新製品レビュー
FUJIFILM GFX100RF
軽快に撮影できる1億画素機
2025年4月1日 07:00
富士フイルムからGFXシリーズ初となるレンズ一体型のデジタルカメラ「FUJIFILM GFX100RF」が登場した。名称からも分かる通り、1億画素(102MP)センサーを搭載。撮像センサーと画像処理エンジンは、2024年6月発売のGFX100S IIと同じ「GFX 102MP CMOS II」と「X-Proseccor 5」の組み合わせを採用する。
肝心のIBIS(ボディ内手ブレ補正)については搭載していないが、その一方でレンズシャッター機であることから、機構ブレを軽減することで手ブレを防ぐスタイルの様子。これについては実写で確かめるしかないが、ワリとシビアな100MP機でありながら、IBISを持たないカメラで気軽に手持ちでブレの心配をそれほどせずに撮れるのか? というのが興味のあるポイント。
高い質感のボディ
組み合わされるレンズは新開発の35mm F4レンズ(35判換算で28mm相当)なので「大きなGR III的に使える?」という期待もある。X100VIなどと同様にNDフィルター(4段分)を搭載する。
レンズ内蔵のNDフィルターについては、逆光シーン等で独特のフレアが発生することがあるので理解が必要だ。
「当社が長年多様な製品・サービスの提供を通じて写真文化の発展に貢献してきた歴史と最先端技術・デザインを融合させた特別な1台」と本機についてアナウンスされたことから、ひょっとすると特別なフィルムシミュレーションが!? と期待したが、他のX-Proseccor 5搭載機と同じ。
外観はX100VIやX-E4の流れを汲んでいるように見えるが、ふとした瞬間にX-A3の面影もあるように見えた。
控えめなグリップは手の大きな筆者(手袋サイズはLL~3L)でも握り心地は良く、関心した。この印象が丸1日撮影した後でどのように変化するか? については、気になるところ。
質感は非常に高く、特に削り出しによるフラットな天面は気持ちの良い仕上がり。だけれども、つい先日、プレスによるわずかな波打ちが持つセクシーさについて知人から教えて貰ったことで、高い平滑性に物足りなさを覚えたことも事実だ。
前後電子ダイヤルの操作感や後ダイヤルの押下感は、お値段に対して相応しいとはお世辞にも言えなかったが、これまでの機種から飛躍的に進歩していて素晴らしい。
露出補正ダイヤルの操作感について、高さが低いワリには悪くない一方で、シャッター速度ダイヤルについては高さが足りず操作しにくい。
電源操作時に毎度お世話になる電源スイッチの感触はどこか頼りなく、経年劣化でZfなどのようにスカスカになりそうな予感がした。これは価格が価格なだけに少しスッキリしない部分だ。
レンズ側の絞りリングの操作感はコリコリと心地良い感触。
Qボタンは操作し難いというか、誤操作に配慮されたというか、その表現が難しいところ。Qボタンを頻繁に操作する筆者にとっては気になった。
フォーカスレバーの質感・操作感はGFX100S IIそのもの。実写シーンでは電源操作よりも操作頻度が高いと予想される部分だ。ボディやダイヤルの質感の高さに高揚した気持ちで撮影に没頭したいのだけれど、親指の感触だけ素っ気ないことでそちらに意識が向いてしまい、現実に引き戻される。素材を変えたり色味を変えたり、ライカSL3のようにラバーで覆うなりして特別なままで居て欲しいと感じた。
期待のアスペクト比切換ダイヤルについて。見目麗しいが、冬の乾燥肌や手汗の時期には手が滑ってかなり操作し難い。実際に作例撮影時には操作の度に「チッ」と思っていた。
手汗以外にも、例えばネイルなどを楽しんでいると、快適には操作できないかもしれない。
これまでのフジ機ではバッテリー蓋の質感に落胆する場合があったが、本機はかなり質感が高く「おっ!」と思った。しかし一方で、インターフェースカバーの質感は物足りなかった。
GFX100RFにはチャージャーが同梱されないので基本的にUSB充電となることが想定されるが、頻繁にアクセスするであろう重要な部位なのにこの仕上げで良いのか? と、気になった。使い壊したらさっさと交換できるという意味では実用的なのかも知れないが、それでもカメラそのものが高品位なだけに、このチープさは画竜点睛を欠く。
ついに中判カメラをこのサイズで持ち歩けるのだ!
