特別企画

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで

強度7倍「EXUSレンズプロテクトSOLID」のスゴさとは

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで

マルミ光機の長野工場は、長野県上伊那郡箕輪町に所在。50名が働き、月に10万枚のフィルターを生産している。この地域は"諏訪・辰野エリア"として光学・精密機器メーカーが集まる工業地域で、精密機器産業に大事な水質の良さとともに、関係会社と密に連絡を取れる利点がある。

同社製品はレンズフィルターで唯一の「国内一貫生産」をアピールしているが、これも上記の理由で製品の作り込みや仕様の打ち合わせがしやすく、品質管理などの大事なポイントも共有しやすい点が大切にされていることの現れだ。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで マルミ光機 長野工場
マルミ光機 長野工場

"7倍割れにくい"マルミ最強の保護フィルター

今回のテーマは、2017年登場の最新商品「EXUSレンズプロテクトSOLID」だ。どのような想いが込められているのか、商品企画の経緯など気になるところをマルミ光機の担当者に聞いてきた。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 今回話を聞いたマルミ光機株式会社の担当者。左から、取締役 製品開発部長の唐澤豊氏、長野工場 工場長の関浩幸氏、長野工場 製品開発部係長の高橋薫氏。
今回話を聞いたマルミ光機株式会社の担当者。左から、取締役 製品開発部長の唐澤豊氏、長野工場 工場長の関浩幸氏、長野工場 製品開発部係長の高橋薫氏。

マルミは「デジタル一眼フィルター」(現在のDHGシリーズ)という切り口でレンズフィルターを開発した先駆けであり、発売する商品は必ずどこかに"世界一"のポイントを盛り込んでいるこだわりようだという。

同社のいう"デジタル対応"とは、コーティングや外周の墨塗りを含む反射率の低減に加え、より手に馴染むローレットなど、2002年7月に企画がまとまってから約1年の開発期間をかけて「これ以上はできない」というレベルまで作り込んだ。

その当時は400万画素クラスのコンパクトデジタルカメラが広まる一方、デジタル一眼レフカメラはまだまだ高価で、一般市場に根付くかどうかを読み切れない時期だったと唐澤氏は振り返る。しかしこれが、マルミにとってデジタル時代への完璧な転換点になったという。

現在のマルミ最上級フィルターは、DHGシリーズを超えるハイグレード版として2013年に登場した「EXUS」(エグザス)シリーズだ。レンズ保護とPLの2製品に続き、2017年には割れにくい保護フィルター「EXUSレンスプロテクトSOLID」が加わり3製品となった。パッケージに大きくデザインされた「7」は、"7倍の強度"を大きくアピールしている。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで EXUSレンズプロテクトSOLID
EXUSレンズプロテクトSOLID

"割れにくい保護フィルター"と言われても、割ってしまった経験がある人ばかりではないだろうし、その度合いがピンと来ないかもしれない。カメラ用のフィルターに強度基準はないが、マルミではメガネ用レンズの強度基準である「16gの鉄球を127cmから落とす」というISO規格(ISO12311、ISO12312-1)を指標にした。SOLIDはその基準に対して7倍の重さの鉄球を落としても大丈夫、ということで"7倍の強度"なのだそうだ。

ここで、CP+2017の会場で撮影したデモ映像を再度掲載する。1.2kgのハンマーがSOLIDフィルターのガラス面を直撃している。


この前年、CP+2016のマルミブースでは、実際に鉄球を使ってフィルターの割れにくさをデモンストレーションしていた。とても衝撃的で来場者の注目を集めたが、おかげで同社は比較のために200枚もの一般的なフィルターを割ることになった。いっぽう、のちにSOLIDとなる割れにくいフィルターは、鉄球の落下を300回受けても割れなかったそうだ。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで CP+2016でのデモ。高さと鉄球の大きさに注目したい。
CP+2016でのデモ。高さと鉄球の大きさに注目したい。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで もちろん、一般的なフィルターではひとたまりもない(CP+2016で撮影)。
もちろん、一般的なフィルターではひとたまりもない(CP+2016で撮影)。

