インタビュー
キヤノン RF10-20mm F4 L IS STM 開発者インタビュー
脅威の小型・軽量化と高画質を実現した秘密を探る
2023年11月23日 07:00
RFレンズユーザー待望の超広角レンズ「RF10-20mm F4 L IS STM」が登場した。前モデルに当たるEF11-24mm F4L USMはすぐれた描写性能を有していたが、巨大で重いレンズだった。それが質量は半分以下、しかもEFにはなかった光学手ブレ補正を搭載。なぜ実現できたのか。その秘密を開発者に聞いた。
──EF11-24mm F4L USMと同じ焦点距離ではなく、10-20mmとしたのは開発時の目標だったのでしょうか?
中原: RFレンズはEFレンズではできなかった価値を提供し、よりさまざまな表現を体験していただきたいというところがベースにあります。そこで、今回は設計段階からEF11-24mm F4L USM よりも広角化した10mmの超広角を達成したいという思いがありました。EF11-24mm F4L USMは画質もかなり良いので、広角化しつつ画質が劣らないように設計を進めていきました。
──なぜ10mmだったのでしょう?
中原: 光学設計の設計初期段階で広角端の焦点距離をいくつかにするかを検討し、その中で10mmスタートが現実的にできそうなこともあって設計を進めました。9.5mmだとサイズが大きくなり過ぎるなど、全体のバランスを見ながら10mmスタートに決めました。
──望遠側が15mmや24mmではなく20mmを選ばれた理由は?
中原: 超広角レンズでは高画質を維持したままズーム倍率を上げるのは難しいのですが、ズームレンズとして2倍は達成したいという思いがありました。今回、高画質を維持しつつ、大きさもそれほど大きくならない範囲で20mmまで達成できるというところが設計段階で見えてきたので望遠端は2倍の20mmになっています。
──EF11-24mm F4L USMと比べると大幅に小型化を実現していますが、その主な要因となったものは何でしょうか?
中原: 大きく3つの要素があります。1つ目はショートバックフォーカスです。広角になればなるほど、バックフォーカスを確保するのが、困難になってきます。ミラーがある一眼レフ用のレンズの場合だと、バックフォーカスを確保するために、レンズ前方のパワーを強くする必要があり、歪曲収差や像面湾曲が大きく発生します。それらの収差を抑制するために前方のレンズ枚数が増えて前玉が大きく重くなってしまいます。一方で、ミラーレス化によるショートバックフォーカスにより、前方のレンズ枚数が減り、前玉をかなり小さくできました。2つ目はカメラ側による電子歪曲収差補正です。歪曲も広角になればなるほどレンズで抑えるのが困難になってきます。カメラ側で電子歪曲収差補正を効かせることでレンズ自体を小さくできます。3つ目は1番前の大口径両面非球面レンズの採用です。1番前に大口径両面非球面レンズを配置することで、歪曲収差や像面湾曲を抑制でき、小型化に大きく貢献しています。
──小さくなるということは重さに関しても効果があると。
中原: はい。レンズの小型化ができているので、そのまま軽量化につながっています。また、製造部門には小型軽量化に必要な薄い凹レンズ等、高難度のレンズ加工にも挑戦してもらっており、小型軽量化を進めたい開発側の想いを製造部門が実現してくれています。
増喜: メカの方としては金属の部品などを少なくして、強度を保ちながらもモールド部品に変えています。その分、重量を抑えられるので軽量化しています。
──大きなトピックとしては、EF11-24mm F4L USMになかった光学手ブレ補正(IS)が入っています。ISの搭載は設計段階から決めていたのでしょうか?
中原: ISを入れたいという思いは設計初期段階からありました。EFレンズでは、ISを入れるとさらに大型化するために断念しましたが、RFレンズではショートバックフォーカスの利点を生かして小型化できるため、IS搭載は可能と考えていました。角度ブレによる画面中心のブレをカメラ内ISだけで補正してもパースペクティブの大きい超広角レンズでは画面周辺部にブレが残ってしまいます。一方でレンズ内ISでは、より周辺のブレを抑制することが可能です。さらに、カメラ内ISと連携することで周辺のブレを抑制します。
──それが、周辺協調制御になるのですが、これはISを入れる段階から考えていたことなのでしょうか?
