山岸伸の写真のキモチ
第12回:SIGMA fp Lは単焦点で使いたい
カラーモードを作品づくりに活かすポイントとデメリットを受け入れる技を披露
2021年9月3日 06:00
山岸さんといえば、OMデジタルソリューションズのミラーレスカメラOM-Dシリーズを愛用していることで知られていますが、最近はSIGMA fp Lが大のお気に入りなのだとか。撮影現場のほかにも、常に手元に置いて様々な場面で試しているそうです。同機を積極的に使う理由とはどのような点にあるのでしょうか。ポートレート撮影での使い勝手とともに語っていただきました。(編集部)
カメラの未知数を探す
写真を撮るためには、まずカメラが必要です。今やスマートフォンでも写真は撮れますし、動画だって問題なく撮れます。前回の連載では映像作品づくりについてお伝えしましたが、今後はスマートフォンだけで収録するという方法も試してみようと考えているほど、近年の性能向上は目を見張るものがあります。このあたりの事情は読者の皆さんのほうが詳しいくらいでしょう。でも、カメラでしか撮れない表現の世界は、まだまだ未知数。特にミラーレス時代になって、より出来ることも広がりました。今回はそんな未知数の表現世界を探す試みから、いくつかの成果を紹介してみたいと思います。
なぜSIGMA fpシリーズを選んだのか
これまでの連載でもお伝えしてきたように、僕は様々なメーカーのカメラを現場に持ち込んで状況に応じて使い分けるスタイルで撮影を進めています。もちろんOMデジタルソリューションズのカメラがメインであることに変わりはありませんし、これらでなければ撮れないシーンもまだ沢山あります。ライフワークにしている「瞬間の顔」シリーズも、OM-Dで通すと決めていますから、まだまだ活躍してもらわねばなりません。
仕事でのカメラの使い分けは前回もお伝えしたように、静止画の撮影ではOM-DシリーズとキヤノンEOS R5が現在のメインです。動画はソニーのカメラがメイン。α1とα7R IVで撮影をしています。そんな中でSIGMA fpシリーズが仲間入りしたわけですが、僕は本機を静止画の撮影で使用しています。
長くなりましたが、僕がSIGMA fpシリーズを愛用している理由は「コンパクト」だから。もちろん、色や画質の良さも理由の一端ですが、今「写真が変わる」という実感をもって使っています。
シグマではfpシリーズを「ポケッタブル」と表現していますが、確かに35mm判フルサイズセンサーを搭載しているカメラであるとは思えないくらいコンパクトです。実際にポケットに入るかっていうと、そういうわけではありませんが、僕の事務所にある機材の中ではダントツに小さいカメラです。
ですから常に脇に置いておけますし、サッと掴んで撮影に行くこともできます。そんな取り回しの良さも気に入っているポイント。もちろん、35mm判センサー機ですから、ダイナミックレンジも広いですし画質も十分。トータルで考えて、すごく使いやすく仕上がっているな、というのが短期間ながら使い続けてきた僕の感想です。
こだわりたい「色」に出会えるカメラ
撮影を繰り返す中で「ここはSIGMA fpシリーズで撮りたい」という場面が出てくるようになりました。
そうしたシーンで一番こだわりたいと考えているのが「色」の表現です。シリーズの中でも特に使っているのは高画素タイプのSIGMA fp Lのほうですが、色の良さを実感しています。画質もシャープですし、カメラの操作性もすごく分かりやすい。少ない操作でカラーモードを選択できるっていうのも、扱いやすいと感じているポイントです。
現場ではその場その場で、カラーモードを変えていくわけですが、変えている最中に「モノクロもいいな」となる瞬間があります。そうした発想にも即座に応えてくれますし、撮影結果を見てもキチッと表現できています。
そうした蓄積ができてきたこともあって、グラビア撮影の現場でSIGMA fp Lのみで撮影を試みたのが、発売中の『フォトテクニックデジタル』最終号(8月号)に掲載された一連の写真だったというわけです。
少し脇道にそれますが、同誌との関係はもう20数年来のものとなります。それだけお世話にもなっていますし、連載だってもたせてもらっていた。大恩がありますし、だからこそ僕も返していかなければいけないなと思っていました。そんな媒体が今回最終号を迎えるとの連絡を受けて、企画・計画したのが、このSIGMA fp Lでグラビアを撮る、という内容でした。僕はメカについて特別に詳しいわけではありませんし、機能について何かを語るという立場でもない。ただ、恩義のある媒体に少しでも返していければ、というのが事の発端でした。
