インタビュー:ソニーの裏面照射CMOSセンサー「Exmor R」開発者に聞く
ソニーが今秋に投入したコンパクトデジタルカメラ「サイバーショットDSC-WX1」および「サイバーショットDSC-TX1」は、スチルカメラ初の裏面照射型CMOSセンサーを搭載したモデルとして話題になっている。開発に携わった半導体事業本部イメージセンサ事業部副事業部長 兼 第1商品部 統括部長の松井拓道氏と、半導体事業本部セミコンダクタテクノロジー開発部門副部門長の平山照峰氏に、開発の経緯をうかがった(インタビュアー:小倉雄一)
サイバーショットDSC-WX1 | サイバーショットDSC-TX1 |
DSC-WX1とDSC-TX1が搭載する「Exmor R」。1/2.4型有効1,020万画素の裏面照射型CMOSセンサーだ | 左から半導体事業本部セミコンダクタテクノロジー開発部門副部門長の平山照峰氏、半導体事業本部イメージセンサ事業部副事業部長 兼 第1商品部の松井拓道統括部長 |
■実用化が難しかった裏面照射型CMOSセンサー
--開発した経緯を教えてください。
平山:CMOSセンサーは画素内にトランジスタがいくつかありますし、信号を配線で読み出しますので、2層から3層のメタル配線を使う構造になっています。したがって、CCDに比べるとカラーフィルターからフォトダイオードまでの距離が遠くなってしまうのです。しかも、トランジスタや配線に邪魔されて、入ってきた光がフォトダイオードに十分に届かないという問題があります。以上により、CMOSはCCDと比べて感度が低くなってしまう弱点がありました。今回はその感度の部分を改善しようと、裏面照射形CMOSセンサーを開発しました。
--裏面照射型CMOSセンサーの特徴とは。
平山:裏面照射型CMOSセンサーは、ちょうどフォトダイオードと配線部分の位置関係が、従来とはひっくり返った状態になっています。これにより、フォトダイオードの直上にカラーフィルターとオンチップレンズを形成できるため、フォトダイオードに光を集めやすく、配線層に使っている何種類かの膜の反射の影響も受けずにすむため、光の利用効率を上げられるのです。それにより、S/Nの非常に優れたCMOSセンサーを開発することができました。
--発想自体は昔からあったと聞いてます。なぜ実現できなかったのでしょうか。
平山:たしかに裏側から光を照射すると特性がよくなるだろうというのは想像できますので、裏面照射型のアイディア自体は20年以上前からあって、現在も科学計測用や天体望遠鏡には裏面照射型イメージセンサーが使われています。ただ、裏面照射型にするとノイズが多くなってしまう欠点があり、冷却して使用していたり、量産できずに特殊用途にしか提供できない状態だったのです。それを民生用の機器で使えるように、普通の環境で使えて、しかも量産できる技術を開発したわけです。
--裏面照射型にすると、どうしてノイズが増えてしまうのですか。
平山:一般的にCCDやCMOSセンサーは、シリコンの単結晶の上にトランジスタや電極を作って配線層を作ります。シリコンを材料としたフォトダイオードとその上の配線層との膜に、シリコンの酸化膜SiO2が使われるのです。もともとシリコンの結合が整然としているところに違う材料を使うので、シリコンの結合が乱れてしまい、それがノイズの発生につながるのです。
平山:表面照射型の場合、材料が違う界面は一面しかないのですが、裏面照射型にすると、逆側にも同じように界面(=ノイズ源)ができてしまうわけです。したがって、ここのノイズをいかにして抑えるかという難しさがあるのですが、じつは裏面のノイズを抑えるほうが難しいんですね。
平山:それが実用化のハードルになっていたのと、もうひとつ、表面照射型では700μm以上の厚さがあるシリコンウエハを使っていますので、機械的強度があります。ご存じのようにシリコンウエハという円形のものを製造装置のなかで処理します。それに対して裏面照射型では全体でも8μmくらいしか厚さがなく、非常に薄いのです。そのままでは搬送できませんので、支持基板に載っているのですが、これだけ薄いものを作る技術、それを処理していく技術も従来になかった。つまり、特性面でも加工面でも課題があったのですが、その両方を克服することにより、われわれは今回、裏面照射型を量産化する技術を開発できたのです。
--いままでと作り方を逆にするということなんですか?
