覗かず背面モニターを見ながら撮影する方が多くなったというのもポイントです。手を伸ばして被写体に近接しやすいため、撮影時に「あれ?寄れない?」という不便を感じさせたくないと考えました。

ニコン Z 6 IIに装着したNIKKOR Z 26mm f/2.8。カメラのグリップ部より薄い

——そのバランスは、実売3〜4万円台のFX単焦点レンズ「NIKKOR Z 28mm f/2.8」や「NIKKOR Z 40mm f/2」とどのように違いますか?

陳: いま挙がった2本のレンズは、「ボケを生かした撮影を、低価格でご提供することでより多くの方に体験していただきたい」というコンセプトから生まれたレンズです。寄りのテーブルフォトから風景まで、多くのシーンでボケを活かした印象的な表現を気軽に楽しめる明るいレンズ達です。

一方、今回新しく発表したNIKKOR Z 26mm f/2.8は、Z シリーズのカメラを毎日持ち歩きたいと考える“写真好きの方”をイメージしています。画質だけでなく、レンズの外観、キャップやフードなども含め、品位の高さを大事にしています。光学性能でも、最至近でNIKKOR Z 28mm f/2.8より優れているといった特徴があります。NIKKOR Z レンズは性能面で高く評価をいただいているため、薄い中でも画質を追求しています。

また、高品位という意味では、金属部材を多く使っているのも特徴です。マウント部だけでなく、レンズ全長の半分近くを占めるフォーカスリングも金属製なので、ぜひお伝えしたいです。

外観の大部分を占めるフォーカスリングも金属製

中野: 今までにないパンケーキレンズなので、フロントキャップなどのアクセサリーにもこだわっています。開発当初は一般的なフロントキャップを想定していましたが、製品全体として薄型化するために、フロントキャップもどこまで薄型にできるか、どのような形状が使い勝手と見た目の両立ができるのかを検討しました。

その結果、レンズフィルターをフードに取り付ける仕様とし、フロントキャップはかぶせ式にして鏡筒単体でもフード装着時でも使える仕様としました。

かぶせ式レンズキャップ。最新レンズを薄く仕上げるために、昔ながらの方式になっているところが面白い

——3~4万円というNIKKOR Z レンズとしては驚くべき安さのレンズに続いたため、「7万円」という価格を受け入れてもらえるか、不安はなかったのでしょうか。ユーザーを信じてこその決定でしたか?

陳: このレンズの価値を信じての決定でした。薄いという特徴だけで、高い価格設定をするつもりはありません。NIKKOR Z レンズの中で最薄であり、高く評価をいただいているNIKKOR Z レンズの画質を有し、金属部材を多く使い、フードやキャップといった専用設計アクセサリーも含めた高品位なデザインを盛り込んで、この価格としました。

薄さを追求したレンズは、ともすれば安っぽい見た目になってしまう可能性もあります。これまでも市場には多くのパンケーキレンズが登場しています。カメラメーカー製に限らず最近の新しいレンズメーカーのものも含め、世にあるものから多くを学びました。そうして、ただ薄いだけでなく、ただ金属部材を使っているだけではなく、本当に高級感のある見た目や重さに仕上げました。上記の内容すべてを備えており、この価格に見合う、納得できるレンズであると考えています。いずれは歴史に名を刻むレンズになってほしいと願っています。

NIKKOR Z 26mm f/2.8の企画を担当した、株式会社ニコン 映像事業部 UX企画部 陳思思氏

——焦点距離が26mmに決まった理由は何ですか? APS-C機では40mm相当に近いことも後押ししたのでしょうか。

陳: このレンズのコンセプトとして、最初から広角寄りを検討していました。毎日の撮影、ストリートフォトに最適な焦点距離という判断です。また、スマートフォンの普及により“標準”とされるレンズの焦点距離が、かつての50mmから広角側に寄っている傾向もあると考えています。

日々の撮影に使いやすい焦点距離で、薄く光学性能も高いというバランスに加え、さらにAPS-C/DXでも標準域に近い40mm付近になるということでこの焦点距離を選択しました。

槇田: 実際に使うと、空間の広さと奥行きを自然に取り込むのが得意な焦点距離だと実感いただけると思います。

また、開放で撮影した場合は、広角レンズらしい自然なビネッティングと相まって、画面中心に視線が誘導されるような表現もできます。普段は絞って撮影するようなシーンを開放で撮影した際に、このレンズの新たな表情を見つけることができます。絞りによって様々な表情を見せてくれるのもこのレンズの面白さだと思います。

——レンズの商品企画においては、フルサイズ/FXとAPS-C/DXで兼用しやすい焦点距離かどうかも、判断材料になりますか?

