【フォトキナ】インタビュー:シグマ山木社長に交換レンズ新コンセプトを訊く


 このところ、Feveonセンサーを搭載するDP2 Merrillの好調が伝えられるシグマ。フォトキナ2012では、レンズラインナップをContemporary、Art、Sportと3つのカテゴリに分類し、よりレンズの性格を明瞭にしたラインアップの充実を図っていくと発表。対応するレンズにはそれぞれの頭文字「C」「A」「S」が表記される。

 発表に合わせてContemporaryラインに「17-70mm F2.8-4 DC Macro OS HSM」(APS-C機対応)、Artラインに「35mm F1.4 DG HSM」(35mmフルサイズ機対応)、Sportsラインに「120-300mm F2.8 DG OS HSM」を投入する。発表内容の詳細は、該当記事を参照いただきたい。

 シグマ社長の山木和人氏に、今年のフォトキナにおけるテーマ、新製品、そしてDPシリーズについて話を聞いた。(聞き手:本田雅一)


シグマ社長の山木和人氏

口コミでDP2 Merrillの高画質が拡散

--- DP1 Merrillが出荷を開始した直後ですが、DP2 Merrillが大変に高い評価を得ていますね。正直、バッテリーのもちやRAW記録サイズの大きさなど、これだけマニアックな要素を持つカメラが、ここまで話題に上るとは予想していませんでした。山木さん自身、DPシリーズの好調をどのように捉えていますか?

「日本では本当に予想以上に好調で、我々としても嬉しい驚きです。日本に加えて、韓国での評判もとてもよく、売れています。また、DP2 Merrillの評価が一巡してきたことで、アメリカと中国も少しづつですが、売れ始めています。とはいえ、日本での好評は世界でもダントツで、その熱気が我々のモチベーションにもなっています。ただし、欧州ではまだこれからで、あまり動いていないのが現状です」

--- カメラに対するスタンスは、日本と欧州は比較的似ているようにも思うのですが、なぜ日本で受けて、欧州では動きが遅いのでしょう?

「実は、なぜこれほどたくさん、日本のお客様に支持を受けているのか、分析できていません。日本のCP+で発表したことが、認知を拡げることにつながったのかもしれませんが、一番大きかったのは“お客様自身がDP2 Merrillの魅力を拡げてくれた”ことにあるのかもしれません」

「ツイッターやブログに、DP2 Merrillで撮影された写真が、毎日たくさんアップロードされ、それがリツイートされたり、トラックバックされたりとしていく反応が手に取るように伝わってきました。これほど多くの、特定のカメラに紐付けられた“これはスゴイ”と感動してくれる写真がたくさん見られ、本当に嬉しく思いました」

「毎日、フォトキナの準備に忙殺されていたのですが、それでも時間を見つけてネットに接続するのが毎日の日課になっていたほどです。このネットでの口コミ評判が、我々のFoveonセンサーを用いた製品の売上げによい影響を与えてくれているでしょうし、我々のやる気を高めていることは間違いありません」


左が9月14日に発売されたDP1 Merrill。28mm相当のレンズを搭載する。右は45mm相当のDP2 Merrill。発売は7月12日。実勢価格はともに10万円前後

--- DP2 Merrillのネット上、特にSNS上での評判を見ていると、カメラそのものに興味を持っている人たちだけでなく、純粋に美しさ、他の写真との違いを感じ、驚きのコメントを出している様子がうかがえます。これは同じセンサーを使うSD1の時には見られなかったものでした

「ひとつにはレンズ固定式カメラの方が画質面では優位という点があると思います。Foveonセンサーの潜在力はとても高いものですし、DP2 Merrillに使っているセンサーくらい解像力の高いセンサーだと、位相差センサーによるオートフォーカス精度も問題になりやすいですし、フォーカルプレーン・シャッターが動く際の微細な振動や、ミラーショックによるちょっとしたブレが、写真の質に如実に表れてきます。特にデジタルではピクセル等倍で観察できますからね」

