特別企画
キューバ逍遥 変わりゆく街を標準レンズ1本で
E-M1 Mark II + 25mm F1.2 PRO スペシャルレビュー
2017年4月11日 10:50
序文
1990年代に観た音楽映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の中の音楽や人々の暮らしに刺激を受けたボクは、すぐに “カリブに浮かぶ小さな赤い島“ と呼ばれる島国、キューバの魅力に引き込まれてしまった。
この国の暮らしや音楽家や街並みを撮りたいと思い、キューバ行きを計画。しかし当時、観光目的などでビザが下りる状態ではなく断念。
その後初めて訪れたのは、今から12年前の2005年。メキシコのカンクン滞在中にたまたまキューバ行きのツアーを見つけた。旅行会社が告げる。「明後日の飛行機で行けるよ」と。
翌日の朝。ホテルの室内放送も屋外の街頭スピーカーも、なにやら大音量で興奮状態の声をがなり立てている。クーデターでも勃発かと恐る恐るテレビを見て驚いた。
映し出されているのは、革命以来この国を牽引してきたフィデル・カストロ議長。1時間後、ニュースの中の人だったカストロ議長が、数万人の群衆の中で大きく手を振り上げながら演説している光景をこの眼で見た。偶然にもそれがメーデーに、大勢の国民の前で演説するカストロ議長の最後の姿になるとは知らずに。
それから10年後の2015年。アメリカとの国交回復に到る雰囲気の中、再度のキューバ行が実現した。60年前より時間が止まったままの雰囲気が失われる前に、写真に残したいと思ったからだ。
今回の掲載カットは、さらに2年後の今年3月、2015年の撮影の続編として渡航したときの写真のほんの一部です。
標準レンズの汎用性
今回、このページの作品をすべてM.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PROで撮ることにした。このレンズは35mm判換算で50mm相当の画角。いわゆる標準レンズの画角だ。そこでまずは、ボクの思っている “標準レンズ感” を知っていただきたい。
仕事目的や撮影内容など必要に応じていろいろなレンズを使い分けているが、標準レンズと位置付けされる50mm前後の焦点距離を持つレンズが一番好きかも知れない。ボクが写真をスタートした40数年前、最初に出会い、使いはじめたのももちろん標準レンズだった。
標準レンズの何が好きかといえば、ボクの場合は自然体のときの自分の眼の画角に近いから。そして同時に、広角にも望遠にも使い分けることができる点を挙げたい。さらに、開放F値が明るいレンズが多い点も挙げておきたい。暗いレンズで明るいレンズのように絞りを開けられはしないが、明るいレンズなら暗いレンズのように絞ることはできる。
つまり標準レンズは、ユーザー次第ではいろんな視覚効果を表現できるレンズであるともいえるし、すべてのレンズの基本となる大元のレンズでもあるともいえる。
ここから3カットは「電信柱&三角屋根の船小屋」という被写体を撮影する時にそれぞれ絞りやアングル、距離などを変えて、広角レンズ的、望遠レンズ的に見えるように表現してみた比較作例である。
広角的表現
裏へ回り、空と海、そして手前のアスファルト道を大きく画面に取り込んでみた。ベンチの上から俯瞰気味に見下ろしたのも効果が出る一部だ。メインの被写体からある程度距離を離すことも当たり前だが、なるべくパンフォーカスになるようにF8やF11くらいに絞る。
マクロ的表現
本レンズの最短撮影距離はボディ撮像面から30cm、レンズ先端からは19.5cm。かなりの至近距離に寄れながらもワーキングディスタンスもとれるので、準マクロ撮影的に楽しむのも可能だ。
午後遅めのランチタイムでホッと一息ついてビールを注文。2杯目が来たのだが職業柄あれこれ撮影しているうちに時間が経ってしまい、文字通りせっかくの泡が消えそうになってしまった(笑)