中原: まずはレンズ内ISだけで周辺のブレを抑制するように光学設計を行っていました。さらに周辺のブレをより抑制するにはどうしたら良いかを考えていたときに、カメラ内ISを利用して、カメラ側の制御を変えるとうまくいくのではないかという発想を思いつき、電気担当に相談しました。
佐藤: レンズ内ISとカメラ内ISの連携の仕方を工夫することで、周辺のブレを抑制できる新しい制御方法が見つかって、カメラ側と一緒に作り込んでいきました。周辺の補正のみに執着すると画像中央部のIS性能が少し犠牲になります。それだと意味がないので、中央部でも従来のレンズ(制御)相当のIS性能を発揮させるために、協調の仕方を工夫しました。状況に応じて周辺部は優先度を少し変えて中心は従来どおりしっかり効かせるという制御に切り替えたり、切り替えた瞬間に違和感ないようにしたりするなどの工夫をしています。
──どのように制御をしているのですか?
佐藤: 広角レンズにおいて手ブレが発生すると、画像周辺部ほどパースのひずみが大きいために、中央部に比べ周辺部で像のブレ方が異なる現象が発生します。そこで、レンズ内ISを用いて周辺部のブレを優先的に補正し、さらにカメラ内ISで中央部のブレに対する補正を最適化します。また、ISのレンズを動かすことのできる量には限界があるため、ある程度手ブレが大きくなると中央部のブレ補正を優先する制御に移行します。
中原: 光学的(レンズ側)にはできるだけ周辺のひずみを抑制するような設計を行い、さらにカメラ側のISとの協調制御を行うことで全体を最適化しています。
正村: カメラ内ISはセンサーを動かすことで像をシフトさせます。レンズ内ISでは像のシフトに加えて、変形させることができます。同じISですが、できることが違うのでそれをうまく組み合わせると周辺のブレを抑制する仕組みになっています。
──ソフトウェア的な画像補正もそれらに加わっているのでしょうか?
中原: 静止画撮影では周辺ブレに対する画像補正は行っていません。ソフトで処理をしている部分は、こういうブレのときは光学的にこれぐらい動かす、センサーはこれぐらい動かすというような制御くらいでしょうか。動画撮影では、動画電子ISを有効にすると画像補正を用いてパース変形を抑制しています。それにより大きなブレに対しても周辺ブレを低減できます。
──現時点だと使えるのはEOS R5のみになっています。EOS R6 Mark Ⅱなどほかのボディ内IS搭載モデルにも対応するのでしょうか?
増喜: 他機種へ対応できないか検討をしております。
──EOS R8のようなボディ内ISがないカメラでも周辺ブレ補正は効果があるのでしょうか?
中原: はい。カメラ内IS単独と比較し、RF10-20mm F4 L IS STMのレンズ内ISではより周辺のブレを抑制できます。ISレンズの動き方というよりは、形状や配置を工夫して、従来のレンズより周辺のブレを抑えるように設計しています。
──星空風景の撮影でも人気の焦点距離ですが、開放F値をF4ではなくF2.8にするなど、開発時には検討していたスペックなどはあるのでしょうか?
中原: 設計の初期段階は焦点距離やF値の違いを検討していました。F2.8ではサイズ的に少し大きいとか、ある程度のサイズに収めるには、前回と同じような11mmぐらいにしないと無理とか、いろいろ見えてきました。焦点距離は10mmを達成したい。サイズ感もF4シリーズくらいに収めたい。それでF値を考えたときに前回と同じですが、F4通しが製品としてはまとまりが良いということになり、設計を進めていきました。
増喜: 完全にバランスですね。
中原: 光学設計をやっていく中でバランスを考えました。焦点距離をもっとワイドにできないことはないけど、画質が落ちてしまったり、大きくなってしまったり、あとコストが上がってしまうとか。そういう製品のバランスを考えて光学設計をしています。
増喜: 今回は小型・軽量で高画質。まず見た目の小ささと手に取ったときの軽さで驚かせたいというのがありました。
中原: レンズの枚数を増やしたり、大きくしたりすれば光学性能を上げていくことはできます。ただそれでは製造時にばらつきが大きく出てしまうこともあります。やはり性能を上げつつ、個体のばらつきが少ない設計が理想になってきます。
──レンズが大きくなるほど大変なのですか?