「しかし、DPならばオートフォーカスはコントラスト検出で正確に行えますし、ミラーもありません。シャッターユニットの影響も少なく、手ブレのない写真が撮影できる確率が格段に高くなります」

「また、光学的にもボディに合わせてレンズユニットを設計し、センサーをレンズユニットに直接貼り付け、アライメント(取り付け位置や角度の微調整)を取ります。レンズにセンサーを取り付ける、というところが重要で、光軸をピッタリとセンサーに合わせることができるので高画質になります。我々の場合、チャートなどを実写してアライメントを合わせ込んでいます」

--- “見たことがないような高画質”が驚きにつながり、これまでシグマのカメラに興味を持たなかった層が注目し始めているのでしょうが、一方でバッテリー消費が大きいとの問題もクローズアップされています。

「この点はお客様にも御迷惑をおかけしてしますが、Foveonならではの高画質処理を実現するために、DP Merrillシリーズには、一般的なデジタルカメラ用映像処理プロセッサ以外に、今のスマートフォン向けとしても使えるメディア処理機能付きのプロセッサ、それにFPGA(プログラムで機能定義できるLSI)によるカスタム処理ICの3つを組み合わせています。これはSD1でも同じです。このためバッテリーを2個付属させていますが、さらに店頭で追加バッテリーが購入できるようにはしたいと思っています。ただし、現状リチウムイオン電池の生産キャパシティの関係で、なかなか予備バッテリーを店頭に並べることができずにいます」

--- プレスとディーラーを集めたレセプションでは、独自に開発したレンズのMTF測定機の話題がありました。これもFoveonセンサーの特性を活かしたものとのことですが、どのような利点が?

「通常、市販のMTF検査装置は一般的入手できるセンサーで計測しています。たとえばD800が採用するセンサーなどは、一般にリストアップされていません。検査装置メーカーが購入できるセンサーしか使えません。ところがレンズは将来の、さらに高画質なセンサーを持つボディを対象に開発しなければなりません。すると必然的に検査装置の能力不足で、レンズの性能を上げられないという状況に陥ってしまいます」

「そこで、今後より高性能なレンズを開発していく上で必要な検査精度を持つ装置を作らなければならないと気付きました。従来から検査装置そのものは自社開発していたのですが、そこにFoveonセンサーは使っていなかったんです。はたと気付いて、Foveonセンサーを使った検査装置を開発したところ、当面は能力面で不足しないだろう高性能の検査装置を開発できました」

--- 高性能な検査装置であれば、社外にもニーズはありそうですが、外販の予定はあるのでしょうか?

「今のところ内部で使うことしか考えていませんが、必ずしも外部に出さないというわけではありません。もし、要望があるようでしたら、外販も検討したいと思います」

--- これだけ高画質なら、焦点距離の異なるさらに多くのDPシリーズを並べ、ユーザーが好みで選び、また複数台を持って取り替えつつ使う、といったスタイルの提案も可能ではないでしょうか。交換レンズの代わりにいくつかのDPを持つといった使い方ですね。もちろん、売れるモデルは限られるでしょうから、一部は直販専用にしなければならないでしょうが。

「私自身がDPユーザーで、毎日持ち歩いて使っていますから、是非とも検討したいですね。とはいえ、そんなに売れますかね? ある程度、見込めるようならば、画質的にはベストなので挑戦してみたいという気持ちはあります」


交換レンズのコンセプトを明確に

--- 主力のレンズ事業では、ラインナップの整理が行なわれました。その意図は?

「レンズという商品は、光学的な制約の中で作られている製品です。製品のコンセプトが誤解されると、本来、設計者が意図していたメッセージがお客様のところにまで届きにくいという問題がありました。たとえば、ものすごく高い光学性能を誇り、超小型・軽量で、さらに高倍率のズームレンズがあるなら、誰もが欲しがってくれるでしょう。しかし、それは不可能です。必ず、どこかにトレードオフが存在します」

「一方、レンズ交換式カメラのトレンドを見ますと、高画素で画質指向に極端に振ったカメラもあれば、スポーツ系のパワフルな連写を売りにしたカメラ、あるいはシステム全体のバランスを重視した小型軽量の製品などがあります。ボディの多様化に合わせて、レンズラインナップも、単にスペックだけで分類して並べるのではなく、それぞれにどんな性格のレンズなのかを、マークを見れば一目でわかるようにと考えました」

--- それだけレンズ交換式カメラのユーザーも裾野が広がり、トレードオフの関係についてメーカーが明確にしないと、選び方が難しいと思う方が増えたのでしょうか?

