特別企画
【徹底検証 ニコンD6】総論:確実に撮影者を沸き立たせる力が宿るカメラ
2021年7月23日 00:00
2020年6月、ニコンはフラッグシップ一眼レフカメラ「ニコンD6」を発売した。本機は2016年に発売されたD5の後継機で、スポーツや報道の分野でスチール撮影に取り組むプロユーザーに応える高速連写機能や堅牢性、高ISO時の低ノイズ性能などが期待されている機種だ。発売からだいぶ間があいているが、動体での撮影結果をじっくりと確認してきた。東京オリンピックの開催を目前にひかえ、カメラマン席で、まだまだ一眼レフカメラが並ぶことになるのか、はたまたミラーレス機に塗り替えられることになるのか、カメラ・写真好きの読者諸氏の関心も高まっているものと思う。今、ニコンのフラッグシップ一眼レフの到達点がどこにあるのか。あらためて感想とともにお伝えしていきたい。今回は自由作例編として、自転車レースやボートレース、競馬、航空機など、各種動体での撮影結果をお伝えする。
自転車レース:ダイナミック25点AF
雨に降られようとも、その記録を残す使命の元では撮影を続けなければならない。カメラ・レンズが濡れぬようにレインカバーを掛けるが、仮にカバー内に雨水が入ってきてしまう場合であっても、ニコンのフラッグシップ機なら、経験上ある程度信頼して、そのまま撮影を継続できる安心感がある。
ミラーレス機もどんどん進化してきているが、雨粒がファインダーのセンサー部に当たると背面液晶への切り替えができなくなるなど、操作・耐久性の面では、まだまだ課題が多く、そうした意味でもフラッグシップクラスの一眼レフカメラへの信頼性は一日の長がある。
このカットは、雨の群馬サーキットを駆けるレオネル・キンテロ選手(マトリックス・パワータグ)。南米ベネゼエラの出身で、単身で日本で戦っている。ここでは先頭集団を単独で追う状況を捉えている。タイヤと地面が接する部分も画面内に入れたかったが、一眼レフカメラのAFエリアに縛られ、はみ出してしまった。耐久の一眼レフカメラ、されど古典的AFの一眼レフカメラ。実に悩ましい。
人物アップ:グループエリアAF(顔認識ON)
通常は最至近となる部分に合焦させるグループエリアAFでも、顔認識をONにしていれば、画面内の顔がある部分を追従し合焦してくれる。グループエリアAFでAFポイントを表示させると、選んだパターンが全部点灯するため、顔認識しているかどうかは、実のところはっきりとは判らない。しかし、このカットを見ていただければ、至近側に入ってきた手前側の背を向けている選手のヘルメットがAFポイントにかかっていながらも、走り終えた前出のキンテロ選手の顔に合焦していることがわかる。
ボートレース:3DトラッキングAF(顔認識ON)
グループエリアAFで顔認識がしっかりと機能していることが確認できた。では、ほかのモードではどうだろうか。
撮影はボートレース、最終周回のラストターン。まさに着順を少しでも上げようと勝者に続く選手が接近戦を魅せてくれた。単独走となった緑の6号艇、寺本重宣選手を追った。3DトラッキングAFを選び、水しぶきなど他への合焦を避けつつ、選手を単純追随で追えるように画面真ん中に捉えた。色を着実に捉えたようで、問題なくAF追従が確認できた。船体が浮き、寺本選手の眼光がヘルメットのバイザー越しに見えるカットを選んだ。
競走馬:グループエリアAF
横一列のグループエリアAFで大井競馬のスタートを捉える。AF-S NIKKOR 800mm f/5.6E FL ED VRを装着して、約350m先のスタートゲートより飛び出す競走馬、全馬を入れた。
ゲートの文字などに置きピンして撮影できるアングルだが、スタート後にこちらへと迫りくる馬、それも先頭馬に狙い定めようとするならば、至近側を優先させる、この横一列のグループエリアAFが有効だろう。こうしたシーンで縦の測距点を働かせた場合、至近側となるコース手前の地面部分のちょっとしたコントラスト部に合焦する可能性が、過去にあった。実際にその経験をしている身としては、より確度を上げることができるエリアモードの増加を、まさに望んでいた。