銚子電鉄×映画のヒロイン役を捉える
これまでの僕の使い方では、SIGMA fpシリーズはサブの役割に徹していました。というのも、僕の中で同シリーズの役割と期待していることというのが、「味つけ」という観点にあったから。例えば長いページものや写真集などで、“アクセントになるひと味を加えたい”といった時に、登場してもらうカメラという位置づけでした。もちろん、単体でメインをはれるカメラであることは確かなのですが、僕は贅沢にもあえてサブで運用するという使い方をしてきた、というわけです。
そうした試みを続ける中で、ある程度の蓄積ができてきたこともあり、初めてこれ一台で撮影を通してみた、というのが今回の挑戦。撮影では銚子電鉄に再び協力してもらいました。モデルは映画『電車を止めるな!』のヒロイン役である末永百合恵さん。『フォトテクニックデジタル』誌をご覧になった人はすでにご存知だろうと思いますが、当日は雨が降っていて、撮影条件はとても厳しいものでした。
撮影場所と電車が来るタイミングなど、事前情報は以前にも本連載で紹介したように、袖山さん(銚子電鉄の車掌さんです。連載第8回をご覧になっていない方はぜひそちらも見てください)を撮影した際にチェック済みですから、撮影自体はスムーズでした。本当、雨が降っていたことを除けばね(笑)。
でも、雨の効用っていうのも実はあるもので、こうした悪天候での撮影はカメラのハンドリングを含めた使い勝手が如実に現れます。そうした意味でOMデジタルソリューションズのカメラは水をかぶっても平気ですから、様々な場面・状況で信頼して使うことができているというわけです。
対して、SIGMA fp Lは、ご存知のとおり放熱用のスリットがあったりして、水濡れがちょっと怖い。でもカメラ自体がとてもコンパクトなので、同じく小型の単焦点レンズが揃うIシリーズとのマッチングもあり、雨天にも関わらず好結果をもたらしてくれました。6ページの紙幅を過不足なく構成できる内容を撮影できたという、その事実が、まさにこのカメラの実力を雄弁に物語ってくれているわけです。
Iシリーズとのバランスが良い
かねてよりお伝えしているように近年はズームレンズの性能が非常に高くなってきており、あえて単焦点レンズを使わなければ撮れないシーンが減りました。自身の撮影現場を振り返ってみても、OM-Dシステムでは「M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO」が活躍してくれていますし、あとは単焦点レンズでは開放絞り値がF1.2のシリーズ(17mm・25mm・45mmの3本)があれば仕事は問題ないくらい。
ただ、SIGMA fp Lでは不思議と単焦点レンズしか使う気にならないんです。組み合わせているのは、Iシリーズとして位置づけられているContemporaryラインの4本。24mm F3.5、35mm F2、45mm F2.8、65mm F2です。「単玉に惚れちゃった」と言えばいいのかな。
なぜこれらのIシリーズを愛用するようになったのか、というと、撮りたいイメージにあわせた画角が見えてきているからなのだと感じています。迷わずに、撮りたいシーンに応じたレンズの焦点距離が選べるようになってきたこともあって、少数の高性能レンズがあれば、今の僕の仕事では問題がなくなってきているということですね。
もちろん、飛行機の撮影やばんえい競馬などでは、OMデジタルソリューションズの超望遠ズームレンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 150-400mm F4.5 TC1.25x IS PRO」の出番になります。が、ふだんのポートレート撮影では、あえてズームレンズを使うことがなくなってきている状況があります。
だって見てください。このカットでは雨傘の赤がキチンと出ているでしょ? これだけ発色が良いというのはスゴイと感心しています。
