山岸伸の写真のキモチ
第11回:アイドルの映像作品を手がける意味と意義
宮藤あどね/緑川ちひろ/林歩楓 3名のグラドルを撮る
2021年8月6日 06:00
タレントやアイドルのほか、俳優や女優のポートレートを撮影する一方で、賀茂別雷神社(上賀茂神社)や球体関節人形、ばんえい競馬など、様々な撮影にフィールドをひろげている山岸さん。その多岐にわたる活動を示すかのように、刊行された写真集は400冊を超える勢いです。これら写真集や作品展で目にする山岸さんの足跡は、当然ながら静止画として目に飛び込んでくるわけですが、一方で、事務所としてアイドルの映像作品も手がけていることは意外と知られていないのではないでしょうか。今回は、アイドルの映像を撮る意味や、なぜこのような活動をしているのかを語ってもらいました。(編集部)
最新機材を現場に投入
職人に多く見られるように、プロと呼ばれる人々は自身の手にあった仕事道具を愛し、何十年、ヘタしたら一生というレベルで使い込んでいきます。藪から棒に何だと思われるかもしれませんが、僕もそれは同じ。OMデジタルソリューションズのカメラを長年愛用しているのも全く同じ考えで、自身の手に馴染んでいるからなのです。これは事あるごとにお話していることですし、この連載でも「瞬間の顔」の回で詳しくお伝えしてきました。
一方で、最新機種も積極的に取り入れています。キヤノンのEOS R5は早い段階から仕事に投入していますし、ソニーのα1も活用しています。キヤノンのカメラはやっぱり肌色がキレイ。ソニー機は写真のほかに動画もいけるところがポイントです。シグマのSIGMA fp(Lも加わりました)もこの連載で何度か紹介しているように、様々な場面で活躍しています。
意外と思われるかもしれませんが、動画撮影も積極的に取り入れています。ソニーのVLOGCAM ZV-1は最近特に気に入っていて、記録用に活用しています。今回は、そんな動画撮影に関するところから、事務所全体の仕事の一角を紹介していきたいと思います。
これまで手がけてきたアイドルの映像作品は
僕の事務所では、静止画の撮影のほかに、アイドルの映像作品も手掛けています。制作した映像は竹書房を通じて“Greenレーベル”として発売。刊行点数はすでに100本以上をラインアップしていて、現在もコンスタントに出し続けています。
今回はそうした仕事の中から、緑川ちひろさん、林歩楓さん、宮藤あどねさんの3名の事例を紹介していきたいと思います。
緑川ちひろ:カロスエンターテイメント所属。最新DVD『白と黒』は8月27日に発売予定。Twitter
林歩楓:GMBプロダクション所属。Greenレーベルには今回が初登場でタイトルは『Prelude』。Twitter
宮藤あどね:A story代表。GreenレーベルのDVDタイトルは『heroine』。Twitter
制作体制は事務所総出で行っています。撮影から編集に至るまで、一貫して事務所で制作しているわけですが、本来こうした映像作品をつくるコストからすれば、だいぶ圧縮された経費状況ではあるものの、それでも事務所としては少し足が出る状態が続いています(笑)。
では赤字なのになぜ続けているのかというと、それは仕事として回していくメリットが勝るから、というのが答えとなります。
1本の映像を仕上げるためには、静止画の場合と同じようにヘアメイクや衣装が必ず付きます。もちろんモデルのマネージャーがつくこともありますし、事務所の社長が同席するということも間々あります。実に多くの人間が関わって1本の映像がつくりあげられているわけです。
「仕事にする」ということは、ギャラの支払いがイコールの関係で生まれます。これは我々、撮る側はもちろんのこと、モデルや関係者にとっても大きな原動力となりますし、昨今のように人物撮影が難しい状況では、日々のモチベーションを維持することにもつながってきます。何よりも、こうして継続的に他者と仕事をともにするということは、お互いを知る機会にもなりますし、次の仕事もスムーズになる。人を撮る仕事をしている身として最も大切にしておかなければならないポイントが、まさに集約されているわけです。
