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ラグ&ボーン創設者マーカス・ウェインライト氏の“ライカ愛”

「ライカMモノクローム Stealth Edition」詳細レポート

ライカMモノクローム(Typ246) ‘Stealth Edition’

ライカカメラジャパンが3月28日に発売した限定モデル「ライカMモノクローム(Typ246) ‘Stealth Edition’」について、お披露目イベントで撮影してきた外観写真を交えて紹介する。

実際に手にした“ステルス”は、M型ライカの「アイコニック」「控えめな姿」というキャラクターがより強調されたものに仕上がっていた。外観には色や形の要素を足さず、もともとの高い質感を再確認させられるようなシンプルデザインで、とりわけM型ライカの伝統に思い入れが強い日本で人気を博すだろう。世界125セット限定の本製品は日本への割り当て分も完売のようだが、入手できた方はラッキーだ。

この限定モデルのデザインを手がけたマーカス・ウェインライト氏は、アメリカのファッションブランド「rag & bone」(ラグ & ボーン)の創設者兼オーナーとして知られる。表参道のブランド旗艦店がリニューアルするのに合わせて来日した彼に、“ステルス”のデザインコンセプトや、愛してやまないライカと写真についてじっくり聞いた。

ラグ & ボーン創設者兼オーナーのマーカス・ウェインライト氏

「ライカの中でも、デザインするならM型だと思っていた」

——コラボモデルが完成した心境はいかがですか?

長年M型ライカを使ってきているし、そのデザインに関われたことを光栄に思う。M型ライカはアイコニックで完璧なデザインを持つカメラのひとつだから、それとのコラボレーションは以前からやってみたかった。

いろんなライカのカメラの中でも、自分がデザインするならM型ライカだと思ってコラボレーションの機会を待っていたから、嬉しかったよ。自分にとっての“究極のM”をデザインするのはとにかく楽しかった。

——普段の写真との接し方を教えてください。

ファッションデザイナーという仕事があるから常にカメラを持っているわけではないけれど、写真は結構撮るよ。父が写真好きで家族の写真を撮ってくれていたこともあって、たまたま写真を撮るようになった。自分はちょっと自意識過剰なところがあって人を撮るのが苦手だから、目に入ったランダムなものを撮っていることが多い。今ではライカのカメラを集めるのも趣味で、集めすぎて妻が心配するぐらいだ。

写真撮影について自分はアマチュアで、写真の腕もよくないと思っているけど、レンジファインダーカメラで時間をかけて撮るのが楽しい。スマートフォンでガンガン撮れる時代だからこそ、オートフォーカスではないレンジファインダー方式のライカで、“何を撮ろうとしているのか考える”ことを強いられるのが好きだね。

ファッションデザイナーである僕の人生において、写真はもうひとつのクリエイティブな自己表現なんだ。自分に写真の腕がないところを実は気に入っていて、上達するプロセスそのものを楽しんでいる。ラグ & ボーンでも写真が大きな役割を果たしていて、キャンペーンの写真を自分で撮ったりはしないけど、写真が好きで造詣があることは大きな意味を持っているね。

——ライカとはどのように出会いましたか?

2003年か2004年に、ニューヨークの中古カメラ屋でライカM6とズミクロン50mmを買ったのが最初だった。当時はライカのことをよく知らず、“ライカ”という名前も聞いたことがなかったけれど、手に持った感じや手触りなど、モノとしての感じがとても好きになった。

参考:ライカM6

最初に買ったものは、当時お金がなくてすぐに買い換えてしまったからあまり記憶にないけど、手に入れた時はすぐに撮り始めて、とにかく最高だった。ライカは自分のような普通の腕前でもいい写真にしてくれる。

——お気に入りの写真家や写真集は?

写真集は大好きで、たくさん持ってる。アンドレ・ケルテス、ブルース・デビッドソン、ウィリアム・エグルストン……フェイバリットを全て挙げるのは難しい。才能ある人がたくさんいるけど、それぞれの作品がいつの時代に撮られたかも影響していると思う。もちろん、無名でも素晴らしい人はいる。自分もラグ & ボーンのデザイナーを引退して時間が取れるようになったら、彼らが一生をかけて作品を撮るようなことをやってみたいね。

——今回の「Stealth Edition」はライカMモノクロームがベースですが、モノクロ写真に強い思い入れがありますか?

