自前主義にこだわる「BENRO」の三脚はこうしてできる

~世界最大の三脚工場を見学
Reported by 本誌:武石修

広東省中山市にある百諾(BENRO)精密工業。“百諾”とはユーザーから100%の承諾を得られることを理念とした社名

 カメラ用三脚といえば日本では国内の大手2ブランドがほとんどのシェアを占めているが、最近では量販店によっては中国ブランドの三脚がずらりと並んでいるのをご存じだろうか? 知名度は低いものの、これらの存在感は確実に増している。

 今回、そうした中国ブランドの三脚としては比較的知られつつある「BENRO」(ベンロ、国内総代理店:ワイドトレード)の工場を見学する機会を得た。そこで感じたのは、私たちが想像するよりもずっと品質に力を入れる姿勢だった。

年間100万本近い三脚を生産

 BENROは1995年に広東省中山市で創業した比較的若い三脚メーカーだが、17年余りで中国トップの高級三脚メーカーに成長。世界50カ国以上に販路を広げた。創業当初は日本メーカーのOEM品などを手がけていたが、現在はOEM供給はしておらず、主にプロ向けの自社ブランドとして製造している。

 ちなみに米MACグループの三脚ブランド「インデューロ」(INDURO)もBENROの工場で生産している。BENROがOEM生産しているように見えるが、インデューロはBENROとMACグループが折半出資で立ち上げたブランドなので、半分は自社ブランドといえるだろう。

工場の入り口には“BENRO”と“INDURO”が併記されている

 中山市は、珠江口という湾を挟んで香港の対岸に位置する。今回は香港国際空港から渡し船で中山市の隣の珠海市にある九州港に向かい、そこから車で中山市に入って1時間ほどで工場に到着した。

 工場のある坦洲鎮第三工業地区は、カメラ用品を含む日系の工場も多く進出している地域で広大な敷地に大きな工場が並んでいる。BENROの工場も4棟からなり、総床面積は約3万6,000平方m。三脚と一脚を合わせて年間100万本近く生産する(ただしそのほとんどを三脚が占める)。三脚工場としては世界でもトップの規模だという。

工場に併設されたショールームには現行の三脚やカメラバッグが並んでいた。日本で販売されている三脚も90種類に及ぶ

 BENRO製三脚の特徴は独自の8層巻きカーボンパイプやフラット機構などだが、それを支えるのは部品はもとより金型から自社で作るという徹底した自前主義。そして、他社の三脚工場ではほとんどが100人未満だという従業員を約1,000人擁することで実現した高い生産力にあるという。

 今回は、BENRO代表の劉昊(リュウ・ハオ)董事長へのインタビューも交えつつレポートしたい。

BENROのトップである劉昊氏(46歳)。副社長の弟とともに会社を切り盛りしている

コストが掛かろうとも“とにかく高品質”を目指す

 我々が到着すると、「まずは工場の中を見てください!」と劉氏。挨拶もそこそこに係の方の案内でさっそく工場見学となった。

研究開発部門などが入る棟(右側)のほかに工場棟が左側に建っている

 最初に案内されたのは、ものづくりの要ともいえる金型の製造部門。金型製作は専門メーカーに依頼することも多いが、BENROでは自前で用意していることに驚いた。

金型製作部門だけでもちょっとした町工場並の人員NC(数値制御)フライス盤で金型の加工を行なっていた

 続いて見たのが樹脂製部品の製造現場。細かな部品などは外注する完成品メーカーが多い中、BENROは自社に射出成形機を揃えており、部品一つひとつから作っている。

プラスチック部品は原料で仕入れる溶かした原料からプラスチック部品を作る射出成形機を何台も備えている
先ほどの原料は上部から供給する
このときは脚ロックレバーなどを作っていた射出成形機用の金型もずらりと並んでいる。ちょうど交換作業を行なっていた

 BENROの三脚で最も特徴的なのが“8層巻き”のカーボンパイプだろう。カーボン三脚は軽量なことから日本でも人気で、さまざまなブランドから出ているが、劉氏によると剛性に優れる8層巻きのカーボンパイプを使用しているメーカーは少ないという。こうしたことを実現できるのは、カーボンパイプを自社で製造できる技術があるからだ。

 多くの三脚メーカーはカーボンのパイプ自体を購入してきて組み立てるとのことだが、BENROでは液体状のカーボン原料を仕入れた上で、シート化、パイプ形成、焼結というプロセスでパイプを完成させる。カーボン原料の仕入れ先は東レ、東邦テナックス、三菱レイヨンといずれも日本の3社。「これらカーボン原料の一番良いところを使って、世界一硬い三脚パイプを作っています。原料から作ることで、自社でしっかりした品質管理ができるメリットもあります」(劉氏)。

