PHOTOGRAPHER HAL「Couple Jam」

――写真展リアルタイムレポート

このカップルは撮影の後、結婚を決めた。この作品を引き出物にしようか思案中だという。
(c)PHOTOGRAPHER HAL

※写真、記事、図表などの著作権は著作者に帰属します。無断転用・転載は固くお断りします。


 このCouple Jamは、実に写真的な面白さに満ちたシリーズだ。

 付き合っているカップルをモデルに、全員、同じ条件で撮影している。ロケ地は、彼らが住む家のバスルームで、真上から28mmのレンズで捉えている。着る衣裳はモデルたちの自前であり、そのセレクトやメイクも本人たち任せだ。

 2人で入るにはやや狭い空間で、互いの身を重ね合い、自分たちのカタチを見つけ出す。作者曰く「作品の手がかりとして出てくるキーワードは『愛』でしょうね」。

 作者は興味の赴くままに夜の街を撮り始め、自らの写真の中にこのテーマを発見し、練り上げていった。創作の舞台裏も、とことんフォトジェニックなのだ。

 「Couple Jam」はギャラリー冬青で開催。会期は2009年8月4日(火)~8月29日(土)。入場無料。開館時間は11時~19時。最終日は14時まで。日曜、月曜休館。所在地は中野区中央5-18-20。問合せは03-3380-7123。

「作品を撮り、一つの形にまとめていくのは、僕にとって極自然な衝動です」とHALさんは言うギャラリーレイアウトも大幅に模様替え。ギャラリーのエントランスから、大小さまざまなプリントを展示した

ナイトライフのスナップが発端

 作者は学生時代、モノクロームで街のスナップを撮っていた。社会人(広告制作プロダクションのカメラマン)になると、自由な時間は限られ、夜の街に被写体を求めるしかなくなった。

「週末のナイトクラブやライブハウスで、いろいろなものを撮っていました。その中で何枚か、カップルを撮ったものがあり、プリントで改めて見た時、それが面白く感じたんです」

 カップルになると、1人ずつで会った時には見せない何かが彼らの表情、立ち振る舞いの中に現れる。そこに惹かれたのだ。それに気づいてからは被写体をカップルだけに絞った。

最初は写真家の意思を強く込めた

 最初は出会ったクラブで撮ったり、後日、彼らの家に行ったり、ラブホテルを借りて撮っていた。

「自分のオリジナリティを出したくて、2人に合ったロケーションを考え、服装も彼らのものの中から、僕がコーディネートして着てもらっていました」

 その頃、渋谷にあるバー『青い部屋』が彼の作品を気に入り、店内での作品展示を前提に、約半年間、店への出入りを自由にしてくれた。

「ほぼ毎日通いました。ここでかなり人脈ができて、これ以降は紹介で撮らせてもらえるカップルがぐんと増えました」

モデルになった人には弁護士さんや高校の教師などもいて、「普段の顔は結構地味な人も多い」そうだ。
(c)PHOTOGRAPHER HAL

 出演交渉で気をつけていたことは、「いかに気楽な撮影で、撮った写真が2人の記念になるかをアピールすること。承諾書もなるべく仰々しくなく作ります」。ただ大事なのは、そのトークの中では、撮影された写真が後日、写真集として発表されたり、プリントが販売されることにも言及し、理解してもらっておくことだ。

 そのほかコスプレクラブパーティの東京デカダンスなどにも参加し、2年間で150組を撮影した。それをまとめたのが写真集「PINKY&KILLER DX」(冬青社刊、2007年11月発売)だ。ちなみにこの写真集では撮影後、掲載を断られたのは数組だった。

撮影は3人の共同作業

 この写真集は、ギャラリーで閲覧(もちろん購入も可)できるので、展示作品と見比べると、その発展過程が分かって、一層興味深いだろう。その多くがラブホテルの中で撮影されているのだが、カップルたちは部屋の片隅やソファーの一角など、狭い空間に追い込められることで、濃密な関係性をかもし出している。

