おもしろ写真工房

「ノームフィルター(濃霧)」を作ってみよう!

無理やり透かしてみる、溶け込むような描写

 前回は調理に使う網(ストレーナー)をフィルター代わりに使ったが、今回は「ちょっとそれは透けないんじゃない?」というようなものをフィルターにしてみるという実験だ。

クリアファイルの4枚重ねにより実現した軟調描写。

いつもは避けていた素材に挑戦

 自家製フィルターでの撮影でよく知られている方法としてはパンストを使う方法があるが、これは前回も紹介した通り、ソフトな描写の写真にすることができる。しかしパンストだとありきたりだから、なにか別のものをフィルター代わりにできないかという相談をよく受けるのだが、ソフトフィルターとして使えるようなものは意外と少ない。

 というのは、かなり透明度が高くて肉眼でも向こうが見えるような素材でないと、輪郭がボケすぎて何がなんだかよくわからなくなってしまうからだ。だからほとんど透明に近い素材ならオーケーだが、乳白で向こうがちゃんと見えないようなものはソフトフィルターとしてはNGということだ。

 ただそんな透けない素材でも、思いっきり被写体に近づけてみるとかなり透けて見えるようになる。たとえばスリガラスのようなもの。スリガラスは近づかなければ目隠しとしても使えるが、ガラスとの距離が近づきピッタリとくっつけば、今度はかなりハッキリ見えるようになる。この落差を利用して写真を撮ってみたら面白いんじゃないだろうか? というのが今回の実験のポイントだ。

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撮影のための工作

 ではそんな半透明な素材にはスリガラスの他にどんなものがあるだろう? まず家の中で見つけたのは、炭酸カルシウムのゴミ袋だ。スーパーのレジ袋というのもあるが、これは透けなすぎ。それから紙方面でいけばトレーシングペーパーとかグラシン紙というのがあるな。クッキングシートはどうだろう? ちょっと透けが足りないかな? ガラス方面だと、スリガラスの他にフロストガラスやナングレアガラスなんていうのも良さそうだ。ナングレアガラスは無反射ガラスとも呼ばれるもので複写や額装に使われる。

 いつものように100円ショップで物色していた見つけたのは、クリアファイル。これは透け具合がちょうど良さげだ。それから100円ショップでは紙箱も買ってきた。箱に穴を開けて半透明な素材を貼りつける。逆側にもレンズ用の穴をあけて撮影をするのだ。通常、フィルターというのはレンズに直接取り付けるが、ここではレンズから少し離すことにより、ピントが合うように工作する。

 今回の撮影ではフィルターに近いものしか写らない。だからフィルターの大きさ程度のものしか撮影することができない。つまり大きなものを写そうとしたらフィルターの大きさを大きくしなければいけないのだが、あまり巨大なものをレンズの先に付けてたらうっとうしいので、最初から小さな被写体が狙いどころだ。

 近いところにピントを合わせたいからマクロレンズを使いたいが、焦点距離が長いとフィルターとの距離も長くとらなければならないので、広角系の方がいい。最短撮影距離があまり短くない場合はクローズアップレンズや接写リングで対応すればいいだろう。

 レンズへの取り付けは、工作によく使っているフィルターのアダプターリングを利用した。レンズにネジで取り付けることができるのだが、平たいリング状になっているので、そこに両面テープをつければ箱を取り付けることが可能だ。

100円ショップでゲットしたギフト用の小箱。大きさは168mm(W)×108mm(D)×60mm(H)。
フタにはフィルターを張るための四角い穴、底にはレンズを付ける丸い穴を開ける。丸い穴にサークルカッターで開けた。
マルチホルダー76用アダプターリング(62mm)。レンズと箱をつなぐために使用。
アダプターリングを両面テープを使って箱の底に張り付ける。
フタにはクリアファイルをカットして張り付けた。これがフィルターとなる。
横から見たところ。カワイイ柄なので、このまま外で撮影するのはちょっと恥ずかしいが、加工するのも面倒なので、このまま使用。
裏から見たところ。レンズはカールツァイスDistagon T* 2,8/25。寄れない(最短撮影距離が短くない)レンズの場合は、クローズアップレンズや接写リングを使うといい。
ホコリなどが付いていると写ってしまうので、「衣類の静電気防止スプレー」を使用。ちょっといい匂いのフィルターになってしまった。

クリアファイルの4枚重ねがベスト

 撮影結果は以下の写真を見ていただきたいのだが、予想外の面白さも生まれた。被写体にほとんどくっつけながら撮影をするのだが、そのフィルターを通して見える像以外に被写体の影がフィルターに落ちて一緒に写り込むのだ。最初はこの影を邪魔に思って直射日光が当たらないようにして撮影していたのだが、影をミックスするのも面白いということに気づき、途中から積極的に取り入れて撮影するようになった。

 ほとんど被写体がフィルターにくっついている部分では割とハッキリと写り、少し離れた部分はぼやけてしまう。さらに日の光が被写体で遮られて落ちる影がプラスされると、見たことのないようなイメージになった。これはありかもしれないな。

 フィルターの素材によっても見え方は変わってくる。スリガラスを使うのか、トレーシングペーパーを使うのか、といった材質の違いによりザラつき具合などが変わるのだ。さらに透過具合の違いはボケ方にも影響を及ぼす。

