写真展レポート

審査員が語る「世界報道写真展2017」に選ばれた作品

スポーツ写真にもストーリーとサプライズを

ゲッティイメージズは、8月6日まで開催中の「世界報道写真展2017」の入賞作品を選ぶ「世界報道写真コンテスト」審査員の一人、Adam Pretty氏によるプレスツアーを実施した。

世界報道写真展は、前年に撮影されたドキュメンタリーおよび報道写真を対象とした世界報道写真コンテストの入賞作品を展示する展覧会。日本では6月から11月にかけて国内5会場で開催する。

本コンテストの選考には毎回、世界各国からフォトグラファーやエディターが参加する国際審査員団が組織され、Pretty氏はスポーツ部門の選考に参加している。今回のプレスツアーでは、Pretty氏より選考基準や入賞作品の特徴、審査時の所感などを聞くことができた。

Adam Pretty氏
Pretty氏が審査に関わった作品を1点ずつ解説するスタイルで進行した

評価のポイントは「サプライズ」と「ストーリー」

Pretty氏によれば、応募作品を審査する上で重視したポイントは、写真に「サプライズ」があるかどうかだという。

「作品の審査にあたっては、今までに誰も見たことがないような、新鮮な驚きがあるかどうかに注目しました。ことスポーツ写真の世界において、時として歴史的な、広く話題になる場面には多くのカメラマンが居合わせるので、作品内容がコンフリクトする応募もありますが、その点に関しては、技術的に優れているか、感情が表現されているかも加味して評価しています」

「スポーツ写真の審査員は私を含めて3人おり、協議の結果12点まで絞った作品をほかの部門の審査員が更に絞り込む形なので、すべての受賞作品に納得しているわけでありませんが、自分と違う意見を持つ審査員と議論をすることで、自分の中で凝り固まった考えを変える良いきっかけになるので、大変有意義な経験になりました」

クロスフィット選手Lindsay Hiltonさんを写した組写真(撮影:Darren Calabrese氏)

今年のトレンドは「ストーリー性」。上は障害者の女性をテーマに選んだ作品だが、ひとつの組写真で、被写体となった人のライフスタイル表現が完結している点を評価されている。

「ニュースフォトグラファーは同じテーマを数カ月にわたって撮影することも多いのですが、普通のスポーツフォトグラファーは、毎週のように違うイベントを取材するのでそうもいかない。そういう意味では変わった作風の写真です」

同様に、下のラグビーチームの写真も、今までにないストーリーが強く注目され、評価を得ているという。

ゲイに寛容なラグビーチーム「マディ・ヨーク・ラグビー・フットボール・クラブ」を写した組写真(撮影:Giovanni Capriotti氏)

いずれも「障害者」、「ゲイ」という社会的に課題のあるテーマに対し、それぞれ「ライフスタイル」と「コミュニティ」にまつわるストーリーが伝わる写真であるところが評価のポイント。

「例えばオーストラリアのスポーツ選手は、スポンサーシップへの影響を恐れてカミングアウトしないそうです。スポーツの世界に影を落とす、隠された事情。観る者にそうした社会的な問題を提起し、考えさせるきっかけになりうる点で、優れた作品といえます」

競技シーンに垣間見える親子関係

チェコ共和国において教育分野にも取り入れられつつあるチェス競技の現場を取材した組写真(撮影:Michael Hanke氏)

チェス競技の現場に臨む親子の写真をとらえた作品で評価されたのは「感情を伝える力の強さ」。作品には、競技を直後に控え、親が子供に対してプレッシャーを与えてしまう現場を生々しく描写している。

「チェスをスポーツと捉えるかどうかには議論の余地もあると思いますが、作品には競技者の感情を強く伝える点で説得力を感じたので、選ばせていただきました。父親が子どもに対して『やれ』という様子の写真を見ると、人生のどんなステージに入っても、競技は重要である一方、競技に打ち込むあまり、知らず知らずのうちに自分の子どもに過剰な圧力を与えてしまってはいないかと考えさせられます。自分も人の親として、少なからずショックを受けました」

