【IFA2009】パナソニック「DMC-GF1」とLUMIXブランド戦略を訊く


 日本でも発表会が行なわれたパナソニックLUMIX DMC-GF1だが、それに先だってドイツ・ベルリンでも欧州向けのお披露目会がベルリン・ラディソンブルーホテルで行なわれていた。欧州最大の家電トレードショウ「IFA2009」(9月4日〜9月9日)の出展に先立って発表を行なったわけだ。

 その発表会場に現れていたLUMIXシリーズ商品企画チームの面々に話を聞くとともに、IFA会場ではLUMIXブランドを育てた吉田守氏(2003年以降、カメラビジネスユニット長。現在は本社役員・AVCネットワークス社・上席副社長)にもGF1、それにLUMIXブランドについて話をしてもらった(取材:本田雅一)。

IFA2009でパナソニックは3Dの本格展開を発表。ブースでは映画「アバター」を3D上映していた。右はブースに展示されていたアバターに登場する二足歩行ロボット
IFA2009のパナソニックブースで展示してあったDMC-GF1本社役員・AVCネットワークス社・上席副社長の吉田守氏

センサーはG1から変わっていない

 当初、写真のみで見ていたDMC-GF1は、選んでいるカラーの仕上がりを含めオリンパスのE-P1よりもカジュアルで、コンパクトデジタルカメラユーザーが違和感なく持ち替えられる……といった印象が強かった。もっと突っ込んでいえば、かなり安っぽい仕上がりじゃないかと懸念を持っていた。

 しかし、実物はなかなかの仕上がりだ。前背側面はアルミの一体成形となっており、指の引っかかりが心許なく見えるグリップも意外に持ちやすい。アクロバチックというに相応しい凝ったポップアップストロボのメカは、これ以上は無理というほどコンパクトな作り。それでいてそこそこ位置の高さを出している。G1、GH1と同じくフード無しの14〜45mmズームならば、ストロボがケラレることはない。

 外装や操作系で一つだけ懸念を挙げるなら、右手親指で操作するメインダイヤルがやや回しにくく感じたことだ。右回転時には問題ないが、左回転時には親指が当たる部分の形状との関係で指がスリップしやすく感じた。モードダイヤルや他ボタンの配置を考えると、ほかの位置への移動は難しいだろうが、製品版では適度な操作感に調整されていることを祈りたい。

 さて、商品企画チームとのやり取りでは、正式なインタビューという形式ではなく、ざっくばらんに質問をということだったので、いくつか疑問に思っていた部分について尋ねた。 

 まず画角変化のないマルチアスペクト比撮影に対応するLUMIX DMC-GH1(4月発売の上級機)と同等のイメージセンサーを採用しなかった理由について。これは純粋にコストのためだという。DMC-GH1のセンサーは横方向に400ピクセル近く画素を増やしているそうだが、収率(1枚のウェハから取れるセンサーの枚数)が下がるだけでなく、フォーサーズ向け汎用品として外販しないLUMIX専用部品ということがコストに大きく響いているという。

 また、DMC-GH1のセンサーはフルHDの動画キャプチャを考慮して設計したものだが、DMC-G1同等となるDMC-GF1が搭載するセンサーは、動画キャプチャ能力もDMC-GH1のものよりも低くなる。

「G1のセンサーは元々、ハイビジョンの動画キャプチャを行なう事を考慮しておらず、スペック上は“動画撮影できない”ことになっていました。その後、GF1を開発していく中で動画撮影の必要があるということで開発を進め、センサー自身は変えずに動画撮影を可能にしました」(AVCネットワークス社 DSC ビジネスユニット企画グループ マネージャー北尾一朗氏)

 なぜDMC-G1と同じセンサー(おそらくE-P1も同一仕様だと思われる)が動画撮影に向かず、DMC-GH1のセンサーが動画向きなのか、具体的な違いについては話していただけなかったが、センサーとのインターフェイス部やプロトコルに違いがあるのかもしれない。

外付けEVFの高解像度化について

 DMC-GF1には20.1万画素相当の外装EVF(パナソニックはライブビューファインダー、LVFと呼称)も搭載できる。ホットシューに取り付けられている端子保護カバーを外すと、ホットシュー背面にある小型の通信端子が現れ、EVFユニットDMW-LVF1を取り付けることが可能になる。

 業務用ハイビジョンカメラに用いられる144万画素相当のフィールドシーケンシャル液晶を用いたDMC-GH1/G1のファインダーに比べ、さすがに20.1万画素となると情報量は格段に落ちる……ハズなのだが、実際にはファインダー像もかなり小さく見えるため、画素の密度感という意味では、意外に悪くはない見え味だ。