普段の撮影では鉄球こそ飛んでこないにしても、最近の大きく重さのある交換レンズを付けたカメラが、何かの拍子に勢いよく地面や岩場にゴツンと当たってしまえば、その衝撃は相当なものだろう。高性能ゆえに高価なSOLIDの価値をコストを掛けてでも実感してもらおうという意気込みが伺えるデモだった。近年増加傾向にある口径の大きな交換レンズでは、強度の高い保護フィルターがより効果的だという。

写真愛好家ならではのアイデアが満載

EXUSレンズプロテクトSOLIDは強度を高めつつ、撥水・防汚・帯電防止のコーティングも既存のEXUSシリーズから継承している。撥水・防汚コートを考えたキッカケについて唐澤氏は、「雨でも撮りたいからです」とシンプルな回答。

帯電防止コートも「偏光フィルターは付着したホコリが目立つ」という実体験から製品化された。スマートフォンからヒントを得た金属膜を使った帯電防止コートは、あまり厚くなると効果は高まる代わりに光の透過率が下がってしまうというトレードオフがあり、研究開発に3年を要した。

唐澤氏は日本山岳写真協会をはじめ複数の写真団体に所属し、年に1冊の写真集を自ら製作するほどの写真愛好家。取材当日も、出社前に自家用車で撮影に出かけ、前日の夜は遅くまで星を撮影していたのだという。EXUSのフィルターネジにテフロン加工を施したのも、「冬の上高地で撮影していたらネジが外れなくなった」という氏の経験からだ。こうした"自分が欲しかった製品"というのは、ヒットの法則の一つとも言えるような気がする。

フィルター工場の中を見せてもらった

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで C-PLの偏光板(フィルム)はガラスに貼り付けられている。
C-PLの偏光板(フィルム)はガラスに貼り付けられている。

工場内のガラス加工を行う部屋では、C-PLフィルターのガラスが加工されていた。水面など被写体の反射を取って色彩を強調するために用いられるフィルターで、仕組みとしてはPL効果を生む偏光板(直線偏光)と、それを円偏光に変換するための位相差板が重なっており、前枠の回転で効果を調節する。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 手前に位相差板、奥に偏光板をかざしている。光源はノートPCのディスプレイ。偏光板そのもののグレーが見えている。
手前に位相差板、奥に偏光板をかざしている。光源はノートPCのディスプレイ。偏光板そのもののグレーが見えている。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 奥の偏光板だけ90度回転させたところ。奥からの光がカットされて真っ暗になった。
奥の偏光板だけ90度回転させたところ。奥からの光がカットされて真っ暗になった。

現在PLフィルターとC-PLフィルターはほぼ同義だが、商品名としては分けられていることもあって「写真の先生にPLフィルターを買ってくるように言われたが、お店にはC-PLフィルターしかない」という質問がマルミにも寄せられることが多いそうだ。この場合、C-PLフィルターを買って問題ない。

豆知識として補足すると、もともと偏光板のみで直線偏光していたPLフィルターが、のちに普及してきたAF一眼レフではAFセンサーの誤作動などの不都合を生じたため、それに対応する形で位相差板を組み合わせたのが円偏光フィルター。それが現在では一般化しているというわけだ。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 外周を削って、径を調節しているところ。一度にたくさんの枚数をセットできる。
外周を削って、径を調節しているところ。一度にたくさんの枚数をセットできる。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 目的の外径に揃った。
目的の外径に揃った。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 次は、外周部のカドを落として、割れにくくする。
次は、外周部のカドを落として、割れにくくする。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで サイズと数量によっては自動機も活用。
サイズと数量によっては自動機も活用。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 続いて表面の粗研磨を行う。上下から研磨パッドで挟み、それぞれを回転させつつ均一な厚さに近づける。
続いて表面の粗研磨を行う。上下から研磨パッドで挟み、それぞれを回転させつつ均一な厚さに近づける。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで ガラスをセットする治具。大径であるほど、1度にセットできる枚数は少ない。
ガラスをセットする治具。大径であるほど、1度にセットできる枚数は少ない。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 粗研磨したところ。このあと別の同様の機械にかけ、目の細かい研磨材で精研磨する。
粗研磨したところ。このあと別の同様の機械にかけ、目の細かい研磨材で精研磨する。

