切り貼りデジカメ実験室
PENTAX 645Zに「フジペット」レンズを装着
57年前の単玉レンズの写りは!?
Reported by 糸崎公朗(2014/11/10 08:00)
伝説的トイカメラの写りを645Zで実証
ぼくが中学生だった1979年頃、初めて自分の小遣いで買ったカメラが「フジペット」で、それが今も手元に残っている。長野市のノザキカメラ店のジャンク品コーナーで、たしか800円くらいで売られていたのを、カメラに興味を持ち始めたばかりの知識を頼りに、目ざとく見つけたのだった(笑)。
1957年に当時の富士写真フイルムから発売されたフジペットは、初心者向けの簡易カメラで、今で言うトイカメラに分類される。スペックとしては、シャッター速度は1/50秒とB(バルブ)の切り替えのみで、露出はもっぱらF11~22の絞り(お天気マーク)で調節する。ピントは被写界深度の深さを利用した固定焦点で、レンズは1枚構成の単玉で、焦点距離は約65mm(実測)だ。
使用フィルムは中判の120フィルムで、画面サイズは6×6判のスクエアだが、かと言って高画質を狙ったカメラではない。実は120フィルムは、撮影枚数を印刷した裏紙と一緒に巻かれており、このためフィルム巻き上げ機構をシンプル化できるのだ。
フジペットはフィルムの需要が落ち込んでいた当時、子どもにまで写真文化を拡大しようという課題によって開発された。そのため設計は甲南研究所西村雅貫所長による合理的なもので、デザインも当時としては珍しく工業デザイナー(東京芸大の田中芳郎教授)による垢抜けたものになっている。
その写りも安物とは思えないほど優秀とされ、実際に子どもや女性たちなど幅広い層に受け入れられ、爆発的にヒットしたそうである。ぼく自身このフジペットで何を写したのかあんまり覚えてないのだが、ふとその“伝説的な写り”を最新のデジタルカメラで試したくなったのだ。
というわけでフジペットからレンズだけを取り外し、6月に発売された中判デジタル一眼レフ「PENTAX 645Z」に装着してみることにしたのである。645Zは遡ると中判フィルムカメラ「PENTAX 645」シリーズを引き継いでおり、同じく中判フィルムカメラであるフジペットのレンズを移植するボディとして、うってつけなのである。
思い起こせば前機種「PENTAX 645D」の開発発表は2005年に遡り、途中の開発凍結などを経て2010年6月にようやく発売された難産なカメラだった。ぼくもこの連載でPENTAX 645Dをたびたびメーカーさんからお借りして記事を書いたが、もう4年が経って後継機が出たかと思うと感慨深いものがある。
645Zの画素数は、645Dの有効4,000万画素から5,140万画素にアップしている。これがどれだけ凄いか、iPhone 6の内蔵カメラ800万画素と比較して6.4倍の情報量が詰まった写真が撮れる、といえば一般には分かりやすいかも知れない(笑)。
もちろん、それほどの高性能なデジカメには、それに相応しい高性能レンズが必要で、リコーイメージングも645デジタル対応のDFAおよびDAシリーズレンズをラインナップしている。が、今回はあえてその逆を行く実験をしてみようというわけである。
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テスト撮影
改造したフジペットレンズは、ピントも絞りも変えることができない。そこで参考までに絞りを取り除いた開放でも撮影し、また純正のデジタル対応レンズ「smc PENTAX-D FA645 55mm F2.8 AL[IF]SDM AW」との比較撮影もしてみた。
フジペットのレンズは645Zに装着すると、35mm判換算の画角が約50mm相当の標準レンズとなる。F16の絞りを装着した撮影では、画面中心部は思った以上にピントがシャープで、単玉レンズであることを考えるとなかなかのものだ。近距離の金網はぼけているが、中景から遠景にかけてはおおむね被写界深度の範囲に収まっている。
