インタビュー

M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO

"美しいボケ"に挑んだオリンパスの意欲作

オリンパスが2016年11月に発売したマイクロフォーサーズレンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO」のインタビューをお届けする。PROレンズ初となる大口径標準レンズで、同社マイクロフォーサーズレンズにこれまでなかったF1.2という開放F値を実現した。その商品企画の背景や技術的な挑戦について、オリンパス株式会社 技術開発部門のメンバーに聞いた。(聞き手・文:杉本利彦 / 写真・解説:編集部)

F1.8より明るいレンズに要望。OM-D向けのPROシリーズに

——このレンズを企画した背景を教えてください。

小野:主にプロ写真家やハイアマチュアのお客様からご好評の「M.ZUIKO PRO」シリーズも、いわゆる"大三元"と呼ばれるF2.8の大口径ズームレンズシリーズをはじめ、超望遠の300mm(M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO)や大口径F1.8のフィッシュアイレンズ(M.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO)なども加わり、焦点距離のラインナップは出揃ってきています。

一方で、これまでの単焦点シリーズは開放F値が最も明るくてもF1.8だったため、もっと明るいレンズが欲しいというご要望もたくさんありました。そこで、PROシリーズをお使いのお客様が次の1本として、従来よりも大口径でボケ味を楽しめて、仕様としてはPROシリーズと共通の耐久性・堅牢性や防塵防滴機能を組み込んだものがふさわしいのではないかと考えました。

映像開発本部 映像商品企画部 商品企画第1グループの小野憲司さん

——もっと明るくても面白かったと思いますが、F1.2になった理由は?

小野:設計自体はもっと明るくすることも可能ですが、レンズがかなり大きくなってしまい、当然フォーカスユニットも大型化して高速に作動させるのが難しくなります。そのため、大口径レンズによって得られるボケ効果と、マイクロフォーサーズシステムの軽快感を損なわないサイズと重量、そしてAFのレスポンス性なども考慮して、現時点で投入可能な技術水準とのバランス点を検討した結果、F1.2が最適解だったということです。

宮田:ボケの大きさだけに目を向けると、もっと口径の明るいレンズが欲しいというご要望も確かにありますが、我々がPROレンズの条件として挙げている機動性・速写性・堅牢性など、最高の一瞬を捉えるために必要な性能を実現するには、現時点でF1.2が最高のバランスだと考えました。

——なぜ最初のF1.2モデルの焦点距離に25mm(35mm判換算50mm相当の標準域)を選んだのですか?

小野:これまで「M.ZUIKO PREMIUM」の単焦点レンズシリーズとして、17mm、25mm、45mm、75mmのF1.8モデルがありました。これらはどちらかといえばOM-Dシリーズより先に普及したPENシリーズと組み合わせて「単焦点レンズを楽しむ」というコンセプトで製品化しています。

このなかではやはり、標準レンズと呼ばれる35mm判換算50mmの画角に相当する25mmにお客様のニーズがあることを認識しました。そこで実際の設計難易度も考慮して、広角や望遠よりまずは標準レンズの大口径にトライしてみたいという思いもあり、25mmが大口径の1本目に最適だろうと判断しました。

——カテゴリーをPREMIUMでなくPROにした理由は?

宮田:これについては社内でも議論のあったところです。PROレンズの定義として、ズームレンズならば従来にない焦点域をカバーしたり、開放F値をさらに明るくしたり、あとは金属外装の採用などで堅牢性を高め、プロ写真家が満足できる性能を達成したものに対してPROの名称を与えるという点があります。

今回のモデルは設計を進めるうちに「これならプロの写真家にも満足して頂ける性能にできる」と確信したことと、世の中に対し「PROシリーズには高性能な単焦点レンズも含まれる」ということをアピールする意味でも、PROの名を冠することにしました。

——となると、最初からPROレンズとして開発したのではなく、PROレンズにふさわしいレンズに仕上がったのでPROの名称になったということでしょうか?

