カメラ用語の散歩道

第8回:シャッタースピードダイヤル

どうして“あの場所”なのか 進化と回帰の歴史

ダイヤル操作のミラーレスカメラが話題になっている。シャッター速度やISO感度、露出補正などをダイヤル操作としたものだが、電源スイッチを入れなくても設定がわかるという利便性よりも、ノスタルジックな外観デザインが多分に受けているということだろう。今回はこのうち、シャッタースピードダイヤル(以下シャッターダイヤル)について語ってみたい。

シャッターダイヤルの位置

クラシックデザインとかヘリテージデザインとか呼ばれているデジタルカメラでも、多くはシャッターダイヤルをボディ上面の右手側、一眼レフのペンタ部を模したEVFの盛り上がりの横に配置している。この位置にシャッターダイヤルを持ってきたのは、実は1世紀近く前に登場したライカにそのルーツをたどることができるだろう。

ライカは、いわゆるドラム型のフォーカルプレンシャッターを非常に洗練された形に改良して採用したのだが、その機構上の都合からこのようなシャッターダイヤルの配置が生まれたのだ(写真1、図1)。

写真1:スクリューマウントライカ(いわゆるバルナック型ライカ)の上面右手側。機構上の都合でシャッターダイヤルがこの位置になった。
図1:バルナックライカのドラム型フォーカルプレンシャッターの原理図。カメラ背面から見たところ。シャッターダイヤル(8)はシャッター先幕(12)の軸(19)に直結しており、先幕走行とともに回転して露出時間を制御する。チャージやレリーズボタン(1)との関連からフィルム巻き上げノブ(11)と画面枠の間の位置となる。(金野剛志「カメラメカニズム教室(上)」朝日ソノラマ刊より)

ライカのフォーカルプレンシャッターは、画面枠を挟んで左手側に駆動スプリングを内蔵した先幕用と後幕用のドラムを置き、右手側にはそれぞれの幕の巻き取りドラムを設置する。フィルム巻き上げに連動して右手側のドラムに先幕と後幕を巻き取り、シャッターボタンを押すとそれぞれの幕が左手側のドラムに引かれて画面枠を走行する形になっている。

そして、シャッター速度の調節は先幕の走行途中のどのタイミングで後幕をスタートさせるかで決めているのだ。だからシャッターダイヤル(高速ダイヤル)は右手側の先幕ドラムと同軸か、あるいは近傍に置くということになり、結局ボディ上面、画面枠とフィルム巻き上げ軸の中間が、シャッターダイヤルの定位置となったのだ。

スクエア型のシャッター

その後、ドラム型のフォーカルプレンシャッターは一軸不回転ダイヤルとか、チタン幕だとか、いろいろ改良がなされたが、シャッターダイヤルの位置はそのまま変わらなかった(写真2)。1960年代になると、ドラム型とは全く別の形式のフォーカルプレンシャッターが登場した。先幕と後幕をそれぞれ薄い金属板で構成し、画面の縦方向を走行する、スクエア型シャッターである。

写真2:ライカのドラム型フォーカルプレンシャッターをお手本にしたカメラは、レンジファインダーカメラか一眼レフカメラかを問わず、みなほぼ同じ位置にシャッターダイヤルを設けている。写真はミノルタSR-T101(1966)。

コニカFSやニコレックスFに使われた初代のコパルスクエアは、シャッターユニットのフィルム巻き上げ軸側に縦方向に貫通する駆動軸を設け、その回転で先幕と後幕の駆動、そして露出時間の制御を行っていた。従ってシャッターダイヤルも駆動軸と同軸になり、位置的にはドラム型と同じものになったのだが、この構造ではなかなか小型化が難しい(写真3、図2)。

写真3:初代コパルスクエアのシャッターユニット。シャッターダイヤルの位置はドラム型と同様の位置に設けられているが、シャッターユニットの背が高く、カメラが大型化してしまう。(写真は金野剛志「カメラメカニズム教室(上)」朝日ソノラマ刊より)
図2:初代コパルスクエアの機構図。右手側に上下に貫通する駆動/管制軸を設け、その周囲を回転する円筒カムで先幕と後幕を駆動するような構造なので、シャッターダイヤルはドラム型と同様の位置に設けられている。しかし、背が高くなるのが難点であった。(金野剛志「カメラメカニズム教室(上)」朝日ソノラマ刊より)

