赤城耕一の「アカギカメラ」

第42回:ニコン Z 9で撮る日常

ニコン Z 9の人気がすごいらしいですね。いま注文しても納期未定という場合があるのですか? 実勢価格で70万円くらいするカメラがバンバン売れているってのは信じがたくて、もしかすると景気の悪いのは自分だけ、ええ、自分だけが異次元空間で生活しているのではないのかと思えてくるわけです。

もっともZ 9そのものが、還暦過ぎたジジイカメラマンが使うには持て余す超絶スペックゆえに、自分とは出逢うことのない関係のないカメラのようにも思えてくるわけです。

それでも商売柄でしょうか。あちこちから「アカギさん、Z 9はどうですかねえ?」なんて聞かれることが多くなりましてですね、評価を正確にお伝えできなくて申し訳なく思っています。でもね、こう聞いてくる人はもう購入を決断していて、筆者にダメ押し的に背中を押してもらいたいだけのようですね。筆者は思い切り背中押しますよ。頼まれれば蹴っ飛ばしてもいいですけどね。

もし『アサヒカメラ』がまだあったとしたら、半年くらいは特集で引っ張れるくらい中身の濃いZ 9ですから、おそらく貸出機は常時ウチで暮らしているような状態だったと思います。

長く生きていると社会情勢もまわりの状況、環境も自分も変わるわけで、同時に自分が必要とするカメラとかレンズも変わるわけで、これは仕方ありませんが、ニコンさんが筆者の姿を哀れに思われたのか、使ってみてくださいと親切にも10日間ほど貸出機を回してくれました。ありがとうございます。

で、せっかくですから、この連載で私なりのZ 9の感想を書いておこうかなあと。ええ、レビューというにはおこがましいですから。ジジイの独り言くらいでお読みいただければ幸甚です。例によって、スポーツとか、鳥とかなどを相手にする“本気撮り”の方には、何のお役にも立たないことをあらかじめ申し上げておきます。撮影しているのは“日常”ですので。そうですZ 9を使わなくても撮れるものばかりです。あ、本連載でキヤノンEOS R3を取り上げた時も、街をほっつき歩いて撮りましたので、そのポテンシャルの1/100くらいしか使っていませんでした。これもあらためてお詫びします(笑)。

届いたZ 9、化粧箱は意外に簡素ですね。ニコンF3Tのチタンカラーのそれなんか、ヘルメットが入りそうなムダに大きい化粧箱でしたけどねえ。時代に合わせて環境に配慮したということなんでしょうか。

さっそく開梱してZ 9を手にすると、貼り革が手のひらに吸いつく感じは歴代のニコンフラッグシップよりやや薄れた感があるのですが、それでも「おお!これはニコンだぜ」と、手が思い出したように喜んでいることがわかります。この感触はミラーレス機というより一眼レフのそれに近いんじゃないかなあ。というか、こうした手のひらの感触について感想を表現できるのって、他のメーカーのカメラではあまりないんですよね。

バッテリー入れてみました。すると重たいんですやはり。若い頃はデカくて重たいカメラも苦にならず、これこそプロのステータスだぜ、くらいに思っていたのですが、昨今は辛いです。こういう重量にを我慢できるのは仲間内の宴会で、ニコンF2にMD-2を装着し、空写しで動作音をお披露目する時くらいしかありません。最近はコロナでそんな宴会もできませんしねえ。つまらないですね。

で、Z 9はバッテリーとメモリーカード込みで約1,340g。堂々たる体躯です。大口径のズームレンズを装着すると軽い筋トレに使えます。EOS R3は大きさと重さが釣り合っていないというか、これは重たいぞと覚悟して手にしたら軽くて驚きましたからねえ。それはそれで興味深いんですけど。

毎度書いておりますが、一眼レフからミラーレスへの移行するときの筆者の期待は小型軽量化にあると頑なに信じていたのですが、これはどうなってしまったのでしょうか。ま、年寄りにも体力は必要です。

Z 9は全長の長い望遠レンズ、望遠ズームとのバランス的な相性は良いわけで、使用しているときは重量を忘れるでしょう。携行するときは覚悟が必要ですけどね。ただ、今回使用した廉価なレンズをつけると、少し悲しいです。その理由は後で述べます。

NIKKOR Z 24-70mm f/4 S
廉価版の標準ズームレンズです。お、珍しいですねタル型の歪曲があります。その足りない性能にヘンに安心したりして。必要なら後補正も簡単にできちゃうんですけどね。
Z 9 NIKKOR Z 24-70mm f/4 S(F8・1/2,500秒)ISO 400
筆者はマイクロフォーサーズとかAPS-Cのフォーマットのカメラをよく使うので、おや、40mmでもこんなに被写界深度は浅いのかと思ってしまいました。再現はとても自然です。
Z 9 NIKKOR Z 24-70mm f/4 S(F4・1/1,000秒)ISO 400