ポニー:オートエリアAF(顔認識ON)
AFエリアモードをオートエリアAFにセットし、顔認識を有効にした状態でポニーの顔を捉えた。
このカットではポニーの瞳を認識し、合焦が得られている。動物への瞳AFは謳っていないD6だが、この場合は形状認識で動物の瞳の形を認識したものと思われる。
引き続きコンティニュアスAFでAFの動きを試していたところ、瞳より近い位置に来た簾状の前髪への合焦が確認できた。形状認識は行われるものの、認識部分を追う場合や、至近の対象物に合焦する場合があることがわかる。オートエリアAFでの撮影時でも、認識した形状を優先するか、または至近寄りを追うかなど、詳細に振り分けられる機能が欲しい所だ。
ウミネコ:オートエリアAF(顔認識ON)
引き続きオートエリアAFの検証を進めていく。頭上を過ぎ行くウミネコの白い羽一本一本をどこまで解像させることができるか、が検証の見所だ。
撮影では、上下に羽ばたく翼を止め、ISO感度の上げ幅を極力抑える方針で適正露出が得られるシャッタースピードとして、1/4,000秒を選択。AF、連写速度、高感度画質、階調性の各性能がそれぞれで高い次元になければ、まともに捉えることは難しい被写体だ。露出補正をマイナス側に強めにかけることで羽の白トビを抑えた。瞳の艶、嘴の硬質感、連なる羽を、ぜひ拡大して確認してみてほしい。各部が詳細に描出されていることから見ても、D6の実力の一端を伺い知ることができる。
航空機:3DトラッキングAF(その1)
大阪伊丹空港の千里川土手で、着陸進入する737型機に対して3DトラッキングAFで機体の先端部への追従精度をテストした。この画角だと操縦席の窓枠など、フォーカスを合わせたい部分がAF測距枠からハミ出ていたが、フォーカスポイントは機体側面のコントラスト部分を拾う表示をしている。被写界深度にも助けられて不満のない結果が得られた。
色情報が少ないことから、AFが意図した場所とは異なる部分に合焦する危惧を抱いていたが、色情報を得る測光用センサーはAF測距枠外の情報も加味して演算を行なっているのだろう。
航空機:3DトラッキングAF(その2)
AF-S NIKKOR 800mm f/5.6E FL ED VRで羽田を離陸するソラシドエアの737-800型機を追った。全長70cmにもなる大柄・重量級レンズだが、同じく大柄なD6との組み合わせなら、バランスは上々。しかし、このレンズとの組み合わせで、連写を秒14コマに設定していても秒7コマ前後に落ちることがあった。事実、D6の製品Webページ上でも「連続撮影速度は使用レンズ、絞り値等により変わります」と説明されている。ある程度の速度低下は想定していたものの、ここまで落ちてしまっては、D6の実力は発揮できない。極端に落とさないための設定要素はないものか、引き続いての研究の必要を感じた。
航空機:オートエリアAF(その3)
日没後の空を背に離陸する767-300型機。風景要素が多い場合には、精細感を持たせたく、高画素機での撮影に切り替えることもある。しかし、そうした撮影者の欲求にもD6は解像・ダイナミックレンジ・ノイズ等で巧みなバランスがとられている。このカットで、改めてそれが実感された。
航空機:ダイナミック49点
感度はISO 1600。恐らくまだノイズリダクションがかからないレベルだろうが、暗部でのノイズレベルを見て欲しい。機体に入るハイライトなど、夜間であるにも関わらず質感を損ねない描写バランスは、見事の一言に尽きる。
航空機:シングルエリアAF
高感度設定でもノイズが目立たないのであれば、積極的に夜間の動体と向き合いたくなる。雨雲が覆う羽田空港から離陸するA350の前照灯が水蒸気を貫く線となり、衝突防止の赤いランプが点灯したタイミングで空を行く機体を捉えた。照らされた水分がノイズ状に現れており、画質評価という観点からは好適な例とは言えないだろうが、ISO 6400のノイズレベルや動体補足性能を考えていく上で、参考にしてもらえるものと思う。
航空機:マニュアルフォーカス