またPretty氏はこの作品について「非常に"衝突的"な作品であり、それこそが評価のポイントだ」と話している。

SNSの評価がそのまま通る危険性

単写真においては、評価基準として重要な要素である「サプライズ」がより重視される。Pretty氏によれば、単写真の場合「自分もこんな写真が撮りたい!」と思わせるような作品を選びたいとしている。

後続の選手たちを一瞥するウサイン・ボルトの写真(撮影:Kai Oliver Pfaffenbach氏)

ウサイン・ボルトが後続の選手を振り返っている写真は、SNSで広く拡散され、話題になった作品だ。同じシーンをとらえた作品は、複数の写真家から応募があったとのことだが、最終的には選手の表情がはっきりと出ている写真が選ばれた。

「選ばれなかった方の写真は、画面構成や躍動感が優れている一方で、大伸ばしのプリントにした際、顔がはっきりと写っていないという技術的な問題がありました。受賞作品が選ばれた経緯はそういったところにもあります」

またPretty氏は、この写真がSNSを通じて広く拡散されたことも選考に影響していると話す。

「2点の応募作品はそもそも報道写真なので、メディアにおいてどちらの写真が使われるかはメディアとの契約次第なのですが、少なくともこの大会で五輪三連覇を達成し、2017年の引退を表明したウサイン・ボルトは非常に注目された選手でしたよね。彼が大きく注目されたことによって、この写真は通常よりも良く評価されました。

「でもSNSで注目されたことで、報道写真の賞に選ばれることは、個人的にやや危険な前例になってしまったと思っています。TwitterなどのSNSで多くの人が支持した発言は、その発言内容自体について深く吟味されず、ほぼ無条件に「正しい」と同調してしまいがちです。でも、選ばれました。この写真は、世界で何が起きているかを伝えるバロメータにもなっていると思います。

イギリスの競馬場で発生した落馬事故の様子(撮影:Tom Jenkins氏)

イギリスの競馬場で発生した落馬事故の写真は、通常の写真のセオリーを無視した個性が活きる作品。カオスな中にもユーモラスな側面がある点が評価された。

「もちろんこれは完璧な写真ではありません。確かに騎手の顔は写っていませんが、馬の尻尾の位置や騎手の足の形が面白い。事故の瞬間、当事者本人は落ち着いているが、内心『やばい』と思っている。その感情が伝わる点が評価されている作品です」

文句のつけようがない"完璧なスポーツ写真"

フランスのガエル・モンフィス選手が全豪オープンで見せたダイビング(撮影:Cameron Spencer氏)

「全豪オープンの写真は、『こういう写真を撮りたい』と夢見るような写真。私は1996年からテニスを含めて20年以上もスポーツフォトグラファーとして活動していますが、ずっとこういう写真を撮りたいと祈りながら、それでもなかなか撮れない写真なのです」

「評価基準としてサプライズが重要、と言いましたが、その意味でいえばこの写真にサプライズはありません。でも影の位置からライティング、色使いまですべてが完璧です。完璧なスポーツ写真。この場に居合わせながら、このような写真が撮れなかった同業のカメラマンは、このあとひどく落ち込んで、しばらく仕事が手に付かなかったほどです」

ウサイン・ボルトの写真と同じく、これも2人の写真家から同じシーンの別バージョンと言うべき作品の応募があったという。この2つに違いはほとんどなかったので、両方が選考を通ったが、最終的にはどちらかを選ばなければならない。その時の審査で見たポイントは、ディテールだった。

「本当にほとんど同じだったので、そこを見ざるを得なかったのです。具体的には、ボールがよりラケットに近いかどうか、選手の筋肉に緊張感があるかどうか、選手の体が浮いている位置が高いかどうか。ここまでくると、総合的に見て、シンプルに、どちらが写真として良かったかで判断しました。静止画としての写真は、一瞬を伝えるもの。それゆえに、脳裏に焼き付く。これが写真の力です。少なくとも今の時点では、動画にはない性質だといえます」

世界報道写真展2017

開催期間

2017年6月10日(土)〜8月6日(日)

開催会場

東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

休館日

毎週月曜日
月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日休館
7月17日開館、翌18日休館

関根慎一