宮田:ほぼ同時期に発売したOM-D E-M1 Mark IIと同じ時期に開発を進めましたが、当初のコンセプトは「新モデルに対応した高性能な大口径単焦点レンズをハイエンドのお客様に楽しんで頂く」というのが先にあって、PROレンズとするかまでは決まっていませんでした。開発を進めるうちPROの名に恥じない高性能モデルに仕上り、命名したのです。

——PROシリーズになったことで、鏡筒デザインもOM-D向けのテイストなのですね。フォトキナでの発表時に「ボケにこだわった」というお話があり、写真愛好家向けで作ってみたら高価になったのでPROシリーズにされたのかと思いました。OM-D E-M1 Mark IIとのマッチングの意味があったのですね。

鯛中:PROシリーズということで特にOM-Dとの組み合わせは意識しています。例えばPREMIUMシリーズは性能と携帯性のベストバランスを考慮して趣味性の高いデザインを目指していますが、これに対して今回の25mmは「プロの酷使に耐える仕様を目指したい」ということで、デザインも機能美を追求すると共に、お客様のこだわりに応える質の高いものを提供するというところに重点をおきました。

画像システム開発本部 デザインセンター 商品デザイングループ グループリーダーの鯛中大輔さん

——マイクロフォーサーズ規格では、35mmフルサイズ機と同じ画角で同じボケ効果を得るには2段分ほど口径が大きい必要があると思いますが、なぜ従来のオリンパスのレンズは最高でもF1.8止まりだったのですか?

宮田:F1.8のレンズシリーズを企画した当時は、弊社の中でミラーレス市場はまだ成熟していないとの認識があり、PENシリーズのお客様が大多数だった時期でした。そのため小型軽量や機動性を含めて、当時としてはF1.8がベストであろうと判断していました。もちろんF1.2のレンズが設計できなかったわけではありませんが、1/8,000秒に対応したカメラの登場など、ボディの進化と共にトータルで訴求できるタイミングをねらって今に至ったところがあります。

ただ実際に企画部門から「開放F1.2のボケ味を活かせるレンズを作りたい」という話が来た当初は、少々戸惑いました。ご存知のようにマイクロフォーサーズ規格では35mmフルサイズに比べて、ボケの大きさだけを比較すると小さくなるということで、これまではボケを前面に謳った大口径レンズを開発しづらかった面があったからです。

光学システム開発本部 光学システム開発3部 1グループ グループリーダー 次長の宮田正人さん

そこで弊社のさまざまな基礎研究を行っている機関でボケ味の研究をしているグループと話し合ったところ、美しいボケを得るには「ボケの大きさ」というよりも、「ピントの合ったところから少しアウトフォーカスした領域のボケの質が重要になる」ということがわかってきました。

例えばボケの領域でも、被写体が視認できる程度に少しボケたところは光学的な収差よってボケの表現が変わってくる領域であり、オリンパスではこの領域で表現されるボケ味のことを「ボケ質」と呼んでいます。具体的には、収差バランスをコントロールすることで滲むような美しいボケが得られます。今回のレンズには、そうした技術的な考え方を盛り込んでいるのです。

——逆にF1.0とかF0.7とか、もっと明るいレンズはできないのでしょうか? スペック的に相当な説得力があると思いますが。

小野:設計上はできないということはないと思います。

宮田:そうですね。サイズ的なバランスの問題や、M.ZUIKOレンズでこだわっているフォーカスのスピードや精度といった技術的な課題がクリアできれば、可能性としてはあると思います。明るいレンズというのは光学設計の醍醐味ではありますので、今後チャレンジしていかなくてはならない課題のひとつだと思います。

MTFから見えてきた、ポートレートレンズとしての素質

M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PROのMTF

——このレンズのMTFは、絞り開放時に全体として解像力のピークがそこまで高くないものの、画面の均質性が高いことがわかります。また、低周波はシャープですが、高周波はそこそこです。例えば絞り開放で人物を撮影すると、まつ毛はシャープに描写され、お肌はそれなりに、という感じになると思いますが、これはポートレートを意識した特性なのでしょうか?

宮田:それもあります。まずは低周波の特性を周辺部まで高く保って、画面全体でコントラストの高い描写が得られるように設計しています。高周波が平均的な数値になっているのは、ポートレートなどで微細部分の描写がシャープになりすぎないようにするという面もありますが、主にボケの質に配慮しているためです。ピントが合ったところから少しボケたところの収差を考慮しています。

——高周波のMTFを上げるとボケ味に影響が出るのでしょうか?