ボディ周りにはいろんなボタンが点在しています。縦横を頻繁に切り替えて撮りたいという場合には、使いやすいのでしょうね。マメにボタンをカスタマイズして使うことのできるカメラマンには間違いなく便利に違いありません。筆者はマニュアル露出と絞り優先AEができれば仕事上まず問題はないので、あまりFnボタンって使わないんですね。ISO感度ボタンが表に出ているのは良いです。筆者はISO感度オート使わないので。

Z 9に限らず、カメラのポテンシャルを完全に引き出した使い方はしていないような気もします。レビューワーとしては失格ですね。反省しております。申し訳ないです。でもね、各部のボタンの押し心地とかダイヤルの動きとかにはうるさいです。Z 9はさすがにフラッグシップだけあって、スペックとは関係ないボタンやダイヤルの動きにまで気配りされているのは高く評価します。

一連の操作性は、ニコンデジタル一眼レフに慣れている人ならば、取り説を読まなくてもわかるんじゃないでしょうか。一眼レフからミラーレスへのスムーズな移行ができるように、あるいは一眼レフと共用しても、まごつかないようにという配慮なんでしょうか。あ、そういえば筆者は(おそらく)ニコン一眼レフ最後のフラッグシップになるであろうD6にはわずかな時間しか触れた経験がないので、正確なことはわかりません。

ちなみに筆者の現在のニコンデジタル一眼レフの愛機はDfで、ミラーレスはZ fcだから、正直なところZ 9とはUIの違いにまごつきます。でもまあ、これらのカメラの多くのユーザーも、Z 9を併用することは考えておられないのでは。もちろん操作設定に関してはZ 9には「困ったときのiボタン」があるので撮影時に不便と感じることはありませんでしたけど。

NIKKOR Z 50mm f/1.2 S
F1.2の標準50mmレンズは、撮影者の見たいところが明確化されます。性能面でも素晴らしいレンズです。ただし絞り開放での撮影が主目的になると、それに見合う被写体を探すようになってしまいます(笑)。
Z 9 NIKKOR Z 50mm f/1.2 S(F1.2・1/4,000秒)ISO 64
撮影距離は2.5mくらい離れているのですが、F1.2開放ですと、被写体が平板でも合焦位置が明確にわかります。それくらい繊細な描写をするレンズです。
Z 9 NIKKOR Z 50mm f/1.2 S(F1.2・1/8,000秒)ISO 64
大口径レンズなのに至近距離になってもまったく性能落ちません。シャープネスやコントラストもママです。50mm F1.2のスペックなら少しユルくても問題にはなりませんが、このレンズは徹底しています。
Z 9 NIKKOR Z 50mm f/1.2 S(F1.2・1/2,000秒)ISO 64

これはスゴイと感じたのはEVFの見えかたですね。最近、筆者はミラーレス機を使う時はライブビューでフレーミングすることも多くなりました。これはEVFをずっと見続けるとなんだか目が疲れるように感じることがその理由です。ええ、加齢による目の衰えですね、きっと。

カメラだけではなくて、朝からスマホにPCにタブレットにTVにと、このままでは自分の目が液晶化しちゃうんじゃないかと思うほどなんで、カメラの場合も少し目を離して観察したほうがいいんじゃねえかと考えています。

ところがZ 9は、あれれ? この人はOVFだっけ? と思わず勘違いしてしまうほど良い印象をうけました。大袈裟ではありません。これはドット数だけの問題ではないのですね。筆者は技術的に解説できないけど、画像の精細な表示、自然でニュートラルな再現性は心地よい目の快楽すら感じるほどです。

たとえば明暗差の大きい意地悪な条件で観察しても、おお、この被写体の露出は中間調をベースにハイライトを基準にすべきか、シャドー部の描写を考えるべきか、など撮影者側にもEVFを観察しつつ考えるクリエイティブな余裕が生まれるように思います。素晴らしいですね。

ひと昔前のEVFだと、詳細に観察することはせず、少しでも露出設定に迷ってしまうと面倒くさくなり、ブラケッティング撮影し、あとで適当なコマを選べばいいやとなります。このような撮影方法も決して悪いことではないのですが、頻繁にこの方法ばかりを取ると、気持ちが入っていない乱暴な撮影しているなという感じがします。あ、こうした思いをしてしまうのは筆者だけなのかもしれませんけど。とくにプライベートな撮影時には、意外にも気持ちを大切にする筆者なわけです(笑)。