 とはいえ、もう少し画素数が……と誰もが思う事だろう。もし、本体と外装EVFを繋ぐ端子により多くの情報が出ているなら、将来、もっと高画質なEVFを搭載できるかも知れない。しかし、AVCネットワークス社 DSC ビジネスユニット企画グループ 佐藤徹哉氏は「EVF用接続端子は高周波のパラレルデータを通す必要があり、不要輻射が増えて規格を通せなくなります。このため20万画素分以上のデータを外部端子に出すことはできません。そこは内蔵EVFとの大きな違いになります」と残念な答え。

 単純にスピードを高めるだけなら、高速シリアル通信でどうか? と思う読者もいるだろうが、その場合は相応サイズのバッファが必要となり、時間遅延からEVFとして使い物にならなくなる。将来は解決される可能性もあるが、外装EVFの高解像度化にはやや時間がかかりそうだ。

外付けEVFのDMW-LVF1
DMW-LVF1を取り付けたところホットシュー下側に接続端子が見える

今後のレンズ展開はマイクロフォーサーズのみ?

 このほか、発表会の現場ではLUMIX G 20mm F1.7 ASPH.、LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm F2.8 ASPH. MEGA O.I.S.の新レンズ2本も実際に試すことができた。特に後者はマイクロフォーサーズでは初のLEICA銘となる。

 マクロらしいキレのある絵が出ていたのはもちろんだが、コントラストAFで望みの場所にピンポイントでオートフォーカスをかけられる上、手ブレ補正機能の内蔵は手持ちで手軽に本格的なマクロ撮影を楽しめる(もちろん、通常撮影時にも手ブレ補正は便利だが)。AFレンジをフルにして近接撮影を行なう場合、ややAFが遅くはなるが許容範囲。製品版ではレンズ内ファームウェアをブラッシュアップしてAF速度も上がる見込みだ。

 一方、開発意向が発表された「14mm F2.8」、「8mm F3.5 Fisheye」、「100-300mm F4-5.6 O.I.S.」。いずれも、2010年に順次発売されるレンズだが、14mm F2.8はとてもコンパクト。日常的なスナップにちょうど良さそうだ。一方、100-300mmという超望遠レンズは、さほどコンパクトというわけではない(バックフォーカスが短いからといって望遠系レンズは小型化に寄与しないため)。

左は開発発表の14mm F2.8。右がLUMIX G 20mm F1.7 ASPH.LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm F2.8 ASPH. MEGA O.I.S.
開発発表された3製品。左から14mm F2.8、8mm F3.5 Fisheye、100-300mm F4-5.6 O.I.S.

 ただしマイクロフォーサーズで追加されたマウント部の端子もあり、マイクロフォーサーズ規格で出す事に意義がある。また公式にはフォーサーズ用レンズを「しばらくお休み」と表現しているパナソニックだが、今後のレンズラインナップをマイクロフォーサーズに統一していく意思の表れと見えなくもない。

 北尾氏は「フォーサーズもサポートする意志はありますが、当面はマイクロフォーサーズに開発のリソースは投入されます」と話した。

後発メーカーの弱みを強みに転換する方法を考えた

DMC-GF1を手にとる吉田氏

 さて、上記の話はドイツ記者向けの発表会が終わった後に聞いたものだが、冒頭にも述べたように、IFA会場では吉田守氏にもLUMIXのビジネスについて話を聞いた。現在はブルーレイレコーダやビデオカムコーダなども統括している立場だが、LUMIXブランド創世記にはビジネスユニット長としてデジタルカメラのビジネスに取り組んでいた。

 吉田氏は、もともとビデオカメラの設計エンジニアである。パナソニックはNV-DJ1という、カムコーダの歴史に残る名機を販売していたが、その設計を行なったのが吉田氏というと、30代後半以降の人にはピンと来るかもしれない。

「デジタルカメラ黎明期。我々もビデオカメラの技術を用い、スチルカメラを作ってみました。ところがまったくいい製品にならず、さっぱり売れませんでした。デジタルビデオカメラの技術を持っていても、デジタルスチルカメラは作れないことを痛感しました。そしてもうひとつ、我々のカメラは全く売れませんでしたが、OEMで出したカメラメーカーブランドのモデルはパナソニックブランドの10倍も売れたんですよ」と吉田氏。

