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「銀座どうぶつ園」写真・前川貴行

――写真展リアルタイムレポート

(c)前川貴行

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 前川さんは写真家になる以前、三陸の海沿いのけもの道を歩いていると、突然、巨大な牡鹿に遭遇したという。互いに見つめ合ったまま、少しの時間を過ごした時、「鹿の眸を通して、リアルに同じ動物としての生命の存在を感じた。怖かったけど、面白くて、興味深い、何ともいえない体験だった」と話す。そして、これが動物写真家を志したきっかけの一つにもなった。

 今回、会場では、ほぼ原寸大の動物たちを見せている。動物の存在感、彼らの姿形の質感、生息する場の臨場感を再現したかったからだ。銀座どうぶつ園は、身体感覚で動物を感じる空間になっている。

前川貴行さん ほぼ原寸大にプリントした動物写真を展示する

 「銀座どうぶつ園」はRING CUBEで開催。会期は2009年7月29日(水)〜8月31日(月)。入場無料。開館時間は11時〜20時。最終日は17時まで。火曜休館。所在地は中央区銀座5-7-2 三愛ドリームセンター(受付9階)。

きっかけは前川さんの写真絵本

 この写真展の企画は、2008年6月に前川さんが小学館から出版した「本物の大きさ絵本 原寸大 どうぶつ館」がきっかけだった。これを見たリコー パーソナルマルチメディアカンパニー企画室の藤森幹二氏が、早速、前川さんに展示の企画を持ち込んだという。

 会場の1/10スケールのモデルを作り、展示構成を考えた。今回はリコーのデザインセンターと、前川さんの共同作業だった。

「ほぼ原寸大を作るのが難しい。動物は個体差が大きく、正確な数値が明確ではない。それに写真も真正面から撮っているわけではないので、余計厄介でした」

 ちなみに写真絵本を作った時は、編集者が博物館に行って剥製のサイズを実測したそうだ。「今回もうまいこと、ほぼ原寸大ができました」と笑う。

(c)前川貴行

26歳から写真を始める

 前川さんは1997年、28歳の時、会社員(エンジニア)から写真家に転進した。自然の中で過ごす時間が心地よく、その体験を残したくて26歳から写真を始めたのだ。前述した牡鹿との出会いなど、何度も山中などで野生動物を見かけ、その姿に魅了されていった。

「活躍中の動物写真家を調べると、田中光常の助手という人が目に付いた。この人(田中氏)なら間違いないと思って弟子入りを決めたのです」

 前任者の独立を半年待ち、それから2年半、田中氏の事務所にアシスタントとして勤めた。仕事はほとんどが写真の管理で、撮影の同行はまずなかったという。

「たくさんの写真を見たことと、撮影から帰った先生が話してくれるエピソードで学んだ。あとは休日、動物園や野生のサルを撮って実践しました」

(c)前川貴行

 唯一、夜間撮影は田中氏と一緒に出かけた。離れた山の2カ所にセンサーをつけたカメラを設置し、一人ずつが、一晩中、その見張りをするのだ。

「冬の丹沢は、防寒具を着ていても寒い。僕が運転していたので、僕のところには車がある。夜中、耐え切れずに時々、エンジンをつけて室内で暖をとっていました。朝方、先生を迎えに行くと、道で幽鬼のように青白い顔をした先生が立っていました」

自然を体験したいから撮り続ける

 フリーになって、前川さんが最初にテーマにしたのはクマだ。

「ライオンやトラは、絶対、生身では近づけない。ぎりぎりできるのがクマで、それが一番難しいだろう。最初に最高の恐怖心を知れば、あとの動物が楽じゃないか(笑)とも思いました」

 怖いけど、見たい。いや、怖いから、その存在を少しでも間近で体験したいという方が正確かもしれない。

「実際、怖いのは動物だけではなく、天候の変化など自然の脅威だってそうですし、もっと言えば自然の気配そのものが怖い。ただ撮り続けている理由の一つは、それを体験することにあるのだと思います」