まずは手ブレの心配から。
レンズシャッターが効いているようで、日中をプログラムオートで撮る限りにおいてはラフに撮っても予想よりブレが少なく、そこまで手ブレに神経質にならなくても良さそうだ。
改めて、フォーカルプレーンシャッターの機構ブレは大きいのだ、と思い知らされた次第。
例えば筆者のGFX50Rではレンズにもよるけれど、1/125秒以下は極力使いたくないので、条件反射的にISO感度を上げるシーンが多い。しかし、本機は1/60秒でも「ちょっと頑張ってみようかな?」という気持ちになる。
撮影感触はとにかく軽快。いわゆる中判デジタルカメラを持ち歩いている感覚がない。
筆者はフィルム時代から中判カメラを使っており、GA645やMamiya 7といったレンジファインダー機はもちろんPentax 645や67などの一眼レフ機も使っていた。
また2020年末からGFX50Rを愛用していることもあり「ついに中判カメラをこのサイズで持ち歩けるのだ!」と、ワガママな夢を実現したカメラの登場にとてもワクワクした。
カメラの形状から、ファーストショットから30分程度は同社のフィルムカメラ「GA645」シリーズのような感覚でアスペクト比3:4の縦位置スタイルで1枚1枚撮ってみたが、なんだか勿体無い気がしてくる不思議。これでもJPEGで57MP記録だしRAWはフル画素記録となるのだけれど、少し落ち着かない。
一旦4:3に戻し(手汗で滑って「チッ」となりました)、Mamiya 7を使っていた時のことを思い出しつつ撮影再開したが、次第にGRシリーズを使っているくらい気軽な感覚で撮れるようになったことは興味深かかった。
GRシリーズくらいに軽快なことが理由で、撮影はパシパシと進む。しかし気分が盛り上がってフィルムシミュレーションなどを変更しようとQボタンを操作すると、メディアへの書き込みによる待機時間が、筆者の実績では平均で5秒ほど発生。この「待ち」は使っていて結構気になった。
記録モードは非圧縮RAW+JPEG、使用メモリーカードはProGrade DigitalのSDXC UHS-II V60 GOLD 128GBと、NextorageのNX-F2SE256GB。
最速クラスのメモリーカードと圧縮RAW記録を選べば、この待ち時間は軽減される可能性もあるだろう。
EVFの表示クオリティは「いつもの富士フイルム機そのもの」。精細感は良いけれど色味やコントラストなどについては、フィルムシミュレーションを楽しむ場合には参考程度。
筆者が色弱であることも影響していると思うが、例えばACROSと彩度を落としたエテルナブリーチの判別は、EVFでパッと判断するのは難しい。さらにLCDとEVFでの表現には乖離があり、これに慣れるまでは撮影時に自信が持てず、少しワクワクする気持ちがトーンダウン。
可動式の背面モニターについては、フラッシュサーフェス的な美しい仕上げだけれども、操作性は正直イマイチ。個人的な意見で言えば、X-T5などのような3方向チルトタイプだと嬉しかった。
操作感の部分でも触れたが、こうした「美しさ」の為に犠牲となったように感じられてしまうところが少なくないぞ、と思えてしまうことは、期待の大きさの裏返しだともいえるだろう。
AFアルゴリズムはGFX100S IIから進化しているとのアナウンスだったが、特に近距離時には被写体をワリと掴んでくれないという印象が強い。AFフレーム選択を適宜変更しても印象は変わらなかった。
GFX50Rはユーザーとカメラの二人三脚感が個人的には楽しかったけれど、本機は少し賢くなりすぎて逆に扱い難さがあるような、複雑な気持ち。
