切り貼りデジカメ実験室

“影”だけが写る「影絵カメラ」

スクリーンに物体の“影”を投影し、これを撮影する「影絵カメラ」というものを考えてみた。Web検索で確認しても他に類を見ないので、もしかすると世界初の試みかもしれない(笑)。撮影にはオリンパス製防水デジカメの新鋭機「STYLUS TG-850 Tough」を使用。超広角21mm相当からのズームや、チルト式液晶モニターなど、このカメラならではの特長を活かして制作した。

“もの”は写らず“影”だけが写るカメラ

 思い起こせば本連載「切り貼りデジカメ実験室」は2008年2月からスタートし、足かけ6年も続いている。その間、数々のカメラ改造を行ない、ぼくは写真家やカメラマンならぬ「カメラ家」になってしまった感がある(笑)。

 そして、その総括のようなトークイベント「糸崎公朗のフォトモと改造カメラワールド」を3月29日土曜日に東京・銀座のT.I.Pで開催するのだが、これに先立って我ながら画期的なカメラを作ってしまったので、紹介しようと思う。

「写真は光と影だ」とはよく言われることだが、しかしたいていの写真には光と影の他に“もの”が写っていて、この議論は真面目に考えるとなかなかに難しい。

 難しいことを考えながら、ふと“もの”は写らず純粋に“影”だけが写るカメラというものを考えてみたのである。構造としては暗箱の一面に影を投影するスクリーンを貼り、これを反対の内側からデジタルカメラで撮影する、というシンプルなものだ。

 このアイデアスケッチをデジカメWatch編集部にメールしたところ、「超広角レンズ付きのデジカメを使えば箱の厚みが減らせるかも知れないし、だったら21mm相当のTG-850がいいのでは?」というアドバイスを頂戴した。

 確かに、オリンパスから発売されたばかりの防水コンパクトデジタルカメラ「STYLUS TG-850 Tough」は、超広角21mm相当からの5倍ズームレンズを装備し、かつマクロ撮影にも強いことを特徴としている。

 というわけで、オリンパスからTG-850をお借りして、「影絵カメラ」の発想を具現化してみることにした。

―注意―
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TG-850は、オリンパスToughシリーズの最新型で、防水10m、耐衝撃や防塵設計などを備えている。さらにライカ判換算21mm相当からの5倍ズームを搭載し、ワイコン無しでここまでの超広角撮影が可能な点で、コンパクトデジカメとして貴重な存在だ。
水中デジカメとしては珍しく、チルト式液晶モニターを備えているのも特徴だ。実は、池や小川に水中デジカメだけを沈め、水面越しに液晶モニターを見ながら撮影しようとすると、銀色に光って画面が見えないのだ。そのような撮影に、このカメラのチルト式モニターは威力を発揮するだろう。
さて今回は、大まかに言ってTG-850を取り付ける「箱」を作るわけなのだが、そのサイズを決定しなければならない。そこでTG-850をこのように三脚に取り付け、ズームを21mm相当にセットし、A3コピー用紙より一回り狭い範囲が写る高さにカメラを調節、レンズから被写体までの距離を測定した。これによって箱の厚みが決定する。
測定した数字から簡単な図面を引いて、ご覧の通りのパーツを、3mm厚のベニヤ板からカッターナイフで切り出す。カメラのレンズが当たる部分は、サークルカッターを使い(拡張性を考えて大きめに)丸くカットする。
箱にカメラを取り付けるためのパーツも、同じベニヤ板から切り出す。同形パーツが2つずつあるのは、2枚重ねて接着し、強度を持たせるためだ。穴が開いているのは、カメラの三脚穴に止めネジで固定するためのものだ。
箱の底板パーツに、カメラ取り付けパーツをしっかりと接着する。接着剤は「ボンドGクリア」を使う。
パーツを全て接着すると、このような箱になる。
出来上がった箱を内側から見たところ。しかし、ベニヤ板の地のままでは、内面反射があって暗箱としては不完全だ。
そこで黒ラシャ紙を箱の内側のサイズに合わせてカットし、折り目を付けたパーツを製作。
黒ラシャ紙を暗箱の内側に取り付け、内面反射防止策を施した。これで箱が「暗箱」になった。
暗箱のカメラ取り付け部にTG-850をはめ込み、三脚穴に止めネジで固定する。
暗箱の内側からは、このようにカメラのレンズが覗いている。黒ラシャ紙に開けた穴は、超広角21mm相当のレンズがケラられないギリギリのサイズとしている。
A3のコピー用紙の端を折って、テープで暗箱に取り付けると「影絵カメラ」が完成する。超広角レンズ装備のTG-850を使用し、箱の厚みは抑えたつもりだが、現代のカメラとしては桁外れの大きさになった(笑)。
巨大な影絵カメラを抱えながら撮影することになるので、TG-850のチルト式液晶モニターは非常に便利なのである。
影絵カメラを実際に屋外に持ち出して、撮影しているところ。近所の梅林にて、スクリーンに梅の影を投影している。
撮れた写真はなかなか面白い……が、ガーン! 画面下にスクリーンからはみ出した暗箱の内壁が写ってしまっている。これは「切り貼り工作」にありがちな“誤差”によるものだが(笑)、作り直すのは面倒なのでカメラの画像サイズ設定を「4:3」から「3:2」に切り替えて撮影することにした。