AF-S NIKKOR 800mm f/5.6E FL ED VRに2倍テレコンバーター「AF-S TELECONVERTER TC-20E III」を装着し、1,600mm相当の画角で、目的地に向けて上昇中のA350を満月前夜となる月と重ねた。離陸後かつ高度を上げている状態とあって、速度は200ノット以上は出ているのだろう。そのスピードは意外に速い。テレコンバーターを介しているため、絞りは開放でもF11となる。ノイズの発生が気になってくるところだが、ISO 6400でも気になるレベルではない。画面は月が中央になる位置で固定し、機体が月を背に通り過ぎるタイミングで1/4,000秒のシャッタースピードで止めた。F11は残念ながらAFが効かなくなるため、フォーカスポイントは予め機体が通過するであろう距離に合わせておいた。それにしても機体シルエットのエッジはもとより月面のディティールもキレのある解像を見せてくれている。
まとめ
D5ユーザーとしてD6へのモデルチェンジには、これまでのD一桁機が辿って来た画素数アップによる画質向上や高感度時のさらなるノイズ低減はもちろんのこと、ミラーレス機並みのライブビュー機能が備わることを期待していた。しかし、読者諸氏の多くも感じておられるだろうが、詳細なスペックが公開された際には、正直に言ってしまえば残念な思いが先行した。ライバルであるキヤノンのEOS-1D X Mark IIIの刷新内容を体験していただけに、カタログスペックベースでの印象はマイナーチェンジという見方が否めなかった。ライブビューAFの進歩に繋がる、撮像センサーを据え置いたことが何よりそれを象徴化させていたように思う。
しかし、今回のモデルチェンジの真意は、まさにこのセンサーを据え置いたところにあるのではないだろうか。今回のレビューでとことん検証をしてみた筆者の、嘘偽らざる感想だ。ライブビューAF用の位相差センサーは、撮像センサーの中にそれを割り込ませるため、原理的に画質の低下を招く。ニコンはその点を嫌い、「静止画の質」を最優先することを選んだのではないだろうか。真意のほどはわからないが、ともあれニコンの新フラッグシップ一眼レフカメラは、良質な静止画を撮る機能・性能に注力している、というのが、今回のレビューを通じて得られた筆者の見解だ。
D6を手にした当初は、D5から外観上の変化が少ないがために、昨今の最新機種の試用時に比べれば興奮度は小さかった。だが、シャッターボタンを押すにつれ、14コマ/秒と速度が上がったのにも関わらずミラーショックが小さくなったことに気づき、また暗い森の中で自転車で疾駆する選手を追ってもAFに安定感が増したことがわかり、夜の航空機撮影でも明らかなノイズの減少が確認できたりと、カメラを操ろうとする熱が徐々に、だが確実に湧き立っていくことが実感された。撮像センサーこそD5と同じだが、明らかにD5とは違う。EXPEED 6に更新された画像処理エンジンがもたらす画づくりにも、進化の幅がしっかりと宿っており、想像以上の撮影性能には十分以上の進化があることがわかった。
もちろん、進化のほどを感じてもスペック上の不満は残る。蒸し返すようではあるが、ライブビューとそのAF機能には僅かでも進化が見たかった。十数秒間シャッターを切り続けることは稀だが、JPEG記録でも連写が200カットで途切れることも頂けない。「これなら価格の落ち着いたD5の買い増しでいい」という声に同情する点である。
いや、それでもD6は違う、と言おう。
スポーツなど難易度の上がる被写体を、一枚の良質なスチール画像に収めるなら、今回のモデルチェンジでの進化は確実に進んだ一歩だ。歩幅は小さいかもしれないが、この一歩はこれまでのD一桁ユーザーならば感じ取れる。D5と同じ撮像センサーでも、キレや低ノイズといった画質の主要素、そしてAF性能は、最良の一枚を得るために必ず寄与する。この先も、ニコンFマウントの一眼レフ機で「その一枚」を求めるのならば、このD6を選んで悔いはない。
協力:全日本実業団自転車競技連盟
ボートレース平和島
東京シティ競馬
御殿場カルチャーファーム
撮影:2020年7月