ボケ表現
F3.5に意味はなくF2.8でもF4でもよかったのだが、今回は半端な数値にしたかっただけだ(笑)。オールドカーは改造されたモノが多くどこまでがオリジナルかはわからないのだが個性的で面白い。このクルマの場合はボンネットのエンブレムはジェット戦闘機に乗っかったスワンに見える。
エンブレムにフォーカスを合わせて開放F1.2で撮影。背景のカラフルな存在が、具体的に何か視認できないくらいにボケているので主題だけが浮き立って見える。
F3.5で撮影。絞り開放では確認できなかったクルマや歩行者の輪郭が見えてくる。明るいレンズだからといって開放ばかりではなく、絞ることによって背景をある程度見せるという選択肢も。
前ボケと後ボケ
古いミシンと剥げ掛かったペイントの椅子の組合せが懐かしく感じられた。
金属と木製の材質の組合せが良い感じのミシンにフォーカス。合焦部分はちゃんと解像しながら、手前のボケは自然に柔らかい。本業のポートレート撮影に使いたくなる魅力的な標準レンズである。
至近距離にある椅子の背もたれにピントを合わせて、約1m向こうのミシンをボカしながら画面に入れる。フォーカスが合っている部分の克明な描写力と背景のボケの美しさが良いバランスである。ますます女性ポートレートを撮影したくなった(笑)
逆光にも立ち向かって撮る
いわゆる「順光」の方がカメラやレンズの性能に悪影響を与えることなく高画質なのは当たり前だが、順光ばかりだと世の中きっとつまらないと思う。ボクにとって「逆光」とは、世界に陰影を創り出してくれるスパイスと思っている。
したがって太陽光はもちろん、外灯、車のヘッドライト、ネオンライトなど、どんな光でも画角に入って絵になると思えばシャッターを切る。むしろ逆光線を捜して歩いていることもあるくらいだ。
常夏の国では、強い陽射しが容赦なくレンズをめがけて攻めてくる。が、怯まない。旧市街に建つ古いビルの裏道、日陰で休んでいる人や駐車中のクルマをシルエットにして浮かび上がるためには、敬遠されるフレアやゴーストは、必要悪のようなエッセンスだと考えている。むしろこの程度のわずかなフレアなら、人によっては物足りなく思うのかもしれない。
ヘミングウェイが「老人と海」の構想を練りながら過ごした、ハバナ郊外のコヒマルという小さな漁師町。河口から海へめがけて飛び出す水の様子にレンズを向けていると、太陽を受けて美しい虹が見えた。
すれ違うクルマのヘッドライトの光跡。高速道路ではなく一般道だが、どのクルマも猛スピードで駆け抜けていく。だけど撮影しながらカッコエエ〜!って思わず心の声が洩れてしまう。
撮影時間が広がる明るい開放F値
せっかくのF1.2を使わない手はない。そこで舗装の悪い一般道でもかまわず猛スピードで走り抜けるクルマたちや、深夜まで路上で立ち話しをする若者たちを撮影してみたが、明るいレンズというのはこんなにも便利なのかと感動した。
以前にはあまり見かけなかったが、高級ホテルの近くなどには遅くまで営業しているレストランができていた。けばいネオンが急速に変わりつつあるキューバを映し出している。
もうすぐ日付けが変わろうとしている深夜0時直前の路上。ビールを手にたむろする若者たちの姿は、世界中のどの街でも変わらないなあ。
(目の前を人が歩いていない限りは)裏路地でさえ、かなりのスピードで走るのがデフォルトみたいだ(笑)
海岸沿いの堤防には家族や仲間たちは集まり、恋人たちは話し込み、またある人は誰かを待っているのか……それぞれ何かをしながら夜遅くまで、カリブの暑い夜を過ごしている。何処かで見覚えがある光景だと思い出したのは、少年時代にボクが育った瀬戸内海の夏休みの夜と同じだった。
収める得る限りのキューバのいまを、標準画角で捉え続けた
開放値が明るいレンズの特徴を表現するために夜景など暗いシーンの作例が多かったので、爽やかなシーンを。2カットだけですが、このへんで箸休めにご覧いただければ幸いです。