静止画も動画も撮影する
静止画と同じように多くのスタッフが関わる中で、現場では動画の収録とメイキング撮影、要所要所での静止画の撮影が同時進行します。時間もタイトになってきますから、現場は息つく暇もないほど。事務所のアシスタント2人も撮影にかかりっきりになります。
撮影は僕も含めてアシスタント2人との分業で進行する流れをとっています。表紙や要所での静止画は僕が担当し、アシスタントの近井はスナップとメイキングの撮影を、同じくアシスタントの佐藤には動画撮影をそれぞれ担わせています。
いま、動画収録は全てソニー機で進めています。機種はフルサイズミラーレスカメラのα1とα7R IVをメインに使用。あとは要所でハンディカムを使ったり、シャワーや海など、水を扱うことになるシーンではJVCケンウッドのエブリオシリーズを活用したりと、場面に応じて機材を使い分けています。ソニーをメインに使っている理由は、スチルと動画の双方に対応できることと、キレイな画が撮れるからです。
対して、近井はOMデジタルソリューションズの機材をメインにしています。明るいレンズがあって、シャッター音を含めて動作が静粛であることから、現場ではこれらの機材がベストマッチします。動画を収録している中で同時に静止画をおさめていくことになりますから、とにかく静かに撮るということが大切なのです。こうした撮り方もまた、彼女にとっての学びの場となり、力となっていく、ということも考えながら仕事に向き合っています。
ところで手分けして撮影を実施しているということは、やはり2人の力量を信じていなければ、どうしたって出来ません。2人の仕事っぷりは、もう助手という枠を超えたもの。アシスタントは確かに助手という立場にはありますが、ウチの2人に限って言えば、そうした次元はすでに卒業しています。ライフワークとしている「瞬間の顔」で、今年5月に開催した13回目の展示では同じ会期で隣の会場で近井も展示をさせてもらうことができましたが、しっかりと作品をつくっていける実力があることは、会場にいらしてくださった方には、よくお分かりいただけたことだろうと思います。
動画撮影を仕事にする理由
事務所総出で撮影にあたる理由は、単に映像作品ゆえの事情だけというワケではありません。むしろ、それ以上に大きな理由となっているのが、最新のカメラを機能面も含めてどのように活用できるのかを試す場にする、という点にあります。
現場では、僕も含めてアシスタント2人との分業で撮影を進めているワケですが、意味合いとしては「アシスタント2人の勉強のため」という側面が大きく、「動画への慣れ」をもうひとつのテーマとしています。
すでに100本以上の映像作品を手掛けてきたとお伝えしたとおり、撮影はもうずっと以前からおこなっていました。いまや静止画撮影向けのカメラでは当たり前のように動画撮影機能が搭載されていますし、4Kや8Kによる撮影も手軽に楽しめるようになりました。
このようにカメラは常に進化を続けているわけですが、実際に現場でどのように使うことができるのかは、やっぱり実際に使ってみなければ分かりません。そうした意味でも、このような現場仕事が必要なのです。
それに自然光のスタジオだと、やっぱり気持ちのいい写真が撮れます。小物ひとつを撮るにしてもそう。モデルが着替えやメイクをしている時にアートフィルターを試してみたりと、カメラの様々な使い方を模索しています。
最新のカメラを試す意味
僕の役割をもう少し詳しく説明すると、「どこでどのように撮るのか、スタッフの数をどのぐらい集めるのか」といったプロデュース面のほか、金銭面の工面をどうするのか、ということをトータルで見ています。僕は一人のカメラマンでもありますが、同時に事務所の経営という仕事もあるのですから。
動画の撮影は佐藤に任せていますが、ひとつ前の先輩、さらにもうひとつ前の先輩にも同様に任せていました。僕の事務所で佐藤はすでに76本の映像作品を撮っています。クレジットには「マッハ佐藤」という名前で載せていますが、この名前もだいぶ浸透してきたようです。最初こそ見よう見真似で動画を撮影していましたが、いまや演出指導から編集までを一貫してこなしてくれています。