平山:そうですね、あまり詳しくは言えないのですが、シリコンにフォトダイオードを作って、その上にトランジスタなどの配線を作り、その上にカラーフィルターやオンチップレンズを載せると、普通の表面照射型ができます。この状態から上下を逆さまにして、従来とは反対側にカラーフィルターとオンチップレンズをつけると、今回の裏面照射型になります。
--ひっくり返してシリコンを削るという作業が発生するんですね。
平山:そうですね。
--そのあたりもノイズの原因になるのでしょうか。
平山:そうですね、もともと750μmくらいあるものを3μmくらいに薄くしますので、そこのコントロールは大変です。薄くしていったときにノイズ源となるキズが入らない工夫をしています。
--シリコンを薄くするというのは、削るんですか? 溶かしたりするんですか?
平山:そこは詳しくは申し上げられません(笑)
--開発をスタートする際には、社内でも反対の声もあったのではないですか。
平山:いまいったような課題がありますので、「そんなのできないんじゃない?」というのはずいぶん言われました。
--ソニーがCMOSの開発を始めたのは10年ほど前だと思いますが、裏面照射型の開発はいつごろからでしょう。
平山:裏面照射型の開発を始めたのは2003年ですね。
松井:われわれはCCDの過去の経験で、裏面は無理だという固定観念があったんですよ。それで平山さんたちが裏面照射型にトライするとき、古い考え方に凝り固まった人たちから、社内でものすごい反対がありました。
--どうせ無理なんだから、予算の無駄遣いをするなと。
松井:そうそう(笑)。
平山:そういうなかでソニーというのは面白い会社で、やはり新しい技術に期待する人たちがいて、お金をちゃんと出してくれるわけですね。
■CCDだけをやっていてもジリ貧になる
--裏面照射型の効用は。
平山:公表値で感度が2倍になっています。従来の表面型に比べて、同じ量の光が入って電子に変える、その効率が2倍になっています。6dBの改善になります。ノイズもいろいろ工夫して約2dB抑えています。そのふたつを合わせてS/Nを8dBくらい改善しました。
松井:今回の裏面照射型では、感度を2倍にできたのとあわせて、暗時ランダムノイズが2dBぶん減らせたんですね。暗時ランダムノイズというのはガサガサしたノイズですが。
--取り入れる光の量が増えたから、自然にノイズが減るわけですか。
松井:そうではありません。真っ暗な状態でノイズ自身が収まっているのです。
--いままでの表面照射型に比べて?
平山:詳しく言えないのですが、今回の裏面型では暗時ランダムノイズを抑えることもやっています。
--完全にデフォルトの状態で、裏面照射型のほうがノイズに関しても優れているということですか。
平山:はい。
--開発背景には、撮像素子の画素サイズを限界まで小さくした結果、何らかのブレイクスルーが求められたという状況が前提としてあったのでしょうか。
平山:CMOSセンサーは処理スピードが速いので、フレームレートを上げられるわけです。われわれはいちばん最初に裏面照射型CMOSセンサーでハイビジョンビデオカメラを作ったのですが、ハンディタイプのハイビジョンカメラをCCDで作るのは消費電力の点からも難しいですし、60フレームのハイビジョン映像はCMOSセンサーを使うことによって出せているわけです。CMOSセンサーの高速性をソニーは売りにしていて、その特徴を出すためにCMOSセンサーを使っているわけです。そうなるとCCDよりも画質をよくしないといけない。表面照射型CMOSセンサーではCCDと比べて感度の面で絶対に負けてしまいますので。
--なるほど。今回、裏面照射型を搭載したサイバーショットの2機種は、CMOSの高速フレームレートを活かした機能が搭載されている機種なのですね。
松井:もともと高速連写の世界が到来するのは予測していました。そう考えると、CCDでは太刀打ちできない。高速性ではCMOSには絶対に叶わない。このままCCDだけをやっていても、私たちはジリ貧になるだろうと。ですので、CCDに代わって、世の中の流れに対してきちんとしたCMOSセンサーを出していかなければいけないというのが絶対的な使命だと思っていました。AV系のど真ん中に入れていくのが私たちの使命ですから、満足できる絵がなくてはいけないですね。そこで出てきたのが、感度の面でもCCDを逆転した、絶対的な優位性を持つ裏面照射型のセンサーなのです。
