山岸伸の「写真のキモチ」
第35回:カルーセル・麻紀 写真集
還暦ヌード写真集はレタッチなし
2022年11月30日 13:00
2003年に発刊されたカルーセル・麻紀さんの写真集「ff」(fortissimo)は、カルーセルさんの還暦のお祝いに企画された写真集でした。パリで撮影したことは、山岸さんにとって思い出深いロケとなりました。ほとんとがパリで撮った写真とのこと。パリロケのお話を伺いました。(聞き手・文:rinco)
還暦写真集にしよう!
六本木のスナックで会ったときに「(私を)撮ってよ!」って、本気で言っているのか? わからない麻紀さん独特の言い方で何度か言われていましたが、そのまま2年くらいが経っていたんです。
そうしたら、同じお店でまた会ったの。そのときも「もう! いつ、撮ってくれんのよ!」ってまた言われて……結構、怖いから(笑)。ちょうどタイミングが麻紀さんの還暦でしたので、「還暦写真集にしよう!」ということで決まったんです。
その頃、麻紀さんは夏休みは毎年のようにパリに滞在していた。夕方になるといつも、パリ市内にある「来来軒」という中華屋にいたんだ。それで、「彼女がパリに居るときに撮影しよう」となったんです。
でも、パリロケはものすごくお金がかかるから、すごく仲のいい大洋図書の会長に、この企画をお願いをして進めていきました。
麻紀さんは数多くのショーに出演している人なので、ヘアメイク、衣装も長いこと自分でやっていて、ヘアメイクは全然上手いし、仕事も早いんです。それで、ヘアメイク・スタイリストを連れず、アシスタントは山岸事務所のイケメン横内くんひとりを連れ、向かいました。
パリでは、麻紀さんとその来来軒で待ち合わせて、そこで打ち合わせをし、翌日から撮影をスタートしました。
城じゃない! なにこの臭いの!
もちろん、撮影には現地コーディネーターを頼んでいました。そのコーディネーターに、僕は「城を借りて撮影をしたい」とリクエストをしていました。でも、実際に行ってみたら、「城じゃないじゃない! なに! この臭いの!」って麻紀さん……。
もうひとつ悪かったのは、そこまで行くのに2時間半くらいかかったこと。麻紀さんがパリに詳しいことを、そのコーディネーターは知らなかった。麻紀さんは、「あんたどこ行くの!」「何時間走っているの?」「なに! あんた、パリに何年いるの?」「これ、城って言わないよ!」ってコーディネーターに言ってるんです。
確かに、城じゃなく、いわゆる別荘でしたね。軽井沢あたりにありそうな別荘だった。あまり綺麗じゃないし、臭いし。それに雨も降ってきて、寒い。「いやよ! できないわ!」って、麻紀さんも、気持ちがのらない。
僕たちがコーヒーを飲んでいる時間ずっと、麻紀さんはあちこち電話して話をしていた。そしたら、「明日は、私が用意したわ! 私が用意した城で撮ろう!」って。
ロッシュ・クルボン城
その城というのが、1946年に「美女と野獣」という映画のロケ地に使われた「ロッシュ・クルボン城」でした。もう本気の城。麻紀さんの知り合いの城だったから、「お好きにどうぞ」という感じで撮影ができた。麻紀さんは城の中をランジェリー姿で刺青を見せたまま歩き回っていた。ドンペリを飲みながらね(笑)。
麻紀さんにはヘアメイクも衣装もお願いしていたから、大変だったと思う。最後は怒っていたけどね。「あんた! なによ! わたし、衣装代くらいは出ると思っていたわ」って。確かにそうだなと思いました。「このドレス、アルマーニよ! 作って買った。冗談じゃないわよ!」って毎日ブチブチとお話を聞きながら……(笑)。
麻紀さんは、はっきりモノを言うけれど、それはいい仕事をするために言っているからね。それに、とてもいい人。このような由緒ある城で、「自由にどこで撮ってもよい」ということが、どれだけすごいことだったかと思います。
ロケって、「何か」が大切なの。「心を躍らせる、何か」それが大切なんです。だから、麻紀さんが最初の場所で、「還暦の私の写真集、ここで撮るの?」って言ったことは、理解できる。
JPEGで撮った写真そのまま
この辺から、海外ロケに行くとデジタルカメラの方が撮りやすくなりましたね。フィルムが嫌いなわけではないですが、デジタルの方が安全だし、カメラさえ壊れなければデジタルの方がその場で見られたりする。当時は、テザーなどはないので、撮影後にアシスタントが写真をまとめてくれて確認していた。
カメラはキヤノンEOS-1Ds。1,110万画素。それでがっちり撮れたんです。20年前、今がこのようになるって誰も思っていないし、デジタルカメラが走り出した頃でした。僕たちも、わけもわからずにデジタルカメラを使っていました。だから、この写真は当時の時代を残している。
城では珍しく、レフ板を組まないでクリップオンストロボで撮影していました。JPEGで撮った写真をそのまま載せています。レタッチなどはしていないんです。当時は僕たちもわからなかったから。
日本中の有名なカメラマンに撮られた人
パリでは3日間撮りに撮って、東京に帰ってきて、写真を組みました。デザイナーが竹尾ペーパーのこの紙を表紙に使いたいと言い、できた写真集は表紙の質感が不思議な、独特な感じの仕上がりになりました。
麻紀さんは、常に気を遣ってくれる人だし、それに日本中の有名なカメラマンに撮られた人だから(笑)。「何よ!」って感じだよ。そんな中で、僕を可愛がってくれた。それが僕には凄いことなんだ。アルマーニのドレスを着て夜のパリの街をキマって歩いている後ろ姿を見て、「凄いなぁ! この人は、ハンパないな」って思った。
彼女は一流を知り尽くしている人だから、すごく勉強になるんです。どれひとつをやっても、「なんでそうなの?」というのを彼女はわかる。僕の誕生日にいただいたワインが、我が家では一番高いものだったし。
撮られた人に「素敵、素晴らしい」って言われるのが、僕の一番の喜び
カルーセル・麻紀さんは当時の僕にはビックスターだった。だからこの写真集は僕の中で、ベスト5に入る写真集だよね。
こういう楽しい撮影だと2回も3回もやりたいけれど、麻紀さんが80歳って聞くと「そうか、これはいい思い出だ」と思う。今度、視聴率の高い番組にお出になると聞いてるし、「カルーセル・麻紀、ここにあり!」って感じです。今、この写真集の話をするのは、タイミング的にはバッチリだったね。
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カルーセル・麻紀:北海道釧路市出身のニューハーフのタレント。大阪の「カルーゼル」で働いていたとき、市川猿之助の紹介で日劇ミュージックホールに出演。以後、舞台、映画、テレビなどで活躍。1972年、モロッコで性転換手術を受ける。2004年には戸籍上の性別を女性に変更。