写真展レポート
世界報道写真展2019
大賞を受賞したジョン・ムーア氏が来日、報道と写真の関係を語る
2019年6月24日 17:43
東京都写真美術館において、「世界報道写真展2019」が8月4日(日)まで開催中だ。
世界報道写真展は、前年に撮影・発表されたドキュメンタリー、報道写真を展示する展覧会。前回2018年は世界40カ国、100の会場で開催された。
写真展では毎年「ポートレート」や「自然」、「スポーツ」、「現代社会の問題」など複数の部門で審査員に高く評価された作品を発表しており、今年の世界報道写真大賞には、ゲッティイメージズ社員フォトグラファー兼特別特派員のジョン・ムーア氏が選出された。
ムーア氏の作品は、メキシコと国境を接するアメリカ・テキサス州の街、マッカレンで2018年6月にホンジュラスから来た母娘を撮影した写真。国境監視員が母親を取り調べしている足元で、泣き叫ぶ少女が写されている。
ムーア氏が発表した受賞作品を含む一連の報道写真は、米国のドナルド・トランプ大統領が不法移民を対象に実施した「ゼロ・トレランス(不寛容)政策」について米国民が目を向けるきっかけとなり、結果として政策の変更を促す一因になったとも言われている。
東京都写真美術館は6月18日、来日したジョン・ムーア氏によるトークセッションを実施。受賞作品にまつわるエピソードや報道写真についての考え方、報道写真とSNSに関する見解などが、ムーア氏自らの口から語られた。本稿では報道関係者向けに実施されたトークセッションの模様をお伝えする。
——大賞を受賞作品を撮影した際の状況についてお聞かせください。
私はここ10年近く、移民問題に集中して取材してきました。この写真はおよそ1年前に撮影したものです。当時はトランプ大統領の不法移民に対する「ゼロ・トレランス政策」によって、アメリカとメキシコ国境間の状況が厳しくなり始めた時期。その状況を捉えたいと考えて撮影した中の一枚です。
——この作品は「政策に影響を与える写真になった」とも言われていますよね。
発表当時、アメリカ国民の多くはこのゼロ・トレランス政策について詳しくなく、この政策を実施した結果「親と子が引き離される」場合があることは知られていませんでした。でもこの写真が発表されたことが、アメリカ国民の民意にある程度の影響を与えたのは事実だと思います。
——島国に住む日本人にとって、陸続きの「国境」という存在はあまり馴染みがないものですが、ムーアさんにとって国境とはどういったものなのでしょうか。
国境とは、文化の差を表しているものだと考えています。それは言い換えれば南米と北米の違い、両国民が感じている恐れの象徴なのではないでしょうか。トランプ政権が現在建設しているメキシコ国境の壁も、そうした意味ではシンボルといえるでしょう。
——10年近くにおよぶ取材の中で、特に記憶に残った出来事はありますか?
