ライカM9【第4回】

フォクトレンダー「ノクトン50mm F1.1」を試す

Reported by藤井智弘


ライカM9に装着した「ノクトン50mm F1.1」

 ライカレンズの超大口径レンズといえば「ノクティルックス」。最初のノクティルックスは、1966年に登場した「50mm F1.2」。一般写真用レンズとしては、世界初の非球面レンズを使用していた。1975年には球面レンズのみの50mm F1にモデルチェンジ。そして2009年にF1を切る、「50mm F0.95 ASPH.」が登場した。現在、写真用レンズとしては世界で最も明るい。

 M型ライカが好きなら、1度はノクティルックスを使ってみたいと思っている人は多いだろう。だがその価格は111万3,000円。簡単に手は出せない。しかしライカ純正以外にも、F1.4やF1.2を切る、超大口径の50mmが存在する。それがコシナ製のフォクトレンダー「ノクトン50mm F1.1」だ。

 50mm F1.1といえば、1953年にズノー「5cm F1.1」、1956年に「ニッコール5cm F1.1」が発売されていた。ノクトンは約半世紀ぶりに登場した50mm F1.1だ。価格は13万1,250円。50mmが13万円というのは、決して安いとはいえないが、それでもノクティルックスと比べれば手を出しやすい。それでは、ライカ「M9」とノクトン50mm F1.1の組み合わせでは、どんな写りをするのか、試してみることにした。なおノクティルックス50mm F0.95 ASPH.とも比べてみたかったのだが、残念ながらノクティルックスは極めて数が少なく、ライカカメラジャパンには現在貸出用もないため、ノクトンのみで撮影した。

 マウントはライカMと互換性のある「VMマウント」なので、マウントアダプターなしでM9に装着可能。ブライトフレームも50mmが出る。M9に装着した姿は、なかなか精悍だ。クラシカルなピントリングがM9にマッチしている。ただしライカ純正レンズではないので、6ビットコードはない。もちろんレンズ検出のマニュアル設定でも選択項目はないので、レンズ検出はオフにした。

スリット入りフード「LH-7」を装着。ライカM9とよく似合う。1万2,600円と高価だが、ライカユーザーならおすすめしたい

 フードは付属のものでもいいが、別売のスリット入りフード「LH-7」の方がより似合う。このスリットはファインダーの視野を妨げないようにするためにある。レンズの重量は428gあり、手にするとずっしりした重さが伝わってくる。それでもM9とのバランスは良く、安定して構えられた。またピントリングや絞りリングが回しやすいのも好感が持てる。

 超大口径のノクトン50mm F1.1だが、当たり前だがレンジファインダー機では、ファインダー内でボケの確認をすることは不可能だ。実際に撮影して、液晶モニター上でようやくボケがわかる。それでも現像してみないと結果がわからないフィルムよりは安心感が大きい(それがフィルムの面白さでもあるのだが)。

 このレンズをお借りしたのは、梅雨の真っ直中。撮影した日も、朝から時々小雨の降るあいにくの天候だ。大口径レンズの絞り開放が活かせるよう、夕方から作例用の撮影を開始した。

 その前に、絞りによって写りはどう変わるか、同条件で絞りを開放から最小のF16まで絞って撮ってみた。その結果は、F1.1とF1.4の被写界深度の違いは、わずかにF1.4の方が深いものの、極端な差ではなかった。それよりも違いがはっきり出たのが、周辺光量低下。絞り開放のF1.1では、周辺光量が大きく低下するのに対し、F1.4は極端な低下がない。ほぼ画面全体が均一になるのはF2.8以降だ。周辺光量低下は、一般的には悪とされているが、あえてそれを活かした写真を狙っても面白い。F1.1の浅い被写界深度と組み合わせると、独特の世界が楽しめるだろう。

 解像力は、絞り開放ではやや低く感じる。またわずかなにじみも見られる。しかし非球面レンズを使用していない超大口径レンズとしては上々だと思う。しかも、これはピクセル等倍に拡大した場合。通常の鑑賞では、少しソフトな写りで、イメージ重視の作品に合っている感じがした。F2に絞れば、現代レンズらしいシャープさが得られる。ボケは、後ボケも前ボケも二線ボケ傾向が少なく、自然で良好だ。

円形絞りではないが、絞り羽根は10枚あり、円形に近い自然なボケが得られる

 作例写真は、曇天の夕方なので、青みが強く、少しくすんだ写りだ。梅雨の雰囲気を出すため青みを補正せず、あえて露出をアンダーめにして、重い雰囲気に仕上げた。絞りは開放を中心に使用している。ここではISO感度はベースのISO160のままだが、晴れた日中でも浅い被写界深度が欲しい場合は、ISO80に落としたり、NDフィルターの使用を検討したい。

 F1.4とわずかな差とはいえ、F1.1はやはり被写界深度が浅い。超大口径のボケを考えながら撮影するのは、そのレンズだからこその楽しさだ。また画面周辺で像の流れや極端な甘さもなく、優秀なレンズだと感じた。しかも超大口径ながら、機動力は決して鈍くなく、軽快に歩けたのはレンジファインダーならではといえるだろう。

 古いライカのレンズでは、絞り開放でソフトフォーカスのようなにじみが出たり、円を描くようなボケだったり、個性的な“クセ玉”があり、それが魅力でもある。ノクトン50mm F1.1は、いわゆるクセ玉ではないが、絞り解放の浅い被写界深度や周辺光量低下を見ていると、現行のレンジファインダー用レンズの中では、個性の強い50mmの1つと感じた。

実写サンプル

・作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、別ウィンドウに800×600ピクセル前後で表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。

絞り値別

※共通設定:M9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/350秒 / 0EV / ISO160 / WB:オート

F1.1F1.4F2
F2.8F4F5.6
F8F11F16

そのほか

M9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/1,500秒 / F1.1 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/180秒 / F4 / -0.7EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/250秒 / F1.1 / -0.7EV / ISO160 / WB:オートM9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/125秒 / F1.1 / -0.7EV / ISO160 / WB:デイライト
M9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/250秒 / F1.1 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/125秒 / F2.8 / -0.7EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/2,000秒 / F1.1 / -0.3EV / ISO160 / WB:オートM9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/180秒 / F2 / -1EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/90秒 / F1.1 / -0.7EV / ISO160 / WB:デイライトM9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/500秒 / F1.1 / -0.7EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/4,000秒 / F1.1 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ノクトン50mm F1.1 / 5,216×3,472 / 1/350秒 / F1.1 / -0.3EV / ISO160 / WB:オート





(ふじいともひろ)1968年、東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年、コニカプラザで写真展「PEOPLE」を開催後フリー写真家になる。現在はカメラ雑誌での撮影、執筆を中心に、国内や海外の街のスナップを撮影。公益社団法人日本写真家協会会員。

2010/7/14 00:00