宮田:そうですね。25mm F1.2では今までのPROレンズとは設計思想を変えていまして、趣味性のニュアンスを織り込むという試みをしています。例えば従来は、どちらかと言えば極限まで収差をゼロに追い込んで、ピントの合ったところの高解像を追求するというスタンスでした。しかし今回のレンズ設計では、収差をゼロに追い込むのではなく、狙った形状に持っていく設計をしています。つまり収差をある程度残すことで、ボケ質を改善する効果があるのです。

編注:MTFを見て何を思えばいいの?

MTFとはレンズ性能をはかる指標のひとつ。縦軸にコントラストの再現性を取り、横軸は画面中心からの距離(像高)を示す。上のMTFで見られる2色の線は、低周波(1mmあたり20本の空間周波数で計測。"ミリ20本"などとも言う)と、高周波(同ミリ60本)のそれぞれの特性。実線のS(サジタル)は放射線方向、破線のM(メリジオナル)は同心円方向を指す。

例えばグラフの右端近くまで曲線の落ち込みが少ないと、画面周辺まで均質性の高い写りが得られそう、といった見方ができる。しかしあくまで数値的な判断基準のひとつであり、いわゆる「美しい描写」や「よい写真」といった官能評価とは直結しない。メーカーが公開しているMTFは、それが設計値と実測値のどちらであるか、また絞り値ごとにMTFを公開するかなど、各社の考えが反映されている。

——F1.2レンズのシリーズ化はお考えですか?

小野:当初から「まずは25mmをリリースして、その反応を見ながら次の方向性を検討しよう」という方向性でしたので、この1本だけで終わりとは現時点では考えていません。すでにCP+2017の会場をはじめ、さまざまな場所でお客様からご要望を頂いています。今後の展開にご期待ください。

——このレンズが成功すれば、さらに明るいレンズや、もっと趣味性の高いレンズの開発につながるのでしょうか?

小野:十分にあると思います。それにはまず、お客様に今回のレンズをお使い頂いて、率直なご感想やご要望をお寄せ頂きたいですね。

標準レンズで「14群19枚」の理由

——このレンズの構成について、読み方を教えてください。

宮田:こちらがカットモデルです。接合レンズを1つの群と数えると、全部で14群19枚の構成になっています。このうち後から5枚目の凹レンズがフォーカスレンズで、中間より少し前のところに絞りがあります。全体的には前の3群が負の構成になっていて、そこから後が正というレトロフォーカスタイプの光学系を採用しています。

——マスターレンズはどの部分になるのでしょうか?

宮田:フォーカスレンズよりも前の部分がマスターレンズで、フォーカス系、リレー(補正)系のレンズが並んでいます。

——最近のレンズ構成は"○○型"という分類が難しくなっていますが、マスターレンズの部分にはガウス型の面影があるような?

宮田:そうですね、フォーカスレンズの前の結像系は、ガウス変形型と言えると思います。

編注:レンズタイプとは

写真レンズを構成するレンズエレメントの並べ方を体系化したもの。「大口径化しやすいのは○○タイプ」「直線の歪みが少ないのは○○タイプ」など、1900年前後から現在にかけて発明され、現在も定番となっている組み合わせ方がいくつか存在する。とても複雑な構成の最新AFレンズでも、メインとなる部分(=本文中の「マスターレンズ」)に伝統的なレンズタイプの面影が見えてくると、歴史の繋がりが感じられて楽しい。

——ミラーレスカメラ用レンズの光学系は、他社を含めて前半にマスターレンズがあって、フォーカスレンズは軽く、最後に補正系レンズを置くことが多いようですが、こうした構成をとるメリットは何ですか?