この初代コパルスクエアの最大の欠点は、背が高いことであった。採用したカメラは上カバーを深くするなどデザイン上で工夫したのだが、やはり当時の他の一眼レフにくらべて背の高さがネックとなっていたのだ(写真4)。

写真4:初代コパルスクエアを採用したニコレックスF。背が高くなるのを目立たなくするために、上カバーを深くしてデザイン的に工夫をしている。(写真提供:日本カメラ博物館
裏蓋を開けると「Copal Square」の文字が見える。(写真提供:日本カメラ博物館

そこで次に登場したコパルスクエアSでは先幕と後幕をそれぞれ3分割と分割数を増やし、駆動軸と管制軸を縦方向から前後方向に変更することにより、大幅な小型化を図った。これでカメラの背も低くなり、採用するメーカーも増えたのだが、問題となったのはシャッターダイヤルの位置だ。ドラム型と異なり幕の駆動軸は画面枠に対して垂直方向、つまりカメラボディの前後方向に位置し、先幕の駆動軸と後幕の駆動軸の間に管制軸があり、その回転で露出時間を制御するようになっている(写真5)。すると、シャッターダイヤルの位置もカメラ上面ではなく、前面に突き出るような形で配置するようになるのである。

写真5:コパルスクエアS。初代から大幅に小型化したため、多くのカメラに採用されたが、幕の駆動軸や管制軸が前後方向に配置されるため、シャッターダイヤルの回転方向も前後方向の軸の周りとなる。この写真で手前にある大きな平歯車がシャッターダイヤルの軸である。(写真は金野剛志「カメラメカニズム教室(上)」朝日ソノラマ刊より)

この位置のシャッターダイヤルは、それ以前にもコンタックスI型やユニベックス・マーキュリー、それにバルナックライカのスローダイヤルなどの例があり、それほど悪い位置ではない。実際にコパルスクエアSを採用して、カメラ前面にそのままシャッターダイヤルを設けたカメラも多くあった。コニカオートレックス、トプコンRE-2、リコーフレックスTLS401などがその例である(写真6)。

写真6:コパルスクエアSを採用したカメラの多くは、このコニカオートレックス(1965)のようにシャッターダイヤルをそのままカメラ前面に突き出すような形で配置した。(写真は「日本の歴史的カメラ 増補改訂版」日本カメラ博物館刊より)

悪い位置ではないのだが、やはりそれまでのドラム型シャッターに慣れたユーザーにとっては、ちょっと奇異に感じられたのだろうか? あるいはカメラのホールディングの際に前面に出っ張っているダイヤルが邪魔と判断されたのだろうか? これらの前面に突き出たシャッターダイヤルは、あまり評判のよいものではなかった。そこで対策として、コニカFTAでは傘歯車(ベベルギア)で回転方向を直角に変換し、ドラム型のようなカメラ上面の位置にシャッターダイヤルを持ってきた。

後年、さらにコンパクトなコパルスクエアCCSの時代になっても、シャッターダイヤルを上にもってくる工夫は続いた。ニコンFMでは歯車ではなく糸と滑車を使って回転方向を変え、やはりシャッターダイヤルを上面に配置している(写真7)。

写真7:左はニコンFM(1977)。このカメラはコパルスクエアCCSを使っているのだが、前後方向のシャッターダイヤル軸を縦方向に変換するのに、右のような糸と滑車を使っている。手前に見えるのがカメラ上面のシャッターダイヤルが装着される軸、奥に見えるのがシャッターユニットに設けられたダイヤル軸で、両者を黒い糸で連結している。(写真左は「ニコンテクニカルマニュアル増補版」写真工業出版社刊より、写真右はCAPA編集部編「ニコン一眼レフのすべて」学研刊より)

レンズマウント周囲という選択肢

コパルスクエアSに話を戻そう。ニコマートFTとその後継機では、管制軸の回転方向の問題を他とはちょっと違った方法で対応した。このカメラでは水平方向のダイヤル軸の周りの回転を垂直方向の軸に変換することをせず、そのままレンズマウント周囲のシャッターダイヤルに平歯車(スパーギア)で引っ張ってきたのだ。つまりレンズマウント周囲のリングを回すことにより、シャッター速度の変更を行う。

