写真展告知

菅原一剛 写真展「発光」

青森県立美術館で「光」をテーマにした三部作

写真家・菅原一剛さんがライフワークとして取り組んできた「光」をテーマとして作品展が青森県立美術館にて開催中だ。約20年に渡り、青森の地で光を見つめ、撮影をした膨大な写真たちは、まさに今回のタイトルのように自らが光を放っているように「発光」をしている。青南商事50周年(青森県弘前市に本社を置くリサイクル企業)を記念して開催される本展は「白い光」「大切な光」「新しい光」という3部構成にてスペースが区切られ展示され、菅原さんがこれまでに取り組んできた、さまざまな古典技法と最新のデジタルプリントの融合によって構築されている。

縦5列、横5列の計25枚の岩木山の湿板写真から展示はスタートする

会場に足を踏み入れるとタイトルの左に青森のシンボルでもある岩木山が縦横に5枚ずつ、計25枚の湿板写真として並ぶ。メインポジションに岩木山の写真を選んだ理由を菅原さんに聞いた。

「青南商事に何度も足を運ぶとヤード(作業場)から見る岩木山は四季折々で表情を変え、そのときの天候によっても異なる表情を見せてくれます。印画として湿板写真でガラスにプリントをしたものですが、1つとして同じものは作ることができません。それは季節の移ろいと同じように感じました。僕の青森の写真は岩木山から始まったと言ってもいいので、この写真からスタートしたいと思いました」

第1章 白い光

第1章 白い光

左奥のエリアAに足を踏み入れると壁面も床面も真っ白な広い空間がある。菅原一剛さんが20年近くに渡って撮影を続けている“雪の中の光”たち。その白い世界の中での“白い光”は不思議ととてもあたたかいという。さまざまな白色を古典技法と最新技術によって表現したセクションだ。まるで雪原にポツンと取り残されたかのような錯覚になる。室内は音もなく、ゆっくりとした時間の流れを感じるほどだ。4つの壁面にはそれぞれ技法や手法が異なる作品が並ぶ。

(左)坂本龍馬の写真と同じくガラスがネガの役割となり、裏側に黒い布や板を置くことで陽画と見える。(右)白のUVインク印刷を重ねることで雪を表現した

いわゆる白銀と呼ばれる世界観を写真で表現するための試行錯誤の結果だ。その1つが正面左奥に並ぶ湿板写真(ウェットコロジオン)というガラスを利用した古典技法だ。これらは菅原さんと共に「湿板プロジェクト」を進めてきたプリンターの久保元幸さんが引き続きサポートする。長きに渡って菅原さんの作品を手掛けている盟友との共同作業による結果だ。それと対を成すようにして右奥には木製のフレームにオーバーマットされた白い作品が待ち構えている。白色のUVインク(紫外線を照射させることで固まるインク)のみを利用して、それらを何層にも重ねることで雪原や空を舞い散る雪の表現に挑戦した作品群だ。カメラによる複写では、うまくその表現の奥深さを伝えることが叶わない。すべての作品に共通していることだが、とくにこの作品は現地で自分の目で確かめてみることをおすすめする。

浜田兄弟和紙の兄、浜田洋直さん(写真左)が作り出す0.03mmの和紙
(左)世界最高と称されるわずか0.03mmの和紙に印刷されているため、一部は透過して二層目の和紙と重なる。(右)菅原さんがiPhoneのライトで照らしてくれた。木目が細やかで美しい和紙であることが分かる

そして、一際目を引くのは土佐典具帖紙(とさてんぐちょうし)を使った作品だ。0.03mmの和紙は別名「かげろうの羽」とも呼ばれ、その技術は国の重要無形文化財にも指定されている。浜田さんは祖父の浜田幸雄さんから紙漉きの技術を学んだという。この和紙を選んだ理由を菅原さんはこのように話した。

「この和紙は楮(コウゾ)を使っているのですが、普通の紙は日に当たると茶色く濁ってしまうのですが、楮は光が当たると漂白作用(太陽の紫外線と雪の水分によるオゾンを利用)があって、よりキラキラと輝いて見えます。そして、これは浜田さんから提案があったのですが、この作品は二重構造になっています。写真は表面的な二次元ですが、普通の写真表現とは異なる別の二次元を感じてもらいたいというのが今回の趣旨です。」