宮田:M.ZUIKOレンズでは高速なオートフォーカスを実現するため、フォーカスレンズをできるだけ軽くしていますが、1枚のレンズでピント合わせをしなければならないので、フォーカスの駆動によって収差が変動してしまいます。その収差変動を抑えるために、後側に複数枚の補正レンズが必要になります。もちろん前側でもフォーカス駆動による収差変動の補正は考慮していて、フォーカスレンズの前後を挟み込むようなかたちで配置しています。

いちばん後側に複数枚のレンズを置く副次的な効果としては、これがフタのように機能し、動画撮影時のフォーカスレンズの駆動音や絞りの駆動音がカメラボディ側に伝わりにくくなる点があります。

——やはりフォーカスレンズを1枚にするという点に苦労があるのですね。

宮田:狙った収差の形状に持っていくというだけでなく、フォーカス駆動による収差変動があっても収差の形状が変わらないようにする必要がありますから、その辺りが難しいのです。

——単焦点レンズで19枚構成は異例だと思いますが、ここまで多くなった理由は?

宮田:収差はガラスで光を曲げることによって発生しますので、できるだけ一度に光を大きく曲げたくありません。少しずつゆっくりと光を曲げながら撮像素子まで光を導くとなると、どうしても構成枚数が増えてしまうのです。

もうひとつは先ほどのフォーカス駆動による収差変動を抑えるために、フォーカスレンズ前後の構成枚数が若干増えています。

——レンズが19枚もあると、製造上も品質維持の面で相当大変なのでは? 35mm判用のレンズに比べ、2倍のMTF精度を出すのは大変そうですね。

宮田:はい。設計も結構苦労しましたが、収差を目標の形に持っていくにはモノ作りの現場でも同様にかなりの精度を要求されますので、今までのレンズ以上に品質管理を厳しくするようお願いしています。

——例えば検査時のニュートンリングの本数を少なくするとか?

宮田:本数もそうですが、ニュートンリングの形までできるだけ一定になるようにお願いしています。そこまで管理して初めて目標の性能が出せるのです。

編注:ニュートンリングとは?

あるレンズに、その逆のカーブを持つレンズを重ね合わせると発生する光の干渉縞。レンズの表面精度を確かめる際に、その縞の間隔と本数を観察する。縞の本数が少ないほど高精度といえる。

また、銀塩写真の引き伸ばし機やフラットベッドスキャナーでのフィルムスキャン時に、フィルムとガラス面の接触箇所に発生する縞模様もニュートンリング。これが発生した場合、アンチニュートンリング処理を施したガラス板(「無反射ガラス」とも呼ぶ)を使って防げる。

——ニュートンリングの形まで見るとは、すごいですね。ではレンズ構成の話に戻りますが、前から2枚は通常の色消しレンズと正負の組み合わせが逆です。合わせて負のパワーになるからでしょうか?

宮田:そうです。通常、合わせて正のパワーで色消しを行う場合は、低分散の凸レンズと高分散の凹レンズを組み合わせますが、この場合は逆の構成にしています。

——前方に負の大型レンズを置くことでレトロフォーカス型の構成になっているのですね。その次の3枚目と4枚目の接合レンズは高屈折レンズどうしですが、合成パワーは正ですか?どのような効果がありますか?

宮田:合成パワーは正ですね。これも色消しの作用があり、どちらかと言えば周辺部の倍率色収差補正の役割を果たしています。

——E-HRレンズ(Extra High Refractive Index Lens)とはどのような特性のレンズなのでしょうか?

宮田:EDレンズほどの低分散性はないのですが、高屈折でありながら低分散のレンズをE-HRレンズと呼んでいます。

——それで、高屈折レンズどうしでも色消し効果があるのですね。ところで、絞り近傍に非球面レンズを採用していますが、これはどういった効果があるのですか?

宮田:このあたり(絞り近傍)は光束が急激に太くなる部分ですので、非球面レンズを入れることによって球面収差をコントロールしています。

M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PROのレンズ構成図

「ボケもまた性能のひとつ」

——先ほど「ボケを研究している別の機関がある」ということでしたが、ボケの処理に対するオリンパスの基本的な考え方は?

