RICOH GR|Special Story
Life with GR / no.01_ハービー・山口
2021年10月25日 12:00
まだ、夏の暑さが残る、初秋の晴れた日、中目黒駅近くでハービー・山口さんと待ち合わせ、編集者を含めた3人がそれぞれのGRを片手に散策しながら話しを伺った。住んで20年ほどになるというハービーさんが案内してくれたのは、目黒川沿いの風景や昔は富士山が見えたという小高い丘の公園。
雑誌やテレビで紹介される人で賑わう商店街ではなく、一歩入った閑静な住宅地で、住み慣れた人の歩く散歩道といった雰囲気がある。小さな女の子と、その手を引くお母さんを見かけると、手を振りながらGRを向ける。自然で、お互いに警戒感も緊張も浮かべず、語らうように何枚かシャッターを切る。「ありがとう、またね!」とハービーさんが手を振って言うと、女の子は笑顔で手を振って返した。
ハービーさんと共に歩いているといつも印象的なのは、被写体を見つけたときの穏やかな笑顔と、きらりと光るその目である。写真は「HOPE(希望)」と語る、まさにその希望の欠片(かけら)を見つけた喜びが満ち、ハービーさんの放つ柔らかで暖かな気が、その表情からフワッと周囲に広がるように感じられる。被写体がレンズを意識せず、まるで挨拶でもするかのように撮影に応じるのも、きっとそれが伝わるからなのだろう。
「GRはね、こう顔の横に持って話しかけながら撮るんだよね。そうやってコミュニケーションしながら撮影すると、自然な表情が出てくる。仕事の撮影でもそう。今日はどこから来たんですかとか、いろんなことを話すんだけど、例えば女の子の場合は、好きな食べ物の話しなんかをしていると表情が良くなることが多いね。逆に少しメランコリックな表情を撮りたいときには、秋は物悲しいよねえ、なんて話してみたりして。なんにしてもやっぱりライカにノクチルックスを付けて、きっちりピントを合わせながら、レンズを通してしっとり撮るのとはまるで雰囲気の違う写真になってくる。もっと生き生きとした写真になるよね。」
今回は、従来のGR III(換算焦点距離28mm相当)に加えて新型のGR IIIx (同40mm相当)も交えながら、街のスナップやポートレートを中心に写真をセレクトしてくれた。その画角の違いは、撮影にどのような変化をもたらしたのだろうか。
「若い頃は常に28mmだったんだけどね、最近は50mmを使うようになったから、この40mmはとても馴染みやすかったね。特に今回はポートレートも多く撮ったから、背景の処理や自然な描写が期待できる GR IIIxは使いやすかったと思う。28mmは適度に背景の情報が入って、遠近感が誇張されてダイナミックな写真になるよね。もちろん、それが良い味付けになるときもあるけど、40mmは撮影の距離感も僕の感覚に合っている。適度に離れながら、心が通い合う瞬間がある。僕はよくモデルに、レンズの奥にある僕の心を見て欲しいって言うんだよ。だって、僕はあなたの心にピントを合わせているのだから、って」
その自然な距離感は、ポートレートにもスナップの作品にも良く表れている。一枚一枚に、巡り合わせた邂逅とそこで交わされた会話までが、ひとつの物語として写されるようだ。それもまた、心が通い合ったその瞬間を感じさせるものである。
「GRはなんといってもすぐに撮れるのが良い。AFもしっかりと合うしね。出会ったものをパッと撮る。シャッターチャンスが最優先。まずは撮ることを優先できるというのがいいよね。レンジファインダーのMFカメラも好きだけど、この即時のレスポンスは出せないからね。その人の目を見て会話をしながら、片手に持ったGRで表情を狙う。基本はGRに任せて、僕は会話とチャンスに集中するといった感じかなぁ」
そうしてセレクトした写真のプリントを見つめながら撮影時のエピソードを続けた。
「この三叉路は、僕が良く撮影する場所でね。1980年代から撮っているかな。通りかかった人を良く撮ってるんだよ。三叉路と言うのは人生の重なり合い、出会いと別れが象徴されるようで、なんか良いよねえ。こっちは、タクシーの運転手を撮った写真だけど、ハンサムな男でね。渋谷までの車中で君かっこいいから役者でもやればいいじゃない、なんて言ったら、え、分かります? 僕この前まで事務所に所属してたんですよ! でも今は仕事がなくて……ていう話しになってね。じゃあタクシーで経験積んでまた戻っておいでよ、それが良いよ。そんな感じで会話をして、別れ際に撮ったんだよね」
1枚1枚の写真の中に、物語が散りばめられている。人を引き寄せ、出会うべき人に、出会うべくタイミングに出会うその力も、ハービーさんの写真を支えるものなのだろう。ロンドン時代に一緒に住んでいたカルチャー・クラブのボーイ・ジョージ、偶然のタイミングで撮影した19歳の頃の故ダイアナ妃、地下鉄で出会ったジョー・ストラマー。自身の代表作となる写真それぞれに、その後を運命付ける必然と、偶然の出会いが重なり合う。人と出会う面白さ、人と生きる喜びが、それぞれの写真を通じて強く伝わってくる。ハービーさんの見つめる世界の美しさ、被写体の見つけ方とは、どのようなものなのだろうか。
「僕は小さい頃、腰椎カリウスという骨の病気を患っていてね。いつまで生きていられるのか分からなかったんだけど、戦後にアメリカから輸入された薬の恩恵でどうにか二十歳の頃に、激しい運動をしなければ大丈夫というところまで来たんだよね。その時初めて希望を感じてね、僕は生きて良いんだと。だからこそ『HOPE』をテーマにしようと思ったんだ。小さい頃はコルセットで友達とも遊べず、除け者にされていたから、人との関わりだとか笑顔というものに人一倍憧れがあったんだな。でも、それが治ってね。僕も、生きることの仲間に入れてよ! という思いが出てきた。それが、笑顔や親しみといったものにレンズを向ける根源的な理由になったんだ。それからは、パレスチナに行こうが、東日本大震災の被災地に行こうが、そこでは希望をテーマに撮影をしてきた。この前、ある女性からメールが来たんだ。ハービーさんが東日本大震災のときに撮影した写真に私が写っているって聞いて、その写真を見たのだと。そこで、16歳の私は笑ってた。それを見て、あの絶望の中で笑ってた私は、これから何があっても克服できると思いました、ってそう書いて送ってくれたんだよね。ああ、これが僕の役目なんだ、希望を撮っていて良かった、と改めて思ったよ。人の写真を撮るときのコツというのを良く聞かれるんだけど、僕がいつも言うのは『被写体となる人の明日の幸せを願ってシャッターを切ること』。それは、これからもきっと変わらないだろうな」
話しを聞かせてくれながら、時折通りがかる家族連れやカップルに手を振ってGRをさっと向ける。その時に見せるハービーさんの嬉しそうな目と穏やかな表情に、写真を撮るその意味と、そこに宿る「HOPE」がこちらにも伝わってくるようだった。