カーボンの原料は品質保持のため冷凍庫に入れ、-5度前後で保管する。こうした原料レベルからパイプを作れる三脚メーカーはBENROだけではないかとのことカーボンシートへの加工も自社で行なう
カーボンシートをカットし(左)、金属の棒に巻き付けてパイプを作る(右)。焼結するまでは低温環境で作業しなければならないため、これらの作業部屋のみエアコンで室温を下げている
焼結用の釜は数台あった。パイプは複数回焼いて完成するという完成したカーボンパイプ。繊維の模様が美しい。サンプルのパイプを大理石の床に落として見せてくれたが、金属のような“カキーン”という音がする
パイプのストック場所にはモデルごとに大量のパイプが積んであった。それだけ多くのラインナップがあるということだ

 BENROのカーボンパイプは層ごとに繊維の方向を別々にすることで、横方向からの強度を高める独自の工夫を行なっており、特許も取得済みという。劉氏によると、各層で繊維方向が同じパイプは縦方向の耐荷重性は高まるが、横方向からの衝撃に弱くなる問題があるのだという。実際にBENROのカーボンパイプは人が乗っても耐えられる強度を持つ。「カーボンパイプは、巻き方の違いで強が大きく変わるのです」(劉氏)。

 今回、比較的自由な撮影が許されていたが、カーボンシートからパイプを作る工程のみ至近からの撮影はできず、室外からの撮影に制限された。どうやら巻き方のノウハウは企業秘密になっているようだ。また、原料からカーボンシートを作る工程は特に秘密らしく、撮影はおろか見せてもらうこともできなかった。

8層巻きカーボンパイプは各層の繊維方向をばらばらにして強度を高めている
左はカーボンシートを1枚巻いた状態の端面で大変薄い。一方、右のように8層重ねると数mmの厚さになり、強く押しても全く変型しなくなる
8層巻きカーボンパイプは大人の体重にも耐える(PIE2009での展示より)

 素材へのこだわりを大変感じさせるが、それもそのはず。劉氏は、中国でも理工系分野でトップ3に入るという浙江大学で航空機の材料工学を専攻。卒業後は同大学の教員として活躍したという経歴の持ち主なのだ。航空機にカーボン素材や軽合金が多用されているのはよく知られている。

 「我々は製品が良いか悪いかを最重要視します。ですから原料・素材でケチることはしません。原材料はすべて100%のものを使っています。カーボンなら100%のカーボン。アルミとマグネシウムの合金も純粋なものを使用しています。一部他メーカーのカーボンパイプではコストを下げるために樹脂を混ぜている例もありますが、100%カーボンはより耐荷重性能に優れます。このあたりは是非ご使用頂いてクォリティを確かめて欲しいと思います」(劉氏)。

工場内のショールームにあったパネルには“カーボン100%製”の表示金属部品も以前はアルミ合金(右)を使用していたが、現在は大幅に軽量なマグネシウム合金に変更している

2,000万円の日本メーカー製工作機械も導入

 さらにBENROが力を入れているという自由雲台の製造工程を見せて頂いた。自由雲台も金属の塊を仕入れて、切削、プレス、研磨、塗装などはすべて自社で行なっている。自由雲台のボール部分はワイングラスのような形状に仕上げたあと、大きなプレス機で丸く成形する。内部は空洞なので軽量になっている。

自由雲台のボールの元になる金属は左のような形状で仕入れる。これを自社でまずワイングラスのような形に加工する(右)
ボール部分を成形するプレス機はひときわ大きなものだった先ほどのワイングラス形の素材をプレス機にセット
フットスイッチを踏むと上の金型が降りてくるするとボール形の部品になって出てくる
おなじみの形状になった
このセクションには大小のプレス機が並んで作業をしていたプレス用金型もたくさんストックされている

 一方、自由雲台のベース部分は形状が複雑で特に精度も必要になるとのことで、高価な日本メーカーの工作機械を導入している。金属のブロックをセットすれば、装置が自動的に複数の工具を使い分けて複雑な切削加工を行なう。1台160万元(約2,000万円)したというが、素材から一度に加工できるため、複数の工作機械を経て仕上げていくよりも高精度に作ることができるという。

劉氏自慢のCNC(コンピューター数値制御)旋盤は、工作機械大手のヤマザキマザック製。最大12本の工具による加工に対応。機械自体のわずかな熱変形も自動的に補正する機能を備えており、工作物のばらつきを低減できるという。右は切削を終えた自由雲台のベース部品

 「このレベルの工作機械を使っている三脚メーカーはBENRO以外に無いと認識しています。いわばレンズ工場で使っている機械を三脚の製造に使っているわけです。レンズのヘリコイドを削るのと同じように雲台を削ります」(劉氏)。品質追求のための投資は本当に惜しまないようだ。