NIKKOR Z MC 50mm f/2.8
ニコンのマクロレンズで50mmの焦点距離は初めてではないかと。背景のボケも自然で良い感じです。日陰の条件でこれだけ再現してもらえたら言うことないですねえ。
Z 9 NIKKOR Z MC 50mm f/2.8(F3.8・1/640秒)ISO 200
実直な性格の人という描写をしますねえ。前ボケもクセがなくて良い感じですし、歪曲もきっちり補正されています。
Z 9 NIKKOR Z MC 50mm f/2.8(F3・1/6,400秒)ISO 200
早咲きの桜。ニコンの表示絞り値は撮影距離によっては露光倍数を加味した実絞り表示されるので時々、あれ?と思うことあるのですが問題はありませんし、大型ストロボを使用する場合は重宝します。
Z 9 NIKKOR Z MC 50mm f/2.8(F3.5・1/500秒)ISO 320
本当はスナップ派ですから、絞りはキリキリと絞り込みたい方ですが、あまり絞るとレンズ性能が分からないとか突っ込まれるのでやらないのですが、やるときはやります。
Z 9 NIKKOR Z MC 50mm f/2.8(F11・1/160秒)ISO 100

ただ、これだけの高性能EVFを内蔵するためにはそれなりのスペースが必要なのでしょう。カメラ上部がペンタプリズムのように大きく出っ張るというのが、あまり好みではなく、デザイン的にどうよ、と思いました。あ、個人の感想ですから気にされませんように。

Z 9からはメカニカルシャッターが省略されてしまいました。ローリング歪みがないならメカはもうイラネってことなんでしょう。したがって完全なる無音撮影を可能としています。これは役立つ場面も多いことでしょう。が、逆に物足りないと感じる方も少なくないはず。こんなに大迫力のカメラでシャッター切っても音がしないって何? みたいな。手応えが薄いわけです。

もっともカメラは動画撮影が基本で、一応静止画も撮れちゃうよ、的な方向性になっているわけですから、カメラの進化としては当たり前ですね。あとはユーザー側の気持ちの問題なわけです。

ブラックアウトはないものの、シャッターを切った時は知らせてね、ということでファインダー内には、シャッターを切ると同時にレンジファインダーカメラのブライトフレームみたいなラインが出てきて、いま露光しましたと知らせてくれます。筆者はレンジファインダーカメラも好きですから、撮影タイミングがファインダー内でわからなくてもシャッター音がすれば問題ないのですが、サイレント撮影には、これは有効な方法ですね。

NIKKOR Z 40mm f/2
電子シャッターの効用って、超高速のシャッターが使えることにもあり、日中晴天下で絞りを開いて撮影することができます。この撮影状況で絞りを開くと、Exif見ないと使用レンズがわかりません。
Z 9 NIKKOR Z 40mm f/2(F2.5・1/12,800秒)ISO 200
おもしろくない作例ですが、このモチーフと撮影条件でこんなにシャドーが出てくるんだなあと感心しちゃったので掲載します。
Z 9 NIKKOR Z 40mm f/2(F8・1/500秒)ISO 200

通常設定の撮影時には、作り込んだ電子的なシャッター音がチャチャチャっと聞こえますが、この音はZ 9の大きさに似合わない感じがします。そのうち音色が選べるようにファームアップしたりするんでしょうか。偽のブラックアウトをさせるという機能を加えるのも「撮ったぜ」感を盛り上げるためには良い手段かもしれません。

ちなみに写真に写るのが商売のプロフェッショナルなモデルさんとか俳優さんの中には、サイレント撮影では撮られた時のタイミングがわからないと不満をおっしゃる方もいますので、このあたりは設定で使い分けたいところです。

NIKKOR Z 50mm f/1.8 S
ミラーレスカメラだから起動のレスポンスがどうとかというのは昔の話になり、街でふと見かけた光景も素直に撮れちゃうわけです。明暗差が大きいのに、基本設定のままでこれだけ階調を繋ぐのは優秀です。
Z 9 NIKKOR Z 50mm f/1.8 S(F8・1/2,000秒)ISO 400
遊歩道のカブトムシですね。年寄りなんでしゃがむと膝が痛いので、少しカメラを下げて、LCDを頼りに撮影しています。逆光なんですが、階調よく出ますねえ。
Z 9 NIKKOR Z 50mm f/1.8 S(F2・1/4,000秒)ISO 200
春の景色。Fマウントの50mm F1.8と同じスペックなのに立ち位置が違うというか別格というか、ツッコミどころのない違う世界の50mm F1.8という。ええ、値段も別格だと思うんですが。
Z 9 NIKKOR Z 50mm f/1.8 S(F2.5・1/5,000秒)ISO 200
なんてことはない光景なんですが、バイクと目が合ったからシャッターを切ったわけです。他意はないんですが、絞りを開いていたため少し不思議感が出ました。
Z 9 NIKKOR Z 50mm f/1.8 S(F2・1/6,400秒)ISO 200