宮田:今回の25mm F1.2はもちろんですが、他のPROレンズにつきましても、基本的にはボケの形状や二線ボケの傾向などをスポットダイヤグラムの追跡(レンズを通った光がどのように焦点面に到達するか計算し、収差の出方を見る)でチェックしています。そのため、「ボケもまた性能のひとつ」と考えるのが、弊社のボケに対する基本スタンスであると言えると思います。

そのうえ今回のレンズでは、ボケを大きく2つに分けています。ボケた被写体が視認できないような大きなボケのところでは、口径食など光線の通り方に起因するボケの形状を重点的に抑えていますし、ピントが合ったところから少し後方の被写体がわかるような小ボケ・微ボケの部分は、先ほども話題に出た光学的収差によって現れてくるボケ質ですので、諸収差は抑えつつ、ねらった収差形状になるよう工夫しています。

——このレンズで目指したボケの方向性は?

宮田:今回の25mm F1.2に関しましては、ピントが合ったところから徐々に滲んでいくようなボケを目指しました。"徐々に滲んでいくようなボケ"と"ピントの合ったところの解像"は相反する関係なので、バランスを考える上で、極端に滲みを追求するところまでは踏み込んでいません。解像とボケ質の両方が満足できる収差バランスにピンポイントで落し込んでいるということです。

——オリンパスが考える理想のボケとは?

宮田:共通する考え方として、二線ボケやうるさいボケは設計で出さないよう第一に配慮するのですが、目指すボケの形はレンズごとの特性や、お客様にどういったレンズを届けるかという考え方によって変わってきます。

今回のようなボケにこだわるレンズの場合は、先に述べたように"徐々に滲んでいく"ような描写傾向で、ボケの強度分布でいうところの"肩を落とす"特性を持たせるというのが理想と考えています。従来のPROレンズなどシャープな描写を優先する場合は、強度分布の肩を落とさず、かつうるさいボケにならないようにシミュレーションしながら配慮します。

——E-M1 Mark IIで絞り開放時のボケテストをしたところ、横位置でボケの上下に若干ケラレと色づきがありました。製品ページトップのポートレートの作例にも同じ傾向が見られますが、これはどうして起こるのでしょうか?

宮田:撮像素子感度の斜入射特性によるものです。光がカメラやレンズのメカ部材によってケラレているものではありません。なおこれはマイクロフォーサーズ特有の現象ではなく、35mmフルサイズの撮像素子でも発生することがあります。

——同じ傾向があるからか、縦位置と横位置で若干ボケ像が変わると思います。

宮田:縦位置と横位置でボケ像が変わっているのは、撮像素子の画素の縦方向と横方向の斜入射特性の差によって生じています。

——撮影距離によってシャープネスやボケ効果は変わりますか?

宮田:ほとんど変わりません。

——シャープネスの維持ときれいなボケの両立で苦労したところはありますか?

宮田:ボケの強度分布の肩を落とすと滲むようなボケになりますが、解像が落ちます。逆にボケの強度分布の肩が落ちないようにすると解像は上がりますが、ボケは普通になるということで、そのバランスをどこに置くか決めるところで苦労しました。

実際には弊社の過去のレンズや他社のレンズを含めて評価しながら、シャープネスとボケの両立をどうバランスさせるか検討した上で、かなり狭い領域の収差バランスをピンポイントで狙っています。そのバランス点を導き出すのが難しいのです。

また今回のようにボケに配慮したレンズは初めてということもあり、光学設計担当としてはお客様の反応がとても気になるところではあります。

——具体的に、滲むようなボケを実現するための収差バランスはどうなっていますか?

宮田:基本的には球面収差によっておおよそのボケ質が決まりますから、球面収差をまずはゼロにした上で、絞り開放付近の収差を若干コントロールしています。

——先ほど絞りの前に非球面レンズを置いた理由についてお聞きしましたが、この非球面レンズで球面収差をコントロールしているのですか?

宮田:絞りの前の非球面レンズは、どちらかと言えば球面収差をゼロに持っていく目的で使用しています。絞り開放付近のボケに影響する球面収差のコントロールは、また別の部分で行っています。

——軸上色収差が残っていると、白い被写体のエッジ部分などに色にじみが出ますが、このレンズではだいぶ少ないように思います。これは、やはり先程から挙がっている色消しレンズの多用やEDレンズの効果ということでしょうか?