 劉氏には、「単に中国製ということではなく、例えばカーボンの原料やこうした高性能な工作機械などで満足できるものは日本メーカーのものしかなく、こういった技術を得て初めて良い製品ができると考えています」と謙虚な一面も。

 劉氏によると、ハードウェア面ではかなりのレベルまで投資を行なったので、今後は日本の生産管理手法を勉強したいとのこと。「日本的なノウハウを取り入れてソフト面を強化すれば、より一層良いものが作れるでしょう」と意気込みを見せる。

工場には、ほかにもCNC旋盤がずらりと並んでいる
先ほどプレスの工程を見せてもらった自由雲台のボール部品(左)もこれらの旋盤で仕上げる
脚パイプのロックナットもここで作る
図面通りに削れているか検査担当者が寸法をチェックして回っていた
クイックシューなどのロゴ刻印ももちろん自社で行なう刻印はレーザーによるものだ
ロゴが入って完成したシュー

カメラバッグ生産にも注力

 三脚の組み立て工程は、フロアを広く確保して行なわれていた。他の工程に比べて人員の密度も高い。

組立の工程は広い場所で行なわれていた。ベルトコンベアがあるのは全体の一部分だ

 組立ではベルトコンベアは一部を除いて使用されておらず、かといってセル生産というわけでもない。セクションごとに組み立てたら数をまとめ、次のセクションに移動させるという方法だった。

こちらはアマチュア向けの新モデル「MeFOTO」の組み立て工程ショールームに展示されていたMeFOTO。5色展開で価格は1万8,800円~とBENROとしては低価格だ
ナットロックにグリスを塗布する樹脂製の白いコマを介してロックナットを装着すると脚が完成する
センターポールにトッププレートを装着しているところ完成したパーツはある程度貯めて次のセクションに渡す
種類によってはパイプにスポンジを被せる完成品が次々と積み上がる

 BENROでは三脚に付属するバッグまで自社で作っており、その作業場所もまた広く確保してある。クッション材の型抜きから最後の縫製までを一貫して行なっていた。また日本ではあまりなじみが無いかもしれないが、BENROブランドのカメラバッグも手がけており、三脚バッグと同じフロアで製造していた。

バッグのクッション材も自社で型抜きして作るカットしたクッション材

 劉氏によればカメラバッグは好調で、急速に生産が伸びているという。バッグを作るには広い場所を必要とすることから、江西省に新工場を作る計画があるという。操業開始時期などは未定だが、すでに床面積20万平方mの工場が建つ用地を確保した。新工場では三脚も生産する。「故郷に投資したいのです。それから、これまで三脚は高級品を手がけていましたが、もう少し低価格の製品も作ろうと思っているところです」(劉氏)。

同じ場所で作っているカメラバッグ用のクッション材も大量に用意してあった
クッションの型抜き用金型もかなりの種類があるようで、棚一面に並んでいた

 価格といえばBENROは中国ブランドながら、日本ブランドの同クラス製品に比べて決して安いわけではない。この点を劉氏に問うてみると、「先ほどのように高価な工作機械を導入していることもありますが、カーボン三脚でいえば8層巻きは非常に手間が掛かり、材料費と合わせてコストが掛かります。品質を第一に考えた価格だと理解して頂ければと思います」という答えが返ってきた。

工場棟は2つ並んでおり、ざっと見て回るだけでもかなり歩かなければならない広さだった

「5年保証をさらに伸ばそうか検討中」

 開発部門では、新製品などの検査を行なう設備の一部を見ることができた。耐荷重やレバーロックの耐久性を始めさまざまなテストが行なわれており、品質を追求する姿勢がうかがえた。

雲台の固定力などを検査する装置。耐荷重相当の重りを雲台から45cm離した位置に吊して荷重をかける。この状態で24時間放置し、変化が無ければ合格だ
ロックレバーの耐久性を検査する装置。自動でパイプを動かしてロックと解除を繰り返す。3,000回の開閉テストで問題が無いことを確認する
紫外線による劣化を試験する装置も使用している。これは紫外線が降り注ぐ電子レンジのようなもので、同時に熱風も当てて劣化が無いことを確認する
こちらは低温下で動作することを確認するためのいわば冷凍庫。ちょうど動画用三脚を冷やしていた。もちろん写真用三脚でもこのテストを実施し、ロックナットや雲台が問題なく動くことを確認する塩水を吹き付けて錆などが発生しないかを確認する装置まで使うそうだ
動画用雲台において、カウンターバランスを得るためのゴムパーツも捻りを繰り返してテストする。1,000回捻って変化が無ければ合格だという同じく動画用雲台に使われるスプリング。捻りテストの後に強さが変わっていないかをテストしているところ。先のゴムタイプも同様にテストする
動画用雲台のゴムパーツは、厚みの異なる複数枚を併用することで段階的なカウンターバランスを得ることができる仕組み