「我々の立場から、“こう使え”といった押しつけをする意図はありません。しかし、設計コンセプトを明確にするほど、逆のトレードオフが発生します。設計者が何を考えて作ったのかを、さりげなくマークで示すことで消費者の錯誤を防ぎたいと思いました。たとえば、このレンズは大きくて重いけど、画質に関しては最高だよ、とかですね」

「もちろん、バランスに欠いた製品を作ろうというわけではありません。各要素をうまく組み合わせて製品は作りますが、何ごとも中庸の製品を作ってしまうと、特徴のない、言い換えると魅力に欠けるレンズになってしまいます。交換レンズは趣味性の高い製品ですから、お客様が使いたいと思える特徴的なスペックのレンズを、3つの分類で特徴付けて、今後、開発をしていきます」

--- 各ラインのコンセプトを教えていただけますか?

「まず、Contemporaryラインですが、さまざまなシチュエーションで万能に使える製品を目指しました。ただし、一番開発するのが難しい製品とも言えます。単純に高画質ならばいい、というのではなく、最新の設計技術、最新の素材、最新の加工技術、最新のエレクトロニクス技術を用いて、光学性能を維持しながら、どこまでコンパクト化できるのかに挑戦しています。今回リリースさせていただいた、17-70mmの標準高倍率ズームは、光学性能を落とさずに従来よりも30%小さくしています」


「Contemporaryライン」の17-70mm F2.8-4 DC Macro OS HSM

--- Artラインはいかがでしょう?

「Artと名付けたのは、作品撮りのためにすべてを妥協しないユーザーに選んで欲しいとの思いを込めたからです。最優先するのは画質重視。風景、ポートレート、静物、クローズアップなど、それぞれの被写体に最適な1本を作るというのがコンセプトです」


「Artライン」の35mm F1.4 DG HSM

--- 35mm F1.4というのは、他社製にも名レンズの多いスペックですね。あえてここを1本目にしたというのは自信の表れでしょうか?

「この製品は、先ほど申し上げた最新の検査装置を用いて、業界最高のMTFを目指して設計しています。もちろん、数値的にはその目標を達成しており、どのレンズにも負けない解像度が出ています。しかし、そうはいってもどのメーカーも35mm F1.4というスペックには、よいMTF値のものが揃っているんですね。性能の悪いレンズはありません。そこで、単にMTFの数値がよいという部分はスペックとしてクリアしつつ、さらに異なる切り口で、よい画質、よい風合いの写真を出せるよう、感性に訴える画像の実現を目指しました」

--- 具体的にはどういう対策が施されているのですか?

「さまざまな点で新たなコンセプトを盛り込んでいますが、もっとも真剣に取り組んできたのが、軸上の色収差を減らすことです。これは発表会でも申し上げたのですが、光の周波数ごとに像面が微妙にズレてしまう収差のことです。一般的に広く知られている倍率色収差はソフトで補正して消すことができますが、軸上色収差は後処理では補正できません。F1.4くらいの明るいレンズは、特にアジア系で好まれる被写界深度が極端に浅い写真撮影する際に解放で使われることが多く、そこでクリーンな絵が得られるように設計しています。実写テストでも、解放から良好な特性が得られていることを確認しています」

「実は35mm F1.4というのは、意外にも今までプロダクトラインにはなかったんですよ。お客さんからの要望も多かったので、競合の多いスペックですが、ここからスタートしましたが、今後、アーティスティックな写真を好むユーザーが求めるスペックに、このラインの製品を投入していきます」

--- 最後はSportsですが、これはフォーカスリミッターが最も大きな特徴でしょうか?