宮田:企画担当者からは、例えば「猫のひげを撮影したときにエッジ部分が色づかないように」という要求もあり、接合レンズをたくさん使って軸上色収差にも配慮した設計にしています。マイクロフォーサーズの場合、35mmフルサイズに比べMTFの評価周波数を2倍にしているのと同様に、色収差もフォーマットが小さい分、35mmフルサイズに比べて半分の収差量に抑えなければなりません。そのために19枚という構成の多さにもなっています。

——製品情報ページで「コマ収差を抑えて点を点に描写できる」と謳われていますが、コマ収差を抑えるにはどういった工夫が必要ですか?

宮田:光を急激に曲げるとコマ収差は発生しやすくなるので、高屈折率系の硝材を使ってレンズそのものの曲率があまりきつくならないようにして、光線を一度に極端に曲げない工夫をしています。

——星景撮影の場合、絞り開放から点が点に写りますか?

宮田:はい。絞り開放でも点が点に写るように設計しています。この点はぜひ試して頂きたいですね。

——先ほど、絞り開放では収差を残してあるということでしたが?

宮田:点を点に写すにはサジタルコマ収差の補正がポイントで、ここは徹底的に補正しています。残している収差はボケに関するものなので、点像の描写にはあまり影響がありません。

デジタル補正のバランスは?

——オリンパスのカメラのJPEG画像では歪曲収差と倍率色収差が自動補正されていると思いますが、レンズ設計ではこの2つよりも他の収差を優先して補正するのでしょうか?

宮田:基本的にそうした考えはありません。例えばレンズを検査する場合でも、倍率色収差が後からデジタル補正されることはありません。

——例えば歪曲収差をレンズに多少残すと、他の収差をさらに抑えられるということはないですか?

宮田:収差補正とは異なりますが、レンズ全体のサイズを抑えるために歪曲収差を多少残しているところもあります。

——画像処理と光学設計での収差除去は、どのようなバランスになっていますか?

宮田:弊社の考え方としては、将来のイメージセンサーの高画素化も見据えた設計をしていますので、基本的に「レンズの収差はレンズ側で補正する」、つまり画像処理には極力頼らない設計を目指しています。その上で、最終的に収差が残ってしまった場合は、処理による劣化や描写性能への影響がない範囲で、画像処理による補正をかけています。

——例えば歪曲収差が大きめなレンズを画像処理で補正した場合、補完による劣化が大きくなると思いますが、そのあたりの補正のさじ加減は?

宮田:補正量が大きくなる場合の劣化対策としては、劣化する分のMTF特性をあらかじめ上げておくことで対応するようにしています。

——それもあって周辺部のMTFがあまり落ちないのですね。カメラによっては回折補正機能があると思いますが、補正の方式は?

宮田:基本的には絞り値・フォーカス位置・ズーム位置に応じた光学的な特性データをレンズからカメラボディに送り、画像処理で補正しています。

高速AFは、レンズを止めるのも難しい

——AFのモーターや駆動機構はどうなっていますか?

山崎:従来からある、ステッピングモーターとリードスクリューを利用した駆動方式です。直線運動のモーターではなく回転式のモーターを使っています。

フォーカスレンズに繋がるAFモーターと駆動機構

——大口径レンズで高速・静音のMSC(Movie & Still Compatible)機構を実現することに、どんな難しさがありますか?

山崎:高速化と静音化はある意味相反する要素でもありますから、そのバランスを見極める難易度はあります。特に今回は開放F値が明るく、被写界深度が浅くなってきますので、動かし方や動作を止める精度に影響が出てきます。従来より口径が大きくなり重量が増したフォーカスレンズを高速に動かして、従来よりも高精度に、しかも静寂に止めるということになりますので、各機能のバランスをとるのが最も難しいですね。制御部門とメカ設計、光学設計の各担当者がやり取りをしながら、過去の製品と同等以上の性能を出していきます。

例えば、フォーカスレンズが重すぎてどうしても目標の性能が出ないとなると、レンズ設計の担当者に「もう少しフォーカスレンズが軽くならないか」と相談するか、もしくは制御方法を見直して、なにかもうひと工夫できるところがないかを検討します。こうしたプロセスを繰り返しながら最善の答えを導き出す作業になります。

光学システム開発本部 光学システム開発3部 2グループの山崎泉さん

——リードスクリューの場合は、回転方向が変わる瞬間に遊びが出るバックラッシュの問題があると思いますが、その対策はありますか?