僕は光の読み方や全体のディレクションは指示できますが、動画に関しては教えることができません。ですから佐藤の撮る動画は自学自習の賜物。本当によく勉強していると思います。なにせ、ふだんの事務所仕事の合間で動画の知識や技術を身につけなければならないわけですからね(笑)。
そんなタイヘンな業務が少しでもラクになるようにと、撮影の補助になる機材も積極的に導入しています。道具はアイデアと使い方次第で、如何様にも撮影者を助けてくれますからね。例えばGo Proを定点で設置しておけば、その時間は自身で撮影しなくても良くなります。こうしたアイデアが閃くのも現場に立っているからこそです。
撮影の合間あいまで僕がスナップを撮っているのも、そうした理由から。時間と場所をフル活用して自分なりにテストをしている状態なのです。
どのような機能があって、どのような結果を生むことができるのかを把握していれば、進行がグッとスムーズになりますし、アッと言わせる瞬間を撮影することもできる。やっぱりね、そうした驚きや新鮮味を与えられなければダメですよ。
ワークフローを伝授する
現場では皆が自分のポジションで、それぞれの役割を果たしてくれています。アシスタントの2人もだいぶ成長してきました。
カメラマンとは言うまでもなく撮影を通じてお金を得る職業です。が、撮影だけをしているわけでもありません。モデルの手配や調整、ロケ場所の確保、関係者とのすりあわせ、食事の手配などなど。やらなければいけないことは盛り沢山です。自身の撮影分に加えて、これらの所務を通じてどれだけの費用が発生するのか、注意すべきことは何か。これらを考えることができなければ、当然、安定して仕事をまわしていくことはできません。もちろん場所の確保では、撮影の可不可だってありますから、気にすべき事柄は本当に多岐にわたります。
とはいえ、この映像制作に限っていえば、まず儲かるということはありません。良くてもトントンといった具合。実際問題、これだけの所帯を維持していくというのは結構タイヘンなのです(笑)。
でも撮影は続けます。モデルを誰にお願いして、どこで、どれくらいの期間、どう撮るか。スタイリストはどうするか、など。撮影前の準備はもとより、撮った後も編集作業がありますし、広告を出す必要だってある。発売されたら、今度はサイン会の応援もある。これらをひっくるめてひとつの仕事が完結します。
やるべきことと・気にすべきポイントはたくさんありますが、でもそれが重要なのです。どのように差配して、費用はどれくらいの規模感になるのか。これを映像作品の制作を通じて、アシスタントの2人に伝えていきたい。そうした想いがあります。同時にこれは2人を雇う僕の義務でもあります。
要は、撮影に関わるすべての過程・工程を皆にわかってもらいたい、ということです。僕はあくまでもカメラマン。仕事として写真を撮って、日々をまわしていくためにすべきことは何か、ということを伝えるのが、雇用主として、また先輩カメラマンとしての責務。そして、やはりモデルや周囲のお世話になっている人たちが、日々を充実して生きていけるような状況をつくることもまた、自身のもうひとつの仕事なのだと思っています。
1回の撮影では動画の収録と静止画の撮影、メイキングの収録、機材のテストをこなしていますから、内容の密度はかなり高くなっています。その分疲れはありますけれども、やっぱり楽しさが勝ります。
それに仕事を通じて新しいカメラを試せる意義は、繰り返しになりますけど大きい。静止画と動画で、それぞれどのように撮れるのかというインプットは大切にしたいですからね。事務所主導でやっている仕事ですから自由度も高め。そういった意味では勉強の場であるのと同時に、僕にとっては癒しにもなっているワケです。
動画の撮影は月イチくらいのペースで実施していますが、皆にとっても質の高い勉強の場になっています。何より、こうした仕事をしていると精神的にも健康でいられます(笑)。
これって本当はすごく意味のあること。人を撮影して生業をたてるのが極めて難しい状況が続いていますが、だからこそ、今、そうした仕事はとても大切になってきています。