石上: そのレンズの位置付けによります。例えば手頃なAPS-C/DX機をお使いのユーザーの皆さまにとって、S-Lineに属するレンズは、相対的にかなり価格的ハードルが高くなってしまうと考えています。どちらかというと手頃な位置付けのレンズのほうが、フルサイズ/FXとAPS-C/DXの兼用も考慮して企画するケースが多いです。

——光学設計の面など、Z マウントだから実現できた部分はありますか?

槇田: 実は、フランジバックの短いミラーレスカメラになったことで、唯一設計が難しくなるのがパンケーキレンズです。一眼レフカメラと比べてフランジバックが短くイメージセンサーへの入射角が大きくなるため、周辺像に色づきや陰りが生じるシェーディングが起きやすくなるのです。そのため、レンズ構成のうち後ろの2枚はシェーディング対策の補正レンズになっています。

スナップ撮影に最適な26mmの広角にしたことも設計難易度を高めています。広角であるほど収差補正が難しいからです。広角化に対応するため、レンズ枚数の増加、非球面レンズ3枚の効果的な配置、前側6枚を収差補正に有利な対称構造とするなど様々な工夫を詰め込んでいます。

また、全体繰り出しのフォーカシング方式を採用したことで空間効率を高められ、薄い鏡筒に8枚のレンズをギッシリ詰め込むことができました。APS-C/DX専用にしたり、開放F値をF5.6などに抑えれば、薄くても比較的余裕のある設計になります。フルサイズ対応にしたこと、開放F値2.8を実現したことに意味があると思っています。

このような理由からか、現段階ではこのレンズが、「開放F値2.8」「フルサイズ」「ミラーレス」「パンケーキレンズ」の唯一無二の存在になっています。

ただ、全体繰り出しのフォーカシング方式の実現には、メカ設計の中野さんに大変なご苦労をおかけしました。

——AF動作の印象から、このレンズは写真用なのかなと思いました。このレンズの個性と、その実現のために割り切った部分があれば教えてください。

中野: 薄型かつ高い光学性能、そして最短撮影距離。それらを両立させることはメカ設計としても非常に困難なことでした。

全体繰り出し方式の光学系を採用したのでコンパクトな光学系にはなりましたが、レンズに加えて絞りなども動かす必要があるので、動かす必要のあるフォーカス群の質量が増加します。さらに、レンズが動くスペースを鏡筒内部に確保する必要もあります。前述したように使い勝手を考えて最短撮影距離0.2mとすることを目標としていたので、鏡筒内部にその分大きなスペースの確保も必要でした。

本レンズでは、新規に開発した駆動機構や従来のZ レンズとは異なるフォーカス構成を採用することでそれらの課題を解決しています。また、トータルの仕様バランスを検討する中でこのレンズを実際にお使いいただくシーンを考慮して、AF動作音には多少の割り切りをしました。

といっても、何もしないわけではなく、静止画撮影時も静かなほうが好ましいシーンはありますから、可能な限り動作音を抑える工夫をしています。こうした割り切りも、薄さと光学性能を兼ね備えたAFパンケーキレンズを実現できた要因の1つです。

メカ設計を担当した、株式会社ニコン 光学本部 第二開発部 中野拓海氏

今後は新デザインも?

——薄型を追求した個性派レンズですから、見た目も独特なものにするなどの案もあったのでしょうか。交換レンズのスタイリングは、システム全体で共通していたほうがユーザーには喜ばれますか?