山崎:リードスクリューは多少のガタがなくては動きませんので、弊社の場合は可動部分を常時片側からバネで引っ張るようにして、ガタをキャンセルした状態で動かしています。制御側はフォーカスの行きと帰りでバネの影響が異なってきますので、それを加味しながらスピード調整ができるようにチューニングします。

バックラッシュとは、ネジや歯車が噛み合って動くために必要な隙間のこと。稼働に必要だが、フォーカシングの位置決め精度に影響が生じうる。(図解:オリンパス)

——F1.2で被写界深度が浅くなることに対する対策は?

山崎:高速なAFを実現するため、フォーカスレンズは全力で移動してピタッと止まるような制御をしないといけません。精度良く止めないとピントが合いませんので、それが守れるように光学設計にも手を入れますし、制御側も静止方法などで新たなことをやってみたり、色々工夫しています。レンズ設計側でもある意味像面に対する感度のようなものがあり、そのピークをとらえる形で静止させなければいけないというところがポイントになってきます。

——像面位相差AFとコントラストAFのそれぞれに適したAF駆動方式は?

山崎:"この方式にはこの駆動方式"とは言い切れません。先ほどの通り、物理的にフォーカスレンズが移動する速度と重量、そして光学的な感度の関係で、色々と試作した中から精度的な成績の良い方式を採用するのですが、弊社の場合はVCM(Voice Coil Motor)かステッピングモーターのどちらかを採用することになります。

VCMはサイズを大きくすると大きな力が出せますが、その場合は製品サイズに影響が出てしまいますので、感度と重量と出力トルクのバランスをとりながら最適なところを探します。一方でステッピングモーターは長年使われてきている技術ではありますが、制御の工夫により高速化を図ることができます。そうした中で、今回の場合はステッピングモーターによる制御が最適と判断して採用しました。

——このレンズのAF速度は、相対的に見てどの程度ですか?

山崎:他のPROレンズと同等のレスポンスが得られています。

——口径に比してやや鏡筒が太めかなと思いますが、こうなった理由はありますか?

山崎:先ほどのレンズ設計の話でもありましたが、大きな口径で取り込んだ光をできるだけ曲げずに撮像素子まで持ってゆく設計なので、光学系全体が太めになっています。また前から2枚目までの大きなレンズのところに光学芯を出すための調整機構を組み込んでいるので、その機構部分にスペースが必要なことと、大口径ゆえに絞りの駆動機構がどうしても大きくなってしまうことなどもあり、最終的にこの太さになっています。

調芯用のネジが見える

——なるほど、大口径レンズならではの特徴や画質向上のためにこうなっているのですね。ところで鏡筒の防塵防滴仕様は、レンズフィルターの装着が前提ですか?

山崎:いいえ。フィルターなしでも防塵防滴性能が得られるようになっています。

——防汚・防滴コートはありますか?

山崎:社内では検討していて、研究部門での研究もしているのですが、まだ効果がはっきりとわかる段階に達していないので採用していません。話題は出ていますのでこれからも検討を継続する課題にはなると思います。

——金属外装で剛性感がありますが、内部もすべて金属鏡筒ですか?

山崎:カットモデルを見て頂くと、外装以外の大部分は樹脂製であることがわかると思います。ガラスレンズがたくさん入っていますので、金属鏡筒にするとかなり重たいレンズになってしまうこともあり、軽量化を重視しつつ要所要所で金属を使いながらも樹脂を多く採用しています。

——フォーカスリングを前後スライドさせる「マニュアルフォーカスクラッチ機構」はAFからMFにワンタッチで移行できて便利ですが、耐久性を考えると普通のスイッチでいいような気がします。

山崎:PROシリーズのレンズは、何より使い勝手を重視してこの機構を採用しています。8mm Fisheye以外のPROレンズは全てこの機構を搭載しています。どの程度の耐久性が必要か、十分な試験を経た上で確認・採用しています。また、同じような機構としてスナップショットフォーカス機構があり、こちらはPREMIUMの12mmと17mmに採用されています。

PROレンズの多くに備わる「マニュアルフォーカスクラッチ機構」。フォーカスリングを手前に引くことで距離目盛りが現れ、マニュアルフォーカスに切り替わる(写真はM.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO)

——このレンズの生産はどこで行っていますか?

