写真展レポート

モノクロでとらえた、道東の厳しくも美しい風景――小澤太一写真展「回」

小澤太一さん。会場の入口には写真展タイトルの「回」があしらわれた

これまで海外をフィールドに撮影してきた小澤太一さんが、初めて日本をテーマに選んだ。北海道東部に位置する町だ。冬に訪れた時、自然の圧倒的な存在感に魅了され、通い始めた。今や東京と2拠点生活を送る。

作者の撮影手法はこれまでと同じ。町を歩き、出会った人に声を掛け、つながりを深めていった。そこで感じたのは、現在につながる過去の時間であり、北の大地で連綿と続いてきた人々の営みだ。

娘との旅

きっかけはコロナ禍だった。緊急事態宣言で仕事はなくなり、撮りたいものもなかった。

「2020年の夏から『Go To トラベルキャンペーン』が始まり、僕と同じく家から出れない保育園児の娘を連れて旅に出ることにしました」

車に撮影機材と、バッグ1つに着替えを詰め、気ままに行き先を選んだ。当時、宿は安く、予約なしでも泊まれた。ただ娘のことを考えて長距離の移動は専ら夜に行なっていたので、車中泊が多かったようだ。

知らない街で自由に動き回る子どもを通して、日本全国の街の今を撮った。都市や山間部、観光地などバリエーションを配慮し、1つの県で3カ所以上の街を訪れた。写真にした時の見応えを考えてのことだ。

「今見ると、どの場所でもほかに人の姿がない不思議な光景が写っている。小澤家のプライベートとコロナ禍がかけ合わさって、良い記録になったと思います」

道東へ――生と死の本質

国内の風景に興味を持ち、北海道に住む友人の誘いで、冬の道東を訪れた。娘と訪れた夏とは全く違う、厳しく美しい風景があった。

「この大自然の中で、人がどのように暮らしているのかが見たくなりました」

最初はゲストハウスで2年ほど過ごし、その後、アパートを借りた。

「最初はテーマとか、何も考えはありませんでした。星空を撮ったり、一時は鹿ばかり狙っていたこともあります」

ちなみに天体写真は、小澤さんが写真に興味を持ったきっかけだそうだ。

サケ漁に出る漁船に乗り込み、山では鹿狩りに同行した。

「漁師さんは気性が荒い方が多い。最初に話した感じで、受け入れてもらえるかどうか見極めて入り込んでいきました」

撮った写真を持っていくと、相手は喜び、海や山の幸を交換に渡してくれる。

「いろいろな誘いもくるようになるので、必ず2つ返事で受けます。僕自身、北海道にいる時は時間がたっぷりありますからね」

鹿狩りでは、山の中を早足で移動する猟師に付いて行くのがやっとだ。

「狩猟の記録を撮りたかったわけではありません。そこで僕が感じたもの、その時、見えたものを捉えようと考えていました」

鹿が仕留められた時、猟師の許可を得て、獲物に近づいた。

「目の輝きがみるみる失われ、鉛色になった。初めて命が失われていく様を目の当たりにしました」

展示会場の中央にはもう1つのスペースを作り、生と死の本質に関わる写真を置いた。

旅人ではなく、住人になると、地域の文化がより感じられ、町の歴史に興味が湧いた。

「郷土資料館でそれまで知ることのなかった北方領土の問題やアイヌ民族との歴史などを学びました。町の空気に馴染むと、自分事として関心を持つようになります」

12月1日は北方領土返還要求運動の始まりの日だ。2024年、東京・日比谷公園で開かれた集会にも誘われ、小澤さんも参加した。

「人気漫画の『ゴールデンカムイ』は面白いし、史実をきちんと調べて物語に織り込んでいます。北海道を撮る人は読むと良いと思います」

これまでにない挑戦を

このシリーズはモノクロームで撮られているが、それは最初から直感的に決めたという。色彩を排除した風景だから感じる、時の経過や見えないものの存在感を表現したかったからだ。

「カラーで数多くの写真が撮られている場所です。地元の写真愛好家や長年通っている方には時間的にも僕は太刀打ちできません」

会場では写真集も販売する

前作の『SAHARA』もモノクロで撮影したが、使用カメラが一眼レフからミラーレスに変わった。

「カラーとモノクロでは適正露出が異なる。一眼レフではファインダーを見て、現実の色をモノクロに脳内変換させていました。EVFはモノクロ画像で確認できるので、露出の精度が上がり、より良いプリントが得られます」

これまでの多くの作品は人やその出会いがテーマで、その瞬間をピークに写真を選んできた。

「今回は道東の長い大きな渦の一部として風景や、そこに生きる動物、人がいる。僕は来年50歳になるのですが、40代最後に取り組むプロジェクトとして、これまでにない挑戦をしたいと思っていました」

会場では、撮影中にICレコーダーで収録した現場の音を流す。

「得体のしれない鳴き声や、何かわからない音が聞こえる。僕自身が現場で感じた緊張や戸惑いなどを追体験することで、道東の世界に興味を深めてもらえればと思います」

展示名

小澤太一写真展「回」

会場

キヤノンギャラリー S
東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー 1階

開催期間

2025年10月2日(木)~2025年11月10日(月)

開催時間

10時00分~17時30分(日曜祝日休館)

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォトギャラリーガイドでギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。