ライカレンズの美学

ELMARIT-M F2.8/28mm ASPH.

いつでもどこでも安定描写の現代広角

現行のM型ライカ用レンズの魅力をお伝えする本連載も3回目。前回のSUMMILUX-M F1.4/50mm ASPH.に続いて今回取り上げるのはELMARIT-M F2.8/28mm ASPH.である。

28mmという画角については改めて説明するまでもないと思うが、広角レンズとしてはもっとも王道的な焦点距離で、スナップ派ユーザーを中心に昔から絶大な人気がある。両目を使って意識的に広い範囲を見ようとしたときの肉眼に近い画角といわれ、必要以上に遠近感が強調されすぎない、使いやすい広角レンズといえる。身近なところではあのiPhoneも、5s以降はメインカメラの画角が28mmに限りなく近い29mm相当になったりするなど、広角レンズの画角としては現在でも広く親しまれている。

昨年のフォトキナ取材で行ったケルンにて。コンパクトなレンズは旅先のお供にピッタリ。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/60秒 / WB:オート
24mmより広角になるとさすがにそれ1本で何でもというわけにはいかないが、28mmならかなり色々な用途に使える。LEICA M(Typ240)/ ISO250 / F5.6 / 1/30秒 / WB:オート

レンジファインダーという機能的なマッチングから、どちらかというと望遠よりも広角レンズと相性がいいM型ライカにとっても28mmというのは人気のある焦点距離で、現在はELMARIT-M F2.8/28mm ASPH.の他にも、28mmとしては超大口径なSUMMILUX-M F1.4/28mm ASPH.、そしてSUMMICRON-M F2/28mm ASPH.という計3本の28mmレンズをラインナップしている。

価格的にはF1.4のSUMMILUXが最も高価で、その次がF2のSUMMICRON、そしてF2.8のELMARITがもっとも手に入れやすい価格設定になっているが、前回説明したとおり、ライカレンズは明るさと価格でどちらが高級というヒエラルキー的な序列があるわけではない。単純にレンズ銘ごとに用途が違うだけなのだ。

それを如実に示しているのがレンズの「作り」である。たとえばライカ以外のメーカーでは大口径レンズと小口径レンズでは鏡胴の素材や仕上げなどに差を付けているところも多いが、ライカの場合は物理的な重さを保持するために大口径レンズで肉厚素材が使われていることはあるものの、基本的には大口径であろうと小口径であろうと鏡胴に使われている素材や仕上げのクオリティはほぼ同一である。このことからも、他社とはレンズラインナップに対する考え方が異なることが分かるだろう。

現行Mレンズで最軽量。現代的な安定描写が魅力

ここで、簡単にELMARIT 28mmレンズの歴史についておさらいしておこう。開放値がF2.8のELMARIT 28mmレンズは1965年に初代が登場して以降、1972年に2世代目、1979年に3世代目、1993年に4世代目が登場。そして2006年に5世代目となる現行ELMARIT-M F2.8/28mm ASPH.へとモデルチェンジした。

ライカ純正のM型用28mmレンズとしては初めて非球面レンズを採用したことで、それまでのM型用28mmに比べて大幅な小型軽量化を実現しているのが特長で、重さはわずか180gしかない。これは現在発売されているM型用ライカレンズとしては最軽量。携帯性と機動性に優れるのはもちろんのこと、きわめて短い全長によりファインダー視野のケラれが最小限に抑えられるのも大きなメリットだ。

ちなみに本レンズが発売された2006年というのは、M型ライカ初のデジタル版であるライカM8が登場した年でもある。ご存じの通りライカM9以降のM型デジタルは35mmフルサイズ=ライカ判だが、ライカM8はCCDの大きさがフルサイズより一回り小さいAPS-Hサイズだったため、フルサイズへの換算係数である1.3を掛けると約36mm相当となるELMARIT-M F2.8/28mm ASPH.は、ライカM8と組み合わせた場合に準広角もしくは準標準レンズとして使える汎用性の高い常用レンズとして好適という意味合いもあったと思う。

ライカ エルマリートM F2.8/28mm ASPH.