 筆者もこの時の製品を憶えているが、光学ファインダーがないにもかかわらず液晶ファインダーの質が低く、電源の乾電池はものの30分ほどで切れてしまう。レリーズボタンに半押しがないなど、正直言って”悲惨”な出来だった。この時、同じ商品をパナソニックの2倍売ったのはOEM調達したキヤノン販売である(キヤノン本体は関わっていなかった)。

 この経験で吉田氏は「カメラメーカーの持つブランド力の重みを強く感じた」という。そのブランドの重みは、決して一朝一夕に得られるものではない。パナソニックのデジタルカメラ開発チームは「新たにカメラメーカーとして通用する新しいブランドの構築」を目指し、ビデオカメラとは別のデジタルスチルカメラ技術の開発を行なうことを決意。ライカと協業しながら、何に拘るのか、どこまで拘らなければならないのかといったノウハウを学んだという。

 その結果として生まれたのが後のLUMIXブランドだ。1997年から2000年にかけて、松下寿電子が開発・製造したCOOLSHOTブランドのカメラがパナソニックの製品として存在したが、パナソニック本体のAVCネットワークス社は2001年発売のDMC-F7までの間、製品に関わっていない。ひたすらにカメラメーカーとして参入するための開発に拘った。

 我々はパナソニックがDMC-LC5とDMC-F7(ともに2001年10月発売)でLUMIXという名前を最初に使った時、コンパクトカメラの新シリーズに付けられたペットネームという程度の認識しかしていなかった。しかし、パナソニックは本気でニコンやキヤノンに匹敵するブランドとしてLUMIXを育てると決心していた。「カメラがデジタル化され、新しい文化を創ろうとしている。そこに参加し、デジタル時代の新しいカメラ文化とは何か? を徹底的に考えた(吉田氏)」


2001年7月にパナソニックとライカは協業に合意。同年9月にLUMIXブランドが生まれたLUMIXブランド第1弾のDMC-F7。同時にマニュアル露出対応のDMC-LC5も発売

 その成果あってLUMIXシリーズは利益を出し始めるが、それでも事業としてさらに成長する道筋は見えなかったという。「やるからには自分たちならではのユニークな製品として認めてもらわなければならない。一時は事業として諦めかけたこともある。2003年に発売したDMC-FX7の時は、これで販売1位を獲得できなければ事業を畳もうと考えていた勝負の製品だった(吉田氏)」

 パナソニックが当時掲げていた中期計画の中で、LUMIXは年間800万台の販売規模を2006年までに達成するという目標を持っていた。その達成が難しいと思える状況の中、必死で作ってきた“LUMIXブランドを構成する礎”となる技術を作ってきた事が、現在のデジタルカメラ事業を支えている。“LUMIXブランドを支える礎”とは、手ブレ補正技術、レンズ技術、それにEVF技術などだ。

 LUMIX DMC-FX7(2004年8月発売)で月間売り上げナンバーワンを取ると、LUMIXを本格的なカメラブランドといて定着させていく自信が生まれてきたと吉田氏は振り返った。しかし、レンズ交換式カメラの世界には、市場を絶対支配するガリバーがいる。ニコンとキヤノンだ。光学ファインダーを作るノウハウも、とてもカメラメーカーにはかなわない。

 実際、LUMIXブランド初のレンズ交換式カメラLUMIX DMC-L1を発売した時(2006年7月)は、オリンパスに多くの部品製造を依存せざるを得なかった。加えてレンズはいくら開発しても、トータルの本数やバリエーションの広さで「パナソニックはレンズが少ない」と言われてしまう。

DMC-FX7DMC-L1

 この時、吉田氏が考えたのが「レンズ開発はいくら続けても、元々の資産が大きなところには敵わない。ならば“レンズ資産の多さ”が足枷となり、“レンズ資産の少なさ”が身軽さに繋がる戦略」。つまりEVF専用となるマイクロフォーサーズ規格の推進である。

 戦いのルールを変えて、レンズシステムを新しくすることでデジタルカメラならではの新しい価値を創り出す。まさにマイクロフォーサーズのコンセプトそのものだ。

 筆者が吉田氏と初めて会ったのは、DMC-L1が発表された直後のPhotokinaである。当時、”LUMIX”を独立したブランドとして扱おうとする吉田氏や房氏を前に、かなり戸惑った記憶がある。製品に関しても、どうしても否定的な質問しか思いつかなかった。

 しかし、あれから5年近くを経て、今ではLUMIXというブランドがレンズ交換式カメラを扱うことに違和感を感じなくなってきた。この意識の変化こそが、LUMIXブランド構築の計画が着々と進んでいる証左と言えるかも知れない

(本田雅一)

2009/9/9 19:46