小野:日本です。マウント面にMade in Japanの刻印があります。

——最後に、ここまでで説明しきれなかった部分、苦労したエピソード、この製品のアピールポイントがありましたら、おひとりずつおうかがいします。

鯛中:先ほどPROレンズのデザインでは機能性を優先するという話が出ましたが、これはカメラをホールドしたときに自然に指がかかる位置に操作ボタンを配置したり、F1.2というピントがシビアになる特徴を活かしてピントリングの幅を大きくとったり、リング自体を前方寄りにしたりと工夫しています。

ローレット部分についても、回転方向だけでなくマニュアルフォーカスクラッチ機構の操作を考慮して前後方向にも2本の溝を設けるなど操作のしやすさを考えてデザインしていますので、そうしたところで「機能性重視のデザイン」という考え方を実感して頂ければうれしいですね。

小野:弊社ではフォーサーズ、マイクロフォーサーズを通じてF1.2の大口径レンズはこれまでやってこなかったということがあり、企画や設計の間では「こだわりを持ってやるぞ」という気運が盛り上がっていた一方で、社内では「そもそもなぜ大口径レンズをやるのか」という意見もあり、理解度を深めてその価値を伝えるのに苦労しました。

ただ、モノができあがっていくうちに理解も広まり、最終的には当社全体が、自信を持ってお客様にご提供できるところに至りました。お客様にはぜひ、従来にないF1.2の大口径によるオリンパスこだわりのボケを楽しんで頂きたいですね。

宮田:やはり先程から申し上げている「解像と美しいボケの両立」は弊社にとって初めての試みであり、狙った性能通りにきちっとモノを作るというところもチャレンジでしたが、開発担当として作りたいものがその通りにできました。お客様にはぜひ絞り開放で使って頂きたいです。

山崎:メカの部分で付け加えるとすれば、今回はレンズフードのデザインを少し変えています。従来からフードには着脱ボタンがついているのですが、このボタンが表面から出っ張らないように工夫しました。

山崎:それと、PROレンズのサイズが比較的似ていて、バッグに収納したときにどのレンズか分かりにくいという声があり、鏡筒側面の焦点距離表記を大きめにしています。総合的には大口径レンズと言えどAF速度的にも他機種と遜色ないレベルに仕上げていますし、動画撮影などにも問題なく使えますので、積極的に利用して頂きたいですね。

まとめ:インタビューを終えて(杉本利彦)

マイクロフォーサーズ機には、これまでボケ味を追求するというより、マクロ撮影時などにあまり絞らず深い被写界深度が得られる点にメリットを感じていたが、今回は逆に"美しいボケ"に注目したレンズということで、ある意味大胆な挑戦だと思った。単に大きなボケを得るという意味ではフォーマットが大きいほうが有利なので、マイクロフォーサーズの大口径レンズは"労多くして功少なし"と見る向きもあるからだ。

しかしユーザーの立場からすれば、少しでも明るいレンズがあれば暗い場所での撮影領域が広がることになるし、ボケ味も楽しめるということになれば表現の幅は確実に広がる。ユーザーが他社機を含めた複数のカメラを使い分けるのではなく、マイクロフォーサーズの愛機だけでボケ効果も楽しみたいと願うことは当然でもある。

そんなユーザーの要望に応えるのが今回のレンズの開発の根底にあると思うが、どうせやるなら、ということでボケ味を重視した設計に振ってきたところは注目に値するだろう。これまでどちらかと言うとシャープネスを重視してきたオリンパスの作り出す"美しいボケ"とは? オリンパスユーザーならずとも試してみる価値はありそうだ。

杉本利彦

千葉大学工学部画像工学科卒業。初期は写真作家としてモノクロファインプリントに傾倒。現在は写真家としての活動のほか、カメラ雑誌・書籍等でカメラ関連の記事を執筆している。カメラグランプリ2017選考委員。