僕は主にモノクロ写真を撮っている。最初に買ったフィルムもモノクロで、言葉では説明しにくいけれど、とにかく好きなんだ。現実はカラーだから、モノクロで撮るとリアルさがそこまでなく、エモーショナルなものを感じるからかもしれない。

——ラグ & ボーンのWebサイトで、三脚にライカを据えて、モデル自身がケーブルレリーズでシャッターを切っている写真を見ました。

今は誰でもスマートフォンで気軽に自分撮りをする“セルフィーカルチャー”だから、そういう世の中の雰囲気について考えてみたんだ。そこで、“セルフポートレートをちゃんと撮ろう。ライカを使って、ラグ & ボーンの服を着て”というコレクションの発表をしたんだ。世の中に溢れるセルフィーカルチャーに、少しヒネりをきかせているというわけ。

——ファッションデザイナーとして、写真という媒体をどのように捉えていますか?

どのブランドもイメージを作ることは重要だ。多くのブランドはそこにファンタジックな世界を作り込みがちだけれど、ラグ & ボーンはそれと真逆のアプローチを取ってきた。普段から着られる服というリアリティを大事にしているから、世界観の提案というよりリアルワールドに近い表現をしたかったんだ。だから、最初のキャンペーンもPhotoshopを使わないストリートフォトにした。

お披露目イベント用に製作された、ライカとラグ & ボーンのコラボTシャツ。カメラ同様、文字の部分が蓄光塗料になっていた。

——マーカスさんと日本の縁について教えてください。

2001年に初めて東京に来てから日本に惚れ込んだんだ。だから、2002年にラグ & ボーンを立ち上げた時もアメリカと日本で販売を始めた。日本は僕のインスピレーションにとっても、ビジネスにとっても大事な場所だ。

今はラグ & ボーンの表参道ストアをリニューアルしたところで、地下にカフェをオープンするんだ。ちょうどブランドが世界展開するタイミングを迎えていて、日本とイギリスには特に力を入れたいと思ってる。

ライカMモノクロームに施した“ステルス”のアイデアについて

——蓄光塗料で文字を光らせるアイデアには驚きました。

腕時計の文字盤に使われる夜光塗料からインスピレーションを受けたけれど、正直なところ「なんで皆やらないんだろう?」と思ってる。見た目のクリーンさはそのままで機能を追加できるなら、こうして光るほうがいいだろう?

Stealth Editionの展示用アイテム。箱の中を覗くと、ブラックライトに蓄光塗料が反応している様子が見える。覗き穴にカメラを当てて撮影した。

——カメラの外観をブラックアウトさせるアイデアはどこから?

ライカはひとつの完全な“モノ”だと思っていて、写真撮影のために無駄がなく、機能を完全に体現しているツールと言える。そんな無駄がないライカのデザインをさらに削ぎ落として、より洗練を求めてみた。ライカMモノクロームは、もともと正面と背面の情報が少なくクリーンに見えたけど、上から見るとダイヤルやレンズの指標など情報量が多く感じられたんだ。僕はそれらの数字をすぐに把握できるほど賢くないから、もっと控えめで最小限にしたかった。

最低限の刻印にのみ色(蓄光塗料)を入れた。

——塗装やレザーも特別なものだそうですね?

オリジナルのライカMモノクロームをもっと黒くマットな質感にしたかったから、真っ黒なPVDコーティングを施した腕時計みたいな質感にできないか提案したんだ。

そこで外装のレザーも変更して、もっと黒さを感じるものにした。本当はベジタブルタンニンなめしみたいにしたかったけど、外装に使う素材にもライカの厳しいテストがあった。その基準を満たしつつ、生産する125セット分をまかなえる量のレザーがたまたま手に入ったから、それを使ったよ。

本当は日本限定のライカM6にあったように、ストラップを取り付けるアイレットまで黒くしたかった。でも、塗装が剥げてしまう恐れがあって実現できなかったから、そこだけが心残りかな。

——セットのレンズがF1.4ではなくF2のズミクロン35mmで、渋いチョイスですね。

レンズ選びは難しかったよ。35mmも50mmも好きでたくさん持っているし、暗いところで撮るにはF1.4のズミルックスが合っている。けれど、F1.4はときどき重く感じる時もあるから、今回はF2のズミクロンにした。

レンズ銘板の刻印にも色を入れず、ブラックアウトさせている。

個人的には18mmも好きだけど少し特殊な画角だし、F0.95のノクティルックス50mmもいいかなと思ったけれど、あれは誰が使うにも重たいレンズだからね。

——そのほかに、外観のこだわりポイントはありますか?