中原: はい。特に非球面レンズは大きくなるほど、高精度で加工することが難しくなります。製造部門の協力のもと、何度もシミュレーションを重ね、高い光学性能を達成しつつ、高精度で加工しやすい形状を追求していきました。
増喜: 設計部門は主に光学設計、メカ設計、電気設計と分かれているのですが、今回はメカにも優しい光学設計になっています。そうするとメカが小さくなるため、動かすときの消費電力が少なくてすむ。そういう良い循環です。チームワークですね。
諸橋:このチームはお客さま目線の会話が多いなという印象があります。
増喜: 開発の原動力にもなりますから、お客さまの声はすごく大事だと思います。
──今回、アクチュエーターがSTMになっています。改めてSTMとUSMの差はどこにあるのかを教えてください。
諸橋:USMとSTMは高速駆動のポテンシャルと、アクチュエーター自体のサイズに差があります。USMの方が高速で動くことに関してはポテンシャルが高いです。静粛性もそうです。アクチュエーターサイズは、アクチュエーターの要求仕様で変わりますが、今回のレンズからの要求仕様ですと、USMよりもSTMの方が小さくできました。
──RF10-20mm F4 L IS STMでSTMを採用した理由はサイズ重視?
諸橋:ボディバランスを考えてSTMが最適だったということになります。ストロークも条件に入ってきたため、STMの方がバランスが良いので採用しました。
──STM搭載レンズとしては初となる「Lレンズ」だと思うのですが、これで「L=USM」ではないことが分かりました。改めて「L」の称号が与えられるスキルがあれば教えてください。
正村: 「Lレンズ」となるには2つありまして、1つは蛍石やUDなど画質を担保するような特殊硝材を使うなどして光学性能が高いということ。2つ目はプロの方も使われますので、信頼性や堅牢性が高く、操作性が良いということ。それらを総合してLレンズかどうかを決めています。
──そこには防塵・防滴も必須条件になるのですか?
増喜: 堅牢性という条件に防塵・防滴であるということが入っています。
──今後は全体のパッケージの判断でLレンズでもUSMだったり、STMだったりするのでしょうか?
正村: はい。今はプロの方は静止画だけでなく、動画を撮ることも増えてきています。そのため、動画を撮るときに最適なアクチュエーターも重要になります。ナノUSMやSTMなどプロが求める動画撮影で、どれが最適なのかというところを考えています。
──10mmとなると周辺光量落ちや周辺解像力が落ちることが懸念されますが、今回の製品はそのあたりがとてもクリアーな印象です。それらを成し得た理由を教えてください。
中原: やはりショートバックフォーカスと、カメラ側の歪曲収差補正が大きなポイントになっています。カメラ側の歪曲収差補正と聞くと画像を引き延ばして画質が悪くなるようなイメージを持っている方もいるとは思いますが、引き延ばしたところも考慮して、より倍率色収差や像面湾曲等の誤収差を抑制するようにスーパーUDレンズ、UDレンズ、非球面レンズを効果的に配置した光学設計をしています。
──衝撃的だったのはレンズの価格です。製造コストが上がっている中でEF11-24mm F4L USMよりも価格が安くなった理由が知りたいです。
正村: さまざまな要因がありますが、RFマウントの特徴である大口径・ショートバックフォーカス、および歪曲収差補正を生かした設計により、光学系が大幅に小型化しています。そのため前玉を含めた硝材やそれを支える構造なども含めてコストを抑えることができています。
──F4シリーズのRFレンズは大体同じようなサイズ感で統一されています。今回も意識して作り上げていったのでしょうか?