以下の2カットは同じ場所で撮影していますが、それぞれ異なる印象を感じるだろうと思います。というのも角度に加えて、電車の色をそれぞれの場面で変えているから。一方のカットでは、少しだけ雨に濡れるのをガマンしてもらって、傘なしで撮影しています。
紫陽花がまだキレイに残っていたので、色あいの組み合わせを狙いました。グリーンと紫陽花の色が出るといいなと思って。カラーモードは「フォレストグリーン」を使用。どうしても曇天×雨なので、背景に色がある場所をもってきているというわけです。カラーモードの選択ひとつで、大きく印象を変えられるというのも本機の使い所となっています。
ちなみにこの場所では、大きく枝葉をひろげている樹が傘がわりになってくれていて、モデルを濡らすことなく撮影できました。やっぱり、こうした場所を第一に探していかないといけません。ここでも袖山さんの撮影をした際の経験が役立っています。次に撮る時は、今回の蓄積がありますから、同じ場所を使ったとしても、また別の視点から撮影できると思います。
次の撮影に向けた引き出しをつくる
末永さんの撮影とこれまでの試みを通じてSIGMA fp Lによるポートレート撮影の可能性が見えてきました。この時は同機を集中的に使用して撮影をしていきましたが、もちろん普段の撮影でも試行錯誤を繰り返しています。
このカットは、これからどんどん活躍してもらおうと考えているモデルを捉えた際のものです。モデルの名前はイ・リンさん。空手の有段者で、玄光社が出しているポーズ集にも登場しているモデルです。
実は彼女を撮影した日も天候が悪く、曇天でした。この時は前回の連載でお伝えしたような映像作品の収録がメインでしたので、アシスタントの佐藤を指導しながら、合間あいまで彼女の静止画カットを収めていました。
どうしても光量に乏しい状況でしたから、カラーモードをシネマにして撮影を進めていきました。実は雨が降っていたりするシーンだと、このカラーモードが活躍してくれるんです。
冒頭に掲載したカットを撮影した時の様子をご紹介しましょう。この時は小さな照明を当てるとどうなるのか、を試していました。“うまくいくかどうか”は別にして、今後の撮影に向けた助走段階と言えばいいでしょうか。「次の撮影でどのように撮ることができるか」を考えながらシャッターを切っていると、その時は使えないカットだったとしても必ず次の機会につながっていく糧になります。
既成概念を打ち破っていきたい
SIGMA fp Lは、今見せられる写真が、人物よりも撮影の合間で捉えたスナップの方が多い状況です。裏を返せば、それくらい肌身離さずに使っているっていうことでもありますね。実は、それくらいに、常に思い立った時に試すことを繰り返しています。常にそばにある、ということはもちろんなのですが、もっと大切なのが「撮ってみよう」と思わせてくれるカメラであるということにあります。
つまり、このカメラは「どんなふうに写るんだろう」というワクワクした感覚があるということです。こうした感覚を抱くカメラって、実はそうあるものではありません。例えば、キヤノンやソニーのカメラは、どんな場面でも安定してソツのない結果を出してくれます。面白みがない、というわけではありませんが、よく分かっているということに加えて、結果が想像できるということもあって、逐次「どう写るんだろう」なんて試そうとは思わないんです。それがSIGMA fp Lだと、やっぱり独特の描写がありますから、当たり外れがあるっていう意味ではなくて、場面ごとに試してみたくなるわけです。
このカットは工藤美術さんにつくってもらったマネキンを撮影した内の1枚なのですが、あえてフリッカーを入れて仕上げています。ちょっとブラウン管のテレビを複写したみたいで面白い表現でしょ? フリッカーが写りこんでいる写真は失敗カットという思い込みを捨てるだけでも表現って格段に拡がります。
フィルムの頃ならいざ知らず、デジタルカメラって実はとても奥深い表現ができるということに、気づいてほしいなと思っています。制約の中で表現を追求する姿勢にも正しさはありますが、そうした考え方にとらわれてしまってはもったいないですよ。制約をあえて無視して表現してみることで、みえてくる新しい写真というのも確実にあるわけですから。そうした表現を追求してみたいなというのが、SIGMA fp Lを手にすることで生まれた今の僕の考えです。