--ソニーのサイバーショットは、まだCCDの採用率が圧倒的なのでしょうか。
平山:薄型のコンパクトデジカメという意味ではCMOSの採用は初めてですね。
--CMOSとCCDでは、開発部隊の規模が違うのでしょうか。
松井:以前はCCDが圧倒的でしたが、いまはCMOSのほうが多いですね。
--政権交代ですね。違うか(笑)
松井:いや、そのとおりだと思います。1985〜86年にCCDでオンチップレンズがついたとき、私はその現場を見ているのですが、それによる画質の改善よりも、今回の裏面照射型の画像の衝撃のほうがよほど強いですね。
■デジタル一眼レフカメラへの搭載について
--今後、裏面照射型CMOSセンサーは、さらに性能が向上するのでしょうか。プレスリリースには「配線層の多層化や自由なトランジスタ構成が可能となるので、さらなる高速化、高ダイナミックレンジ化など、さまざまな展開が期待できる」とありますが……
平山:裏面照射型だとフォトダイオードを気にせずに配線を設計できます。配線の自由度が上がると画素をさらに微細化したときにもちゃんとした回路構成が取れますし、あるいは、データ転送をさらに速めることもできますので、それらを特徴として出していきたいと考えています。
--スピードをさらに速くする必要はあるのでしょうか。
松井:あると思いますね。いま60fpsだとして、すでに120fpsのテレビもありますし、実際の人間の動解像度は240fpsといわれていますので、そのあたりまではいくと思います。いまの4倍必要ですよね。
--裏面照射型が実現したいま、表面照射型もいままでどおりやっていくんですか?
松井:従来の表面型にもメリットがありますので、表面型で対応できるところは表面型を出していきますし、画質的に裏面でないといけないモノは裏面を出していく。そのあたりはバリエーションですね。全部裏面にする必要もないかもしれないし。商品の戦略などに合わせて、どちらを使っていくかは、自由にやりたいと思います。
--表面照射型のメリットとは、製造の容易さやコスト面になるのでしょうか。
平山:そうですね。
--外販の可能性は?
松井:もちろんやりたいと思っています。
--すぐにでも他社のカメラに載りそうですか?
松井:それは私どもからは、なんとも申し上げられません。
--サイバーショットでの今後の展開は?
松井:サイバーショットについても、セット事業部に聞かないとわからないですね。私たちはイメージセンサーの開発部門としてキチンとやっていきます。具体的にどういうデジタルカメラとマッチングさせるかが、われわれのプロダクトプランニングになります。自分たちがいけると思ったモノは先行して、自主的に仕様まで起こして、提案する場合もあります。
松井:内販も外販も平等に考えています。今後、新しいCMOSセンサーを使ったデジタルカメラを、ソニー以外のメーカーが先に出してくる可能性も十分あります。
--多くのユーザーの関心としては、デジタル一眼レフカメラへの搭載があると思います。 感度が2倍になってノイズの少ない写真が撮れるようになるのではないかと、僕も含めて単純に思ってしまうのですが、そう簡単にはいかないものでしょうか。
平山:そうですね、今回の1/2.4型は小さな画素サイズなので2倍の感度を達成しています。デジタル一眼レフカメラはもっと画素サイズが大きいんですね。そうなると光を集めやすいですから、いきなり感度2倍にはならないですね。
--開口率がそれなりにあるわけですね。
松井:もともと画素サイズが大きいですから。
--他社における裏面照射型CMOSセンサーの実現性については。
平山:Webで製品化したと発表したメーカーはあります。ただ、われわれはそれが搭載されてる機器というのはわかっていません。学会の発表を見ていると、まだ、われわれのほうが少し先を行ってるかなという状態ですね。
--これからも優れたCMOSセンサーの開発を願っています。
2009/9/18 15:33