いわゆる南国らしいビーチはハバナには無いので市内からタクシーで数十分ほど先にあるリゾートで撮影。比較的近距離での撮影時には開放値に近い絞り設定では風景でも大きなボケ効果が得られる。
美しいエメラルドブルーの海。この水平線のわずか100マイル(160km)先には一番近いアメリカのキーウェスト諸島がある。キューバ革命以来、これまで60年近い間の国交断絶が信じられないくらいすぐそこだ。
再びハバナ。海辺の道には1950〜60年代のオープンカーが良く似合う。アメリカン・ドリーム真っ只中のその頃、キューバではどのような生活が送られていたのだろうか。
初期フォードのエンブレム。絞りを開放F1.2にして主題のみをクローズアップ。他を思いっきりボカしながらも、金属と薄皮のマテリアルを感じられるグラデーションへと変えてしまうというのは実に気持ちいい。
ビルとビルの隙間から射し込む西日がクルマを照らす。緑色の建物も1世紀以上前の建造物だが、この風景もやがて消えてしまうのだろうか。
急速な経済発展による再開発のため、我が国のバブル時代みたいな勢いで由緒ある建築物が跡形もなく壊されている。ハバナ旧市街のに残る僅かな歴史的な建物。
並べられたアメリカン・クラシック・カーの後ろ姿を見ていると、今にも大空へと飛んで行きそうな翼に見えてくる。
同じ赤でも今風にメタリックなピッカピカな赤じゃなくて、マットペイントの赤いクルマは意外と少ないことに気付いた。どうやらブルーとグリーンが人気みたいだ。
2年前、この交差点で撮った写真がたくさんの作品になった。ここへも再開発による変化の兆候が及びそうだ。
陽が沈もうとしている海岸通り。人々もクルマたちも、それぞれの場所へと急いで向かう時間帯だ。
太陽の残照と街灯の明かりが混じる、夕方と夜の合間が好きだ。どうやらそれは、この国の大人や子どものどちらにとっても、未だ未だ遅い午後のように賑やかな時間帯のようだった。
公園前のカフェ。労働を終えた人たちにビールの時間がやってきた。
ボクのお気に入りビールはBucanero。レストランやカフェで注文すると1.5〜3CUCだが小さな店で缶ビールを買えば1.5CUC以下。ボクがいつも買ってる店では1.2CUCだ(1CUC ≒ 120円)。
蒼白い月が美しい夜だった。宿の近所の古い建物から夜空を見上げ、手持ちで撮影。
街灯が点り、路地裏にも夜がやってきた。
古い建物とクラシックなクルマは良く似合う。この街並みが好きだ。
何処にいても音楽が聞こえてくる明るい社会主義の国がキューバ。夜になると老舗ホテルでライブ演奏が行われる。カメラさえ持っていれば、外からそれを眺めているだけで充分に楽しめる安上がりな性格で良かった(笑)
雨がパラパラと降ってきてもオープンカーの幌は開いたままで走り去っていく。
旧市街エリアには、築100年近い古いアパートメントも残っている。こうした建物は、老朽化と急速な再開発との狭間で、いつまで残っているかわからない。建て替えられ新しくることで、住む人たちにとっては便利になり喜ばしいのだが……
一見すると落ち着いているが、夜中でも人は歩きながら話し歌い、クルマは絶えず走り回っている。ある意味 “眠らない街” ミニバージョンだ。
雨が降ってきたけど少年たちは誰も帰ろうとはしないどころか、はしゃいだり歌ったりとむしろ元気になっていく不思議な深夜の路地裏だ。
買ったおやつの出来上がりを待っている間に、向かいの2階にいる女性たちと目があった。テーブルで内職仕事みたいな作業してるけど何を造っているんだろうか。
海岸通りには、スペイン統治時代の面影が強く残る建物が並ぶ。雨に濡れた舗道を手を繋いだ恋人たちはゆっくりと時間をかけて歩み、スキップしながら走り去っていくのは観光客らしき若い女の子たち。
朝の陽射しは影を生み出してすべてを新しくする。
そしてまた朝がやってくる。いつものように人は働きクルマは走り出す。