レンズシャッターのカメラだと通常、シャッターダイヤルはレンズ鏡胴周囲のリングとなる。つまり、この配置はレンズシャッターの操作性に近づけたものと言える。レンズ鏡胴に設けられている絞りリングとも位置的に近くなり、回転方向も同じになるので、露出計の連動にも好都合であった(写真8)。

写真8:ニコマートFT/FS(1965)に始まるニコマートFTシリーズでは、シャッターダイヤルをレンズマウント周囲に設け、コパルスクエアSのシャッターダイヤル軸の回転を歯車で引いてきている。写真のニコマートFTnでは、レンズ着脱ボタンの下に見えるレバーでダイヤルを操作する。
すると、シャッター速度はこの写真のようにレバーの反対側に表示される。レンズシャッターの操作性に似通ったものになる。

興味深いことに、このレンズマウント周囲のシャッターダイヤルは後にオリンパスOM-1でも採用された。こちらの方はスクエア型のシャッターではなく、ライカのようなドラム型フォーカルプレンシャッターなのだが、小型化のために高速側の調速機構をカメラ底部に持ってきた。そのためシャッターダイヤルを上面にもってくるよりは、距離的に近いレンズマウント周囲の方が合理的なのだ。

電子制御シャッターのダイヤル

1970年代以降はフォーカルプレンシャッターの電子制御化が普及した。ドラム型、スクエア型を問わず、後幕のスタートをマグネットで抑止しておき、電子回路でタイミングをとることにより、露出時間を制御するのだ。そうなるとシャッターダイヤルの位置の制約がなくなり、シャッター速度制御用の可変抵抗あるいはエンコーダを操作できればカメラボディのどこに置いてもよいことになる。

しかし、多くのカメラは電子制御になってもシャッターダイヤルは従来通り、カメラ上面の画面枠と巻き上げ軸の中間に持ってきた。前述のニコマートも、電子制御シャッターのニコマートELになるとレンズマウント周囲をやめてオーソドックスな位置に戻している。ただコンタックスRTSに始まるヤシカ/コンタックスの系列だけは、電子制御による自由度を積極的に活用し、ボディ上面のフィルム巻き戻し軸周囲にシャッターダイヤルを配置した(写真9)。

写真9:電子制御シャッターになって、シャッターダイヤルの位置の制約がなくなったが、相変わらずバルナックライカ以来の位置が多数派であった。中でコンタックスRTS(1975)に始まるヤシカ/コンタックスの系列はフィルム巻き戻し軸の周囲にシャッターダイヤルを設け、それまでシャッターダイヤルがあった位置にはフィルム感度ダイヤルをもってきた(写真はアサヒカメラ編「国産カメラの黄金時代」朝日新聞社刊より)。

その後はデジタル制御やマイクロプロセッサーの導入に伴って「液晶表示+ボタン」、「液晶表示+コマンドダイヤル」というような操作系に置き換わっていったが、デジタルカメラの時代になってもそれは引き継がれている。

なぜこの位置か?

このようにカメラのシャッターダイヤルの位置は、さまざまな理由で変更を余儀なくされても、再びボディ上面のファインダーの右手側という位置に戻ってきている。現在のクラシックデザインのデジタルカメラも、その繰り返しのような印象だ(写真10)。

写真10:話題のニコンZ fc。富士フイルムのX-Tシリーズも同様の配置になっている。いわゆるクラシックデザインのミラーレスカメラではこのダイヤル配置が定番となるのだろうか?(写真はニコン Z fcの製品情報ページより)

しかし、この位置はカメラを使う上で必ずしもベストとは思われない。例えばファインダーを覗きながらシャッター速度を変更しようとすると、カメラを保持していた右手をいったん外してダイヤルにもっていかなくてはならないのだ。そういう使い方をするなら、親指の腹や人差し指で操作するコマンドダイヤルの方がはるかに使いやすい。それでも機種によっては、バルナックライカから連綿と続いている位置が依然としてユーザーに支持されている。やはり、カメラを楽しむにはノスタルジーの要素が欠かせないのだろうか?

豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在はカメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「とよけん先生のカメラメカニズム講座」(日本カメラ社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。