 さてBENROの三脚と雲台は保証期間が5年と長いのもユニークだ。三脚で5年保証はBENROだけという。「BENROの三脚はシンプルな構造で故障率が本当に低く、また最近は品質がさらに向上しているため、5年の保証期間をさらに伸ばそうかと考えているところです(笑)。お客様とは長くつきあっていきたいですから」と劉氏。もはや品質には絶対の自信を持っているようだ。

 そうした品質が受けたのか中国では低価格品を手がける別の1社を除くと、BENROがシェア50%でトップだという。また、香港、台湾、マレーシア、フィリピン、韓国、タイではいずれもナンバーワンとのことだ。2011年の売上高は約5,000万ドル(約40億円)。内訳は半分が中国で、残り半分が輸出だそうだ。それからBENRO三脚はスウェーデンで特に人気が高く、現地のプロ動物カメラマンに愛用者がいるそうだ。

董事長室には有名な書家に書いてもらったという書があった。“神様は常に一生懸命やる人に褒美を授ける”という意味

 劉氏によれば今は中国国内が伸び悩んでおり、2012年の中国向けは前年割れになる見込みという。ただ海外は伸びているため、トータルの売上は前年並みを達成できるとみている。

 「日本でのシェアは数%です。すでに40年以上の歴史を持つ大手2社があり、販売力も強いのが現状。2012年は我々として10%のシェアを目指したいですね。“中国製だから品質が悪い”という日本の昔の固定観念を変えたいのです。中国製でも我々のように良い製品もある、ということをわかって欲しい。CP+の出展費用も半分はBENROが負担し、日本での展開に力を入れています。数年前は我々が日本に行ってもほとんど冷たくあしらわれていましたが、この数年は違ってきていると私も感じています」(劉氏)。

 なお日本で万一故障が発生した場合は、ワイドトレードの修理部門が国内で対応するので、その点は安心といえそうだ。

敷地内には社員寮もあり、約300人ほどが生活しているこの辺りでは身近な移動手段はバイクのようだ
広々とした寮の社員食堂寮の入り口の掲示板には、実習で訪れた高・大学生の体験レポートが掲示してあった
社員送迎用のバスには“ベンロ プロの選択”と書かれている

「常に新しいものを追求していく」

 劉氏に“ライバルはどこか?”と聞いてみた。すると意外なことに、「他社がライバルとの意識は持っていない」という。

 「一緒にこの業界を盛り上げようという気持ちが第一です。三脚メーカーは多いですが、互いに切磋琢磨する気持ちで成長していきたい。逆にBENROをライバルと捉えているメーカーもあるようですが、これは我々にとって非常にうれしいこと。では、BENROがこれらのメーカーをライバルと思うのかといえばそうではなく、友達感覚で共に頑張っていきたいということです」と劉氏。

 内心は1つや2つのライバル社を意識しているのかもしれないが、この言葉が本当なら自社製品に絶対の自信を持っているということだろう。

劉氏の趣味は囲碁とのことで、董事長室の片隅には碁石が。「今は5段で、仲間が集まれば必ずやりますね。日本には有名な囲碁棋士が多いのでよく見ています」(劉氏)

 ところで、そもそも劉氏はなぜ三脚の会社を始めたのか? 「20年前に気づいたことは、当時三脚と言えば中国製は無く、すべてが輸入品でした。友達と“なぜ中国製の三脚は無いのか?”という話になり、工業製品の設計に興味があったので、プロカメラマンに喜んでもらえる三脚を作ろうと決めました」とのこと。

BENROのマークは海から昇る太陽を表している

 座右の銘を聞けば、「常に新しいものを追求して、世の中に貢献すること」と即答。劉氏は「儲けや会社の大きさはあまり気にせず、良いものを提供するというポリシーを貫けば利益は後から付いてくるものです」と余裕を見せる。

 「他社では10年も変わらずに売っている三脚もありますが、我々は新しいものをどんどん投入していきます。フラット三脚はデザインからすべて自社で考案して設計したもの。今では他のブランドでまねしているところも出るほどの人気です」(劉氏)

BENROのフラット三脚は従来ローポジションにセットできなかったが、最近ローポジション対応版もリリースした近頃は、プロ向けの動画撮影用アクセサリーも手がける

 果たして、BENROは世界一厳しいともいわれる日本の消費者に受け入れられるのか? 今後の展開に注目してきたい。また、日本を始め世界の三脚メーカーが文字通り切磋琢磨することは、我々ユーザーにとって何よりうれしいこと。劉氏の言葉にあったように、我々も三脚の一ユーザーとして、この業界がさらに盛り上がるよう願わずにはいられない。

「BENROカップ」というフォトコンテストも毎年主催しており、写真文化への貢献も続けているそうだ

(取材協力:株式会社ワイドトレード、百諾精密工業有限公司)







本誌:武石修

2012/9/3 00:00