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タムロン本社の巨大金型工場に潜入

高品質レンズを支える精密加工のロマン

タムロン本社(埼玉県さいたま市)

近年のタムロンといえば、定評ある高倍率ズームレンズやマクロレンズに加えて、手ブレ補正搭載の超広角ズーム「SP15-30mm F/2.8 Di VC USD」(Model A012)や、手頃な超望遠ズーム「SP150-600mm F/5-6.3 Di VC USD」(Model A011)といった、攻めの新商品が話題を呼んでいる。

SP15-30mm F/2.8 Di VC USD(Model A012)
SP150-600mm F/5-6.3 Di VC USD(Model A011)

これらのレンズが人気の理由には、各レンズの機能・性能と、買いやすい価格のバランスが挙げられるだろう。「高くていいのは当たり前。安くていいのが素晴らしい」という言葉は、タムロンレンズの魅力にも通じる。

しかし、どんなに“いいもの”であろうと価格競争が避けられない昨今。買いやすさで注目されるのには何らかの秘密があるはずと、「なぜ、攻めのレンズを手頃に出せるのか」というストレートな疑問をぶつけてみた。

キーは本社併設の“金型工場”

タムロンの製品づくりにおける特色は、製品企画や設計と同様に「金型」を重要視している点だという。高い性能を持つ商品を買いやすい価格で安定供給するには、ベースとなる金型をいかに高い精度で作れるかが大事になってくるそうだ。

金型工場は、埼玉県さいたま市のタムロン本社内にある。さいたま市のターミナルである大宮駅から、電車で数駅+徒歩か、クルマで30分程度の見沼区蓮沼に位置する。

工場に立ち入ると、内部加工が美しく輝く、大きな金属の塊が並んでいた。これが金型だ。本稿では“金型”と呼んでいるが、正しくは「超高精度射出成形金型」である。これにより、交換レンズをはじめデジタルカメラやビデオカメラ用のレンズユニットの鏡筒および内部メカに用いられるパーツなどが作られる。

金型は高さ50cm、幅40cm、奥行き40cm程度。重さは約450〜520kgだという。とても1人で持ち上げられるものではなく、移動にはクレーンを用いる。

量産の現場では、これを射出成形機にセットし、樹脂ペレットを溶かしたプラスチック素材を注入することで成形品をつくる。この金型工場でも、射出成形機を使って金型のテストランを行ない、調整箇所が見つかったらすぐ修正できるようになっている。

金型のテストラン用に設置されている射出成形機。写真中央部に、セットされた金型が見える
奥の穴(金型に設けられた注入口)に溶かしたプラスチック素材を注入する。約30秒で形になる
交換レンズの部品構成イメージ(画像:タムロン提供)

射出成形を行なう際には、温度が安定するまでの最初の100個程度は“慣らし”のために処分され、再生材にしているという。シビアな精度を求めていることが伺い知れる。

何より驚いたのは、これだけの大きさがある金型で作られているのが、実に小さなパーツであること。射出成形機では1平方cmあたり1.5トンの圧力がかかるそうで、その圧力や溶けたプラスチックの熱に耐えるためには、これぐらいの頑丈さが必要なのだという。

この大きな金型を使って、写真で手にしているパーツが1度に2つ取れるだけ

また、大量生産のために盛り込まれた工夫にも唸った。金型の一部を動かすことで、金型のコア部分を機構的にすぼませ、成形されたパーツを簡単に抜けるように作られているのだ。家に持って帰って飾りたくなるようなカッコよさである。

金型と成形品。どこかで見たようなシェイプだが、カメラ用交換レンズの根元部分だった。
クレーンの力を借りて一部を動かすと、コア部分がすぼんで、成形品がスポッと抜けるようになる。

加工はハイテクと職人技のハイブリッド

続けて、金型製造の加工現場を見せていただいた。自動制御で24時間稼動するハイテクな部分もあれば、職人技による加工を用いる部分もあり、ひとつの金型でも、求める加工や精度によって異なる加工方法を使い分けているそうだ。

平面加工を行なう「成形研削」。部品を左右に往復させ、砥石で少しずつ削っていく

電極との間でアーク放電を起こし、その熱によって金属を溶かしてカタチを作り出す「放電加工」は、数種類のマシンを使い分ける。

放電加工機
“高精度”を感じるシーン。なにか加工しているような手つきだが、これはとても細かな精度で部品設置の傾きを直しているところ
放電加工機は、加工する金型部品の周囲を油で満たし、その中で加工が行われる。時折ごく小さな火花が見えるが、研削加工のような音はしない
様々な形状の電極が用意されている。金型同様、これだけを眺めていられる美しさ
こちらは放電加工機の中でも、特に細かな穴を加工する機械。
針金のような細さの電極で細かく仕上げていく
マシニングセンター。中の工具が自動で入れ替わる様子は、見ていて面白い

職人技を強く感じた加工現場に「治具研削作業」がある。ヘッドフォンをした作業員が、機械のダイヤルに手をかけながら見守っていた。微細な削り加工を行なう際、部品との間で発生する音を耳で聞いて、どれぐらい削り進んだかを感じ取っている。

職人技を強く感じた加工現場。耳で削り具合を感じ取っている
この加工部分の摩擦音を聞いているそうだ
最もハイテクな機械が並ぶコーナーは、秘密が詰まっているとのことで撮影不可。天井から無数のパイプが出ており、建物内の温度を±1度の範囲でシビアにコントロールしていた(画像:タムロン提供)

撮影不可のハイテク機械は、工場の地下を8mまで地盤改良して、厚いところで4mのコンクリートを打つ徹底ぶり。ここでは、焼き入れ工程後の非常に硬くなった金型の高次元に緻密な加工を、最新鋭の工作機械によって行なっている。

工場を案内していただいた広報担当の方いわく、タムロン本社は「工場の上にオフィスが間借りしているような感じ」だという。金型の大事さが伝わる言葉だった。

そして量産へ

こうした過程を経て金型が完成すると、今度は青森県の工場に金型を運び、量産性の検証などを踏まえた製造ラインの開発を行なう。そして、コストメリットのある海外工場に製造ラインを持っていき、量産品の生産が行われる。高精度金型を用いた量産品のクオリティは「国内生産そのもの」 と自信を見せる。

大鰐工場(画像:タムロン提供)
中国・仏山工場(画像:タムロン提供)

金型製造にこれほどの施設を用意しているのには、製品自体の高精度を支えるだけでなく、製品企画から発売までの期間短縮も命題だからだという。同社の商品開発では「金型製造の短縮が命」を合言葉に、そのために24時間稼動のマシニングセンターや、金型工場の中で試作テストができるような設備を活用している。

タムロンは、カメラファンにとって“交換レンズメーカー”という認知が強いが、自社ブランド製品の生産だけでなくデジタルカメラやビデオカメラ用のレンズユニット、そしてセキュリティーカメラ用レンズをはじめ、車載用レンズなどの産業分野に向けた製品供給の役割も担う。

そこでは品質とともに、製造初期段階から決められた数量を製造・出荷する“垂直立ち上げ”や“安定供給”が求められるため、その要となる金型を大事な経営資源と位置づけ、一貫して本社で製造するこだわりようが理解できる。

今回の工場見学を通じて、タムロンの高精度・高品質な大量生産を目指す物作りの姿勢には、高価な手工芸品的な物作りと同様のロマンを感じた。今後カメラやレンズを手にするたび、こうした究極を目指す物作りに想いを馳せながら撮影を楽しんでいきたい。

(本誌:鈴木誠)