しかし画面中心から少し外れた部分では、手前の金網にピントが来ている。これは画面中心と周辺とでピント位置がズレる「像面湾曲収差」によるもので、これを軽減するためにフジペットのフィルムガイドレールは湾曲しているのだ。さらに周辺部に目を移すと全体に像が崩れ性能の限界が見える。しかし歪曲収差の少なさは優秀で、画面周辺部の直線が湾曲せずにまっすぐに写ってる。
次に、絞りを取り除いたフジペットレンズで、口径は実測で約F3.5である。撮影結果は壮大なソフトフォーカスになり一般的な使用には向かない。しかしソフトな描写ながらシャープな芯があり、レンズの素性の良さが伺える。
D FA645 55mm F2.8 ALでの撮影は、絞りF16でもF2.8でも目が醒めるほどシャープで、全く次元が異なっている(当たり前だが)。645Zに装着したときの画角は、35mm判換算43mm相当で、画角がちょっと広めの標準レンズだ。
実写作品とカメラの使用感
最近のぼくの路上写真は、キッチリした画面構成を念頭に撮っているのだが、そうした撮影にはどっしりとした存在のある645Zは最適だと言える。カメラとしての操作感は、前機種645Dを基本的に踏襲し、特に迷わず使うことができる。大きく重いカメラでありながら撮影フィーリングは軽快で心地良く「首から下げると重いが構えると軽くなる」という特徴も、前機種から受け継いでいる。
装着したフジペットのレンズは絞りF16にまで絞り込んでいるので、シャッター速度が遅くなることによる手ブレに注意しながら撮影した。このため新機能であるライブビューは使わず、しっかり構えられるアイレベルで撮影した。ファインダーはずいぶん暗くなってしまうが、それでも昔の一眼レフの絞り込んだファインダーに較べるとずいぶん明るく見える。
中判デジカメで固定焦点というのは、なかなか新鮮な感覚で、楽しく撮影できた。絞りは前述のように固定だが、電気接点を無効にしているせいか絞り優先オートの露出計が上手く作動しない。そこで露出をマニュアルモードにし、シャッター速度とISO感度で露出調整した。ちょっと面倒なようだが、結果がすぐ確認できるデジカメだとこうした撮影も実に楽に行うことができる。
単玉・単焦点・固定焦点
最後にカメラ用語の不思議について語りたいのだが、先に述べたようにフジペットのレンズは「単焦点」で「固定焦点」で「単玉」なのだが、これらはそれぞれ別概念である。
ところが先日、Facebookである写真家が「最近、『単焦点』を『固定焦点』と表記する記事を良く見掛けるが、すごく気になる」と発言し、コメント欄で話題になった。ぼくとしてもそれは同感で、さらに「単焦点」を「単玉」と表記する記事もたびたび見掛けて、それも気になっていた。
あらためて確認してみたいが、「単焦点」レンズとは、ズームレンズではないレンズを指す言葉だ。「固定焦点」レンズは、ピント位置が固定されたピント合わせ不要のレンズを指す。「単玉」は1枚構成のレンズである。
しかし実際は、「単玉」の代名詞とされる「ベス単」(1912年発売のベスト・ポケット・コダック)のレンズが「1群2枚構成」だったりするのである。また、「民生用レンズでは単焦点、業務用レンズは固定焦点、と使い分けています」というメーカーもあり、そもそも英語のfixed focus(固定焦点)と、fixed focal (単焦点)のどっちも「焦点」と訳したのが混乱の元だったという指摘もある。
レンズだけでなく、例えば中判フィルムの645サイズは、画面が「6×4.5cm」であることが語源とされるが、実際のサイズは「56×41.5mm」なのである。そして645Zの画面サイズは「44×33mm」とまた異なっている。このようにカメラ用語は実にいい加減で、さらにデジタルの時代になってあらたな概念が次々に登場し、用語は混迷を極めている。
言葉はよく言われるように“生き物”であって、時代と共に変化する。しかし一方では言葉はそれぞれに“起源”を持ち、言葉の起源に遡ることは、転じて新たな思考を生み出す手がかりにもなる。だから言葉の厳密さにこだわりすぎるとかえってものが見えなくなり、かと言って感性の赴くまま間違った言葉遣いをすると思考の減退を招く。大事なのは実にバランスと気遣いで、それは“写真とは何か”を考える上でも実に重要だと思うのだ。