インタビュー

若年・女性ユーザー層の拡大を目指す…ミニフォトプリンター「SELPHY」のマーケティングを担う“ichikara Lab”とは

キヤノンマーケティングジャパンの企業内起業「ichikara Lab」(イチカララボ)は、2020年4月に設立した、若年層へのマーケティング強化と新規顧客層へのリーチを目指した組織だ。

iNSPiCやSELPHYといった、ミニフォトプリンターのマーケティングプランニングを担当しているichikara Lab。企業内起業という形態は同社としても初の試みとなるが、一体どのような経緯でどんな活動をしているのだろうか?

今回、ichikara Lab室長の吉武裕子さん(コンスーマ新規ビジネス企画部)とichikara Lab専任メンバーの曽根香さん(同)にお話を伺った。(本文中敬称略)

昨年4月に20周年を迎えたSELPHY。Self(自分自身)とPhotography(写真)の2単語を組み合わせ、より新たな写真の楽しみ方を体験してほしいという思いを込めた

若手社員がチャレンジできる環境に

——「ichikara Lab」とはどのような組織なのでしょうか?

曽根 :ミニフォトプリンターのiNSPiCシリーズのマーケティングを担う「ichikara Labプロジェクト」がもとになっています。

吉武 :ミニフォトプリンターはもともとアメリカの若者の間でヒットした商品で、日本導入の際にそのマーケティングをターゲット層に近い感性でできる社員がやった方が良いのでは? という話になりました。企画職は当時ほとんどが中堅社員であり、ターゲット層とのギャップがありましたので、若手が中心となり、市場導入プランの検討から実行まで、一連の活動を責任をもって行うことを目的に「ichikara Labプロジェクト」を立ち上げました。

1年間活動した「ichikara Labプロジェクト」の結果として、20代を中心に多くの若年層ユーザーを獲得し、想定以上の売上を達成するなど社内でも評価を受けその年の社長賞も受賞しました。その成功を受けて、新しい商品やサービスを生み出すところまでやってみなさいということになり、キヤノンマーケティングジャパンで初めて企業内起業として「ichikara Lab」という組織ができました。

ichikara Lab室長の吉武裕子さん

——なぜ企業内起業の形にしたのでしょうか?

吉武 :組織として普通のレイヤーにあるよりも、ある程度独立させることで、自分たちで決めたことを実現させられるようにしたかったというのがあります。

加えて、早い段階から若手が決定権を持ってチャレンジできる環境は会社にとっても必要では? ということで、若手が育つ環境として機能することも考慮しています。

一般的な企業内起業はやることが決まって設立される場合も多いと思いますが、ichikara Lab設立時に決まっていたのは、「若年層に対して新しい価値を提案する」ということだけでした。商品なのかサービスなのか、とにかく何らかの価値を提案することをミッションにしてスタートしました。

——何名くらいで活動していますか?

吉武 :当初4人からスタートして、今は専任メンバーが6人です。

曽根 :専任メンバーはほとんどが平成生まれですね。1番若いメンバーだと入社6年目です。

専任メンバーの他には、10年目以下の若手に兼任メンバーという形でプロジェクトに参加してもらったこともありました。通常の業務とは違った経験をしてもらう意味もあります。

ichikara Lab専任メンバーの曽根香さん

——ichikara Labはどのような理念を掲げて活動しているのでしょうか?

吉武 :商品に直接関係するマーケティングに限らず、幅広く若者のインサイトを探り、新しい顧客層へのリーチを目指して若年層マーケティングをするということです。これから先5年、10年経ったときに今の若い方々が消費の中心層になります。その時に「どういう価値観で生活者の中心になっているんだろう」という部分を本質的に捉えようとしています。今見えている価値観だけではないということです。

そこから出てきたものを商品やサービスに当てはめていく、という考え方を徹底しています。

iNSPiCとSELPHYの現行ラインアップ

——キーワードとなっている「若者」とは、どのような人達を指すのでしょうか?

吉武 :調査でよく接しているのは高校生や大学生が多いですね。あとは社会人の3年目以下ぐらいの方たちに意見を聞く場面が多いです。

当社で言うと、カメラなどは40代以降の男性中心の顧客層になりますので、女性のキヤノンユーザーを増やしていきたいという想いもあります。実際、ミニフォトプリンターのラインナップは8割が女性ユーザーで、20代が中心という機種もあります。

過去にはハローキティとのコラボモデルも展開していた

——具体的にどのように市場調査を行っているのでしょうか?