本田: デザインを統一したほうが好まれるかどうかは、お客様によるところがあるかもしれません。構築されているほうが望ましいと考えており、今回のレンズもこれまでのNIKKOR Z レンズを踏襲しました。それでありながらレンズ本体やフード、キャップの仕立ては、このレンズのコンセプトである「パートナーレンズ」に見合ったユニークさを意識しています。

初期段階では幅広くいろいろなデザインを検討しました。中にはクラシカルテイストにするという案もありました。しかし、フルサイズのZボディに取り付けて楽しんでいただくケースが多いと考え、そのZ シリーズの世界観にフィットするデザインを採用しました。カメラボディや他のレンズとの一貫性を失わないよう検討と調整を重ねました。

フルサイズのニコン Z 7IIに装着したところ

——金属パーツにはどのようなメリットがありますか?

中野: このレンズにおいては、他のレンズに比べ外観に金属を採用することの重み付けが異なります。とても薄いためフォーカスリングが見た目の多くの部分を占めるので、質感や触感のバランスも大事になってきます。樹脂化することで、軽量化できたり複雑な形状を作れたりというメリットもありますが、金属の切削部品だからこそ表現できる高い精密感や操作した時の質感・剛性感を通じて、お客様に満足感を得ていただけると思います。

本田: いわゆる“大三元”と呼ばれるF2.8ズームレンズなどでは、外観デザインにも実用的な要素が重視されると思っています。実際に耐久性が強いことももちろん、目で見たり手にした時の信頼感を体現します。

——新規ユーザー層の開拓としてヘリテージデザインの「Z fc」が投入されていますが、似合うレンズが少ないです。今後どのような計画がありますか? それともZ fc向けの特別デザインを施したSEモデルが増えますか?

石上: NIKKOR Z レンズのデザインはずっと同じではなく、ブラッシュアップしてきています。Z fcのように特徴的なスタイリングのカメラには、例えばNIKKOR Z 28mm f/2.8やNIKKOR Z 40mm f/2の通常モデルでは見た目のマッチングに物足りなさがあり、SEモデル(Z fcと同じヘリテージデザインの特別版)を用意しました。

しかし、実際にはSEモデルが用意されている以外のレンズもZ fcで使いたくなると考えていますので、薄型レンズなどでは今回のデザイン同様に通常モデルでもZ fcでも馴染むように検討していきます。

APS-C機のニコン Z fc(ブラック)に装着。35mm判換算39mm相当の画角となる

——今回のレンズには、フードが用意されました。フードというより、フィルターアダプターのような構造で斬新でした。どのようなアイデアから生まれましたか? 一眼レフ時代の「AI Nikkor 45mm f/2.8 P」のイメージもありましたか?

付属のフード。バヨネット式で取り付ける。前面に52mmのフィルターネジが備わる

本田: フードがこの形になった理由は複合的です。商品企画やメカ設計も含め、チームで検討しました。薄型に特化した鏡筒デザインで、スナップシューティングをメインの用途として想定していましたし、“所有欲を高めたい”という意識も強くありました。

そうした趣味性の強いレンズですから、レンズフィルターを使った撮影も欠かせないと考え、どうにかレンズフィルターを取り付けられるようにしたかったのです。鏡筒自体にフィルターネジを設ける案もありましたが、難しい課題がありましたし、鏡筒の繰り出し部分を保護する意味もあり、現在のような形になりました。

外観デザインを担当した、株式会社ニコン デザインセンター IDグループ 本田光太朗氏

中野: 開発当初は、ねじ込み式のフードにすることも検討しました。最終的には、取り外ししやすいバヨネット式とし、いわゆるフジツボフードに近い形状になりましたが、途中の段階では、往年のスタイルを参考にしたり、やはり金属製にすべきか、長方形の開口部分はどうか……など、いろいろと案がありました。繰り出しの先端部分にフィルターは付かないか? といった検討もしました。

しかし、そうした要素をいろいろ盛り込んでしまうと、レンズが全体的に大柄になってしまいます。フードを付けても小さく、フードを外すとカメラのグリップ部分に隠れるぐらい小さなレンズ、というコンセプトを貫いた結果が、このスタイルです。

