特別企画
D FA★50mm F1.4発売記念「ペンタックス歴代50mm F1.4レンズ撮り比べ」
各世代の描写をK-1 Mark IIで実写検証
2019年1月7日 14:21
「50mm F1.4」は、35mm一眼レフカメラの標準レンズとして定番だ。だが1950年代の一眼レフ黎明期にはまだ存在しなかった。それは当時の技術では製造が不可能だったから。一眼レフは撮影用レンズとフィルムの間にミラーボックスがあるため、レンズ後部がミラーの動作に干渉しないようフランジバックを長く取る必要があり、焦点距離50mmのまま開放F値を明るくできなかった。そのため、この時代の一眼レフ用大口径標準レンズは焦点距離を55mm前後に伸ばして対策していた。
1960年代を迎えると屈折率の高い新種ガラスが普及。さらに設計技術の進歩により、一眼レフカメラ用50mm F1.4レンズの製品化が実現する。世界で初めて市販された35mm一眼レフ用の50mm F1.4レンズは、1962年3月発売のニコン「Nikkor-S Auto 50mm F1.4」。これに続いたのがペンタックス(当時の社名は旭光学工業)で、1964年に発売した「Super Takumar 50mm F1.4」だ。なおこのレンズは1962年頃から市販されていたという情報があるが、ペンタックスの公式見解は1964年である。
ペンタックスの新たなる標準レンズ
2018年7月に登場した「HD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AW」は、ペンタックス初の35mmデジタル一眼レフカメラ用標準レンズだ。それだけでなく、実は30年ぶりにペンタックスから登場した標準レンズでもある。ちなみにこのレンズが登場するまで、最後の新製品(?)の座を守り続けきたのは、1991年発売の「smc PENTAX-FA 50mm F1.4」。現在でも販売が続く超ロングセラー商品だ。
1980年代、一眼レフ用交換レンズ市場はズームレンズが全盛期を迎え、単焦点標準レンズの需要は激減する。そして販売量がそれほど見込めない標準レンズは開発が後回しにされた結果、smc PENTAX-FA50mm F1.4の後継は遂に現れなったというわけだ。
また2003年、ペンタックスは「*ist D」でデジタル一眼レフ市場に参入するが、APS-Cサイズセンサーを搭載したカメラにとって50mmレンズは画角が中途半端。やはり新製品登場には至らなかった。
このような状況は何もペンタックスに限ったことではない。だが最近になって35mmフルサイズ機が急激に普及した結果、各メーカーがフルサイズ用レンズの開発に本腰を入れ始める。現在、50mmの標準レンズが続々とリニューアルされているのは、当然の成り行きと言えるだろう。
HD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AWも同様に、とにかく性能の高さはトップクラスだが、その大きさもトップクラスだ。レンズ構成は9群15枚で重量は910g。大口径中望遠レンズと肩を並べる巨大さで、鏡筒に表示された品名を確認しなければ誰も標準レンズとは思わないだろう。さらにメーカー希望小売価格は17万円(税別)。あらゆる意味で驚かされるが、日々進化するデジタルカメラの高画質化に対応するため、ペンタックスが最新の光学技術を駆使して作り上げた超高性能の標準レンズだ。
歴代レンズをデータで比較
表は初代Super Takumar 50mm F1.4から現在に至るまで、ペンタックスの歴代50mm F1.4レンズをリストアップしたものだ。リストには全部で10本のレンズが記載されているが、レンズ構成で4種類、コーティングの違いでは3種類に分けることができる。またSuper Multi Coated Takumarのように旧設計のレンズに新しいコーティングを施した製品もあり、今回は「描写に違いが出る可能性」という意味で、[1]から[5]までのグループに分けて比較することにした。
[1][2]グループ
初代Super Takumarのレンズ構成は6群8枚。だが翌年にはレンズ構成を6群7枚に変更した新製品が登場する。たった1年で設計変更した理由は不明だが、絞り開放時の画質向上のほか、3枚貼り合わせだった後群を2枚に変更し、製造工程の簡略化を図ったものと推測される。また6群7枚の新レンズは性能がとても良かったことから、ペンタックス社内で標準レンズの基準となり、1977年発売のMレンズまで同じ設計が続くことになる。
[3]グループ
1971年に登場したSuper Multi Coated Takumarは、それまで単層だったレンズコーティングを多層コートに変更するとともに、アサヒペンタックスESで採用されたTTL開放測光に対応した製品。翌年には鏡筒設計を変更するとともにピントリングをゴム巻きにしたSMC Takumarに置き換わる。また[2]グループでは6枚だった絞り羽根が8枚に増えた。
1975年、ペンタックスはねじ込み式のM42マウントからバヨネット式のKマウントに変更。このとき登場したのがSMC PENTAX 50mm F1.4で、光学系はSMC Takumarと共通である。1977年発売のsmc PENTAX-M 50mm F1.4は、コンパクト化を図るため鏡筒設計を見直したものだ。
実写比較(基本テスト)
※共通データ:PENTAX K-1 Mark II / ISO 100 / WB:オート / 画像仕上げ:鮮やか
smc PENTAX-FA 50mm F1.4 [4]
球面収差の影響で絞り開放時の画質はシャープさに欠け、上のHD PENTAX-D FAと比べるとコントラストも低め。周辺光量不足も目立つ。1絞り絞ると画面中央部の画質が向上し、F2.8以上で周辺部までシャープになる。また他のレンズより焦点距離がわずかに長く画角が狭い。