「主には超望遠系のレンズとなります。屋外利用が多い製品となりますので、小型軽量よりも防塵、防滴を重視して、ソフトウェアでカスタマイズする機能を多めに盛り込んでいこうと考えています。1本目は120-300mmのF2.8ズームですが、このスペックは従来のラインナップに存在したものです。これをリファインして、Sportsラインに相応しい製品に生まれ変わらせています」


「Sportsライン」の120-300mm F2.8 DG OS HSM

「実は現行機の光学設計は大変に優秀で、おそらく今の最新技術で再設計しても、光学設計に変化はないと思います。そこでオリジナルモデルの設計者に担当させ、光学性能は同レベルをキープした上で、メカ、電機、ソフトなどをやり直しました」

「スポーツ撮影でもっとも多く望まれているのは、やはりオートフォーカス関連のカスタマイズですね。たとえばAF駆動の速度をグッと上げていくと、どうしてもハンチング出てしまいます。どのくらいのAF速度がいいか? といったカスタマイズもできますし、たとえば飛行機ばかり撮っている方ならばフォーカスリミッターをカスタム化して、無限遠に近い極狭いところだけでAFが効くようにできます」

「試作品にはまだ付いていないのですが、製品版にはカスタマイズボタンが配置され、ノーマル設定とワンタッチで切り替えることもできますから、かなり極端な設定をカスタマイズで入れておき、用途ごとに使い分けてもらうことができます」

--- カスタマイズ機能はSportsラインだけでしょうか?

「フォーカスリミッターの設定はSportsラインのみになりますが、新コンセプトのレンズは、すべてフォーカスのマイクロ・アジャスト機能とユーザーによるファームウェアのアップデートに対応します。従来レンズのリファインも検討しますが、基本的には新設計のレンズを、いずれかのラインに入れていく形になります」


高画質への欲求はまだ収まらない

--- 今回のフォトキナでは、フルサイズ・ブームと言えるほどフルサイズのレンズ交換式カメラが増えました。レンズ開発の予定には影響するでしょうか?

「フルサイズの高画素センサーを搭載したカメラが増えてきていますので、フルサイズ対応の高解像レンズに対するニーズは増えていますから、製品のリフレッシュを順次かけていこうとは考えています。フルサイズだけに特化しているわけではありませんが、プロジェクトは進行中ですよ」

「実はカメラ店……特に欧州のカメラ店からのフィードバックであるのですが、カメラボディだけフルサイズの最新機で、レンズは古いフィルム時代のままというお客様が多く、それがカメラボディに対する不満に転嫁されているケースが多いそうです。言い換えれば、そうした方々によりよい、最新のレンズを提供することに力を入れたいですね」

「画質に対する要求は、意外に“ここまで来たから十分”というのはなく、以前よりもさらにという声の方がどの国でも強いんですよ」

--- もともと、90年代の円高が高品質指向への切り替えのきっかけになったと、以前に話していましたが、今も円が高止まりしています。経営環境の変化が、さらなるシグマの変化をもたらしているのでしょうが?

「リーマンショック以降の円高は、高付加価値製品に90年代後半から転換してきた我々にとっても、新たなチャレンジとなるものでした。私たちはすべてを会津で生産していますから、円高はとても大きな試練です。そこで、さらなる高品質指向で、よりよい、日本でしか、自分たちにしか作れない製品を作っていきます」

「組織としては、ここ数年で間接人員を大幅に減らして、開発と製造だけに投資を絞って“製品をよりよいモノにする”ことに集中させています。この超円高で生き残るには、誰が見ても“いい製品”と言ってくれるものを作るしかありません。品質は1年ごと、半年ごと、以前よりもさらに高めようと、会津のスタッフ全員が、少しでも上を目指すことを意識して作ってます」

「そうした思いを込めた会津工場の紹介ビデオを作りましたので、是非とも見てください。そこにシグマがお客様に届けたいと考えている想いが込められています」



(本田雅一)

2012/9/22 08:37