フードを装着した状態。ニコン Z 6 IIに装着

本田: 特にこのレンズについては、他のNIKKOR Z レンズよりもフードやデザイン全体についてのアイデアが多く飛び交っていたように思います。

中野: フードについては私自身も、3Dプリンターなどでいろいろ試作していました。

陳: やはり、実際の撮影シーンをイメージしたというのが最終的な理由です。日常的に持ち歩ける、でも本気のレンズであるというコンセプトです。モノの楽しみという面ではスクエアのフードもありですが、今回はとにかくコンパクトにして、カメラを毎日もっと使ってほしいので、実用性なところにまとめました。

デザイン検討で作製したモックアップ
コントロールリングのローレットパターンも検討を重ねた

——フードを同梱にしたのは、性能的に必要だからですか? レンズフードを用意していないNIKKOR Z レンズもありますが、その理由を改めて教えてください。

陳: このレンズをお使いになる方は、レンズフィルターを使うと想定しています。また、今回のフードには前玉と繰り出し部分を保護する効果もあります。

石上: フードが性能的に必要かどうかをまず判断します。あまり多くはありませんが、フードが必要ない場合は、コンセプト的に少しでも価格を抑えて提供したいレンズについてはフードを別売にしていますし、ニーズを想定してフードそのものを作らない場合もあります。

ニコン Z 9に装着。フォーカシングで鏡筒を繰り出したところ

高強度と高品位を生み出す「金属マウント」

——これほどコンパクトなレンズなのに、金属マウントを採用したのはなぜですか?

陳: このような薄いレンズに高い質感を与えるためには、レンズ自体の重量感も含め、安っぽくてはいけないと思い、今回は金属マウントにしたいと考えました。薄くコンパクトなレンズでは、手にした時のマウント部の存在感も強くなります。

金属部品の採用により、往年の一眼レフカメラ用レンズのような重量感がある

本田: 既にあるレンズと同じように、性能的にはプラマウントでも問題ありません。しかし所有する満足感を高めたいというコンセプトを前提にしたときは、マウントを金属にすることで、その価値の実現性が高まります。デザイン担当者からも、ぜひ金属マウントにしたいと提言しました。

——金属マウントを求める声は常にありますが、それはどのような理由からですか?

石上: “プラマウントは安っぽい”という、デザインや見た目からの理由が多いです。レンズも決して安い買い物ではありませんから、金属の頑丈でしっかりしたイメージが安心感に繋がるのかなと思います。

——実際、プラマウントにすると安くなるのでしょうか。 プラマウントのメリットはどこにありますか?

中野: 軽量化やコストを考えるとプラマウントのほうにメリットがあります。さらに、実際のレンズ開発においては、別のメリットもあります。

例えば金属マウントを採用した場合、マウントのパーツと鏡筒のパーツが別体となることがほとんどですが、プラマウントだと鏡筒の外装やマウント面にある「帽子」と呼ばれるパーツなどと一体で作れるケースがあります。スペース効率や生産性を突き詰めた時にはこれがメリットとなる可能性が高いです。

斜線部分が「帽子」と呼ばれるパーツ。写真のレンズでは、マウント部と帽子は別体
金属マウントは、他の鏡筒パーツと別体

陳: 個人的な印象ですが、プラマウントのメリットがまだ浸透していないなと思います。見た目で“金属マウントがいい”という話になりますが、機能としてはプラマウントもクリアしていますから、安心してお使いいただけます。

石上: レンズ着脱の回数をしっかり考えて、プラマウントと金属マウントは同じ耐久試験を行っていますから、安心です。

——NIKKOR Z レンズに通常ラインとS-Lineがあるように、金属マウントを採用する線引きはあるのでしょうか。

陳: そのレンズのコンセプトや特徴で選びます。

——金属マウントとプラマウントでは、想定するレンズ交換の頻度や、レンズ自体が使われる想定年数に違いがありますか? 使っているうちにマウント部の角にスレが出て悲しいという声もあります。

石上: 高級レンズでは、耐久性ではなく主に破壊強度の面で金属マウントが選ばれます。高級レンズは重くなる傾向があり、プラマウントでは耐えられないレベルの重さになる場合があるからです。

——昨今は何かとサステナビリティが叫ばれますが、今後は耐久性の高い金属マウントの採用比率が増えるような予感はありますか?