1月9日追記:記事初出時の「焦点距離がわずかに短く画角が狭い」という誤記を修正しました。
SMC Takumar 50mm F1.4 [3]
smc PENTAX-Mとの差はほとんど感じられない。コーティングを単層からスーパーマルチコーティングに変更した結果、前世代のSuper Takumar(2)に比べコントラストが向上。透明感のある画になった。
Super Takumar 50mm F1.4(2)(6群7枚構成)[2]
[3]グループレンズと設計が共通なので描写傾向に大差はないが、単層コーティングなのでコントラストが低め。またこのレンズとSMC Takumarは、放射性元素を含むガラスを使用したアトムレンズなので経年変化よってガラスが黄変。この影響が色味に現れている。
実写比較(発色)
前項の作例はWBオートで撮影したが、色のバラツキが想像以上にあった。そこでWBを曇天に設定。レンズ固有の発色を確かめることにした。
共通データ:PENTAX K-1 Mark II / F1.4 / ISO 100 / WB:曇天 / 画像仕上げ:鮮やか
放射性元素を含んだガラスを使用したSMC TakumarとSuper Takumar(6群7枚)は、変色したレンズの影響で黄色っぽい発色になった。
実写比較(中~遠景)
共通データ:PENTAX K-1 Mark II / ISO 200 / WB:オート / 画像仕上げ:鮮やか
HD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AW [5]
絞り羽根の枚数は9枚と、歴代50mm F1.4レンズなかで最も多い。絞りの円形が保たれるのはF2.8までだが、それ以上絞ってもボケはそれほど汚くならない。
Super Takumar 50mm F1.4(2)(6群7枚構成) [2]
[3][4]の絞り羽根枚数は8枚だが、[1][2]は6枚。絞り羽根の枚数は少ないが、この条件ではボケ味の顕著な差は現れなかった。
実写比較(接写)
背景の植物の隙間から漏れた光が丸いボケを作る条件で撮影。
共通データ:PENTAX K-1 Mark II / ISO 400 / WB:オート / 画像仕上げ:鮮やか
Super Takumar 50mm F1.4(2)(6群7枚構成)[2]
単層コーティングなので、SMC Takumar 50mm F1.4 [3]よりコントラストが低め。絞り羽根が6枚なので、絞ったときのボケに角ができる。
実写比較(アストロトレーサーでの天体撮影)
夜空の星は点光源なので、写真に撮るとレンズの欠点がすぐに分かる。そんな意味で星空は究極のテストチャートと言えるだろう。またK-1 Mark IIには星を自動的に追尾するアストロトレーサーが備わっているので、このような撮影に最適だ。
共通データ:PENTAX K-1 Mark II / ISO 100 / WB:太陽光 / 画像仕上げ:ナチュラル
実写比較(夜景)
共通データ:PENTAX K-1 Mark II / ISO 1600 / WB:オート / 画像仕上げ:鮮やか
HD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AW [5]
絞り開放から高い解像力を発揮し、ビルの窓の形などもはっきり再現された。画面周辺部でコマ収差が目立つが、F2.8以上に絞るとかなり改善される。
実写比較(ゴースト)
※画面内に太陽が入るような状況では、眼やイメージセンサーの損傷に要注意。
共通データ:PENTAX K-1 Mark II / F5.6 / ISO 100 / WB:オート / 画像仕上げ:ナチュラル
まとめ
さまざまな条件でペンタックス歴代50mm F1.4レンズの写りを検証してみたが、最新のHD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AWは、あらゆる面でそれまでの製品を凌ぐ性能を発揮。従来の製品とは一線を画す、新世代の標準レンズであることを証明した。
今回比較したレンズのなかで最も旧いSuper Takumar 50mm F1.4(1)の発売は1964年。またいちばん新しいsmc PENTAX-FA 50mm F1.4の発売は1991年で、2018年発売の最新モデルとは27年もの開きがある。
そもそも比較がムチャなのは承知の上だが、「こんなに差があったのか」と認識を新たにすると同時に、旧レンズも「意外と悪くない」という感想を持った。確かに画面を拡大すると旧製品に勝ち目はないが、作品という見方をすれば十分に太刀打ちできるのではないだろうか。
また昔のレンズは絞りによって画質が大きく変化するので、1本のレンズで多彩な描写が楽しめる。なかでもsmc PENTAX-FA 50mm F1.4は、現行商品であるばかりか実売価格も4万円以下とコストパフォーマンス抜群。経済的な事情が許せば、HD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AWと2本体制を整え、撮影意図に応じて使い分ければ作品づくりの幅が広がるだろう。
写真を見た人がそれを好ましいと思うかは、見る人の主観によるところが大きい。もちろんレンズの性能は高いに越したことはないが、一定のレベルに達していればそれほどマイナス要因になることは稀。場合によっては、性能が悪いとされるレンズの方が高く評価されることもある。
以下の作例は、旧レンズの中から選んだ1本とHD PENTAX-D FA★50mm F1.4 SDM AWで撮った作品を並べたもの。ここからは解像力や収差といった指標を一旦忘れ、自分の好みでどちらが良いかを選んでみて欲しい。もちろん高倍率に拡大すればその違いは歴然だが、古いレンズも意外と健闘していることを感じてもらえるはずだ。
共通データ:PENTAX K-1 Mark II / WB:オート / 画像仕上げ:ナチュラル