山岸伸の「写真のキモチ」

第36回:熱海の芸妓さんを撮りたいと、今、熱海通いを始めました

想い続けた憧れの被写体

山岸さんが、「いつか時間をかけて写真に残していきたい」と長年想い続けていた被写体が「熱海の芸妓衆」。本格的に撮影に取り掛かれる道が見えてきたという今、思うことを聞きました。(聞き手・文:近井沙妃)

始まりは15年前

今から15年前、私は熱海芸妓見番に電話をし、マネージャーと2人で見番へ挨拶に出向き、熱海の芸妓衆を撮らせて欲しいというお願いをしました。熱海芸妓組合の広報の方が米米CLUBのファンで私の名前を聞いたことがあると、話がトントンと進みました。帰ってすぐに撮影に行こうと思いましたがなかなかタイミングが合わず、行くことができませんでした。

その後、最初にお伺いした時に立ち会って話を聞いてくれた三味線の旬子さんから「華園(Kaen)」という冊子が届きました。旬子さんがわざわざ添えてくれた一筆箋を私はずっと大切にしまっていました。

(左)2007年に熱海市観光協会より発刊された熱海芸妓グラビア冊子「華園」。(中央)熱海芸妓連の正式な集合写真をはじめ、歌舞練場で舞う姿、お化粧をしているシーン、そして起雲閣などの観光名所で芸妓の姿をおさめた写真の他、お座敷遊び、芸妓用語の解説などが掲載されている。(右)旬子さんが添えてくれた一筆箋

そして長い月日が経ったある日、熱海市議会議員の村山さんから別の写真集を「見たら?」といただき、刺激を受け、撮りたいという強い気持ちがもう一度生まれました。

(左)村山市議からいただいた写真集「いで湯の女(ひと)」(撮影:宮寺三朗)。(右)宮寺三朗写真集「いで湯の女」よりスキャン

熱海芸妓見番へ、再びの訪問

再度どうしたら撮れるのかを村山市議に尋ねたところ、熱海市役所 観光商工課に繋いでくださり、齊藤市長にも挨拶をし、「ぜひ、熱海の芸妓さん及び『熱海をどり』を撮らせて欲しい」とお願いをしました。

(左)「熱海をどり」第三十回記念公演の冊子(2019年)。熱海をどりは毎年4月28日・29日に開催される。(右)「熱海をどり」第三十回記念公演の冊子より

やはり顔を合わせて話すことと、スピード感が大切です。その日のうちに熱海市役所 観光商工課の方が見番へ連れていってくださり、芸妓組合の事務長や広報の方などをご紹介いただき、撮影を開始することにしました。旬子さんとも再会でき、私のことを覚えていてくれたことがとても嬉しく、またさらに気持ちが高まる出来事でした。

熱海芸妓見番の前には初川が流れ、毎週土日の「華の舞」開催時にはのぼり旗が並ぶ

緩やかな傾斜の上に見番が建つ

一度、撮影に挑む前に物理的にも精神的にも俯瞰で全体をシンプルに見なければいけないと思い、熱海芸妓見番歌舞練場の2階席からカメラのレンズを通して全体を見て、数回シャッターを押し、その日は帰りました。

撮ってみて、「なんとかなる、なんとか撮れる」と、自分の中で見えてくるものがありました。また近いうちにもう一度行かねばと思いましたが、運悪く日本中がコロナ禍の中、芸妓見番も練習や公演を中止するなどの影響を受けました。重ねて私とのタイミングも合わず、また1年近くの月日が経っていました。

本格的な撮影へ向けて

このまま放置してはいけないと、広報の豆一さんとやり取りを今までより密にし、いつも「ぜひぜひ」と優しく声をかけてくださり、最近では地下の練習場で撮影をすることができました。

この日は毎週土日に開催されている、湯めまちをどり「華の舞」の本番前に小文さんが女役の琴千代さんと男役の紗都美さんの着付けをするシーンを撮らせていただきました。短い時間でしたがその空気感から厳しさと感動を覚えました。

本番の約1時間前、小文さんが琴千代さんの着付けを始める。長襦袢から着物を着る段階の撮影許可をいただいた

本番前にお邪魔して撮影をしているので、素早く間合いを読み負担にならないよう心がける

その場で少し写真を確認していただき、「わぁ、綺麗に撮っていただいて」と撮影終了

続いて男役の紗都美さんの着付けもしますがいかがですかと、お声がけいただけた

この日も私にとっては軽い撮影にしました。“軽い”というのは撮影を軽くするということでは無くて、時間や皆さんに対して迷惑をかけない程度にするという意味です。

着付けを終え、本番の舞台で「ちょいきな節」を踊る琴千代さん。ちょいときなせの囃子言葉は、ちょいと来てねの意味

「河太郎」を踊る紗都美さん。河童が遊び、たわむれる様をコミカルに表現して踊る

現状2回の撮影を終え、セレクトした写真を事務所でプリントしています。紙はGEKKO シルバーラベルプラス、キヤノンのPRO-1000でプリントし、芸妓見番に先日お渡ししました。プリントを手渡すことで生まれる意識の共有やコミュニケーションを大切にしたいのです。

本格的に深めていく

さあ、これから私は撮影を本格的に開始する予定です。今熱海は観光では賑わっていますが、歌舞練場にはまだあまりお客さんが戻ってきていません。なんとか写真の力で少しでもPRをしようと思い、私個人で盛り上がっています。お正月には芸妓衆がお正月やおめでたい日に着る黒留袖の「出の衣装」を纏うので、正月明けに3日間くらい熱海で温泉に泊まりながらでも撮影をしたいなと思っています。

毎週土日に11時から1回公演(約30分間)されている「華の舞」は芸妓さんが交代出演し複数の演目で構成される。観光の際はぜひとも予定に組み込んでほしい

改めて、写真の力を信じたい

今回私が写真で伝えたいことは「写真の力がどのくらいあるか」ということです。写真に加えSNSの力で歌舞練場がお客さんでいっぱいになる日を私は願っています。

たかが写真ごときと思うこともあります。ですが1つの例として、15年前に廃止の危機で大変な時期があった帯広ばんえい競馬場は今ではたくさんのお客さんが入り黒字になり、大繁盛しています。その一躍を私は写真で伝えたつもりです。写真の力を信じて、もう一度熱海の芸妓さん達を撮りたいと思います。

(やまぎし しん) タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、15年をかけて総撮影人数1,000人を達成。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。