外径や表面が整えられたフィルターガラスは、トレーが上下する洗浄槽に入れられたあと、枠への組み込みへと進む。洗浄槽の様子は、カメラの交換レンズを作っている工場のそれと似ていた。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 洗浄槽。トレーが自動的に上下する。
洗浄槽。トレーが自動的に上下する。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで トレーに均一に並ぶガラス。
トレーに均一に並ぶガラス。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 洗浄後のガラスをチェック。この後、ひとつの工程ごとに目視での検品が行われていた。
洗浄後のガラスをチェック。この後、ひとつの工程ごとに目視での検品が行われていた。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで こちらは外周の墨塗り工程。専用の機械にセットする。
こちらは外周の墨塗り工程。専用の機械にセットする。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで ガラスを吸着・回転させレンズ外周部に墨塗り処理を行う。
ガラスを吸着・回転させレンズ外周部に墨塗り処理を行う。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 枠にセットする。固定はさらに別の組立室で行われる。
枠にセットする。固定はさらに別の組立室で行われる。

フィルターの枠には、メーカーロゴや製品名がシルクスクリーン印刷されている。1枚ずつ人の手で印字され、擦れても文字が消えないように処理されているとは驚きだった。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで シルクスクリーン印刷の版。
シルクスクリーン印刷の版。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで DHGレンズプロテクト(77mm)用。1周分を一度に印刷する。
DHGレンズプロテクト(77mm)用。1周分を一度に印刷する。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで シルク印刷の機械。ライトで照らされた白い円盤(写真中央部)にフィルター枠をセットし、上からインクをのせる。
シルク印刷の機械。ライトで照らされた白い円盤(写真中央部)にフィルター枠をセットし、上からインクをのせる。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 印刷後の枠。この段階で検品に合格したものは、印字を加熱・定着させる。合格しなかったものは、定着前の印字を拭き取って再利用する。
印刷後の枠。この段階で検品に合格したものは、印字を加熱・定着させる。合格しなかったものは、定着前の印字を拭き取って再利用する。

TIPS:やっぱり光学ガラスがベストなの?

シンプルに考えて、フィルターに用いられるガラスも、カメラのレンズに使われるグレードの光学ガラスが最高というイメージを持つのではないだろうか。マルミはハイグレードなEXUSやSOLIDにも光学ガラスを使っていないという点が気になったが、透過率測定の機材とデータを見せてもらって認識が改まった。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 分光測定器と解析用のコンピューター。
分光測定器と解析用のコンピューター。

光学ガラス(BK7)もEXUSに使われているガラス(B270)も、マルミでコーティングした後はほとんど透過率に差が出ていなかった。厳密に見ると光学ガラスのほうが脈理(内部の不均質)が少ないなどの強みはあるが、コストまで考えるとB270がとてもよい選択なのだという。

例えば「ぜひ光学ガラスで作ってほしい」というオーダーを受けた時でも、こうしてテストデータとコストを示しながら説明すると「やはりB270で」と発注主が考え直すケースは少なくないそうだ。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 光学ガラスS-BSL7(オハラ表記。ショットでいうBK7)と白板ガラスB270の比較。どちらもマルミがコーティングを施したもので、透過率にはほとんど差がない。
光学ガラスS-BSL7(オハラ表記。ショットでいうBK7)と白板ガラスB270の比較。どちらもマルミがコーティングを施したもので、透過率にはほとんど差がない。