曽根 :ichikara Labではテーマを決めて定期的に高校生や大学生の方と、主にオンラインでミーティングをしています。その結果は内部でレポートにまとめてWebサイトでも公開しています。このレポートは、イラスト以外は外注せずに自分たちが分析を含めてまとめています。

吉武 :表面の言葉だけではなくて、言葉の裏側にはどんなインサイトがあってなぜそう言っているのか。それを聞き出す手法も勉強して、聞き方も工夫するようにしています。ミーティングの時には若年層本人が言語化できなかったことも、レポートではきちんと言語化できるように努力しています。

多彩なミニフォトプリンターをラインアップ

——ミニフォトプリンターの現行3機種について教えてください。

曽根 :ミニフォトプリンター全体で「“好き”をカタチに」をキーコンセプトにしています。

まずインク不要の「iNSPiC PV-223」は、自分のために印刷するプリンターという位置づけです。ichikara Labメンバーの間では、それを“ご自愛”と呼んでいます。お手頃な価格で、特に手帳愛好家の方に好評です。

iNSPiC PV-223。スマートフォン専用のモバイル型ミニフォトプリンター。インク不要でフルカラー印刷が可能。レトロな風合いのシール印刷機。

そして、より画質が良い「SELPHY QX20」は、自分のためというよりは綺麗な写真をみんなでシェアして楽しむプリンターになっています。シール紙のサイズが、カードサイズとスクエアサイズの2種類あるのも特徴です。

SELPHY QX20。スマートフォン専用のモバイル型“高画質”ミニフォトプリンター。カード/スクエアの2種類のシール紙に対応する。オーバーコートで水濡れにも強く、iNSPiCと比較して画質にこだわりたい人におすすめ

最上位モデルの「SELPHY CP1500」は老若男女、様々な世代に愛されているモデルになります。画質がきれいなので写真を楽しむための印刷もできますし、手帳ログで使ってくださる方もいます。他のモデルと違って、SELPHY CP1500のユーザーは男女比が半々くらいです。

SELPHY CP1500。据え置き型の高画質ミニフォトプリンター。ポストカードサイズからカードサイズまで豊富な用紙ラインアップが特徴。SDメモリーカードやPCからの印刷も可能

吉武 :SELPHYの2機種は昇華型熱転写方式で画質が綺麗なので、特に写真プリントの画質を求めるお客様に使われています。さらにオーバーコート加工で仕上げるため光沢感のある仕上がりで写真を水や汚れから守るとともに、色にじみや色あせも防止します。耐光性も優れていて色褪せも少ないことから、写真のプレゼントにも適しています。

SELPHY CP1500は、ビジネスでも使われています。マイナンバーカード関係や、産婦人科で赤ちゃんの写真を印刷したり、診断結果の印刷などにも使われています。最近ではアイドル業界でも活用してもらっていて、例えばアイドルの写真をランダムでプリントしてプレゼントする際にも活用されています。

様々なプリント方法を楽しめる

——好きなシートを挟める「iNSPiC PV-223クリアカスタムモデル」(2023年発売、現在は販売終了)も面白い製品でした。

曽根 :もともとiNSPiC PV-223が文具層(文具好きの層)に人気で、当時文具層の中でホットだったのが“クリア素材”でした。クリアタイプのプレート1枚と5色の着せ替え用カラー台紙を同梱しており、推し活をしている人にとっては「推しのイメージカラーの台紙を挟める」というところがポイントになりました。このモデルはAmazon限定アイテムで、Amazonさんとも試行錯誤して商品化しました。

吉武 :手帳ユーザーとミニフォトプリンターは相性が良くて、自分でイラストが描けなくても、プリントした写真を貼れば手軽に可愛くできるということで活用している方も多いですね。

——SELPHYシリーズは昨年に20周年を迎えました。現在はスマートフォンが普及しているため、以前とプリントの需要にも変化があるかと思います。

曽根 :写真を撮影する機会は、スマートフォンの普及や機能拡充に伴い、昔のデジカメ時代よりはかなり増えています。ただ、写真を撮って終わりでそれを印刷していない、というのがプリンター業界の課題になっています。

一方で若者のなかには「印刷することが新しい」という声もあり、そういった意見を新鮮に感じています。若年層に対して新しいプリントの価値を提供していきたいと考えています。

一例ですが、スマホケースとかに写真を入れておくと「なにそれ?」ということでコミュニケーションに繋がるんです。プリントすることを通じてコミュニケーションを活性化させたり新たな価値提案をしていきたいと考えています。

——今後の展開や展望について教えてください。

吉武 :ichikara Labが設立されて4年目になりますが、その中で考えてきたアイデアを形に出していく時期になっていると思っています。昨年は装着型減音デバイス「Privacy Talk」もリリースしたので、引き続き出していきたいですね。

従来のキヤノン製品に比べて、ミニフォトプリンターはユーザーの裾野が広がっているのを感じているので、さらに幅広い使い方の提案がたくさんできるのではないかと思っています。

曽根 :ミニフォトプリンターという言葉がまだ世の中に定着していないので、もっと広めていきたいですね。iNSPiCやSELPHYがSNSでバズる度に「こういう商品があるんだ!」と言われるので、まだまだ認知を広げられると考えています。

1981年生まれ。2006年からインプレスのニュースサイト「デジカメ Watch」の編集者として、カメラ・写真業界の取材や機材レビューの執筆などを行う。2018年からフリー。