石上: 高耐久の金属製品を長く使うという考えの一方で、再生プラスチックという方法もあります。まだ具体的な活用案はありませんが、そういった観点ではプラスチックもサステナブルとなる可能性があります。

——本製品が発表されて、金属マウントを好む人達から評判は届いていますか?

石上: はい。金属でよかった、という声を頂いています。

槇田: 開発発表時の製品写真に、早くも「これは金属マウントだ!」というコメントもあり、驚きました(笑)

開発発表時に公開された写真

ニコンが理想とするレンズ描写とは

——今回の26mmのような個性派レンズが登場したことで、NIKKOR Z レンズのラインナップ展開も第二段階に進んだのかなと感じました。現段階のラインナップ充実度(達成率)はどのぐらいですか?

石上: まだ“道半ば”だと思っています。ユーザーにはFマウントと同様のラインナップを期待されていますから、まだまだ足りないレンズがあります。

とはいえ、どのような方に対してもZ マウントシステムをお使いいただく基本ラインナップは揃ったと考えていますので、今回のパンケーキのような特徴的なレンズにも取り組めるようになりました。

ニコン Z マウントシステムの商品企画を担当する、株式会社ニコン 映像事業部 UX企画部の石上裕行氏

——各社がフルサイズミラーレス用のF1.2レンズを出していますが、NIKKOR Z レンズは特に大きさが目立ちます。何が違うのでしょうか?

石上: F1.2シリーズもZ マウントシステム全体としても、Z マウントの“最大口径”をアピールしており、そのZ マウントのポテンシャルを使い切ったレンズを出したいという思いがあります。その結果、レンズが大きくなっています。Fマウントの制約が外れた影響もまた、大きいです。

——50mm f/1.2や85mm f/1.2のような高性能レンズは、どのように企画と性能目標が決まるのでしょう。ユーザーの求める性能なのか、光学の物理限界を目指しているのか、設計者がやってみたいという願望なのか。どれが強いですか?

陳: 光学設計者の話によると、実用性を大前提として、ユーザーが求める性能の最高レベルを想定したものになっています。

また、例えば「NIKKOR Z 85mm f/1.2 S」のフィルター径は82mmで、「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」と同じなので、フィルターを使い回すことができます。F1.2のレンズはNIKKOR Zに限らず重いですが、現在市場にあるF1.2レンズと比べると、全長は1cmほど長いものの軽量化を実現しています。

石上: ラインナップの検討とともに、ある技術に対して「こういう性能の実現に使えそう」といった検討も並行しています。常に研究している中で、非球面レンズの技術や、球面レンズの加工なども、今後も追求できる部分です。

NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

——構成枚数が多い高性能レンズより、シンプルな廉価版レンズのほうが自然なボケ味に感じられるケースもあります。ニコンにとって、ボケの良し悪しにどのような尺度や定義があるのか教えてください。

槇田: F1.2シリーズの光学設計者から話を聞いてきました。

クラシックな光学系のボケ味にはそういった場合もありますが、NIKKOR Z レンズには収差を綺麗に補正したボケ味があります。これにより、これまで35mmフォーマットでは味わえなかったような高解像と綺麗なボケの両立による立体感を体験していただけます。

この立体感とは、被写体と背景が書き割りのように分離することではなく、溶け込むようになだらかにピント面からボケへ遷移していく様子のことです。

目指している解像力とボケの綺麗さの方向性は、全てのNIKKOR Z レンズに通じるものです。その中でも、F1.2シリーズは特に美しいボケを追求したレンズのひとつです。

また、綺麗な収差補正とは、収差を小さくするだけでは不十分です。単に「解像力だけは高い」「ボケだけは綺麗」とならないバランスが重要です。ひいては、実際の写真を鑑賞した人が「綺麗な写真だ」と感じるようなことです。

そのために、光学設計には配慮が必要です。Z マウントの高いポテンシャルを生かして高い解像力と綺麗なボケの両立を実現するには、1枚1枚のレンズも大きなものが必要となり、結果としてレンズ本体が大型化する部分もあります。

しかし、実際にこれを体現した「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」に関しては、あれだけの重さ(レンズ単体で約1,090g)にも関わらず、描写へのポジティブな反響が多く寄せられています。NIKKOR Z レンズらしい解像とボケの両立を高精度AFで楽しめるという点が、高く評価されました。新しい「NIKKOR Z 85mm f/1.2 S」も、その世界観を引き継いでいます。