このカットも、そうした色々な試みの中から見つけ出した表現です。被写体は人形ですから、立てたり寝かせたりも即座にできるわけです。実際に見比べてみるとよく分かると思いますが、それぞれに表情が違って見えるでしょ? こうした試行錯誤も面白いものです。何でも撮ってみる・使ってみることで、わかってくることって本当に多いと思います。
色にしてもそう。現場でちょこちょこと変えて試して、というリトライは常にタイトなスケジューリングでやっていますから難しいのですが、普段からこうして試すことで、引き出しがどんどん増えていくわけです。だから、現場でも迷うことがなくなりますし、判断とアイデア出しのスピードも速くなる。
白飛びについても考え方ひとつで作品にできるかどうかが変わってきます。ここではそうした階調の出方に関して、いわゆる「コシの強さ」がどれくらいあるのかを見ています。
ほぼ下半分が白飛びしていますが、これは意図的に試していることなんです。つまり、階調が飛んでしまったら全くダメなのか、を検証しているというワケ。いわばカメラとの対話と僕自身にとっての訓練ですね。撮り方・構図を含めて、こうした研究ができるのは、被写体とライトを常にスタジオに置いているからこそ。やっぱり被写体がないと何もできませんからね。
写真が変わる
このカットは、偶然Chisa Murataさんがスタジオを訪れた際に撮らせてもらったものです。ライトは手持ちの1灯だけ。手持ちで彼女のまわりをくるくるまわりながら、撮っています。画面全体がピンク色に染まっているこのカットにしても、もっと露出をオーバーにした表現もできそう。ほかにも、この一面ピンク色の世界で、様々な年代のモデルを撮っていったら、どのような見え方になっていくのだろう、といった発想も次々に浮かんできます。
こうした蓄積がもっとたくさん欲しいんです。だから思い立ったらすぐに撮れるようにしているというワケ。本当は海や川など、場所やシチュエーションを変えて色々と試したいところではありますが、なかなか状況が許してくれません。これだけは、ずっともどかしさを抱えていることです。
ともあれ、暇があればカメラを触って「どのような機能があって、どのような表現ができるのか」ということを把握することに意識を向けています。目的はあくまでも、ある機能があったとして、それを深く深く掘り下げていくのではなく、「どのような機能なのか」を知ること。深掘りしていく、っていうのは僕のスタイルじゃないな、という考えもあって、そうした向き合い方を続けています。
そうした意味では写欲を沸かせるカメラっていうのかな。SIGMA fp Lには独特の魅力を感じているワケです。別の言い方をすれば、写欲を沸かせるためにあるカメラって言ってもいいのかもしれません。
僕がシグマを使うようになったキッカケは、ある時、会津を訪れた時から。同地の風土に根付いた企業ということもあり、何だか街ぐるみで好きになってしまって。企業風土やコンセプトがカメラを通じて伝わってくるメーカーだと感じています。こうした感想を抱くようになったのも、近年のカメラが一定の水準に達したことも無関係ではないだろうと思います。撮るっていう行為そのものだとか、今お伝えしたような風土性を感じさせる方向にカメラづくりの方向が向いているというべきでしょうか。より、写真として残すということをはじめとした文化的な側面に近づいていっているように感じています。
このカットにしても動かないでね、じっとしててね、と言いながら撮っているわけではないんです。むしろ自由に動いてもらっている。被写体ブレだってありますけど、何したっていいわけです。約6,100万画素あるわけですから、トリミングして使うことだって出来る。後は仕上がりで判断してもらえばいい。そうした自由な発想こそが写真を変えるヒントを与えてくれるのだと思います。
今のカメラ・写真は、こだわりすぎて、「あれがいい」、「これがいい」って“正解”をつくることで、かえって選択肢を狭めてしまっている面があるように思います。良くも悪くも何でも出来るっていうのがデジタルの良さですし、だからこその可能性というのも実際にはあるはず。そうした可能性に、今カメラ側の性能が追いついたということでもあるのでしょう。何たって、このサイズ感で35mm判のフルサイズセンサーを搭載していて、しかも多様な表現力を備えているわけですから。だからこそ、僕もいま色々な使い方を試している、というワケです。このカメラとならきっと新しい表現が出来ると確信しています。