第2章 大切な光

第2章 大切な光

今回の作品展のフライヤーのキャッチにはこのように記されている。

「その光のあたたかさをなんとか写したくて
何時間も地吹雪の中に立って、そんな光を待っている」

凍てつくような冬の寒さの中で幾度もさまよいながら、やっと見つけ出すことができた大切な光。中央のエリアBはスペースとしてはもっと小さいが、菅原さんのこだわりがもっとも色濃く現れているように感じた。現像からプリントに至るまで、1人で黙々と作業を行った極めて内省的な世界だ。20年間、撮りためてきた膨大なフィルムを両手にいっぱいに抱え込み暗室作業に入った。その様子を見たアシスタントの池田光徳さんは、本当に作業が終わるのだろうかと不安になったと当時を振り返った。その中で、1つの写真が目に止まる。

長らく追い求めていた「大切な光」が写っていると感じた写真

「僕はライカM3に50mm、バルナックに28mmを付けて2台のカメラで撮影することが多いんですが、M3のベタ焼きを見ていたら、とてもトーンがきれいだったので、36枚すべての写真を焼いてみようと思ったんです。現像液を変えて、印画紙も変えながら、いろいろと試行錯誤を繰り返すなかで、ようやく出会うことができた気持ちでした。それで同じ日の28mmはどうだろうと思ったら、おそらく寒さでシャッターが走らなかったのか、露光されていないカットもあったんです。だけど、自分の気持ちと何か重なるものを感じて、それらをこの部屋に閉じ込めてみました。」

20年の歳月を費やしながらも、結果としてわずか数時間に写された写真のみで構成することを選んだことは、いかにも菅原一剛さんらしい。入り口が狭く、すっぽりと包み込まれるような空間になっているため、菅原さんの人柄に強く触れることが出来るエリアでもある。じっくりと写真を観賞した後に入り口を振り返ってみると、菅原さんからのメッセージが左右の壁に刻字されている。

第3章 新たらしい光

第3章 新しい光

最後のエリアCは「新しい光」という名が付けられ、津軽の地から出土した縄文土器と青南商事で写された鉄屑と言われる廃棄物が大判プリントによって展示されている。関係性が曖昧とも思える縄文土器と鉄屑だが、意外にも違和感は覚えない。むしろ、こうして並んでいることに必然があるような気がしてくる。その理由を菅原さんが教えてくれた。

「リサイクルの現場で見た鉄屑は、彼らにとっては単なるゴミではなく、新たなモノとして生まれ変わる原材料。そこに未来というか光を感じました。だからこそ、僕はこれらを写真にしたいと思ったんです。一方の縄文土器は、とても古い過去の産物。その欠片を集めて再生を行っている。どちらも欠片を集めて再生する。という行為は同じなんですよね。実際、僕は土器の採掘現場も見たことがあるんですが、リサイクルで素材を分別している手作業がとても似ていたんです。どこかで繋がっているような気がして、このような展示方法を考えてみました。」

写真の良いところはまったく脈絡がなくても、僕自身が見つけたものなので、そこに嘘がなければ、写真としては成立すると思うんです、最後に付け加えた。正面に並ぶ5つの縄文土器は漆黒の背景から浮かび出るかのような存在感を放っているが、鉄屑もそれに負けぬ圧倒的な個性で呼応する。この空間の中に入って感じるのは古いものを見ているという感覚はなく、どこかモダンで新しいものが生まれてくるような感覚だった。

なお、すでに応募は締め切られてしまったが、1月21日(土)に開催される「GR meet 47」青森会場はゲスト写真家に菅原一剛さんを迎え、青森県立美術館とねぶたの家 ワ・ラッセにてイベントが行われる。また、ほぼ日刊イトイ新聞の連載をまとめた書籍「写真がもっと好きになる。」が15年の時を経て“改訂版”として復刻リニューアルした。本日、1月19日より全国の書店で購入可能だ(写真展会場では先行販売中)。

会場

青森県立美術館
青森県青森市安田字近野185

開催期間

2023年1月7日(土)~1月29日(日)

開催時間

9時30分~17時00分(最終日は16時30分まで)

休廊

1月10日(火)、1月23日(月)

作者プロフィール

1960年、札幌市生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、早崎治氏に師事。フランスにて写真家として活動を開始して以来、数多くの個展を開催。1996年に撮影監督を務めた映画『青い魚』は、ベルリン国際映画祭に正式招待作品として上映される。2004年フランス国立図書館にパーマネントコレクションとして収蔵される。2005年ニューヨークのPace/MacGill Galleryにて開催された『Made In The Shade』展にロバート・フランク氏と共に参加。また同年、アニメ『蟲師』のオープニングディレクターを務めるなど、従来の写真表現を越え、多岐にわたり活動の領域を広げている。2010年サンディエゴ写真美術館に作品が収蔵。2014年作品集『Daylight | Blue』上梓。
日本赤十字社永年カメラマン
大阪芸術大学客員教授