印象に残っているのは、中央アメリカで、移民の方々が越境のために北上している状況に同行したことですね。彼らは貨物列車の屋根の上に乗って移動していたのですが、当然それは非常に危険な行為ですし、実際にそれが原因で亡くなる方もいるような場です。私も少しの間だけですが撮影のために屋根に上がったので、その時のことはよく憶えています。
私は過去にも紛争地域など様々な場所で写真を撮ってきましたが、いつも考えているのは、撮るべき写真とリスクのバランスをいかにとるかということです。移動する貨物列車の屋根に上るときも、そういった場には色々な人がいるので、比較的安全なタイミングをはかりましたし。
——リスクのお話についてもう少し聞かせてください。そういった危険な取材現場においては、どのようにして安全を確保していたのでしょうか。
個々のプロジェクトにそれぞれ異なるリスクがあるのですが、私の場合、特に中央アメリカの現状を取材する際には、現地のジャーナリストと行動をともにするようにしています。彼らは現地の内情を詳しく知っているので、取材をするにしても、より条件の良い場所に連れていってもらえますし、現場からすぐに離れなくてはならない状況に陥ったときにも、避難誘導してもらえますから。
——命の危険を冒すリスクのある職業ですが、どうして報道フォトグラファーの職に就く道を選んだのでしょうか。
私は何か、世界に変革を起こすようなストーリーを伝えたいと思っていますし、同時に、誰も見たことのない写真を届けたいという思いが強いんです。私はプロの写真家になって27年になりますが、これは多くのジャーナリストがそういった想いで仕事をしていると思いますし、私自身も、そういった想いは今でも変わらず持ち続けています。
——ムーアさんにとって、報道写真とはどのような力を持っているものなのでしょうか。
報道写真は「フォトグラフィ」と「ジャーナリズム」の2つの要素を持っていますが、私はこのうち「ジャーナリズム」の方に興味を持っています。いかに写真でストーリーを伝えるかに興味を持ってこの仕事をしています。ですが「フォトグラフィ」も重要です。
いま、スマートフォンやSNSの発達によって、世界中で多くの人々が写真を目にするようになりました。もしかしたら、1枚の写真を見る時間は1秒もないのではないでしょうか?そうした状況の中、写真が多くの方に興味を持ってもらえなければ、その先にある記事を読んでもらえませんよね。なので報道内容を知ってもらうためには、まず「写真的に強いイメージ」を打ち出す必要があります。報道写真にはそういう力があるのです。
——撮影している時に意識していることはありますか?
写真を見る人と写真そのものを、いかに感情で結びつけるかを常に考えています。人々は写真の詳細については憶えていませんが、感情を掻き立てた写真は憶えているものです。
——今後取材してみたいトピックはありますか?
次にどういった事柄がビッグニュースになるのかを予想することは難しいですが、私はいつでも、人々が立ち止まって、考えてもらえるような写真を撮りたいと思っています。
でも、いま私が取材している移民問題というトピックは、この先もアメリカのメディアに対しては重要であり続けると思います。それはホワイトハウスが常に移民問題について語っているからです。ホワイトハウスが取り上げる課題はアメリカ国民の意識が向くことなので、私たち報道写真家は、当然それをカバーし続けるでしょう。私は今後も移民問題について撮影を続けていくと思います。
——写真を発表する場の環境は、ムーアさんがフォトグラファーになった27年前と現在とでかなり違うと思うのですが、当時と今でご自分の撮影した写真の影響力の違いを感じることはありますか?
仰るように、一枚の写真が世の中に与える影響力は、以前よりもさらに高まってきていると感じています。SNSの台頭で、イメージが持つ影響力の強さはより顕著になっており、そこには動画と静止画の両方が混在していますが、静止画の影響力は依然として強いままです。
それには静止画が撮ったあと編集を経ずにすぐ拡散できること、そして「アイコン化」できるという特性が関係しているのかもしれません。今回の受賞作品の閲覧回数をゲッティイメージズに調べてもらったところ、総閲覧回数は数十億回にのぼったそうです。これは以前では考えられなかったことです。
——撮影機材についてお聞きします。報道の現場では、その場の明るさや危険度などによって様々な状況がありますが、状況によって機材の使い分けはされていますか?
暗い場所の取材では、大口径の単焦点レンズを持っていきますが、それくらいですね。ここ数年でカメラの高感度性能もだいぶ上がっていますので、以前と比べてだいぶやりやすくなりました。特にストロボの使用については、芸術的表現のために使うケースは別として、報道の現場で使う方はもうほとんどいないと思います。
世界報道写真展2019
会場
東京都写真美術館
開催期間
2019年6月8日(土)〜8月4日(日)
開場時間
10時00分〜18時00分
所在地
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
休館日
毎週月曜日(7月15日は開館、翌16日休館)
なお本展は、8月6日より11月にかけて、大阪、滋賀、京都、大分を巡回する。