増喜: そうですね。全体の整合性というのも考えています。それはもちろんデザイン面でも同じです。
五十嵐: 私は以前にRF70-200mm F4 L IS USMのデザインを担当しました。その頃はまだ広角側のF4シリーズは発売されていませんでしたが、同じサイズでそろったら美しいだろうと将来を想像してデザインをしていました。今F4シリーズがそろってきて並べてみると、理想的なシリーズになったなとうれしく思っています。
増喜: F4シリーズを並べたときのシルエットが美しいですよね。
五十嵐: 先代になるEF11-24mm F4L USMは、2015年にグッドデザイン・ベスト100に選出され、デザイン的にも注目を集めた製品でした。その後継機となるレンズだったので、それにふさわしい優れたデザインを創り出そうという強い意気込みで挑みました。いざ蓋を開けてみると、こんなに小さくてかわいい素材がやってきてびっくりしました。良い光学と良い設計のおかげで、とても良いデザインに仕上がりました。赤いLリングから下のシルエットはRF14-35mm F4 L IS USMと同じです。
──そうですね、まったく同じですよね。
五十嵐: F4シリーズとしても、統制の取れた良いデザインにまとまっています。ズームリングの段差も毎機種こだわっています。
──ボタンもいろいろ付いて動画撮影でも便利に使えそうです。
五十嵐: レンズファンクションボタンの追加がデザインの中で試行錯誤したところです。ボタンが追加されても上のスイッチが今までと違和感のない使い勝手になるように、できるだけ下の方に配置しようとメカ設計と協力しデザインしました。
──できあがったレンズを見てどんな感想を持ちましたか?
中原: 設計段階ではパソコンのディスプレイを見ながらやっているのですが、実際にできたレンズを見たときは、やっぱり小さくできているなと感じました。レンズを付けてファインダーをのぞいたときに、普段いる部屋がとても広く写って、 全然違う世界が見えると感じました。
増喜: お客さまにまず手に取ってもらったときの驚きと、実際に撮ってもらったときの2つの驚きを体験してほしいですね。
──確かにそうですね。サイズ、重さ、価格で3回驚きました。
増喜: キヤノンにはお客さまが「あっと驚くような商品を開発する」という思いがあります。それに合致した1本じゃないかなと思っています。
──10mmでぜひ撮って欲しい被写体があったら教えてください。
佐藤: 今回のレンズはいろいろなジャンルで使えると思っています。基本は風景や室内がメインになりますが、小さいのでスナップにも使いやすくなっています。
正村: 静止画だけではなく、動画でも使いやすくなっています。ジンバルに載せて撮る方法がありますが、EF11-24mm F4L USMではそもそもジンバルに載らないとか、バランス調整が大変でした。RF10-20mm F4 L IS STMは小型・軽量なのでジンバルの調整もしやすく、10mmなのでダイナミックな映像が撮れます。静止画だけではなく、ぜひ動画にもチャレンジしてほしいと思います。
佐藤: 幅広いユーザーの方々に使っていただけたらなと思います。暗所での撮影など今までうまく撮れなかったものが、このレンズだったらきれいに撮れたりするで、それを体感していただきたいです。
──ありがとうございます。
POINT 01|EF11-24mm F4L USMと比べて大幅に小型・軽量化
質量はEF11-24mm F4L USMから約610gも軽くなり、約半分になっている。手に持つと本当に10mmなのかと疑ってしまうくらいだ。EF11-24mm F4L USMでは大きく出っ張っていた前玉も小さくなり、F4シリーズ同様に扱いやすいストレートデザインとなっている
POINT 02|EF11-24mmと同等以上の高画質を実現
画質の1つの指標であるMTF曲線の比較。コントラストを示す黒線は両レンズでほぼ同等だが、解像感を示す青線はRF10-20mm F4 L IS STMの方が若干高いことが分かる。
POINT 03|協調制御の新しい考え方「周辺協調制御」
周辺協調補正効果の検証写真。新制御の方が像の流れが少なく、解像感とコントラストが高い。(写真提供:キヤノン)
レンズ内ISとカメラ内ISの新しい協調制御。それぞれで役割を変えてブレを補正している。現在EOS R5のみの対応だが、他機種の対応も検討しているという
POINT 04|内部設計から読み解くRF10-20mm F4 L IS STMの特徴
❶ 大幅に小型化した第1レンズ
RF10-20mm F4 L IS STMに使われている前玉の両面非球面レンズ。EF11-24mm F4L USMのときは前玉3枚が非球面レンズだったが1枚になった。ショートバックフォーカス化による恩恵が大きい
❷ SWCとASCの2つのコーティングでゴーストを防ぐ
1枚目と2枚目のレンズにSWC、3枚目のレンズにASCと2つのコーティングを採用し、逆光時のゴーストを抑制している。EF11-24mm F4L USMに比べてゴーストが小さくなっている
❸ フォーカスレンズの小型化によりLレンズ初のSTMを搭載
フォーカスレンズの小型化、駆動量などのバランスを考えてSTMが採用された。動画時にスムーズなピント送りが可能なので動画撮影にも向いている