描写性能はひとことで言うと「非常に現代的」だ。2世代目くらいまでのELMARIT 28mmは、絞り開放時に見られる憂いを残した優しい描写が特徴で、そのいかにもオールドライカレンズらしい独特の開放描写が人気を呼んだが、デジタル時代を見据えて設計された本レンズは絞り開放からピントのエッジがキリリと立ち上がったシャープ感の高い描写で、往年のELMARIT 28mmとは好対照な性格を見せてくれる。

今回のポートレートはすべて絞り開放で撮影したが、ピントのシャープさは申し分ない。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F2.8 / 1/125秒 / WB:オート
背景のボケ味はどちらかというと柔らかい系ではないが、煩雑な木の枝なども決してイヤなボケ方はしない。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F2.8 / 1/90秒 / WB:オート
やや引きで撮っても立体感のある描写。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F2.8 / 1/45秒 / WB:オート

オールドライカレンズのあの個性的な開放描写がよかったんだよという人もいるだろうが、最新ELMARITの曖昧さのない明確でクリアな描写も素晴らしい。そもそも現行レンズに対して描写特性が異なるからこそオールドレンズの存在感が再認識されているわけで、現代レンズにそれを求めるのは電気自動車にエグゾーストノートを求めるようなものだ。

現代レンズゆえに逆光にもかなり強く、画面内に光源をフレームインさせた場合でもフレアによるコントラスト低下はほとんど感じない。絞り開放ではやや周辺減光があるものの、ドラスティックにドスンと落ちるわけではなく、あくまでもナチュラルな落ち方なので積極的に画面効果として使ってみたくなる。

逆光でもコントラスト低下はほとんど起こさない。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F2.8 / 1/30秒 / WB:オート
局所的に明るい部分があってもフレアによるコントラスト低下はほとんど起こさない。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/350 / WB:オート
画面フチに太陽がフレームインしていてもゴーストは最小限しか発生せず、コーティングの効果は信頼性がある。LEICA M(Typ240)/ ISO1250 / F11 / 1/125秒 / WB:オート
絞り開放での周辺光量低下はごくわずか。このシーンではもっと落としたかったのでRAW現像段階で軽く周辺を落とした。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.8 / 1/90秒 / WB:オート

SUMMILUXシリーズのような大口径ならではのデリケートな描写は得られないものの、絞り値や撮影距離に関係なく、いつでもどこでも安定した描写を見せてくれるのがELMARITシリーズレンズに共通した大きな魅力である。基本的にはスナップ用途に向くレンズだが、小型軽量なので旅の相棒としてもいいし、シャープであっても硬すぎないので、意外とポートレートにも向く。

カメラ側の絵作りもあるが、こうした陰影のあるシーンでの立体感演出は見事。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F2.8 / 1/60秒 / WB:オート
歪曲収差はわずかにタル型が少し残っているものの、気になるほどの量ではない。LEICA M(Typ240)/ ISO640 / F2.8 / 1/60秒 / WB:オート
非常にコンパクトなレンズだが、ライカならではのフォーカスノブによりピント合わせは容易だ。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F2.8 / 1/125秒 / WB:オート
絞り開放でも像面は安定しており、周辺での像乱れはほとんど感じられない。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.8 / 1/250秒 / WB:オート
絞り込んだときの描写ももちろん良好。ローパスレスボディの真価を活かせるシャープネスだ。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート
明暗の中から立ち上がってくるリアリティが素晴らしい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/180秒 / WB:オート
開放から像面の平面性の良さは抜群だが、絞り込むとさらに奥行き方向に厚みのある描写となる。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/350秒 / WB:オート

モデル:いのうえ のぞみ
協力:ライカカメラジャパン

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河田一規