「このことは写真集を作ってから、気づきました。人にも指摘されましたしね。であれば、さらに突き詰めようと思い、いくつかのアイデアから浴槽で撮ることを選びました」

 今の形に決めるまで、最初の10組ぐらいは試行錯誤を繰り返したという。

「1組目では、バスタブにお湯を張って沈んでもらったり、シャワーを使って雨のような雰囲気を出したり、キスしてもらったり、いろいろ試してみました」

 場所もラブホテルで金ラメの浴槽などもテストした結果、モデルさんの家を使い、空のバスタブで、真俯瞰から撮影するスタイルに決めた。

「すべて明確な確信があったわけではなく、自分の勘に頼る部分も多かったです。被写体の家の浴槽で撮りためていけば、日本のお風呂事情で気づくことが出てくるんじゃないか(笑)なんてことも考えたりしましたね」

近刊予定の写真集「Couple Jam」では撮影後、発表を断られたケースはないそうだ。(c)PHOTOGRAPHER HAL

デジタルとフィルムで撮り比べた

 これまではペンタックス67を使い、カラーポジで撮影していたが、今回はデジタルカメラ(EOS-1Ds Mark III)を選んだ。

「今後、フィルムの新製品が出ることは期待できず、都内のラボが次々と閉鎖されていることで、今回はデジタルを試してみようと思った」

 写真集の出版予定もあり、出版元の冬青社の要望から、最初はフィルムとデジタルで撮り比べたという。その結果、ビビッドな発色や、軽めのトーン表現が出るデジタルで撮影することになった。

「デジタルにして、モデルさんから作品の使用許可をその場でもらえるようになった。この作業はすごく楽になりました。フィルムの時は、現場でポラを見せ、実際の撮影カットは後日、承諾書の裏にコピーを貼って確認をとっていましたから」

 撮った結果がその場で確認できることで、撮影も変わった。

「例えば2人の位置が左右どちらが良いか、その場でどんどん決められる。使用するカットは、ほとんど撮影現場で決めていました」

「白い背景がクリアで、アニメのセル画のような面白さを僕は感じます」とHALさん。(c)PHOTOGRAPHER HAL

Couple Jamはプリクラなんだ

 モデルさんの家に行き、作業が終わるまでは3時間ほどだが、実際の撮影は10分程度だという。まず衣裳選びとメイク、そしてベッドでリハーサルを行ない、バスタブで軽く確かめて本番。

「ポーズは3人で決めますが、基本的には2人の主導です。この撮影はプリクラのようなものだから、自由に自分たちで遊んで、アピールしてほしいと話しています」

 が、実際、バスタブに2人ですっぽり入るのは、かなり窮屈な作業のようだ。撮影が長引くと、疲れが表情に出てくるので、短時間で終わらせる。HALさん自身、浴槽の縁に立って、自分の足が画面に入らないように、つま先立ちしているため、こちらも長時間はもたないのだが……。

「撮影カット数は大体36枚ぐらい。最低は2カット。その時はモデルさんにまったく時間がなかったからです」

キーワードは「愛」だ

 新作のプリントと、写真集「PINKY&KILLER DX」は去年のパリフォトに出品され、パリのプロモーターなどの眼にとまった。現在、ギャラリーへのプレゼンテーションや、作品展の企画などが進行中だという。

「これまで撮ったカップルは、男女のペアが中心ですが、同性も何組かいました。僕自身、撮っているうちに男女の顔の外見的な違いが感じられなくなってきて、それは自分として大きな発見でした。今後は性別や国籍、人間かどうか、すべてがボーダレスな方向に進んでいければ面白いかなとも考えています」

 PHOTOGRAPHER HALが提示する愛の形は、ポップでカラフルな装いながら、かなり、味わい深い。あなたの恋愛観、人生観をシャープに刺激してくれることだろう。

これまで彼が撮影したカップルは数百組を超える。同じ人は2人だけいるが、いずれもパートナーが新しくなっていた。(c)PHOTOGRAPHER HAL


(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2009/8/20 00:00