AF速度は、一方通行であれば“可もなく不可もなし”という感覚。筆者のように普段からAF-Cかつトラッキングで撮るスタイルだとレスポンスの悪さが気になった。
これについては撮影スタイルや所有機材によって感じ方が左右される部分だと思われるが、「速くはないぞ」と身構えているくらいでちょうど良さそうだ。
バッテリーの持ちは想像以上に良かった。電源操作をコマメにせずデフォルトの省エネ設定で、シャッターモードはメカ(レンズシャッター)。連続撮影をそれほどせず、LCDとEVFの使用状況は半々という条件でおよそ消費1%に対して15コマ以上という実績だった。具体的には連続撮影を交えて800ショットした日で残51%と、かなりのもの。
撮ってる本人が信じられなかったので、X-T5発売時に購入した手持ちのバッテリーで別日に単写のみで撮影したところ、500ショットで残68%と、消費1%に対して15コマ以上撮れていた。
スマホ接続などすればもう少し消費が大きくなりそうだけれども、バッテリーひとつで1,000ショット以上が楽に撮れるGFXが登場したことは手放しで称賛したいほど。
まとめ
本機を投入してみたいシーンは、トレッキングや旅行スナップ、お仕事のオフショットなど、沢山思い浮かんだ。
被写体と撮影者、撮影場所などに対して緊張感を与えず、皆の肩の力を抜きつつ超が付く高画質で撮れるカメラとして素晴らしい仕上がりであることは大きな魅力。
なので、自分を軸とした使い方以外にも「このカメラは知人の写真家にピッタリだな」などと手練れがこのカメラを使ったらどんな写真を撮るのか? と想像するのも童心に戻ったようでワクワクさせられた。
そんなワガママ放題を叶えたカメラの登場に興奮してしまった一方で、使うほどに現実を意識せざるを得ないところも気になった。
例えば、GFXシリーズが誇る卓越した画質で、あらゆるシーンが撮れてしまうこと。
そう、撮れてしまうのだ。
カメラの軽快さに任せて無邪気に撮り歩くと、1億画素のセンサーによる潤沢なデータ量の凡作や駄作が大量生産されるという現実に背筋が凍る。
電源操作や充電のたびに気になる現実(電源スイッチやインターフェースカバーのこと)。アスペクト比を変更する度に「本当に変更すべきか?(ダイヤルよ動いてくれ、の意)」と指を滑らせながら向き合う現実。見た目から想像する以上に現実がすぐそばにある。
1度夢から醒め、公式の製品ページを見ていると「工芸品のごとき細部へのこだわりが使う喜びをもたらす」とのこと。操作性が良くない部分や、電源スイッチへの一抹の不安、インターフェースカバーの貧素な仕上げに触れてみると、すっきりと納得するのは難しい印象だ。
それでも、前後ダイヤルやフラットな天面など惚れ惚れするような部分もあるワケで。
情熱的な部分と、大人の事情(販売価格の為に我慢したと思しき部分)は、製品開発をするうえではどうしても隣り合わせにあるものだ。
GFX100RFにおいても、コンセプトが渋滞し、それぞれの要素が同じ方向を向いていないようにも感じられてしまうところが、どこかスッキリしないなあという印象につながっているのかもしれない。
GFX50Rは、撮影者がカメラといっしょに二人三脚で写真を撮る感覚に楽しくなり、すべてが上手く嵌まった時には特大ホームランの画質で応えてくれる驚きに惚れたことで、至らぬところも可愛く思えた。本機では撮影性能が良くなったことで、それ以外の現実を直視せざるを得なくなってしまった。
趣味性の高いと思しき製品だからこそ、こういった感情を抱いてしまう気難しさがあるのだと思うが、これは筆者だけであるとは言い切れないのではないだろうか。