インタビュー
体を動かせなくなったダンサーの思いに「8K VR」のテクノロジーで寄り添う
360°カメラ「Insta360 X4」が実現した社会貢献
2025年12月30日 17:00
8Kの高画質360°映像で再びダンスを踊る――。元プロダンサーでALS(筋萎縮性側索硬化症)と闘う葛敏(グォ・ミン)氏の願いを叶えるために、Insta360がCSR(企業の社会的責任)活動として、8K 360°カメラによる取り組みを行った。
アクションカメラや360°カメラで世界的にも大きなシェアを獲得したInsta360。その技術を生かしたCSR活動に取り組む背景や考えについて、同社の羅彩月氏に話を聞いた。
「Insta360夢基金」設立の背景
Insta360がCSR活動を開始したのは2023年。同社自体は2015年創業の若い企業だが、急成長を遂げ、市場の一角を担っている。同社では、「医療・教育・文化など多様な分野における人間の表現を支援している」とし、CSR活動において、強みである360°映像技術を生かした取り組みを行っている。
同社のCSR活動は「Insta360夢基金」と名付けられている。その背景について同社の羅彩月氏は、「困難の中でこそ人間の勇気が輝く」という考えから、病気や困難に直面しながら、夢を抱いて前向きに生きる人々の記憶を保存して願いを叶えることを目的とした取り組みだと語る。
「中国には、数千万人の聴覚障害者、数百万人のALS患者、毎年数十万人の新たながん患者などが存在している」と羅氏は指摘し、こうした困難に対しても諦めない勇気をたたえて、社会全体に希望と励ましを伝えるのが、このInsta360夢基金なのだという。
今回話を聞いた同社のCSR活動は、元プロダンサーでALS患者の葛敏氏の「もう一度踊りたい」を叶えるプロジェクト。もともとは同社のSNSのフォロワーからのコメントで同氏の存在を知ったことがきっかけだったという。葛敏氏は6歳からダンスを始め、上海歌舞団に所属して20年以上のキャリアを持つプロのダンサーだった。9年前にALSと診断され、体を動かすことができなくなったが、「踊る感覚を忘れたくない」と毎日4時間のリハビリを続けてきた。
発病後、他のダンサーが映像の顔をAIで葛敏氏の顔に合成する試みも行われたが、その方法では葛敏氏自身は、傍観者として自分の顔をしたダンサーのダンスを見ているだけになってしまい、「自分が舞台に立つ当事者ではなかった」という感想を抱く結果だったそうだ。そこでInsta360では、没入型の技術によって彼女自身の「ダンス」を実現しようと活動を行った。
2024年9~11月にかけて、同社の360°カメラで空間を記録し、葛敏氏がVRデバイスでそれを見ることで、ダンスの現場にいるような感覚を再現することを検討。テストを繰り返して、「最も没入感のある1人称視点を再現するカメラの固定方法と位置」を見出した。
音楽に関しても単なるBGMとするのではなく、葛敏氏の「物語」を伝える要素として、音楽プロデューサーが彼女の半生をテーマに歌詞を書き下ろし、彼女の好きな楽曲の許諾を得て制作を進めた。ダンスの振り付けでは、南通芸術劇院が担当。360°撮影にあわせて動きも調整し、より没入感が得られるようにした。
実際の撮影では、代役のダンサーの頭部に「Insta360 X4」を固定して行われた。大型のプロ用機材では、重量の観点からこの撮影方法が難しく、激しい動きでもダンサーの負担が少ないこと、視点を人間の目の位置に合わせることができる点が、X4採用の理由だという。
加えて、8Kでの撮影ができるというのも大きなポイントとなった。VRゴーグルでの視聴では、片目あたりの解像度が半分になる。4K撮影のVR映像では片目2Kとなり没入感が薄れてしまうが、8Kであれば片目4Kの高精細な画質が確保できる。羅氏は、リアルな体験にはこの高解像度が不可欠だったと説明する。
こうして撮影された映像をVRゴーグルで体験した葛敏氏は、「他人のダンス動画」を見るのではなく、「自分自身がその場にいて、踊っている」と感じることができたそうだ。葛敏氏の感想は「まるで自分が回復して、再び舞台に立っているような気がしました。9年ぶりに、ダンスが私の心に戻ってきたようでした」というものだった。
8K 360°動画で「人生の時空間を保存」
Insta360夢基金は、これまでも同様の支援を行ってきた。例えば「第2の目」を提供する技術支援では、脳インプラントを受けたALS患者の視野を再現するために「Insta360 Link 2」を活用。自分の首を振るようにカメラを動かして、家族の顔を見たり部屋を見渡したりできるようになったという。
また、外出困難な高齢者が「思い出の場所」を再訪できるよう支援する活動や、東京女子医科大学などにおいて手術の様子を8K VRでライブ配信し、医学生が執刀医の視点を体験できる教育システムの構築なども行われている。
羅氏は、VR体験において8K 360°動画は革新的であり、没入感におけるボトルネックを解決し、その場にいるかのような感覚を得る上でのハードルを突破できると説明する。
同社創業者のJK Liu氏は、「より多くの人々を発掘して、その人たちの素晴らしいストーリーを広めること」に情熱を持っているという。困難や逆境に直面した人間のポジティブなストーリーを発信し、社会に伝えたいという思いが根底にあると羅氏は説明する。
今回のプロジェクトでは、ALS治療薬の研究開発を行う基金へ300万元の寄付も実施されたが、「寄付だけではなく映像を通じて社会に対して伝える方が意義がある」と同社は考えている。
新たな取り組みとしては、今後中国の山間部や農村部などの貧困地域に住む子どもたちにカメラを贈り、子どもたちの視点で撮影してもらうプロジェクトも進行中で、写真展の開催も計画しているという。
Insta360 X4の8K映像によって、空間全体の雰囲気までを記録し、「時間と空間の保存」ができると羅氏は表現。「映像は、忘却や記憶の風化に対抗するための最良のツール」と話す。
Insta360の8K 360°動画は「アクションを撮影するカメラ」から「人生の時空間を保存し、再体験できるツール」へと変化するというのが同社の考えで、「今後も困難に立ち向かいながらも勇気と夢を輝かせる個人に注目し、応え続ける」と羅氏は話している。