つぶらな瞳で見上げるホッキョクグマ。「彼らは獰猛な顔つきをしないので、表情だけでは判断できない」と前川さん。(c)前川貴行

知識は現場で覚える

 クマは助手時代、アラスカに撮影に行って以来、2007年に写真集「Bear World−クマたちの世界」を発表するまで、およそ9年をかけて取り組んだ。事前に文献など調べていくが、「分からないことの方が多い」という。

「クマと出会った時の対処法なんて、本に載っていますが、いつもどのケースにも当てはまらない(笑)」

 クマと出会いたくて、出かけているのだが、会いたくない時もある。それは見通しの悪い道を移動している場面など。ばったり会うと、襲われて危険だからだ。そんな時は「Hey! Bear!! Hey! Bear!!」と大声を出しながら歩く。

 森の中、細いケモノ道で、こちらに向かってくるクマと会うこともある。選択肢はいろいろ。来た道を引き返す。脇の藪に入って道を譲る、遠巻きに回って追い越す……

「どうしたらいいか、難しそうだけど、人間も動物なので、不思議と勘が働くものです」

 撮影で最も近づいたのは約5m。

「度胸試しじゃないから、近づけば良いわけじゃない。撮りたいアングルを得るために、傍に行く。その時は相手にこちらがいることを分からせた上で、徐々に近づきます。彼がチラッと見たら止まり、ほかの行動を始めたら、少し寄る」

 レンズは至近距離に行けないクマや、小動物の場合、600mmが標準で、それを三脚に装着しておくことが多い。肩に300mmか、70-200mmをつけたカメラをかけ、ザックに1台を入れておくのが基本パターンだ。狙う動物によって、レンズが16mmや17mmの広角から、テレコン使用の800mmや1000mmまで広がる。

撮り進めるうちにイメージが広がる

 撮影のイメージは、撮っていくことで次々に浮かんでいくという。ハクトウワシの場合、大体、春から夏出産と子育て期で、秋から冬は凍らない海や河川に集まる。

「ハクトウワシの場合、冬が一番、群れとしてたくさん集まる。その時に、アップとか飛翔シーンなんかをたくさん撮ります。秋から冬は、違う場所や季節感のある背景を選んで、撮り進めていく」

かっこよさ、凛々しさに惹かれ、クマと平行して撮り始めたハクトウワシ。調べると、彼らの物語から興味深いアメリカの側面や、環境問題などが見えてくるのだ。(c)前川貴行

 その年で、どこを集中的に撮るかを計画する。こつこつ撮りためていくので、一つの動物で10年近くはかかってしまう。

 現場では動物と太陽の動き、地形を考えて、撮影ポイントを選ぶ。

「撮影の時は念じます。こっち向けとか、そこに行けとかね。結構、通じるもんです。ただ1週間待って、撮れなかったということもしばしばですけどね」

コンパクトによる野生動物の世界

 新たに撮影機材に加わったのが、コンパクトデジカメだ。リコーの依頼で使い始め、「最初は非常に不安でしたが、実際使ってみると、一眼レフで撮れないアングル、撮影法ができるので、今は必携になっています」という。

 近づける被写体には非常に有効で、木の枝に手を突っ込んで片手で撮ったり「コンパクトは親指でシャッターを切るのが当たり前みたいな、自由な撮り方ができるようになりましたね」。

 今回もCaplio R6や、GR DIGITAL IIで撮ったニホンザルや三崎馬も、ほぼ原寸大で飾られている。

「2002年頃からデジタルカメラを使い始めたのもそうですが、新しい機材を使うことで、新しい表現を作りたい気持ちが強い。先達の素晴らしい世界を、僕ら後進は超えていかないといけないからです。だから僕はたくさんの動物を撮るより、一つの動物を深く追いたいと思っています」

 野生動物を狙う写真家の気持ちを思いながら、この場に立つと、より彼らの息遣いが身近に感じられるに違いない。

 なお前川さんは9月17日(木)〜10月29日(木)に、品川のキヤノンギャラリーSで、ハクトウワシをまとめた写真展「Arctic 極北・生命の彩り」を開催する。そちらも乞うご期待だ。

Caplio R6で撮影したニホンザル。動物写真にスナップの感覚が面白い。(c)前川貴行


市井康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2009/8/6 00:00


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