SOLIDは強化処理ができるようにショットのセンセーションという硝材を使っているが、こちらも透過率は高く、反射率はEXUSレンズプロテクトが0.3%以下、SOLIDが0.2%(それぞれ片面)としている。高強度を実現するために既存のEXUSから妥協したポイントは一つもないとのことで、そのぶん他より高価なのは否定できないけれど、確かに妥協は感じられない。

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 反射率を測る機械。普通のガラスは片面4%の反射があるが、コーティングすると0.2%程度に抑えられる。
反射率を測る機械。普通のガラスは片面4%の反射があるが、コーティングすると0.2%程度に抑えられる。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 平面精度を測る機械。ガラス単体と枠にセットした後でそれぞれ検査し、歪みが大きければその原因を探る。
平面精度を測る機械。ガラス単体と枠にセットした後でそれぞれ検査し、歪みが大きければその原因を探る。

TIPS:保護フィルターにも寿命はあるの?

PLフィルターが消耗品なのは認知されてきたが、では保護フィルター(レンズプロテクト)はどうだろうか。保護フィルターはPLに比べて光学性能の劣化こそないものの、こちらも過酷なメンテナンスをしていると撥水・防汚コートの効果が落ちてくるため、小傷が付きやすくなるという。コーティングを傷めないことが大切だ。

例えば外で撮影していてちょっとした汚れや水滴が付着した場合、衣服の裾などでサッと拭き取ってしまうのは、筆者を含め、心当たりのある方が多いだろう。もちろん現場では細かいことを言っていられないシーンもあるが、もしゴミや砂粒などが付着している状態で拭くと、コーティングに傷が入ってしまう可能性がある。

とにかく、使った後など汚れを見つけた段階で早めに掃除するのが長持ちのコツだそうだ。放置すると汚れは落ちにくくなり、強く拭くことになり、これもコーティングを傷める原因となる。

最終段階、梱包〜出荷

いよいよ、フィルターの完成品をパッケージに入れ、出荷の工程に進む。ここまでを振り返ると、完全に機械化された工程はほとんどなかったような気がする。

こんなに手仕事ならば安からぬ価格で当然だなあと心から思ったし、今までに自分で購入してあのレンズやこのレンズに取り付けているマルミフィルター達が誇らしくなってくる。今度気合いの入ったレンズを買った暁には、迷わずSOLIDで行きます!

想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 製品とパッケージを組み合わせる工程。
製品とパッケージを組み合わせる工程。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで お馴染みの四角いパッケージを組み立て、卵形のケースを収めていく。
お馴染みの四角いパッケージを組み立て、卵形のケースを収めていく。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで この付属ケースは、デザイナーの手によって保護性と使い勝手を兼ね備えた逸品。爪で重ねられるため、テープで複数固定して使う人もいるという。
この付属ケースは、デザイナーの手によって保護性と使い勝手を兼ね備えた逸品。爪で重ねられるため、テープで複数固定して使う人もいるという。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 径により大小2サイズあり、深さも2タイプある。単品販売は白のみで、黒はEXUSユーザーの誇り。
径により大小2サイズあり、深さも2タイプある。単品販売は白のみで、黒はEXUSユーザーの誇り。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで 透明の外装は、棚に吊り下げることもでき、自立用の小さな脚もあるなど、よく見ると非常に凝った造り。
透明の外装は、棚に吊り下げることもでき、自立用の小さな脚もあるなど、よく見ると非常に凝った造り。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで この後でさらにパッケージの最終検査を行うため、まだ箱は閉じない。
この後でさらにパッケージの最終検査を行うため、まだ箱は閉じない。
想像以上の手仕事ぶり。マルミのフィルターができるまで パッケージの内容や向きに間違いがないかといった最終チェックを経て、ようやく運搬用の箱に収まる。一貫した手厚さには、自社製品への誇りが感じられる。
パッケージの内容や向きに間違いがないかといった最終チェックを経て、ようやく運搬用の箱に収まる。一貫した手厚さには、自社製品への誇りが感じられる。

協力:マルミ光機株式会社

本誌:鈴木誠