しかし、当然同じF1.2とはいえ50mmと85mmでは撮れる画像が異なります。85mmのほうがより浅い被写界深度による大きなボケ量が得られます。

10m程度離れたポートレートや、ストリートスナップでも背景をぼかして描写する事ができ、新たな映像表現が得られます。85mmかつ、F1.2ならではの描写もぜひ楽しんでいただければと思います。

NIKKOR Z 85mm f/1.2 S(左)とNIKKOR Z 26mm f/2.8(右)

動画対応で交換レンズは高くなる?

——AFレンズは、ガラス部分だけでなくアクチュエーターや通信機能もレンズ性能の一部分になります。NIKKOR Z レンズは何年ぐらい現行品としてラインナップされることをイメージした設計になっていますか?

石上: 交換レンズは昔からカメラボディと違って“資産”と言われているので、Fマウントの一眼レフで使われていたような期間を想定しています。具体的な年数といった形では申し上げられません。

——NIKKOR Z レンズには、まだリニューアルされたものがありません。例えば各レンズが今後“II型”に置き換わるタイミングがあるとしたら、何がきっかけになりますか?

石上: デジタル一眼レフの時代は、AF化や、手ブレ補正の搭載がきっかけになっていました。これからは動画がキーワードになるかもしれません。もちろん光学性能を高める正常進化もあると思いますが、何より「使い勝手」に関わることが後押しすると考えています。

——ミラーレスカメラには光学ファインダーがないので、ボディ側のレンズ補正機能も使いやすいと思いますが、どのように活用していますか?

槇田: 歪曲収差と倍率色収差のデジタル補正は、どのレンズでも活用しています。NIKKOR Z 26mm f/2.8では小型化を目的に、特に歪曲収差補正を活用しています。一眼レフでは光学ファインダーで見た像と記録された写真が大きく異なってはいけませんでしたから、EVFになったミラーレスカメラで活用を広げています。

石上: デジタル補正の活用に関しては社内基準がありまして、S-Lineのレンズはデジタル補正を極力使いません。デジタルで補正すると画質劣化に繋がるという考えからです。小型化しやすくなるなど、デジタル補正もメリットがあるので、製品コンセプトにより補正の活用方法は考えております。

——長年のカメラ好きの方からは「動画機能なんていらないよ」という声もよく聞くのですが、世の中全体から見て、現在のデジタルカメラに対する動画ニーズはどれぐらいありますか?

石上: 動画のニーズは、日本が一番少ないという感覚です。海外では多くの方が動画を撮影していますから、今後はデジタルカメラに対する動画機能の要求はもっと高まると思っています。

スマートフォンを使って動画SNSに投稿するのは特別なことではありませんし、動画を楽しむ機会がとても増えていますから、静止画同様スマートフォンで満足せず、より良い画質で撮りたいという方もいらっしゃると思います。そういった方に、デジタルカメラで動画を撮ってほしいです。

——レンズにおける動画対応の大変さはどのような点ですか? 静止画用としてだけ考えると、最新レンズの価格を受け入れがたいユーザー心理もあると思うので、具体的に知りたいです。

石上: AFレンズであれば、フォーカス時の画角変化(フォーカスブリージング)の抑制や、レンズの動作音をマイクが拾わないための静音化があり、ズームレンズであればズーミングに伴うピント位置の変動が少ないこともポイントになります。カタログでよく“動画対応”と謳われているポイントです。

しかし実は、これらの要求は静止画撮影にも意味があることです。ブリージングが少なければ、AF時にファインダー像が大きく動かず撮影感覚を損ねませんし、静音化はより静かな場所で写真を撮影する場合にメリットとなります。

ですから、動画撮影に対応する以前と比べて、そこまでレンズの要件が変わったというイメージはありません。コスト的にもあまり変わりませんから、動画対応がレンズの価格に跳ね返っているかというと、そうでもありません。かつてのレンズが発売された頃と比べて物価が上がっていることが大きいというのが実情です。

制作協力:株式会社ニコンイメージングジャパン