画質に関しては文句のつけようがないというか、Zの高品位さを見事に活かしています。当たり前ですが、お仕事ならなんの不安もないでしょう。しかも、Zシリーズのレンズは、それぞれの価格帯によらず、情け無用なほど素晴らしくよく写ります。ショートフランジバックを極限まで生かすとこれだけの性能になりますという光学エンジニアの歓喜の声が聞こえてくるようです。ただ、一言言わしていただくと、とくに廉価なレンズ(といっても同スペックのニコンFマウントと比べると高いぞ)に関しては、どうにも外装の作り込みが今ひとつで色気を感じないですよ。レンズには光学性能至上と同時にモノとしての色気が絶対に必要です。

Z fcと一緒に購入したNIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)なんか、すでにプラマウントの角が白くなってきました。これだけでも筆者は暴れたくなりますので、有償でも構いませんから金属に換装してください。もっともZ 9には高級な大口径レンズを使わないともったいないのかもしれないですね。Z 9オーナーの方、体力つけて頑張ってください。

NIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)
青空、順光、剥がれた壁は必ず撮影しなければならないことになっております。フィルムの再現だと、“情念”が出てしまいそうなモチーフですが、なんだか爽やかです。
Z 9 NIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)(F10・1/800秒)ISO 200
道路予定地の光景ですね。筆者はブルーシートに反応するらしくシャッターを切る性癖があります。28mm“相当”の画角ではなくて、正統派の28mmでの撮影が嬉しいこともあります。
Z 9 NIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)(F8・1/2,500秒)ISO 400
街中のヘンな木も撮影対象ですね。カメラを頭の上にささげ持ち、LCDをチルトさせて撮影しました。便利な時代です。
Z 9 NIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)(F8・1/1,250秒)ISO 400
割れたフロントガラスが妙に画になるんですねえ。太陽光のリフレクションがありますが、ビクともしません。手頃なレンズなのにさすがです。
Z 9 NIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)(F4・1/6,400秒)ISO 400

Z 9とは関係ないですが、ニッコールZの一部に純正レンズフードが用意されていないのもいただけないですね。いやフードが用意されていても作り込みが悲しいですね。プラのフードはすり減りますぜ。こんなの使うならスタジオ撮影の時みたいに黒ケントを鏡胴の周りに貼って、余分な光を遮断したほうがいいくらいです。天下のニッコールレンズは気高くなければなりませんね。フード病患者の粘着ぶりをナメてはいけません。

今回はお借りしたレンズに加えて、手元にあります廉価版のニッコールZも使用してみましたが、いずれのレンズを使っても、あまりにもクリアなZ 9の再現性に喫驚いたしました。自分の濁った心の内を見透かされてしまった感じがします。言い換えれば、あまりにもよく写りすぎてそれが不満ということです。ええ、わがままですよ(笑)。

写りすぎると感じた場合はマウントアダプターFTZ IIを用意し、光学系が黄変したニッコールオート35mm F1.4とかズームニッコールオート43-86mm F3.5のシングルコートタイプあたりを装着して撮影すれば解決するかもしれませんね。今回もやろうと思ったけど、実行には移しませんでした。お借りしたZ 9のセンサーに汚れて歪んだ光を当てては申し訳ないからです。

貸し出し期間を終えて、Z 9は帰って行きました。筆者がこの景気の悪い異次元空間から脱出することができましたならば、またお会いできるかもしれません。さようなら。お元気でご活躍ください。

NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S
水仙。カメラ任せのフォーカシングですが細かいところにピンスポット的にフォーカシングが合いました。素晴らしき描写。「マイクロニッコール」名をやめたのは個人的には面白くありませんが、世間的に馴染みやすいようにでしょうか。
Z 9 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S(F4・1/2,000秒)ISO 800
逆光のモノトーンですが、階調再現は見た目よりも美しいような。レンズが協力してカメラの画を盛り上げているという感想を持ちました。
Z 9 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S(F8・1/40秒)ISO 400
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)