カメラの使用感と実写作品

 完成した「影絵カメラ」を屋外に持ち出すと、まずその大きさに我ながら驚いてしまう。このかさばり具合はまさに写真黎明期の「カメラ・オブ・スキュラ」(暗箱)を彷彿とさせ、先人の苦労がしのばれる。

 影絵カメラにセットしたTG-850は、ズームを21mm相当に固定し、プログラムオートで撮影した。ピントはオートしか搭載されてないが、問題なくスクリーンに投影された影に合わせてくれる。大型のカメラを抱えながら撮影することになるので、チルト式液晶モニターを非常に便利に使うことができる。

 さて影絵カメラで撮影した写真だが、普通の写真とはまったくセオリーが異なり、実に新鮮だ。まず、当たり前のことだが遠景がまったく写らず、スクリーンに接するギリギリの、ごく近くのもの(と言うかその影)しか撮影できない。

 しかし独特に奥行きのある世界が描かれるのは、物体とスクリーンの距離によって投影される影の“ボケ具合”が異なるためだろう。それ以外のものの立体的形状や、固有の色彩は失われ、輪郭形状も遠近法とは異なる法則で歪められ、何とも不思議な“写真”になった。

 暗箱にレンズでもなくピンホールでもなく、ものの影を投影するスクリーンを備えた影絵カメラの構造は、Web検索した限りでは類が無いようで、カメラとしてはまさに画期的と言えるかもしれない(笑)。

  • 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。

「ウニ」から生まれた影絵カメラ

 今回の影絵カメラ発想の源は、実は生物としての「ウニ」にある。と言うと唐突なようだが(笑)、「生物から見た世界」(ユクスキュル著、岩波文庫)という科学書に記された、ウニの知覚世界がヒントになっている。

 ウニは海底を這う動物で、眼が無い代わりに皮膚全体で光を感知する。例えば、ウニの皮膚に天敵である魚の影が投影されると、影の無い方向に逃れようとし、そうやって身を守っている。

 しかしウニは影に反応するだけだから、船の影や雲の影にも同じような退避行動をとる。ウニの視覚は光と影だけからなり、ものの立体形状や色彩、空間などが認識できないのだ。

 そんなウニの知覚世界はどんなものなのか? と想像するうち、それは「影絵」に近いだろうと、ふと思い当たった。それで「影絵による知覚界」を再現してみたくなり、影絵カメラの製作を思い立ったのだ。

 この「生物から見た世界」と言う本で、生物学者で哲学者のユスクキュルは「環世界」という概念を提示している。環世界とは「生物種に固有の主観的世界」という意味で、客観的世界を現す「環境」との対義語でもある。

 例えば、人間は主に「視覚」を頼りに知覚認識するが、犬は「嗅覚」、コウモリは「聴覚」(超音波)を主な知覚として用いる。だから人間、犬、コウモリが同じ「環境」にいたとしても、それぞれが認識する環世界は全く異なる。生物種は外見上の姿形も多様だが、内面的な環世界もまた多様なのだ。

 さらに人間もそのあり方は実に多様で、生物学的には同じ人間でも時代によって、地域によって、個人によって環世界はそれぞれに異なる。また、技術の進歩は人間にさらなる環世界の変化をもたらす。例えば近代的な鉄道網や道路網の発明は、これまでに無く新しい環世界を人間にもたらしたはずである。

 同じような意味において、「カメラ」や「写真」も実は環世界と密接に関係している……なんてことを考えながら、この連載はこれからも続いてゆくのである(笑)。

糸崎公朗