そういえば、先日のニューヨークのローンチパーティでは話すのを忘れちゃったんだけど、ダイヤルや電源スイッチのローレットも最近のライカとは違ったものにしてるんだ。古いライカのシャッター速度ダイヤルや巻き戻しノブのような菱形パターンで、よりグリップが生まれて滑らないから気に入っている。ライカに元々あったローレットパターンだからこそ、彼らもこの希望には応えざるを得なかったというわけさ(笑)

菱形のローレットが刻まれている。ほどよくエッジが立っており、グリップは良好。
レンズの絞りリングも同様。
ピントレバーも通常品とは微妙にデザインが異なる。

——ブラックアウトのアイデアしかり、シンプルなデザインが好きですか?

“シンプル”という言葉の定義にもよる。ポルシェはシンプルで、フェラーリはシンプルではないけれど、どちらも好きだ。ドイツ車は機能的で、イタリア車には派手さとドラマチックさがある。“シンプル”には哲学的な意味があって、外観について言うシンプルとはまた違う。

その点では、M型ライカは外観のシンプルさが重要な製品だと思う。デザイン性で生まれたカメラではなく、機能ありきで追求したカメラが美しくなったわけだからね。かつて巻き戻しノブだったところを最新のライカM10では感度ダイヤルに流用したのも美しいし、1954年のライカM3のオリジナルスタイルに近いところが好きだ。鈍重な印象を受ける人も多いかもしれないけど、シンプリシティは大事だ。

ライカM3(1954年)
ライカM10(2017年)

——ライカとのコラボレーションということで、特に気に掛けたことはありますか?

M型ライカのデザインをさらによくするのは難しいと最初からわかっていたから、それだけでもナーバスになったよ。今回のステルスも、“マーカス・ウェインライト(ラグ & ボーン)モデル”ではなく、ライカMモノクロームのひとつの形として慎重にデザインしたんだ。

やろうと思えばクレイジーな方向性のデザインもできたけど、今回はオーセンティックにやりたかった。ライカのコミュニティや歴史をリスペクトしているから、ライカファンが本物だと感じられるものにしたかったんだ。 だから、加えた変更は非常に細かかった。

マーカス・ウェインライト氏。ライカMモノクローム(Typ246) ‘Stealth Edition’を手に。

M型ライカはもともと最高のデザインだし、もっともアイコニックなカメラだ。腕時計で言えばロレックスのオイスターみたいなもので、手を加える必要なんかない。だからこそ、手を加えた部分には自分なりのアプローチを取った。楽しかったし、これに取り組めて幸運だった。

※ロレックスのオイスター:世界初の防水・防塵性能を持つ腕時計として1926年に開発された製品名。ねじ込み式の裏蓋などで完全密閉構造とした「オイスターケース」とともに、現在の製品名にも継承されている。

このStealth Editionを日本のライカファンがどう思ってくれるか、本当に楽しみだよ。ライカとコラボレーションできてラッキーだったし、とても誇らしいものができた。ライカの社内には職人肌な人が多いけど、僕のアイデアに対してもオープンで、全てに応えようとしてくれた。ワクワクする体験で、僕のアイドルであるジョージ・ルーカスに会ったかのような心地だったよ。

——今日はライカM10をお持ちですが、最近お気に入りのレンズは?

インタビュー中に「この絞り環のクリックが最高だから聞いてみてくれ」と手渡されたライカ。この日本人的なライカ観が“ステルス”にも通じていると思う。

最近はDRズミクロンが気に入ってる。デジタルのM型ライカにはうまくフィットしないレンズだけど、僕のライカM10ではわずかに無限遠に届かないぐらいで、ほぼ完璧に使えている。ライカでここまで寄って撮れるのは楽しいね。東京は撮りがいのある街だから結構撮影しているよ。

※ライカM10とズミクロン50mm F2 NF(近接撮影に対応したもの。いわゆるDRズミクロン)の組み合わせは、公式には非対応。

ほかにはラグ & ボーンのセルフポートレートシリーズでも使っている18mmが好きだね。ライカのレンズはほとんど持っていて、新しく出たズマロン28mmも小型で楽しい。ノクティルックス50mmはピントが浅くて使うのが難しいけど、ライカSLを持っているからEVFの拡大表示でピントを合わせながら使ってるよ。

次は75mmのノクティルックスを狙っている。そろそろストアに入荷してくる頃かな? さすがに高価だから、買ったことが妻にバレたらどうなるか怖いよ(笑)

本誌:鈴木誠