 私が今回いいと思ったのは、クリアファイルの4枚重ねだ。最初は1枚でやろうと思ったのだが、1枚だと透け過ぎてしまう。いろんなパターンを試してみた結果ベストだったのが4枚のパターンだったのだ。4枚も重ねると被写体はかなり見えにくくなり、濃霧の中で撮影したような感じになる。そこでこのフィルターのことを「ノームフィルター」と名付けてみた。クリアファイルの4枚重ねは、たぶん世界初なんじゃないだろうか。

 またクリアファイルは表面がツルツルしている点もいい。この撮影法では被写体にフィルターが付いてしまうケースがけっこうある。その時に水や土や花粉などがもフィルターに付いてしまうのだ。トレーシングペーパーだったらそのまま汚れてしまうこともあるが、クリアファイルであれば、すぐに落とせるので扱いやすいのだ。

桜の花を撮影。ニコンD600+カールツァイスDistagon T* 2,8/25。今回の撮影はすべてこの組み合わせで行なった。
実際にはもう少しコントラストが低いので、補正によりコントラストを高めてある。
比較的ハッキリ写っている花の部分はフィルターに近いので透けてみえている。左下には直射日光を枝が遮った影がフィルターにできて写り込んでいる。
おしべが割とハッキリ写っているが、これはかなりフィルターに近いということ。被写体との距離のとり方は難しく、すぐにフィルターに花粉が着いてしまった。
右側の葉に注目すると、フィルターから距離が空くと溶けこむような感じでボケていくことがわかる。

大きな被写体を撮るには?

 この紙箱にフィルターを付ける方式で問題になるのは、あまり大きな被写体が撮影できないところ。それに被写体にぴったりとくっついて撮影するので、撮影できる被写体も限られてくる。もっと大きなものを撮影する方法はないかと考え、家の窓ガラスを利用することにした。

 仕事場の窓ガラスはもともと透明なのだが、スリガラス状にするためのフィルムが張ってある。これを使って撮影をすれば、大きな被写体でも大丈夫。そこで愛犬チョコにモデルをお願いしたのだが、結果はイマイチ。まあ、ガラスに体を押し付けられそうになったら抵抗するよな。チョコよ、悪かった!

仕事場の窓を外から見たところ。透明のガラスに目隠し用のフィルムが張ってスリガラスのようになっている。このガラス窓をフィルターとして使ってみる。
愛犬チョコに協力してもらった。外にいるチョコが、部屋の中からどう見えるのか?
部屋の中からはこんな感じで見えた。
ガラス窓にくっつけようとするが、足を踏ん張って拒絶するチョコ。変な撮影に付き合わせてすまないねェ。
イマイチな写真だったので白黒にしてみたが、どうにもならなかった。ハッキリ言って失敗ですね。

 でもチューリップなどの花を透明テープで直接ガラスに貼りつける方式は割といい感じになった。この方法はありだな。柔らかく溶けこむような描写は、レンズによるボケとはまた違って美しい。この方式はもう少し追求してみても良さそうだ。

今度は同じ窓ガラスにチューリップを張り付けてみた。これはどうだ?
なかなかいいんじゃないでしょうか。パステル画のような感じになったね。
同じチューリップの張り方を変えてみた。右側の葉っぱは、ちょっと距離があるのでほとんど溶けたような感じになってしまった。レンズのボケとは違う面白さがあるね。
バラなんだけど、これもイマイチ。窓ガラスに押し付ける時の葉っぱのさばき方がちょっと難しいね。なるべく自然になるようにできればいいんだけど。

素材による描写の違い

フィルターの素材を変えてテストをしてみた。どのように描写が変わるのだろうか?

フィルターなしの状態。ここにフィルターが加わるとどう変化するか?
クリアファイル1枚。描写は変化したが、割とちゃんと写っている。
クリアファイル2枚。全体にかなり軟調になった。フィルターの効果がかなり出ている。
クリアファイル4枚。テストの結果いいと思ったのがこの組み合わせ。今回の作例はこのパターンで撮影した。作例の方は補正でコントラストを上げているでもう少しハッキリ写っている。
クリアファイル6枚。ここまでくると完全に濃霧という感じだな。効果があり過ぎで撮影しづらい。
これはゴミ袋の炭酸カルシウム。ペラペラでフィルターとしては使いづらいのだが、ボケ味は悪くない。今度はこれでもうちょっと撮ってみようかな。
スーパーのレジ袋。ほとんど透けないので、これはボツ。クシャクシャな感じも写ってしまうので使えません。
トレーシングペーパー。あまり透けないのでボツ。ただしニュアンスは悪くないので、もっと薄くて透けるような紙を探してみたい。
オマケ。上原ゼンジ写真実験室の内部。右に写っているのが今回利用した窓。裸でウロウロしたりすると、外から透けて見えてしまう。iPhoneに魚眼アダプターを付けて撮影。

上原ゼンジ

(うえはらぜんじ)実験写真家。レンズを自作したり、さまざまな写真技法を試しながら、写真の可能性を追求している。著作に「Circular Cosmos―まあるい宇宙」(桜花出版)、「写真がもっと楽しくなる デジタル一眼レフ フィルター撮影の教科書」(共著、インプレスジャパン)、「こんな撮り方もあったんだ! アイディア写真術」(インプレスジャパン)、「写真の色補正・加工に強くなる レタッチ&カラーマネージメント知っておきたい97の知識と技」(技術評論社)などがある。
上原ゼンジ写真実験室